小冊子紹介(十三)

江戸のダイナミズム―古代と近代の架け橋 江戸のダイナミズム―古代と近代の架け橋
西尾 幹二 (2007/01)
文藝春秋

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寄せられた読後感から

東中野修道(アジア大学教授)

 江戸時代が論じられていながら古代と現代が浮かび上がって来ることに驚かされます。クローチェの言うように、歴史は現代史を思わされます。

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桶谷秀昭(文藝評論家)

 大変な労作で、しかも労作にとまなふ当方の負担感がなく、風通しのいい、颯爽たる行文、まことに魅力的な本です。

 ショォペンハウエルの訳業と論、以来の薀蓄がここに活きてゐる。ローマは一日にして成らずの感を新たにしました。

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池田俊二(元『通信協会雑誌』編集長)

 いま、二回目の真ん中あたりに来て、ほんたうに久しぶりに読書らしい読書を愉しんでゐますが、一言だけ感想を申し上げたくなりました。あるいは、御著を一言をもって評すれば、かういふことになるのではないかといふ気がして来ました。それは著者が『契沖伝』の久松潜一と全く逆の行き方をしてゐるといふことです。

 「契沖の作業場の姿が浮かんできません。日々彼が何に呻吟し、言葉選びにどういう工夫をしていたか、そこを書かなければ。。。」「肝心なこと―契沖の心がすっぽり抜けている」のに対して、御著では、あの膨大な登場人物が(勿論与えられたスペースに応じてではありますが)、全て活々と動いてゐます。そして「心」を見せています。彼等が何に苦しみ、何を喜び、何をごまかさうとしてかまで、相当程度見えます。これは著者が彼らの言動を手がかりに、能ふ限りの深奥まで分け入り、見たことの一端でせう。私には孔子の「心」まで、いくらか見えてきたやうな気がします。

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安本美典(日本古代史家、言語学者、『季刊邪馬台国』編集責任者)

 まことに興味深く拝読いたしました。
 「言語の根源は音であって、文字ではない」などは言語学のイロハだと思うのですが、それも通じない頭でっかちの方々からの言説は困ったものです。

 文字など、たかだかここ五千年から一万年に出現したものであって、それ以前の人類は言語らしい言語がなかったとでも、この方々は思っておられるのでしょうか。

 また文字なしで世界を半周以上するほどの大航海民族であったマライポリネシアの民族は、言語らしい言語を持っていなかったことになるのでしょうか。

 同封にて拙著『日本神話120の謎』を贈呈させて頂きます。

 西尾先生はどちらかといえば、本居宣長系で、私はどちらかといえば新井白石系なので、あるいは違和感をお持ちかとも存じますが。

 いずれにせよ江戸期に古典の探求についての重要な種がまかれているわけで、江戸期に光をあてることは、現在のわれわれを知るために重要なことだと存じます。

 現在西尾幹二先生自身の筆による「西尾幹二のインターネット日録」は休載中ですが、西尾先生の許可を得て、管理人が西尾先生関連のエントリーを挙げています。

 4月4日、「江戸のダイナミズム」出版記念会の折に、受付で全員に配布された36ページの小冊子があります。その内容を順を追って紹介しています。

 また、この小冊子は非売品ですが、西尾先生のご好意により、多少残りがあるので、ご希望の方にはお分けしたいとのことです。希望される方はその旨を明記し、コメント欄にてご連絡ください。住所等個人情報は折り返しメールが届いたときに、メールに記述してください。

(文・長谷川)

小冊子紹介(十二)

書 評

注:小冊子には三分の一に縮小されていますが、ここでは全文を掲げます。(文・長谷川)

宮崎正弘(中国評論家):「宮崎正弘の国際ニュース早読み」2月19日号より
                        
平成の本居宣長の意味 (4)

 ▼『聖書』、『大学』『中庸』は、誰が書いたのか

キリスト教にしても本当は誰が聖書を書いたのか。しかも聖書の原文はギリシア語で書かれているのである。

 マルコ伝とロカ伝と、ほかに幾多の伝説が習合された聖書も、しかし、ローマ、ヴィザンチンに別れ、いや東方教会も流布した先の土地の伝統や習俗が加味されて、たとえばアルメニア正教、グルジア正教、ロシア正教となり、西欧では魔女狩り、ルターの宗教改革、英国国教会派、ピューリタン、プロテスタント。そしてモルモン教まで。

 そして二千年もの歳月の間に英語、スペイン語、ロシア語の聖典が現れ、聖書は日本語にもなった。

 それらは原文にある(筈の)、本当のイエスの教えからほど遠いものではないのか? だからこそ文献学がきわめて重要であり、学問の出発点であると、本書では何回も力説される。

 この箇所を読みながら、じつは本書にまったく出てこないイスラムを思った。
 
 コーランは、いまでもアラビア語で読まなければ正当なイスラム教徒とは認められない。原語に忠実でなければ解釈が分かれるからであり、そのためイスラム教徒のなかでも高僧をめざす人々はインドネシアであれ、フィリピンであれ、アラビア語を習得し、コーランを学ぶのである。

 翻訳に頼ろうとしないほどの苛烈熱烈な原義への欲求は西蔵法師が仏典の原典をもとめてチベットへ危険をかえりみずに冒険したように。

 西尾氏は文中にさりげなく次の文言を挿入している。

 「不思議に思えるのは、日本の儒教や仏教に文献学的意識が永い間殆ど認められない点です。江戸時代も中期、荻生租来(そらい)が古文辞学を唱えるまで、経学を孔子以前に遡って考え直すというテキストへの懐疑が日本の文化風土の中に一度でもあったと考える」のは難しいだろう、と。

 本書に展開される具体的議論は、読者それぞれが熟読しなければ、次のステップにいけないが、ここで網羅的な紹介をおこなうつもりはない。

 本居宣長と上田秋成の論戦の箇所は面白く、また赤穂浪士をめぐっての官学と民間の儒者らの論争も、今日的で意義深く、またそれらの記述を通じて、西尾さんが新井白石にやや冷たく、荻生祖来を高く買っていることもわかる。

 それは次のような記述からも。
 
 「悪しき官制アカデミズムの独裁者のような林羅山とその一統の権勢。君臣関係を主人と奴隷との関係と見て絶対の忠誠心を朱子学の魂とする山崎闇斉とその門人六千人の社会的圧力。朱子学の理念と武士道という思想的に相違するものを一元化し時代に都合のいいイデオローグを演ずる室鳩巣。いつの世にも外来思想と日本の知識人との関係はかくのごとし」。

だが、「新井白石と荻生租来はやはり群を抜いた例外」であった。

  白石は将軍のブレーンであり、国際情勢に理解のある学者だが、じつは朱子学をさんざん学び、それに染まらずに却って距離をおいて日本歴史の研究に没頭した。山崎闇斉のように朱子学の徒は手ぬぐいも赤く、という徹底した“唐かぶれ”ではなく、冷静なまつりごとを確立するために、朱子学の科学的合理的なところを抽出して江戸幕藩体制の安定に用いた。

 対照的に萩生租来は日本史に興味がなく、中国の学者以上に中国学を知っていたが、やはり儒学の熱気(というより狂気)にはおぼれず、巷の熱狂的情緒を押し切って、法治のためには赤穂浪士に切腹を迫ったように感情論には組みしなかった。君臣の序列のなかに「個」を主張した。

 つまりは中国と日本は儒教をめぐって、こうも違うのである。

  こうして新井白石と荻生租来に割かれたページはきっと本居宣長より多いだろうと思われるのだが、朱子学が江戸の御用学問となった一方で、江戸の革命の哲学となった大塩平八郎の陽明学が、この本で論じされないのは何故だろう。

 いや、抜き身のままの西尾さんの白刃(はくじん)は、それこそ陽明学という鞘を求めているのではないか。

 本書は小林秀雄『本居宣長』以来の大作であることの間違いはなく、本書のカバーに添えられた「平成の本居宣長」という惹句はそういう意味でもあるだろう。

(『江戸のダイナミズム 古代と近代の架け橋』は文藝春秋発行。2900円)。

 (注 言うまでもありませんが、荻生租来の「租」と「来」は行人扁)

小冊子紹介(十一)

書 評

注:小冊子には三分の一に縮小されていますが、ここでは全文を掲げます。(文・長谷川)

宮崎正弘(中国評論家):「宮崎正弘の国際ニュース早読み」2月19日号より
                        
平成の本居宣長の意味 (3)

 ▼重大命題は「いまの価値観」で当時を推し量る愚

 西尾氏はこうも言われる。

  「いかに江戸時代は躍進する時代であったか、もはやことさらに言い立てるまでもないが」、従来の「歴史教科書の記述と歴史教育学会の意識は、いまの知識の先端のレベルからいかに遅れていることか。古くさい情報、黴の生えたようなマルクス主義の理念にまだ囚われているせいではないか」と激しく固定観念を批判する。

 乱麻を断つ白刃。
 
 まして江戸と明治のあいだに「断層」はなかった、と西尾さんは結語、江戸時代は厳密な封建社会でもなかったのではないか、と問いかけて下記の重大な「命題」がでてくる仕組みになっている。

 「江戸時代を暗い前近代として否定的に描出することも、明るい初期近代として肯定的に評価することも、われわれの現在の立場や価値観を江戸時代に投げかけて、現在からみての一つの光景を作り出している結果といえないこともありません。しかしほんとうに江戸時代を生きていた当時のひとびととは、いまのわれわれの立場や価値観を知る由もありません(中略)。江戸時代の歴史を知るには、あくまでも完結した一つの閉鎖状態の人間の生き方をそれ自体として知るようにつとめ、明暗いずれにせよ現在のわれわれの立場や価値観の投影によって固定的評価に陥らぬように気を付けるべきです」

さて細かな話を飛ばして、江戸の安定期に、なぜ本居宣長がでてきたのか。

 それまでの体制御用、官製の儒学を乗り越えて、自立する思想家、国学の巨星がどういう時代背景から飛び出したかが、さらりと語られる。

 宣長論が本書の肯綮である。
 
 日本の神道は「自然なかたちで習合する思想」なれど、自立して闘う理論が弱かった。

「本格的に思想家として自己防衛したのは本居宣長一人であった」

 「宣長が『遠い山』と言った、肉眼ではよく見えない日本人の魂の問題は、ますます現代人の知性の限界からかけ離れて、どんどん果てしなく遠くへ逃げ去っていくように思えます。そういう時代にいまわれわれはあるといえないでしょうか。日本人の魂の問題を守ろうとした宣長の守勢的、防衛的姿勢は、日本人の主張のいわば逆説的スタイルとして、いよいよ必要とされる時代になっている」(227p)

本書の冒頭部分には長い文献学の説明がなされていることは述べたが、何故といぶかしむ読者がきっと多いだろう。これは後半の謎解きへと結節してゆくために読み落とせない前提なのである。

 キリストにせよ、儒教なるものにせよ、いったいイエスや孔子は本当のところ、何を教え、どういう中身を生徒らに喋ったのか。

 それはソクラテス同様にテキストが残っておらず、弟子達が孔子の教えとして数百年の歳月をかけて解釈をひろげていく裡に、大きく解釈の異なる流派がうまれ、儒学は侃々諤々の学問的論争と発展し(その実、学閥・セクト間の闘争でもあるのだが)、体制御用や反政府的な学閥がうまれ、集散離合し、主導権争いが産まれ、権力に近づき、あるいは疎外され、弾圧され、希有の運命をともにした。

つづく

小冊子紹介(十)

書 評

注:小冊子には三分の一に縮小されていますが、ここでは全文を掲げます。(文・長谷川)

宮崎正弘(中国評論家):「宮崎正弘の国際ニュース早読み」2月19日号より
                        
平成の本居宣長の意味 (2)

 ▼「平成の本居宣長」とは?

前置きが長くなった。
本書は近年の読書界を震撼させる爆弾を抱えた傑作である。
(ダイナミズムという表題にはダイナマイトも含まれている?)

 哲学的論争と文献学的論争と、国語学的論争を多層に輻輳させながらも、くわえて場面はソクラテスからニーチェ、ヤスパースへ飛んだかと思いきや、平田篤胤、北畠親房、山鹿素行。縦横無尽に登場する人々の思考の多様さ。

『諸君!』に足かけ四年に亘って連載され、さらに加筆、索引、注の作成に二年を費やされ、「平成の本居宣長」と銘打たれての上梓だが、その労苦を思わざるを得ない。

本書の構成は第一部と第二部に別れ、第一部は議論の前提となる「文献学」に多くが費やされる。

 登場する人物は「儒学者系列」は藤原せいか、林羅山、中江藤樹、山崎闇斉、山鹿素行、熊沢蕃山とつづき、同時に「国学系列」の契沖、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、上田秋成、新井白石など。

 ここで儒学と国学が二大潮流として登場し、巧みな筆裁きで整理され、その江戸における思想対立、思想の深化などの対比がなされるのは当然にしても、本書はそこから、いきなり世界史的パースペクティブを拓くのである。

 同時代の中国の学者(黄宗義から康有為)から西欧の学者、思想家(ヴィーコ、グリム兄弟、ニーシェ、ブルクハルトなど)が飛び出してくる。私たちは世界史の視野から思想の遼乱をながめることができる。

戦後歴史教科書は「江戸」が反文明的で暗く、西欧に遅れており、文化度もひくいなどと教えた。

 近年、それは逆であって江戸時代の日本は世界に抜きんでた文明と文化、そして経済力を誇ったことが、あらゆる方面で立証されている。葛飾北斎や写楽が、西欧の画家にどれほど深甚な影響をあたえたか。

 武家政治も随分とあしざまに言われたが、近年は武士道が見直されてきた。
 
 西欧や中国のように暴君が独裁をふるう政治ではなく、日本の武士社会では、主君が「暴君や暗愚の殿様で出てきたときに、これを排除するために『主君押し込め』の構造があった」(中略)

  「江戸、大坂の巨大市場が成立し、徳川幕府の安定政権の下で貨幣経済が整備され、何よりも自前の貨幣鋳造が行われました。金銀銅の大産出国であった我が国は、銅の貨幣を中国、東南アジアその他に輸出するほどでした。かつて宋銭を輸入することで経済圏を中国に奪われていた日中の立場は逆転し、日本の銅銭に中国の経済が依存するようになっていました」と、西尾氏の視座は経済学の考察にもおよんでいる。

こうした何気ない挿入も、従来の概念を徹底的に破壊する。

 田中英道氏によれば、江戸の遙か以前、シナ大陸におくった遣唐使、遣隋使のことばかりを日本の歴史教科書が力説してきたが、じつは中国から日本に留学にきた「遣日使」のほうが数も多く、しかも多くの学僧が“日本のほうが良い国”として帰らなかったという。

つづく

小冊子紹介(九)

江戸のダイナミズム―古代と近代の架け橋 江戸のダイナミズム―古代と近代の架け橋
西尾 幹二 (2007/01)
文藝春秋

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書 評

注:小冊子には三分の一に縮小されていますが、ここでは全文を掲げます。(文・長谷川)

宮崎正弘(中国評論家):「宮崎正弘の国際ニュース早読み」2月19日号より

 哲学、文献学ばかりか国語上の大論争を提議する大作の登場
  日本の保守論壇、本格的国学解析に久しぶりに揺れる
                      
平成の本居宣長の意味 (1)

 ▼ 西尾幹二氏の白刃は鞘に収まらない

 そこら中に屯する右顧左眄の学者、通説を吠えるだけの講釈師、偏執的学説に固執する徒らを片っ端から切り捨ててゆく西尾氏の白刃(はくじん)は鞘に収まらない。抜き身のままである。

 激甚な思想書としてこの本を通読した後の印象である。

本書を読み始めたのは国電のなか、思わず引き込まれてしまい、あやうく目的地の駅を乗り過ごすところだった。

 導入部分が意想に反して難解ではなく、怪しくもなく、語りかけるようなイントロは変調の講談風、すぐにとけ込めるのは筆者の凄惨なほどの筆力の冴えによるものだろう。

 多くの読者同様に(ト勝手に想像するのだが)、本書の題名、副題、カバーの惹句をみたとき、私の脳裏に去来したのは小林秀雄『本居宣長』だっだ。

 小林秀雄の『本居宣長』は、書き出しこそ「鎌倉の駅頭にたってふと松坂へ行こうと思った」から風の旅人のようにふらりと宣長に縁の深い場所へ詣でる歴史の旅が始まるのだが、それからが難解極まりなく、じつは私は小林秀雄の『本居宣長』を二回読んで、ちっとも咀嚼出来ず(つまり国学前史に遡っての素養がないと小林本は難しく、あれは「オカルト的」というのが負け惜しみ的な感想だった)、挙げ句に読後感といえば「山桜花」。

 むしろ松坂の宣長旧居跡を見学したおりにライバル上田秋成の「敷島の大和心となんのかの胡乱なこともまた桜花」という狂歌が、やけに印象に残った。

 ともかく西尾幹二氏の新刊もきっと難しいに違いないという名状しがたい先入観があった。

早々と入手した本書だったのに、導入部を読んだ後、面白そうという熱い期待感を脇に、仕事に追われてページをあける時間がなく、ついには中国取材に八日間ほどいくので、旅先のホテルで読み繋ぐことに決めて鞄のなかに仕舞ったのだった。

もうすこし脱線がつづく。

  いつ取材に行っても新鮮なおどろきが連続する中国。

 一月下旬から二月にかけて、華南の地を廻った。香港からいきなりマカオへ渡り、孫文の故郷でもある中山から、華僑の故郷・江門、開平、それから仏山経由で広州へ入り、恵州から深セン、最後に香港へ舞い戻って帰国。八泊・九都市。

 華南の各地は爆発的な経済発展、あらゆる場所が普請中である。

 ふと脈絡もなく、江戸と、いまの広東のダイナミズムには、なにか共通性があるだろうか、と考えた。

広東の繁栄、建築ブームの醍醐味、超満員のレストラン、庶民の生活の向上など。その経済という物理的側面の凄まじいダイナミズムに遭遇しながらの旅行中、本書のなかに演繹されるダイナミズムのほうも、すこしづつ読み進めて、最後は広東省の恵州から深センへ向かう長距離バスのなか。恵州・西湖はかつて蘇東波が感嘆して多くの詩をのこした風光明媚な景勝地である。

 その西湖の湖畔の柳の下で読み続け、最後のページは珠海デルタ地帯を突っ走るバスの中。一方では左右の景色はにょきにょきと林立する摩天楼やら、迅速な開発が進んだ工業団地、マンション群、瞠目するべきショッピング・アーケードのまばゆさ。

(嗚呼、それにしても“脱中華文明”の中国の都会には、なんと美がないことか!)

 そうした繁栄のぶっきらぼうな景色を眺めながら本書を読み進めると、対照的な静けさをもつ、この『江戸のダイナミズム』が醸し出す美しい日本の力強さは、時空を超越し、思考の空間がいとも簡単にタイム・スリップするのだ。

こんな記述が中国と日本を比較してある。

 それは儒教を発見した西洋人のくだりである。加地伸行氏が「沈黙の宗教」と比喩した、この中国特有の道徳律は、布教活動がないために西洋人は長い間、存在すること自体に気が付かなかったと西尾氏はいう。

「孔子は宇宙の開闢という神話的哲学的テーマに口を閉ざして」いるため、西洋人は、見逃していた。ただし大航海時代の冒険者らは、世界のおいたちに関して、「孔子が語らなくても、中国には特異な考え方が存在する」事実に気が付く。それは「キリスト教の神による創造の思想によく似た思想は存在しないことをあらためて確認する」(368p)。

 そして。
 東西交流の歴史上、マルコ・ポーロとならぶアテオ・リッチ(イエズス会宣教師)が登場、かれが「中国の哲学や宗教の中心が儒教であることを発見」するのである。
 というのも従来の西洋からの観察者は表向きの寺院や僧侶に関心を抱くけれど、「毎日の勤行や葬送など、仏教の活動であって、政治と密着し、日常性格の内部に食い込んでいる儒教がキリスト教に対抗しうる国家宗教であることを西洋人が理解するまでには、それなりの時間の経過と、知性の出現を待たねばな」らなかったからである。

 なぜなら儒教には、
「祭祀や僧侶がいない上、掟も戒律もなく、高位聖職者もいない」。古代より中国の信仰は「天」にあるが、これをリッチは「キリスト教が布教していく上で、儒教と折り合いをつける唯一の接点は『上帝』信仰にあると考える」に至ったのである。

私は広州の町中で、キリスト教の教会がたくさんあるのを見た。いや中国沿海部のいたるところで、キリスト教の教会を観察してきた。

  華僑の故郷の江門、開平から、奥地の豪邸群が残る田舎町で、偶然みたのも西洋式の結婚式だった。

 とくに華南から華中にかけて、アヘン戦争前後から、いかに中国人がやすやすとキリストに改宗できたのか。長い間、疑問だった。

(そうか。そういうことか)と妙に得心できる。あれは改宗ではなかった。

 同一軌上の信仰だった。「天」の信仰があまねく拡がっている中国(かの無神論者毛沢東の詩ですら「天」がでてくるように)では、キリスト教は受け入れやすく、日本では古事記日本書紀の神話が、戦後はなかば否定されたかにみえても、古代の神話が日本人の見えない生活の中で、まさに神道は布教しなくとも、脈々と生きて現代人に繋がっており、キリスト教がなぜ拡がらないか、分かるようではないか。

実際に中国のホテルで時間ができると『江戸のダイナミズム』を少しずつ読み継ぎ、西尾氏が提示する知的世界の広さを中国的な空間の中で描いていた。

 本居宣長もニーチェも、いやプラトンやソクラテスさえも同時代人のように親しみを感じながら読めるのも、奇妙な体験だった。

つづく

小冊子紹介(八)

一部書評

入江隆則(明治大学名誉教授):【正論】 2007年03月02日 産経新聞

文明論における日本学派の成立  

■日本を地球的規模で見直す動き

《《《パリかウィーンのよう》》》

 日本の論壇も、ずいぶん国際化が進んだものである。台湾出身の黄文雄氏や韓国出身の呉善花氏、中国出身の石平氏らが、毎月のように活躍しているのを見ると、そういう感慨に誘われる。まるでひと頃のパリかウィーンの論壇を見ているようだ。しかもこの人々は一様に、日本文明論を志向している。

 黄文雄氏は、本来は日本近代史の見直しを提言した人で、日本人の歴史家のあまりの自虐趣味を見ていられなくなって、近頃のアジア人の視点から日本近代史の遺産の再評価をした人だった。それが最近では日本文明における「無常観」を論じている(拓殖大学日本文化研究所「新日本学」最新号)。また近く、日本、中国、西欧を通観した文明論を書く予定があるという。

 呉善花氏は本来日韓比較文化論から出発した人だったが、やはり最近は焦点を日本文明論に当て始めている。同じ「新日本学」誌上で、日本は「脱亜超欧」を目指すべきだという主旨の連載を書いて、今回は日本における女性の役割と、遊里における「粋」の精神を論じている。石平氏はまだ新進の評論家だが、近著『私は「毛主席の小戦士」だった』(飛鳥新社)での日本文化論は出色のものだった。背景にはやはり文明的視野が感じられる。中国人でまともな日本論を書ける人は、なぜか少ないのだが、石平氏はその数少ない例外になりそうである。

《《《日本人論者の新文明論》》》

 これらの国際勢に呼応して、日本人の論者も最近とみに日本文明論を論ずるようになった。たとえば昨年『文化力―日本の底力』(ウェッジ)を刊行した川勝平太氏は、第3の「パクス・ヤポニカ(日本の平和)」なるものを論じている。最初の「パクス・ヤポニカ」は平安時代の約400年、第2の「パクス・ヤポニカ」は江戸時代の約270年、それに対して第3の「パクス・ヤポニカ」は現在日本で進行しつつあり、これから世界に発信すべきものであり、世界を巻き込んで実現されるべきものだという、壮大な構想である。そのために川勝氏はいくつかの具体的な提言をしている。「富国有徳の美の文明」というのがそれで、海・山・森・野の4州に日本を大胆に再分割しようという提言も含まれている。

 日本文明といえば、近年もっとも新鮮なアイデアを提出した論客は、中西輝政氏だった。4年前の平成15年刊行の『国民の文明史』(扶桑社)のなかで、中西氏は、日本文明には長く忍従を続ける「縄文化の契機」があると述べ、また「瞬発適応」と「換骨奪胎」の超システムが存在すると指摘して、日本文明を見る鮮やかな視点を示した。また重層文明と更地の文明という視点から、世界の文明史の見直しも進めていた。

 もう1人ぜひここで触れておきたいのは、最近『江戸のダイナミズム』(文藝春秋)という注目すべき本を書いた西尾幹二氏である。西尾氏には『国民の歴史』(扶桑社)という名著があったが、そこでは江戸と中世の記述が少ないという批判があった。本書はそれに応える形で、江戸の多彩な豊饒さを語り尽くそうとしている。日本における「近代的なるもの」は日本史の中から成熟して、しばしば西洋より早く出現しているというのがその論旨で、古代と近代の懸け橋としての江戸の重大さを語っている。しかもそれによって日本文明を地球的規模で見直そうとしている。これら3者は、いずれもその文明論的な視野とその論述において、一昔前のいわゆる「日本人論」とは、全く規模が違っている。

《《《世界の中でさらに発展》》》

 昔20世紀の初頭に、文明論におけるスペイン学派と称するものがあった。オルテガ、コラール、ウナムーノ、マリーアスといった人々が活躍して、スペインを論じながら世界を論じていた。それとの対比でいえば、現代の日本には、文明論における日本学派が出現して、すでに成立しているといえそうである。

 しかもそれは東京の論壇で、多くの外国人を巻き込む形で進んでおり、壮観というしかない。スペイン学派はオルテガの『大衆の反逆』やコラールの『ヨーロッパの略奪』などの名著は生み出したが、スペインの国力の凋落(ちょうらく)とともに萎(しぼ)んでしまった。しかし日本学派の文明論はそれとは逆に、これからの世界の中での日本の地位の向上とともに、ますます発展してゆくものと信じたい。その意味で若い人々の関心と、奮起を促したいと思う。

 現在西尾幹二先生自身の筆による「西尾幹二のインターネット日録」は休載中ですが、西尾先生の許可を得て、管理人が西尾先生関連のエントリーを挙げています。

 4月4日、「江戸のダイナミズム」出版記念会の折に、受付で全員に配布された36ページの小冊子があります。その内容を順を追って紹介していきますが、遠藤氏によって朗読された部分等、割愛する部分もあります。

 また、この小冊子は非売品ですが、西尾先生のご好意により、多少残りがあるので、ご希望の方にはお分けしたいとのことです。希望される方はその旨を明記し、コメント欄にてご連絡ください。住所等個人情報は折り返しメールが届いたときに、メールに記述してください。

(文・長谷川)

小冊子紹介(七)

書 評

堤 堯:WiLL2007年5月号

堤堯の今月この一冊

 「本居宣長はニーチェに似ている」こんなセリフは、人も知るニーチェ学者の著者にして、はじめて言い得る。

 荻生徂徠、本居宣長、新井白石らの文献学(=歴史認識)は、日本のアイデンティティをまさぐる必死の営為だった。

 「地球上で歴史認識が誕生したのは地中海とシナと日本の三つ。そこに花開いた文献学は、単なる学問ではなく、新しい神を求める情熱と決断のドラマだった」

 と著者は断じ、江戸の思想家たちが演じたドラマを、世界史的な構図のうちに展開して見せる。

 同時期、西欧においても歴史認識の確立が図られた。カント、フィヒテ、ブルクハルト、ヘーゲル・・・・・。それらに比べて、徂徠・宣長・白石らは遜色がない。それどころか、活躍した時期をみても、彼らは西欧に先駆けていた。

 これら江戸期の先哲は、西欧に学ぶ機会もなく「明治」を準備した。すなわち一概に近代日本は西欧に倣(なら)って誕生したとするのはウソで、日本における「近代的なるもの」は、日本史の内部から熟成して出て来たのであり、西洋史とは関わりなしに、むしろ西洋史より早く姿を現している。彼ら江戸期の知的ダイナミズムこそが「明治という国家」を生む母胎となったのだ・・・・・。

 小欄の粗雑な総括だが、以上が著者の言わんとするところである。

 もとよりこれは旧来の歴史認識の「常識」に反する異説であろう。異説は、何を論じるかではなく、いかに論じるか、コトは説得力にかかってくる。その点、著者の膂力(りょりょく)たるや凄まじい。さきの先哲らにも似た壮絶な力業で、読む者は知的興奮を必ずや覚えるだろう。

 「註は構わずに、ひととおり(早足で)通読して欲しい」

 と著者は言うが、この註が滅法面白い。なんでも註の作成に二年を要したとのこと。たとえば丸山真男は徂徠を読み間違えているとして、これを駁した註などは白眉である。

 もとより著者の作業は、今日的な意味をこめている。

 「いつの世にも外来思想と日本の知識人との関係は、外を外として見るのではなく、内の都合で外を見て、あげく外も見えないし、内においても観念的遊戯に終わる」

 さきの先哲らは、そうではなかった。

 「論語に意地悪い目を向け、密(ひそ)かに孔子に対抗心を抱いていたのは、中国の儒家にはまったくなく、おそらく世界広しといえども荻生徂徠ひとりであったでしょう」

 そして著者の視線は中国儒教と日本人との関係に向かう。

 「表向きは孔子を立て、現実には韓非子の思想で統治する・・・・中国儒教の背後に法家が秘せられています。儒教は徳治という壮大なフィクションにすぎず、実験意志でしかありません。中国人はそれを半ば信じ、半ば信じていないのです。日本人は信じすぎたのがいけない、そうではないでしょうか」

 韓非子や荀子に代表される法家の思想とは、人間の本性を悪と見て、これを礼によって包み込んで秩序を維持する、つまりは人間性悪説を言う。これからの日中関係に心すべき警告と聞くべきであろう。

 壮大にして痛快、エキサイティングな挑戦の書である。

小冊子紹介(六)

書 評

知の冒険者たち(2)    文・長谷川三千子
 
 「私は思想史には関心がなく、偉大な思想家にのみ関心があります」と西尾氏は言ふ。この一言こそ、この著作の根本精神をずばりと言ひ切つた一言、と言つてよいのであるが、氏がここに「偉大な思想家」と言ふのは、そのやうにして時空をとびこえることのできる知の冒険者たちにほかならない。と同時に、そのやうな知の飛躍をうながすに足る、思想のエネルギーと透明度をもつた人たちこそが、この「偉大な思想家」の名にあたひする、とつけ足すことも許されるであらう。

 その意味では、この本に登場する人々のうちで、もつともこの「偉大な思想家」の名にふさはしいのは本居宣長である。西尾氏にとつての宣長は、単なる「ナショナリスト」でもなければ、単なる「文献学者」でもない。宣長は、まづ何よりも、のこされた言葉といふ唯一の手がかりを虚心にたぐつて、古代の人々の心の真実をつかみ取らうとした人である。そして西尾氏もまた、宣長の言葉を虚心に受けとり、その歩みを共にするうちに、江戸からさらに古代へと、知的冒険の翼をひろげることになるのである。

 当然のことながら、ここでの西尾氏の視線は、これまでになかつたほど近々と「カミ」の方へと向けられてゐる。天照大神とは、太陽のことであり、そしてカミである、と言い切つて一歩もしりぞかない宣長に、圧倒され、魅了されつつ、西尾氏は、自らもカミについて思ひめぐらし始めてゐる。

 「神話学」などといふものがすでにそれ自体神話の破壊にほかならないことを肝に銘じつつ、氏は神話を神話として受け取るといふ知的冒険のうちに踏み込まうとしてゐる。そしてこれは、きはめて当然、自然の展開と言ふべきであらう。なぜならば、「偉大な思想」とは、それがいかに冷静で理性的な精神によつて貫かれてゐても、つねにいくばくかの「神学」を含むものだからである。「私は……偉大な思想家にのみ関心があります」といふ自らの言葉を、氏は決して裏切つてゐないのである。

(ついでながら、この本の中には、つい膝を打ちたくなるやうな気のきいた至言が、あちこちにちりばめられてゐる。たとへば、文字と言葉について語るなかで、氏が「『現代かなづかい』は矛盾がありすぎ、『旧仮名』・・・・・は無理がありすぎ」る、と評してゐるのも、まさしく言ひ得て妙である。ふり返つてみれば、この文章も含めて、私はまさにこの「無理」の手ごたへを無二の友として文章を書いてきたのである。これは私自身にとつても思はぬ自己発見であつた。)

小冊子紹介(五)

 
書 評

長谷川三千子(埼玉大学教授):『諸君!』平成19年4月号
《BOOK PLAZAコーナー・REVIEWより》

知の冒険者たち(1)

 白状すると、本書が『諸君!』に連載されてゐたとき、私はあまりよい読者ではなかつた。三段組で雑誌の片隅におし込められてなんだか窮屈さうだ。といふ印象が先に立つて、あまり食指が動かなかつたのである。けれども、いまかうして一冊の本にまとめ上げられてみると、この著者は、さながら一羽のおほとりがその翼をひろげて悠々と空を舞ふのを見る、といつた気分に人をさそふ。そして、読みすすんでゆくうちに、ふと気がつくと、われわれ自身もまた、いつの間にかその飛翔を共にしてゐるのである。

 と言つても、なにもことさらに構へて読む必要はない。もともと講演の記録をもとに書き足されていつたこの本は、時としてきはめて学問的な内容にまで話が及ぶにもかかはらず、著者自身の言ふとほり、「耳で聴いて分る平明さ」が特色である。ただふらりと立ち寄つて、著者の話に耳を傾けてみれば、たちまちその生き生きとした語り口が、われわれを話のうちへと引き込んでくれるのである。

 しかしそれにしても、なぜ「江戸」なのか。たとへば、一時期「江戸ブーム」などといふものがあつた。日本がはじめて明確に日本といふものを意識しはじめた時代であると同時に、実は存外「国際的」でもあつた江戸時代、われわれが「近代」としてしか知らなかつたものが、すでにあらゆる領域において芽生えてゐた江戸時代――そんなかたちで「江戸」が人々の注目を集めるやうになつたのは記憶に新しい。西尾氏ももちろうさうした認識を共有してゐる。『江戸のダイナミズム』といふ表題もそれを前提としてゐると言へよう。

 けれども、そんな風にして「明るい江戸」に注目するとき、われわれはつい現代の自分たちの価値観をそこに投影してしまひがちである、と西尾氏は警告する。江戸は情報化がすすんでゐた、などと言つて嬉しがるのも、江戸は人権意識が低かったと言つて貶すのも、実は同じ精神態度のあらはれにすぎないのではないか、と氏は指摘するのである。『江戸のダイナミズム』が探索しようとするのは、「明るい江戸」でも「暗い江戸」でもない。その時空を、その時空のうちから眺める、といふのが西尾氏の基本姿勢である。

 そして実は、このやうな西尾氏の基本姿勢は、そのまま「なぜ江戸なのか?」といふ問ひへの答へともなってゐる。といふのも、氏を江戸時代へと惹きつけてゐるのは、単にその社会のシステムや豊かさなのではない。この時代に出現した、何人かの傑出した精神の持ち主こそが、西尾氏にとつての江戸の魅力の核心をなしてゐるのであるが、彼らに共通してゐるのが、まさにこの基本姿勢なのである。この本に取り上げられてゐるのは、荻生徂徠、富永仲基、本居宣長といつた人々であるが、これらの人々は、研究領域も思想内容も異なつてゐながら、自分たちの時代の常識を異なる時代のうちに持ち込むことを徹底して排除する、といふ点において見事に一致した人々である。そして、自分とは全く異なる時空の発想を、なんとかして生のかたちでつかみ取らうとする彼らの情熱が、西尾氏を魅了してやまないのである。「江戸のダイナミズム」とは、言ひかへれば精神のダイナミズム――時空をとびこえて精神が精神をとらへ、ひびき合ふ、そのダイナミズム――にほかならない。

つづく

小冊子紹介(四)

 書 評

佐藤雅美氏(作家):『週刊文春』平成19年2月22日号月号)
《文春図書館コーナー・今週の三冊より》

著者はニーチェやショーペンハウアーの研究・翻訳を出発点とし、文学、教育、政治、国際問題など幅広いテーマをめぐって旺盛な評論活動を展開しておられる評論家であり、ドイツ文学者である。本欄の読者には、超ベストセラー『国民の歴史』の著者と紹介したほうが分かりが早いかもしれない。

 本書は文藝春秋刊の月刊誌『諸君!』に2001年7月号から2004年9月号まで約三年余の間に、二十回にわたって断続連載されたものに若干の加筆修正をほどこされたもので、評者は、連載されているときに熟読した。そのときの感想を一言でいうなら、スケールの大きな長編推理小説を読まされているようにスリリングで、かつ知的興奮を極度に刺激されるというものだった。『国民の歴史』にも同様の感想を持ったのだが、さらにスケールアップされたものといってよく、いつになったら単行本化されるのかと心待ちにしていた。

 それがこのほどやっと刊行され、すぐさま手にとり、あのときの知的興奮がいま一度蘇るものだろうかと心をわくわくさせながら丹念にページを繰った。結果は、そう、そのとおり、そうだったと、頷きながらあっという間に満足して読み終えた。

 本書の内容や骨子は要約するのがとても難しい。奥が深く、中身が濃すぎて、どう述べても舌っ足らずになってしまうからだ。だがあえていうなら、江戸時代の大学者、おそらく現代までひっくるめて彼らにおよぶ学者は日本には現れていないと思われる大学者、荻生徂徠と本居宣長の思想・思考を軸に、著者があとがきでいわれている「『日中欧の言語文化ルネサンス』に関わるさまざまなテーマ」を「あたかも同じメロディが輻輳して絡まり合い、くりかえされるうちに異なる音色をかもし出し、新たな曲想を得て、フィナーレへ向かって響き合い高まっていく交響曲」のようなものといっていい。

 といって内容は類書にありがちな、二、三行も読むと瞼が塞がる無味乾燥なものではなく、そこには巧まずしてストーリーがあり、倦ませることなく飽きさせることなく展開していて、こういっては畏れ多いのだが文章もこなれていて読みやすく、またはっとするほど、小説家も顔負けするほど、表現や比喩に天性の上手さ巧みさがある。

 そのうえになお、契沖、富永仲基、上田秋成、ソクラテス、ニーチェ、清朝考証学者など古今東西の学者をびっくりするほど大勢登場させ、彼らの思想・思考を縦糸にあるいは横糸にして構築される世界に、わたしたちはいつの間にか引きずり込まれ、酔わせられている。ちなみに本書には人名索引に事項索引が付されているだけでなく、参考文献も挙げられていて、数えるとなんと原書も入れて380冊、全集が35にもおよんでいた。これだけの量の参考文献は買って揃えるだけでも難事といってよく、読みこなすなどとうてい常人のなしうる業とは思えないのだが、すべてに目を通しておられるというのは過度に親切なほど付されている注釈の量からも推測がつく。

 また参考文献を多用する場合、人はややもすると、援用するだけだったり頼り切ったりで終わりがちなのだが、そうでなく、むしろ遠慮なく料理して、是は是、非は非とし、名指しして批判されて容赦がなく、それが腑に落ちてまたとても気持がいい。ジャンルはあえていうなら思想・啓蒙書だろうが、類書にはない、肩の凝らない読み物としてぜひ一読をお薦めしたい。

つづく