目次
第一部
・ 日本を窒息させている自由民主党と保守言論知識人
一 「安倍さん大好き人間」はどのようにして生まれ、日本政治をどう歪めたか
──二〇一七年の状況を踏まえて
二 第一次安倍政権誕生の頃に私はすでに彼の正体を見抜いていた
・ 日本列島が軍事的に脅迫されている情勢下で
ついに出された憲法改正への安倍新提案(二〇一七年五月三日)
一 思考停止の「改憲姿勢」を危ぶむ
二 相手の剣幕にひるむ日本外交
三 岸田文雄外相の器を問う
──今ほど政治家や官僚たちの見識、勇気、人格が問われているときはない
四 アメリカへの依存は動かぬ現実、依存心理が日本の問題
五 安倍首相、なぜ危機を隠すのか
──中国軍機の挑発に対して
・ 首相に妄信追従するエセ保守を弾劾する
加藤康男・西尾幹二緊急対談
・ 保守とは何か──私の主要発言再録
一 生き方としての保守
二 日本に「保守」は存在しない
三 「日本会議」について
四 天皇は消えない
五 宣戦布告を誰がするのかを考えていない
憲法改正なんてあり得るのか
第二部
・ 現代世界史放談
一 広角レンズを通せば歴史は万華鏡
二 オバマ広島訪問と「人類」の概念
三 世界の「韓国化」とトランプの逆襲
四 イスラムと中国、「近代」を蹂躙する二大魔圏
・ 歴史の病原体とその治療
一 現在に響くGHQの思想的犯罪
二 ジャパン・ファースト・の出発点は歴史教科書運動だった
あとがき
西尾さんはブレませんね。
たまたま動画で批判されているのを見つけまして存在を思い出しました。コメント欄も私だけが擁護でそれ以外はフルボッコです。DHCのやらまいかでも毛嫌われてましたね。そういえばいつの間にかこの番組終わって、志記の会とやらで再活動されてるようですが、西尾さんの名前ありませんね。はぶられましたか。
継続して出てるのはch桜ぐらいですか。日韓合意の際に自民党決別宣言をした水島ですが、今となっては「負けるな安倍政権」とデモする始末です。
どいつもコイツもこんなもんです。正論だけでは稼ぎが少ない、自分達こそが保守本丸と言い張りたいが為に、保守=正直であるという単純明快なことから逃げる上、その正論の主を攻撃までするのが現実です。結局コイツラは国家でビジネスをし、欲を満たすだけであり、普段批判している左翼と何ら変わらないろくでなし共です。
西尾さんの筋を通す部分は認めますが、選ぶ自称保守団体が悪過ぎます。
JINさんの「日韓合意の際に自民党決別宣言をした水島ですが、今となって
は『負けるな安倍政権』とデモする始末です。どいつもコイツもこんなもんです。正論だけでは稼ぎが少ない、自分達こそが保守本丸と言い張りたいが為に、保守=正直であるという単純明快なことから逃げる上、その正論の主を攻撃までするのが現実です。 結局コイツラは国家でビジネスをし、 欲を満たすだけであり、普段批判している左翼と何ら変わらないろくでなし共です」といふコメント、興味深く拜讀しました。
水島さんと西尾先生は親しいのでせうから、かう申しては差し障りがあるかもしれませんが、このお方は、あちらの岸からこちらの岸へ、ひらりひらりと自在に飛び移りますね。
動畫で花田紀凱さんの話も聞きました。安倍さんの支持率が落ちたからと
て、俄かには掌を返さないのは立派と言ふべきかもしれません。
しかし、それがいつまで續くことか。安倍さんの舞臺が一擧に崩れ落ちても、沈んだ人を見捨てないのでせうか。しばらくの間、見ものです。
「西尾先生は氣が短か過ぎる。安倍批判をしたければ、すればいい。我々
は、それを載つけますよ」とは、言ひも言つたり。
これまで、 ” Will ” ”HANADA ”編輯長として、安倍さんのためにならない言説を葬り續けてきた事實が知られてゐないと思つてゐるのだらうか。「花田さんから、安倍批判のゆゑを以て、原稿を突つ返された。今まで、他の問題を書いた時はフリーパスだつたのに」とこぼすライターが何人もゐる。
これは、花田編輯長が安倍首相を高く評價し、その延命が國家のために、
必須不可缺と信じたための措置であり、卑しい依怙贔屓ではないと思ひた
い。西尾先生と、少くとも、過去には親しかつたのは間違ひのないことだから。
私は西尾先生の「国民の歴史」「GHQ焚書図書開封」から多大な刺激を受け、また水島さんのチャンネル桜と頑張れ日本全国行動委員会の会員でもあります。西尾先生の安倍総理批判と水島さんの「いろいろあるけど安倍総理頑張れ」デモはけっして矛盾しませんよ。水島さんはしゃべりは下手だけど、しっかり説明していますよ
西尾先生の次のお言葉に接して、非常に嬉しくなつたり、一方不安になつたり、複雜だ。
「保守系のメディアはまったく安倍批判を載せようとしない。干されるのを恐れているのか、評論家たちもおかしいと分かっていながら批判してこなかった。しかし、本来なら保守の立場こそ、偽りの保守を名乗る安倍政権を批判しなければいけないのです。私の論文はもう保守系雑誌には載りませんが、何も恐れてなどいない。覚悟を決めて声を上げるべきなんです」
先生がこれまで、發表された論考で、お考へに反することをおつしやつたことは一度もないだらう。當り前である。
しかし、諸般の情勢を考慮して、言ひたいことの70%でとどめたり、この場所には、この種の議論は不向きと判斷され、控へられたこともあるだらう。これ亦當り前である。
先生がさういふ配慮を今後停止されたらどうか。以前のやうに、限度を考へられながらの安倍批判が保守系雜誌に載るのと、保守雜誌には一切載らず、限度を越えた安倍批判(即ち、私が最も望むもの)が他の媒體に載る(もしくは、先生の意見は一切世に出ない)のと、どちらがどうか。世の爲にはどつちがいいのか。
先生御自身とされても、馬鹿な編輯者を騙しながら、安倍讚美のやうに見せかけつつ、實は痛烈な安倍批判を展開するといふ樂しみもあつたのではないか。正確には覺えてゐないが、70年談話に對して、「總理、75年談話もお願ひします」といふやうなことを言はれた時、これは痛烈な皮肉だと感じた。安倍一邊倒の編輯者は、それが分らず、喜ぶだらう。先生もなかなかやる! と思つた。
とにかく、私は安倍さんが大嫌ひだ。從つて、先生の御「覺悟」を喜ぶが、思ひきり萬歳!を叫ぶ氣にもならない。