「移民問題連絡会」の立上げと「トークライブ」(観覧報告)

〈ゲストエッセイ〉                  平成26年7月6日

  

                      小川揚司(坦々塾事務局長)   

 今般、西尾幹二先生は「移民問題連絡会」を立ち上げられ、関岡英之氏(評論家)、三橋貴明氏(経済評論家)、河添恵子氏(ノンフィクション作家)、坂東忠信氏(元警視庁北京語捜査官)がそのメンバーとして参加されるところとなりました。そして、西尾先生は、雑誌「正論」の小島編集長と語られ、この気鋭の論客四氏に呼びかけ、河合雅司氏(産経新聞論説委員)も加わり、7月6日(日)のトークライブ「日本を移民国家にしてよいのか」(雑誌「正論」主催)に出演される運びとなりました。

 この「移民問題」と云う深刻なテーマに、主催者の観覧者募集広告に対し、応募者は6月半ばの時点で会場の収容能力の限度である八百名を超え、主催者が更に殺到する応募を断るのに大童になる一幕もあり、この問題に心ある国民の関心が如何に高いかを如実に表すところとなりました。そして、当日、会場の「グランドヒル市ヶ谷の大広間」は、忽ちのうちに真摯な観覧者で埋め尽くされました。

 開演冒頭、主催者の挨拶に続き、西尾先生は、約7分間、満場の観覧者を前に、このトークライブの趣旨とするところを次のように語られました。

「私は丁度25年前、中国人に偽装したベトナム難民の渡来事件が起こり、 外国人単純労働者受け入れの是非が世の中で問われだしたときに、外国人受け入れに慎重論を展開した。聴衆の中でご記憶の方も居られるかと思う。
そのとき確認したメインポイントが8点あり、今もなお有効かどうか、本日のトークライブを聴かれた皆様にご判断いただきたい。

1.日本人は必ず加害者になる。
   被害者にもなるが、加害者とされ、国際誤解を招くような事件が必ず起こる。フィリピン人女性の変死事件で、日本では話題にならなかったが、フィリピンでは連日新聞が書き立て、悲劇のヒロインの映画までつくられた。

2.労働者受け入れ国は送り出し国に依存する。 
  大相撲をみれば分かるように、彼等送り出し国のパワーに日本側が取り込まれてしまう。ドイツではお金をつけてトルコ人を帰国させたが、同じ数の別のトルコ人がドイツに戻ってきてしまった。ドイツ側が特定の職業の専門集団であるトルコ人を必要とするからである。例えば、洗濯屋さんはトルコ人の仕事になっていて、代わりがいない。同じようなことは日本にもあるだろう。

3.入ってくるのは人間であって牛馬ではない。
   一度入ってきて日本のために働いた人を、強制的に帰れとは言えない。妻子を呼ぶなとは言えない。大事なことは、外国人もまた日本に来たら、日本で「出世」を望むことだ。彼等も老人になり「介護」を必要とすることになるだろう。

4.期限を切っても大半は必ず定住化に転じる。
   今までの各国の実例が示している。

5.日本には労働者階級はいない。
   日本は階級差が少なく、永続的な「カースト」は日本には存在しない。   
   移民達は自国の「カースト」を日本に持ち込む。日本に来て民族間の差別、中国人→ベトナム人→フィリピン人 といった格差を持ち込み、日本の流動的な社会を固定化し、創造的な日本文化を脅かす。

6.日本人は諸外国のように外国人を冷酷に対応できない。
 シンガポールでは、フィリピンメイドが多数働いているが、彼女等は定期的検診を受け、妊娠が判明すると国外退去を命じられる。シンガポールの雇い主の男性が原因でも、責任はメイドだけが問われ、追放される。
世界中どこでも外国人に対する「差別」が構造化している。日本人は 冷酷に対応できないだろう。メイドと一緒に食事をしたりするようになるだろう。我々は犬猫の前で裸身になっても平気だが、外国の使用人の前でも裸身になることができるだろうか。欧米人は犬猫を前にしたように外国人を扱う。

7.世界は鎖国に向かっている。
   移民国 カナダ、オーストラリア、アメリカでも導入を拒否し始めている。

 8.石原慎太郎氏は判断を間違えている。
   SAPIO(6月号)で石原氏は「太古から世界の人材と文化受け入れてきた日本の寛容を知れ」と言っている。氏は25年前から似たようなことを言っているが、勘違いしている。二千年にわたって少数づつ入ってきた技術者などと、今、地球の人間大移動期、イスラム教徒と中国人の大量移動の場合とは意味が違うので同一視はできない。
   それに、宗教的に包容力のある日本文化も、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、韓国儒教などの原理主義は基本的に受け入れていない。型どおりに包み込むが、歴史の中に取り入れず、歴史の片隅に置き去りにして行くだけだ。
   日本文化は選択している。大量の原理主義の導入は、日本文化の包容力を壊す恐れがある。
石原氏に再考を求める。」

 そして、西尾先生の司会により、パネリスト報告に入りました。

 パネリスト五氏の報告は、いずれも現実を具に見据えた視点から問題の本質を鋭く指摘するものであり、憂国の熱誠と相俟つ熱弁に満場の観覧者も文字通りざわめき一つなく熱心に聴き入り、結節毎に拍手で応え、場内の熱気と凛とした緊張感は高まり続けました。途中15分の休憩をはさみ、後半のフリートークに入ってパネリストの熱弁は更に舌鋒の鋭さを増し、聴衆もパネリスト達と一体化して呼吸する空気を、聴衆の一人として筆者もヒシヒシと感じました。

 やがて、トークライブも終演に近づき、司会者の西尾先生が、パネリスト達の諸提言を素早く集約され、次の8項目にまとめて、力強く再度読上げられました。

1.外国人受け入れ政策は、諸外国の事例を踏まえるべきであり、国民的議論なく進めることは認められない。

2.外国人単純労働力の受け入れ拡大は、日本の移民国家化と同じである。(国連における移民の概念は、1年定住)

3.高度人材の受け入れ要件と審査こそ、その厳格化を必要とする。

4.外国人労働力の受け入れ拡大は、国内労働者の賃金を下げ、格差社会を拡大するため、景気回復にはつながらない。

5.労働力不足は日本人だけで解決することができる。

6.日本在留者の犯罪検挙率・犯罪検挙数・犯罪検挙人口が国別で上位3カ国の出身者については、特に厳格な受け入れ基準を設けるべきである。

7.移民政策は少子化対策・人口問題の解決にはならない。

8.移民問題は、国防問題にほかならない。

 観覧者の少なからぬ方々がこの8項目を書き留める姿を筆者も目撃し、また、大きな拍手により、満場が賛同の強い意志を表したことを筆者は確認した思いでした。そして、残り時間も僅かとなって、ようやく質疑応答の時間となり、少なからぬ方々が挙手をされましたが、当てられたのは数人の方々で、斉しくパネリストに謝意を表した後「これらの提言は具体的に政府に建白すべきである」「何故、政府が外国人労働者の受け入れを閣議決定し、法案成立に向けて画策していることをマスコミは積極的に報道しないのか」と云った厳しく鋭い真摯な質問も相次ぎ、西尾先生をはじめ壇上のパネリストの先生方も大いに意を強くされたことであろうと、また、会場に参集された方々のご見識と憂国のご熱誠も本当に高いものであったと、筆者も深く感じ入ったところです。

 その気運を反映されてか、終演の挨拶において主催者も「今後、産経新聞においても、雑誌「正論」においても、特集を組んでこの問題に関する国民的議論にしっかりと取り組み、向かい合ってゆく」旨を言明されるところとなり、移民問題連絡会 代表の西尾先生をはじめとする諸先生の堅固なご決意とともに、この運動の行く手に確かな光明を見出した、そのような思いを筆者も強く感じた次第です。

 而して、降壇される西尾先生達パネリストの諸先生を、満場の観覧者は万雷の拍手で見送り、トークライブは大成功裏にお開きとなりました。

 あらためて、壇上で熱弁を奮われた西尾先生と気鋭の論客諸先生達に、またこのトークライブを企画・運営された「正論」の小島編集長達に深甚の敬意を表し上げ、そして、それを支えられた編集室のスタッフの方々、坦々塾の有志の諸兄に深く感謝を申し上げて、ご報告の筆を擱くことといたします。
以上

西尾追記

三橋貴明氏の以下の新刊本を推薦します。

移民亡国論: 日本人のための日本国が消える! (一般書) 移民亡国論: 日本人のための日本国が消える! (一般書)
(2014/06/27)
三橋 貴明

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無能なオバマはウクライナで躓き、日中韓でも躓く(四)

 気鋭の歴史研究家、渡辺惣樹氏が『アメリカはいかにして日本を追い詰めたか』(草思社)という日米開戦に関する新しい観点の一書を世に問いました。フランクリン・ルーズベルト大統領の戦争責任に関する、アメリカにおける論争史を整理したような内容です。ジェフリー・レコードという国防政策の専門家が分析し、二〇〇九年に発表した開戦に関する文書、「米国陸軍戦略研究所レポート」と題されていますが、これを渡辺氏が翻訳し、自ら詳細な解説を付して二部構成の書物に仕立てています。解説の方では当時のアメリカの世論の動向をていねいに説明し、ルーズベルトの功績を高く買ってその戦争指導は大筋において正しかったと評価する従来の説と、そこに陰謀やソ連への無警戒、悪夢のような冷戦、共産国家中国を作ってしまった罪責などを見届けようとする否定的な説、前者を「正統派」とすれば後者は「修正派」と呼ばれていますが、この二つの織りなす解釈の流れを語っています。

 歴史観にはやはりこのようにオモテとウラがあります。オモテは最初に公認され、通説として確立されて根強いのですが、ウラも無視できず、ウラが有力な証拠を突きつけて、通説を破壊し、少しずつ習慣化したオモテの公認史観を修正し、色を塗り替えていくプロセスは、日本の戦後史のようにオモテが硬直化し、観念化し、動かなくなってしまったのと違って、大変に参考になります。

 先述の「米国陸軍戦略研究所レポート」は基本的には「正統派」に属するのですが、日米開戦に関しては「修正派」の立場でもあり、その結論はルーズベルトが過重な経済制裁を加えて日本を「戦争か、アメリカへの隷属か」の二者択一へと追い詰めた外交政策に開戦原因の一半があったと見る方向の考え方を大胆に検証したものです。

 最近はフーバー大統領の回想録やビーアドの『ルーズベルトの責任』等により、この方向を模索する動きは勢いを得ていますが、だからといって現民主党政権内のオバマ大統領やケリー国務長官やサキ報道官の頭の中まで変えるにはまだ至っていません。第二次大戦の戦争責任はアメリカにもあった、と認めさせることはいつの日か可能でしょうが、アメリカにこそあった、と認めさせることは恐らく容易ではありません。まして慰安婦問題を持ち出せばこれは人権問題だ、と別件扱いされるでしょうから、戦争責任の問題(「侵略」の概念の問題)に結びつけるのは得策ではないと思います。(という意味は河野談話と村山談話は別テーマだということです。)

 渡辺氏の本の結論にさながら符合するかのごとく、私の最新刊『GHQ焚書図書開封9』(徳間書店)は『アメリカからの「宣戦布告」』という題で、三月三十一日付で刊行されたばかりです。開戦の直接の原因となったアメリカによる経済封鎖の実態、石油、鉄と屑鉄、非鉄金属、機械類などの禁輸、船舶航行禁止、そして最後に資産凍結に至った、日本人が今やすっかり忘れてしまった恐怖の日々の実相を伝えた内容の本です。あのときの世界情勢の中での、アメリカの暴戻と戦争挑発、ぎりぎりまで忍耐しながらも国家の尊厳をそこまで踏みにじられては起つ以外になかったわが国の血を吐く思いを切々と訴えた、貴重な記録となった一冊であります。

 いま読者の注意を促したいのは単にこの本自体のことではなく、渡辺さんの本と私の本との二冊の開戦動機の内容の接近です。私の本は昭和十八(一九四三)年刊行の古書に依拠しています。「米国陸軍戦略研究所レポート」は二〇〇九年に書かれ、渡辺さんの著作自体は二〇一三年刊です。ルーズベルトの過酷な経済封鎖に開戦の原因を見出している点で両者は共通しています。細部はいま措くとして、六十六年という長い歳月を間に挟んで、歴史は敵味方を越えて同じ現実を露呈させつつあるのが興味深いのです。あの過去は政治ではなく、だんだん歴史に、本当の歴史になりだしているのです。

 敗者が体験していたものが真の現実で、永い間勝者がそれを蔽い隠してきました。勝者のプロパガンダが真相に蔽いを掛け、敗者は法令、教育、放送、言論などを通じて、現実にあったことは考えてはならない、言ってはならないこととして、「洗脳」を強いられてきました。オモテがウラを押し隠してきたのです。そのため日米開戦については最初のうちは敗者の挑発であり、犯罪であるとされ、やがて少し時間が経っても敗者の失敗か愚行であったと言われつづけ、いまだにそのようなマインドコントロールが色濃くて、一定の締めつけを続行しているのですが、時間とはこわいもので、勝者もまたウラを覗くようになります。オモテの胡散臭さに耐えられなくなるからです。

 ただしすべての戦争がこのような経過を辿るとは考えていません。ナチスとの戦いでは右のようなことは言えないでしょう。日米戦争は欧州大戦とは異なります。戦勝国アメリカの側に日本に対する戦争目的そのものの曖昧さの自覚があり、第一次大戦後のパリ講話会議より以後に日本を一方的に追い込んだ外交上の無理強いの自己認識があるのだと思います。というのも対独戦争の記録は開戦前からほぼすべて公開されたのに、対日戦争の記録は外交も軍事も含めて未公開のものが多く、どのくらい蔵されているのかも分らないほどです。なにか表に出したくない理由が英米側にあるのだ、と国際政治学者は言っています。後めたさがあるのでしょう。全部公開されたらウラがすべてオモテになり、東京裁判の悪行が白日にさらされることになるのではないでしょうか。

 そういうわけですから日本人は自分の歴史に自信をもってよいのです。私がGHQに没収された古書の文字をこつこつと拾い出しているのは、そこからは愚直な声、真実の響きが聞こえてくるからです。例えば東欧やフランスのナチ協力者は民族への薄汚い裏切り者とされますが、アジア各国の旧日本軍の協力者は各民族の愛国者であり、戦後も民族国家の建設に邁進した人々です。もうそれだけで二つの敗戦国は決定的に違うのです。

 最近のドイツが中国や韓国の口車に乗って反日プロパガンダに興じるのは哀れな自己欺瞞です。ホロコーストは今の自分たちとは関係ない、あれはナチがやったのだと言ってドイツとナチを区別したがる彼らは、他の国の歴史の中に悪の道連れを無意識に欲しているのです。そういう苦しいドイツ人を利用しようとする中国人や韓国人のほうがよほど悪魔的ですが、最近ではユダヤ人の発言に、ホロコーストと慰安婦とを同一視されるのはたまらない、いやだというクレームをつける向きがあるそうです。それはそうでしょう。ナチスドイツはルーマニアやポーランドからの若い女性の強制連行も軍が直接手を出した慰安施設の経営管理もやっていましたが、そのていどのことはホロコーストの惨劇に比べれば影が薄く、戦後だれも問題にしませんでした。常識は物事のバランスや程度をつねに秤りにかけて考えます。いまアメリカ政府が韓国の主張にもならない主張を使って日本の不満を抑えにかかろうとするのは、考えによれば中国人や韓国人よりも悪魔的なことなのかもしれません。

 日本は外交上の戦術を考えるべきです。ワシントンで安倍首相に日本人の名誉のための記者会見を開いて欲しいという渡部提案に私は先に賛成しましたが、このほかにも日本が意図的に打って出すべき主張はあります。戦前から人種平等の精神を謳っていたわが国政府はユダヤ人排斥に政府として反対でした。五相会議で「猶太人対策要綱」を国策として決定しましたが、これを主導し提案した人は板垣征四郎陸軍大臣(A級戦犯)でした。また、ユダヤ人問題ベテランの安江仙弘陸軍大佐や樋口季一郎陸軍少将の行動をドイツ外務省の抗議から守って、ユダヤ人擁護に道をつけたのは東條英機(A級戦犯)や松岡洋右(A級戦犯)でした。くりかえしますが日本は国策としてユダヤ人排斥に反対していたのです。杉原千畝はただそれに従っていただけで、勇気ある個人的善行であったとは必ずしも言えません。杉原の行動はそれはそれで立派ですが、戦後日本の外交当局が東京裁判をひたすら恐れて、史実の全貌を示さず、杉原の個人芸を強調したために、国家としての日本の名誉は失われました。また過去の指導者たちの天に恥じない義に従った行動が曲げられてしまいました。日本政府はユダヤ世界とユダヤ人の多いアメリカ社会に向けて右の史実を明瞭な言葉で公表し、併せて東條英機をヒットラーとするたぐいの中国韓国にはびこる妄論を一掃していただきたい。

無能なオバマはウクライナで躓き、日中韓でも躓く(三)

 安倍首相は三月十四日に参議院予算委員会で河野談話を安倍内閣において見直すことはないと表明しました。さらにこうも述べたといいます。「慰安婦問題については筆舌に尽くしがたい、辛い思いをされた方々のことを思い、心が痛む」。また村山談話についても「歴代内閣の立場を、引き継いでいる」と。今までのご自身の意向をとり下げ、すべての期待をもひっくり返す驚くべき発言といわざるを得ません。海外で献身的に慰安婦像の取り下げ運動をしている愛国者たちに日本政府は合わせる顔がないでしょう。

 同じ方針を菅官房長官は十日に公表していました。アメリカ国務省のサキ報道官は十日の記者会見で、安倍政権が「河野談話を支持する立場」を明らかにしたとの認識を表明し、韓国を念頭に近隣諸国との関係改善に向けた「前向きな一歩だ」と評価したのです。そして「今後とも過去の歴史に起因する問題に取り組むよう日本の指導者に促していく」とも述べたというのです。

 菅官房長官は十一日の記者会見でこれを承けて、河野談話の継承はたびたび述べてきた通りだと重ねて強調し、さらに「決着した過去の問題が韓国政府から再び提起されている状況なので、しっかり(談話の作成過程を)検証する。国会から要請があれば、調査結果の提出に応じる」とも言っています。十二日には検証の結果にかかわらず、談話を見直す考えはないとも補説しました。同日斎木外務次官が韓国を日帰り訪問しました。参議院予算委員会における首相の十四日の正式発言はこれら全部を承けています。

 韓国がアメリカ国内のいたるところに慰安婦像や石碑を次々と乱立させようとしていることは周知の通りです。さらにフランス国際漫画祭での日本侮辱の展示、ハルビン駅頭での安重根の記念館の開設、ユネスコ・世界記憶遺産への性奴隷犯罪資料の登録や記念日制定の推進、など今や国や手段を選ばぬ狂乱ぶりです。中国もこれに歩調を合わせ、世界五十ヵ国の外交機関で、靖国参拝はナチスの墓詣りに等しく、東條英機はヒットラーと同じであるとの国際キャンペーンを展開しました。習近平はドイツ訪問に際し、ホロコースト施設訪問を希望し、そこで日本誹謗演説を企てましたが、さすがこれはドイツ政府から拒まれました。

 中国の歴史非難は、日米間に楔を打ち込む政治意図があり、韓国をそこから切り離し、引き戻そうとするのがアメリカ政府の思惑でしょう。ただ動機があるていど読める中国と異なり、韓国の心理状態はすでに病的です。日本が謝罪し後退すれば対日攻撃はこれに反比例し、笠に着て増大することは経験上明らかです。日本の忍耐は限界に達している近年の異常ぶりは、果たしてオバマ大統領にきちんと伝えられているのでしょうか。サキ報道官の言葉から伺い知る限り、アメリカ政府は困難を理解しようとする気がなく、東アジアの現実をひどく軽く考えているように思えてなりません。そしてただ日本にだけ過重な心理負担を要求するのであれば、今まで協力的だった保守的国民階層のアメリカ離れはさらに急速に進むでしょう。

 日本政府は河野談話を検証はするが見直さない、と言ったわけですが、これはいったいどういう意味でしょう。安倍氏は第一次内閣と同じようにまたまたへたれたということでしょうか。「戦後レジームからの脱却」はどうなったのでしょう。ここが踏ん張り所ではないのですか。

 サキ報道官は日本の決定を「前向きな一歩」と評価しましたが、日本とアメリカは価値観は同じではありません。日本の歴史認識は日本人が決めるのです。サキ氏の物言いは傲慢です。われわれは単に自国愛と自尊心からのみ言っているのではなく、中国と手を組んだ韓国の度重なる対日侮辱は、日米韓の防衛協力を不可能にするようなていのものです。敵性国家はどこかを新たに露呈させました。日韓両政府の非公式協議で日本側の一人が、半島有事が起きたとき日米安保の事前協議において、日本は米軍が日本国内の基地を使うことを認めないこともあり得ると発言したとき、韓国側は凍りつき、言葉を失ったといいます(産経新聞三月十八日)。日米同盟の対策を根本から練り直さなければならないような現実の変化が起こっているのです。北朝鮮有事に際し、韓国は中国側に寝返る可能性が高いのです。ロシアの不安な心が事前に読めなかったオバマ大統領は、日本の不安な心もまったく分らないのかもしれません。

 日本の側も黙っていては何も動きません。渡部昇一氏がいい提言をしています。安倍首相自身がワシントンに行って会見を開く。事前に慰安婦に関する想定問答集をつくって研究し、効果的な応答の仕方を準備し、世界中のテレビや新聞の質問に答える。渡部氏は言います。「安倍さんが断固として発言する。そうしなければ日本の名誉は永久に回復されないでしょう」(渡部昇一・馬渕睦夫『日本の敵』飛鳥新社)

 私も賛成です。安倍さんならできる。首相の弁論能力を高く評価しています。問題は腹を括って決断できるか否かの一点です。

 慰安婦問題と尖閣の防衛問題がいま同時に現われたのは偶然ではなく、韓国と中国を用いてアメリカがあらためて敗戦国日本を抑えたがっている点に問題の本質があるのです。

つづく

無能なオバマはウクライナで躓き、日中韓でも躓く (二)

無能なオバマはウクライナで躓き、日中韓でも躓く (一)

 オバマ政権は世界が見えなくなっています。世界の中の何が重要かつ肝心なポイントであるか、自分の権能の及ぶ範囲はどこまでで、どこから先に仮に力が及ばないならきちんと計算して予防措置の先手を打つべきではないか、というようなことが分らなくなっているのです。

 韓国が昔とは違った国になっていて、中国の従属国に自ら進んで転じたことに日韓問題の新局面があることにオバマ氏は気がついているのでしょうか。イスラエルとパレスチナほどではないにせよ、日韓の間にあるのは根の深い宗教トラブルです。両国には議会制民主主義という制度上の共通点があるから、四月自分が来訪するまでに日米韓の首脳会談が開けるように調整せよ、と簡単に言って来ているのは、オバマ氏が冷戦思考にとらわれている証拠です。日韓の間に共通の価値観はありません。中国と韓国の間には恐らく一定の共通の価値観はあるのでしょう。

 オバマ氏の認識の低さはウクライナの失敗にもはっきり現われました。ウクライナの国家主権の統一を守りたかったのなら、ロシアの立場を著しく脅すような、冷戦の勝利に余勢を駆った一九九〇年代以来の西欧側からの攻勢を、アメリカは一定段階で停止し、手控えるべきでした。NATOの拡大や東欧のミサイル防衛システムの敷設などがみられるたびに、そのつどロシアはいらいらして反発し、抗議しましたが、アメリカはずっと黙殺しました。ウクライナはもともと緩衝地帯で、ロシアの影響を排除することはできない国家です。NATOやEUに参加するのを欲しているのは都市住民で、農民は必ずしも望んでいないと聞いたことがあります。ウクライナはしかも農業国家です。ロシア嫌いの住民が比較的多い西部地域で反ロシアのデモが起こったとき、オバマ政権はこれを支持するという間違いを犯しました。一気に火が点いて、ヤヌコビッチ大統領の追い落しが起こって、後もどりができなくなってしまいました。これ以上やればロシアは自らの地勢学的権益への脅威がぎりぎり限界を越えたと感じる怯えであろう、などと前もって想像できる親露派の知性が、オバマ政権の内部にはいないのです。日本に対してもそうでしたが、外交はいつも単眼的なのです。

 アメリカは武力財力ともに充実していた一極超大国の幻想の中にまだひたっています。しかもそれでいて本気でロシアを抑える軍事行動などを考えてもいません。その足元をロシアに見抜かれていました。口先で言うだけで何もしはしない。シリアへの軍不出動でみせたオバマの逃げ腰はプーチンに読まれています。そこで二言目には経済制裁を言うのですが、ガス・パイプラインを握られている西欧諸国がアメリカの望むような規模で制裁に同調するとは思えません。ロシア軍はクリミアの併合にとどまらず、アメリカの出方ひとつで、場合によってはウクライナ西部を侵攻し、全土を掌握することだって考えられないことではありません。
 要するにアメリカの失敗は、ロシアの強硬姿勢を予想していなかったことです。つまり相手を甘く見てなめていた。国境近くに迫る防衛上の脅威にはどの国も敏感で――クリミアも沖縄もその点では同じ――万難を排して予防に走るのを非難できないこと、等々にオバマ政権の理解が行き届かなかった迂闊さにあります。かつてキューバ危機で恐怖の挑戦に応じたアメリカが、ロシア側を不安にした「クリミア危機」を想像できなかったのは、ヘーゲルもケリーも焼きが回っていたとしかいいようがありません。ソ連崩壊後のロシアはもう大国ではない、と安易に考えていたに相違なく、プーチンの登場で国際政治上の立つ位置が変わりつつあるのを、考えていなかったのでしょう。

 国際政治は刻々動いていて、大国と大国、大国と中小国との力のバランスの関係も微妙に揺れつづけ、変動しています。それゆえ国際情勢の鏡に自分を写して自分の位置を知るのは難しく、日本人にはとくに苦手だといわれ、アメリカを鏡にしてわれわれは戦後、外交上の行動計画を立てていたわけでしたが、その頼みとなるアメリカが今や当てにできません。安倍首相が政権発足以来、世界中を飛び回る外交活動をくりひろげてきたのは、アメリカという基軸のこの不安定のせいでしょう。同じようなアメリカへの不安を、トルコ、サウジアラビア、エジプト、イスラエル等々も感じています。ロシアの地位が相対的に上っているのもそのせいで、ロシアに安倍首相が早くから敏感に反応しているのもその同じ不安のゆえでしょう。先に名を挙げた「戦前生まれの保守重鎮」の面々が現役であった時代には、アメリカという基軸は安定していました。自民党は「親米保守」の単一路線の上を迷わずに黙って歩んでいけばよかったのです。しかし今はそうは行きません。安倍首相のご苦心のほどが察せられますが、ウクライナ問題で躓づいたアメリカの外交知性がアジアにおいて再び同じ躓きを演じはしないかが心配です。

 オバマ政権にはまともな「知日派」がいないようです。政権はほとんどすべて「親中派」で固められているのではないでしょうか。アメリカは中国からG2時代の到来だといわれ、太平洋は米中二国で共同管理するにふさわしいなどとふざけた言葉が飛び交わされる中で、鷹揚で融和的な姿勢をとりつづけています。

 三月十九日時点で、中国はウクライナ問題について明言せず、米露の動きを固唾を呑んで見守っています。アメリカは中国を見方につけてロシアを少しでも牽制したい。しかしプーチンの力による国境変更に有効な手が打てず、これが既成事実化するなら、中国の力による尖閣や南シナ海の現状変更に道を開くことになるでしょう。アメリカはじつは今、歴史の曲がり角に立っていて、いつの日にか起こり得る中国との大規模な衝突のテストケースを迎えているのです。

 それなのにオバマ政権は複眼で見ていません。ウクライナに気を取られて、中国の力を借りてロシアを抑えようとして、アジアで妥協し、ずるずると日本に不当な仕打ちをしかねません。アメリカはロシアに対して経済制裁が可能でしたが、米国債の最大の保有国である中国にどんな制裁の手があるのでしょうか。ここまで中国を経済的に肥大化させたのもアメリカの責任です。

 クリミアに軍事的に手出しができないアメリカが西太平洋の小さな無人島のために、いかに条約上の約束があるとはいえ、率先して介入するとは思えません。日本は自分の国土を自分で守る以外にない、待ったなしの瞬間を迎えつつあるのです。

つづく

渡辺望による全集九巻の感想(四)

 これは文学論から離れる内容で、補足的な感想なのですが、全集の後半、掌編の部分での『トナカイの置物』がとても面白く、上質の短編小説を読むような気持ちにさせてくれました。この文章は西尾氏・加賀乙彦氏・高井有一氏の三人のソビエト旅行でのある断片を描いたエッセイです。ロシア文化圏というところは本当に不思議で、こんな愉快な旅行が全体主義国家の支配下で可能だったことがとても信じられない。実に面白い楽天家のソビエト作家なんかも登場します。しかし何といってもロシア文化圏での大きな存在は酒でしょう。ロシア文化圏には欠かせない存在であるこの酒に楽しく翻弄されながら、いつのまにか氏たち御一行が、ロシア文学の世界の一齣を形成していってしまう、つまりロシア的雰囲気に飲み込まれていってしまう様が、鮮やかにわかる気がします。

 そのエッセイにこんな西尾氏の文章があります。

・・・ウォッカは人間を激昂させるなにかを持っているようだ。普通の酒とは少し違う。これを飲んでいると、ある瞬間からにわかに人が変わったようになる。しかも突然走り出したい衝動に人をかき立てる。ドミートリ・カラマーゾフがウォッカに激発されて、唐突に馬車を駆って走る場面があったように思うが、ウォッカ、それもロシア産のウォッカを飲まなければ、この気分は分からないのかもしれない。

「全集九巻」p486 

 旅行途中のある晩、この文章の説明の通り、ロシアウォッカを飲んだ西尾・高井・加賀の三氏はなぜだかわからないうちに深夜の街中を走り出してしまう。走り出して、まだ走りたりなかった西尾・加賀の両氏は、これまたなぜだかわからないのですが、相撲を取って、水溜りの中に転落した加賀氏は泥だらけになってしまうのでした。私は読んでいて心底、大笑いしました。

 またある日、グルジア産コニャックを嗜んだ三人の中で、加賀氏の様子がおかしくなる。そして、次のような場面になります。

・・・さらに暫くして、加賀さんが立ち上がった。ロシアのツァーリズムについてひとしきり弁舌した。ペトロパヴロフスク要塞監獄の印象がよほど強烈だったのに違いない。加賀さんは「俺は皇帝だ」といきなり、思いがけない言葉を口にした。それでも私たちは冗談だと思っていた。酔っているには違いないが、こういう紅潮はつねづねのことだった。それから加賀さんは自分の靴、帽子、万年筆、私のカメラ、鞄、買物袋、高井さんの上衣、シャツ、靴下、何でも手当たり次第に、空いている壁の下に持っていって、次々と並べ始めた。室内にあるものは誰のものであれ、もう彼には区別がつかなかった。しかしそれらを整然と並べることにかけては、不思議なことに乱れがなかった。高井さんがようやく起き上がって、おいどうしたんだ、止めろよ、と大きな声を上げた。加賀さんは「俺は皇帝だ」と再び言った。「見ろ、こいつらは囚人たちだ」。そう言って壁に整然と立てかけて並べたいっさいの物を指して叫ぶのだった。

「全集九巻」p488  

 加賀氏はとても優しい、責任感のある人物で、このとき壊してしまった西尾氏の骨細工のトナカイの置き土産を弁償するために翌日、西尾氏の制止にもかかわらず街中を歩きまわったといい、そのとき弁償してくれた置物はまだ西尾氏は大事にしているといってこのエッセイは終わります。終わってみればなんとも微笑ましいお話です。

 私は加賀氏の作品のよい読者ではありません。彼の作品では『宣告』と『湿原』と『フランドルの冬』、あとは彼のいくつかのドストエフスキー論を読み、それを下敷きにした解説をテレビで観たことがあるくらいです。しかし『フランドルの冬』に出てくる、まるでヨーロッパの内面そのものをあらわすような貴族出身の怪医師ドロマールは20代はじめの私の心に強い衝撃を与えたことがありました。メディアで観るときの優しい加賀氏の観念の中には、ドロマールや、あるいはドストエフスキーの世界のキリーロフやスタブローギンがひっそりと『住んでいて、ロシアの酒に触媒されて、ふと息を吹き返したのかもしれません。この全集感想で述べたように、小説家は自らが筆を起こした小説の時間・歴史の中へ、いつのまにか自己意識を見失ほどに取り込まれていき、そして最終章で再び自己意識に戻る、という意識の明晰と不明晰のドラマを演じる資質が必要とされます。不明晰のうちに住んでいる何かの謎めいた観念がなければ、人は文学などというものなんてやる必要はない。しかしそれがある人は、いつまでも文学に取り付かれる。そのことは近代文学でも、おそらく非近代文学でも同じだと思います。そういう意味では加賀氏は、実はもっとも小説家らしい小説家なのかもしれません。このさりげないソビエト旅行エッセイもそのような文学論の一つだといったら、大げさにすぎるでしょうか。

渡辺望による全集九巻の感想(三)

 これらの問題にさらに関連する全集収録の評論が「現代小説の問題」の二葉亭四迷論でしょう。三島やサルトルは近代小説の終点に近い時点から近代小説の限界を示したと思いますが、その逆、ヨーロッパ型近代小説の始点の時点にあった二葉亭は、近代小説の方法論を懐疑していました。「現代小説の問題」では、苦渋に満ち た作風でやはり近代文学小説の困難に直面している大江健三郎や古井由吉などについて触れたあと、二葉亭の前近代文学の性格について、「引けめ」と「不信感」をもって次のように説明されています。

 ・・・『浮雲』は、近代小説の先駆として、客観描写や写実という目標を一直線に実現したものでもないし、文語体の伝統的文学を上位に置いていたために文語の修辞に依存したのでもない。まさしくそのどちらにも「不信感」と「引けめ」を感じていた。近代小説を実現しているような、いないような、結局小説としても未完に終った中途半端な不均衡の上に、この作の独自性と、二葉亭の理想と絶望があったのである。                                                                                                               「全集九巻」p44    

 
 二葉亭は近代小説を懐疑して作品を書いて、しかし作品としては成功をおさめませんでしたが、しかし文学の世界にはいろんな実験作があるもので、たとえば坂口安吾の『不連続殺人事件』なんかは(純文学ではないですが)
 近代小説の枠組みをまったく逆手にとった傑作です。私はこの作品をはじめて読んだとき、「こんな小説が二十世紀にあるのか」と心底仰天しました。何しろ、作者本人が作品内でときおり顔を出してライバル作家に謎解き挑戦状をたたきつけたり、警視庁刑事に平野雄高や荒広介といった怪人物が登場したり(坂口の文学仲間の平野謙、埴谷雄高、荒正人、大井広介らの合成人物)、近代小説の客観主義を完全に無視して展開するからです。そして話の流れの先がまったく読めない。けれどこんなに面白い小説はない。これは前近代文学に詳しかった坂口だからこそ可能な方法論だったように思えます。
 氏はこのようにも言われていますが、ここで言う「ユーモア」は、坂口の『不連続殺人事件』の方法論に私が感じた面白さとたぶん同義でしょう。

  ・・・文学を信じない文学精神ということがよく言われる。そこには事実への絶対の信頼があり、他方に、在来の因襲的文学形式への信徒がある。又、事物にも可能な限り接近しようとする分析的意識と、事物から剥離していく一方の主観的修辞の爆発、といった両極端も存在することをすでに見てきた。このような時代に文学における精神の自由とは何であろうか。私たちは明治の初期の二葉亭や漱石のユーモアに『ドン・キホーテ』や『阿呆物語』の哄笑に学ぶべきところがあるのではないだろうか。それは簡単にいえば、どうせ面白い話を読んでいるのだからと読者も安心してお話の嘘を楽しむことのできるという意味で、いかにし てお話を真実らしくみせかけるのかという無理なこわばりのまだ発生していない段階のあるべき自由な姿の一つなのである。

                            「全集九巻」p45

 近代小説と書き手の問題の話に戻りますと、三島のような鋭敏な感性の持ち主にしてみれば、近代小説が、形式なんかにとらわれているうちに、近代社会の現実の方がどんどん速度をあげて小説から取り残さされていってしまうという焦慮感があったに違いないと思います。サルトルの「優等生」ぶりとは正反対の反逆児ですね。たとえば戦後派文学という一群が文学世界を支配し、戦争や国家や人間性、ニヒリズムやヒュ ーマニズムの問題をそれら「価値観の崩壊」という形で主題化しつづけるという時代がありました。氏は武田泰淳の小説を取り上げて「戦後作家くさいなあ」と言われていますが、これは見事な皮肉です。私は「近代文学」という言葉を繰り返し使ってきましたが、実際に日本の文壇を支配しつづけたのは さらに狭い「戦後派文学」という概念にすぎなかった面もあるからです。

 戦後派文学は困難な思想的格闘をしているようでいて、実は作者・作品・問題意識の間に安定した構図があって、その構図への依存が戦後派文学を可能にしていたのでした。この構図が戦後、二十年、三十年と経過し、戦後社会が抽象性を高めるとき、アイロニカルな喜劇が起きることになります。近代小説の「一つの視点」の方法論ではとらえどころのない現実が次々に出現し、小説を書く意味がわからなくなってしまう、ということが起きたように思えます。この問題意識を作品化した開高健の『夏の闇』を氏は全集九巻の「日常の抽象性」という評論で取り上げられ、戦後空間の抽象性への直面を描く開高の正直さを評価しておられます。しかし文学文壇の世界は、開高の 正直さの 世界を通り越して、詐術をもってしても延命をはかろうとすいる方向に行きました。

 だったら小説を書かなければよいのですが、近代小説はそう簡単に縊死するわけでもありませんでした。かつて、「価値観の崩壊」ということで、作品のテーマにしていたさまざまな世間的現象、世間的限界、そういった「崩壊対象」を、自分の作品の中に無理に再構築するという行為の作品が出現することになる。小説という形式を生かすために、「崩壊対象」を小説内容で虚構するというこの逆転が、アイロニカルな喜劇でなくて何でしょうか?日野啓三や加藤幸子の作品をとりあげながら、氏はこの方面での近代小説の行き詰まりを「仕切り」という単語を使って説明されています。

  ・・・戦後派の作家たちは、崩壊感覚をモチーフにしてはいたが、今からみると安定し   た「仕切り」の内部に生きていたのだともいえる。古い道徳や秩序に「仕切」られていたが故に、その崩壊の衝撃はひとしお絶望的に、黒一色に塗りこめらる外なかったのであろう。現代の作家たちはあっけんからんとした何もない明るい空間に抛り出されているために、何が起こっても衝撃はなく、むしろ人工的な架空の「仕切り」を必要とするのだ。
                                      
                                                      「全集九巻」p328

 氏が日野啓三の『天窓のあるガレージ』を取り上げているのはこの評論集全体の最も優れた卓見の一つだと思います。私の周囲の文学仲間の習作的小説のほとんどが(日野のこの小説を読んだこともないのに)きわめて類似した物語のパターンを紡ぎだしていたのを思い出したからです。「仕切り」をあえてつくりださなければならないような近代小説の閉塞は、(小説家を志す人間にとって)まったく全体的現象だったということができるのです。

 安部公房に対しての次のような好意的な評価にも同感です。おそらく、戦後作家の中で、近代小説、戦後派文学の限界に最も意識的な作家は彼だったのではないでしょうか。安部公房は近代小説の限定など無視して小説を書いていますし、そして何より、「崩壊対象」の再構築という文学者の詐術を、ひどくむなしいものとして考えていることにおいて、ある意味、もっとも鋭いリアリスト(安部公房の作品はどれも反リアリズムの極致ですが)だということができるでしょう。

  

・・・深刻な題材なのに、あまり悲壮感がなく、乾いた即物的な明るさが漂っているの   は、まさに「反抗」など成り立たないわわわれの時代に最もふさわしい表現形式が注意深く選ばれていることを示している。どのページにも笑いがあるが、その笑いの裏には作者の測り知れない悲しみがこめられている。脱れようにも脱れられない状況を再現するためには、怒りではなく、胸を圧すユーモア以外ないのであろう。

                                                       「全集九巻」p324

 近代文学小説が現実に力を失っていった背景には、私は小説の書き手の多くが、本質的にはかなりの欠点をもっているといわなければならない近代小説の形式を模範なものとして依存しつづけた結果、社会的現実があって小説作品がある、という本来の関係も見えなくなってしまったことがあると考えます。そしてついに、氏の言われるように、小説内部での「仕切り」をつくるという、社会的現実を小説内部で虚構するという逆転現象まで起きるに至っているのです。これは近代小説という「最後の砦」の中の「最後の姿」を描き出す一つといっていいでしょう。

 取りとめない感想になってしまいましたが、それはこの全集九巻のかかわる分野が広すぎて、まだまだ私に消化しきれていないことによります。これはあくまで第一段階の感想であり、時間が経過し、再読するに連れ、第二、第三の感想があらわれてくると思います。
 

(つづく)

渡辺望による全集九巻の感想(二)

 たとえば「『平家物語』の世界』という全集収録の西尾氏の評論についてです。ここで語られている巧みな近代文学批判の妙は、私のかつての文学仲間の文学崇拝の対極にあります。私の文学サークル、文学仲間で、小説の模範的テキストは一貫してマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』でした。その理由について、小説内部の時間操作の技術力を極限にまで高めた作品にある、というのが定説でした。しかし私はその見解に、当時から今にいたるまで、一度も賛成できないでいます。

 もちろんプルーストの小説が凡作ということではありません。しかしその小説内部での時間の流れの作り方は、特に斬新なものではないと『失われた時を求めて』を初めて読んだときから思いました。一例をあげれば、少なくとも近代文学とさして変わらない歴史の長さを有しているサイエンス・フィクションの世界に、『失われた時を求めて』を超えるような、時間認識に関しての名作はたくさんあります。

 私のそういった見解はしかし、「サイエンス・フィクションは小説内部の世界をさまざまな小手先の物語装置に依存していて、作者の視点が曖昧にされているけれども、プルーストの純文学作品は作者の一つの視点以外の何物にも依存していない」とよく反論されました。たとえば、『失われた時を求めて』より早くに書かれたH・G・ウェルズのSF作品は「時間旅行」というSF的小手先に時間認識を預けてしまって、作者の「一つの視点」を放棄しており、作品全体にあるのは虚構の時間認識でしかない、というふうにです。

 しかしこの「一つの視点」ということこそが深く考えられなければならない問題なのです。全集九巻には収録されていない西尾氏の三島由紀夫論「不自由への情熱」の次のような箇所を引いてみましょう。

 ・・・自分が歴史を構成するのではなく、歴史の中へ自分が這入り、自分を超えたある大きな目に見えぬなにものかの内部で、自分自身の姿が見えなくなる、それが「物語」であり、「叙事」の精神である。『戦争と平和』も、『ブッデンブロオグ家の人々』も、『静かなドン』もそのようにして書かれた。物語に必要なのは偶然性であり、自分がどこに連れていかれるかわからないような出来事の自然な生起、偶発的な生起、いいかえれば、作者が叙述の中なかで自分が見えなくなることがまさしく小説というもののもっとも本質的な性格に外ならないであろう。
 

 これは小説というものの矛盾した性格をたいへんよく言い当てている言葉です。小説を書き始めるときに、作家はその世界に入っていく自分を明晰に認識しているにもかかわらず、いつのまにかその自分が見えなくなっていってしまう不明晰に陥り、歴史=時間の中で自分を見失う。しかし本当に見失ったのではありません。なぜなら、作家は、書き始めのときにも増しての明晰さをもって、小説=叙事の最終章を書き記さなければならないからです。自分を見失っていたプロセスが、実はすべて明晰な意識の見えざるコントロール下におかれていたのかもしれません。いずれにしても、小説の中での自分=「「一つの視点」の喪失と回復のドラマ」が近代小説の原 則なのであって、これ を演じられないと近代小説というものは成立しないことになります。だから、明晰すぎる意識の持ち主であった三島由紀夫は、「豊饒の海」で重大な破綻をきたした、と氏は「不自由への情熱」で語られています。

 私の周囲の文学仲間のプルースト好きについていえば、これはサルトルの長編小説の失敗のようなものだと思われます。中村真一郎がサルトルについて、「サルトルは短編は面白いのに、長編になると小説の骨組みしかなくなってしまう」といい、「小説とは自分が見えなくなってしまうようなところにおいて初めて可能になるということがサルトルにはあまりわかっていない。これはサルトルが頭がよすぎるからなのだろうか」と評していたことがあります。サルトルが小説に関して大変な勉強家で、プルーストの手法を繰り返し学んで、自分の長編小説の模範としていたことは有名です。

 しかし勉強すればするほど、サルトルの長編はつまらなくなっていく。「骨組み」があるだけで「肉」がないからです。この「肉」とは何かといえば、「「一つの視点」の喪失と回復のドラマ」、自意識のドラマです。しかし意識の絶対優位の実存主義を説くサルトルもまた、三島とは別の意味で明晰すぎる意識家であって、不明晰を信じない人間でありました。プルーストを技法的に学んでも、この意識の問題を乗り越えない限り、近代小説はどんどん不可能になっていってしまう。私の当時の周囲の文学仲間とサルトルが似ているなあ、と思うのはそこのところに外なりません。サルトルは「文学の優等生」なのですが、しかし優等生ということはイコール名作者になるとは 限らないのが文学 の世界なのです。そして何より言いたいのは、ブルーストは成功した大河叙事小説の書き手であっても、トルストイやマンに比べると、技法が目立ちすぎる作家の一人であって、「模範」とすれば眼高手低の作風を呼び込みやすい、ということです。

 だったら、いっそのこと、近代小説の枠組みから離れてしまえばいいのではないか?たとえば西尾氏の平家物語論の次の部分は、そんなふうに考えていた当時の私の見解とまったく同じものです。近代文学としての条件を欠いていることが、物語として「劣っている」ということは少しもありません。『平家物語』がもっている、近代小説を超えた面白さをこれほど明瞭に説明した文章を私は他に知りません。

  ・・・『平家物語』の作者は、あるときは平家一族のこころを知っているかのように説明しているし、またあるときは、木曾義仲の、あるいは鎌倉殿頼朝のこころを知っている立場に立ってこれを語っている。それは、きわめて視点を自由にした、一つの立場にとらわれない、常識的な発想に立っているのであって、そのつど、現実の立場の変化に応じ、わりに責任なく動いていく一般人の視点というもので、事柄を素朴に表現してしまうところがあるためと思われる。一例をあげれば、壇ノ浦で家臣たちが自決し、二位殿が安徳天皇を抱いて入水して、なお決心のつかない、平家最後の頭目衛門督宗盛公とその子に対し、作者はその場面ではかなり冷たい目で、おろおろしている宗盛父子を臆病者として描き出しているところは誰も知っていよう。この場面では、宗盛父子が命を惜しむのはただ浅ましいものであって、海へ突き落とされても、聴き手は少しも不自然を感じない。しかしその三段あとで、宗盛父子一行が京の大路を引き廻される場面が語られる。ここで父子に対する作者の感情は一転しているのである。

                                        「全集九巻」p93

 「一つの視点」とは「神の視点」ということと同義で、小説の書き手は小説の内部の中では全能の存在になることができる。全能の存在だから、自己喪失しても最後はそれをとり戻すことができるという意識のドラマも可能になります。『失われた時を求めて』を小説の極意と考える識者は、その「神の視点」を小説の作者が有していると考える人でしょう。そういう意味では「一つの視点」をもちえない『平家物語』は近代小説としては失格です。

 しかし、「神の視点」は「一つの性格」「一つの感情」を必ずしも意味しない。さまざまな、矛盾した顔と人間的感情をいっぱいもったインド神話のような「神」がいてもかまわないはずです。激情にかられるかと思えば不意に優しく人間(人物)に触れる神=作者が、平家物語の背後にいる。『平家物語』は複数の作者の可能性がよく言われますが、もしかしたら、単一の作者がさまざまな人格を演技しているのかもしれません。平家物語は近代文学の前提に何も関心がないがゆえに、先生いわく「そのために、『平家物語』は雑多で豊富な内容と形式をかかえることが可能になった」(全集p94)のです。たしかに叙事詩も歴史論も宗教論も『平家物語』には豊か過ぎるほ どにある のです。

 ここにおいて、「近代文学の可能性」が「近代文学の限界」にテーマを変えることになります。

 『平家物語』の後白河法皇に対して西尾氏の描き方も非常に面白い。後白河法皇は、『平家物語』で表だった登場はあまりなく、発言もほとんどなく、様々な政治的行動を起こすけれども、その内的世界を『平家物語』の作者はほとんど描こうとしない。しかし描かなけれ描かないほど、その存在は異様に肥大していき、『平家物語』の主人公と思わんばかりの存在になってしまう。後白河法皇のこの「沈黙」もまた、「一つの視点」のコントロールの下の描写と告白に依存する近代小説のアンチテーゼ足りうる、と私は氏の評論を解釈しました。たとえば西尾氏は次のように言われています。
 

・・・もっとも注目すべきことは、『平家物 語』の作者が、後白河法皇の隠れた動機や術策の裏側に目を注ぐということをほとんどしていないことである。いや、それを術策として強調したことさえもない。当時のひとびとにとってこれは思いも寄らぬことであったのか、意識してそうなったのか、一考を要する問題の一つではある。が、いずれにしても、『平家物語』の叙述に限ってみただけでも、彼は敗れていく家臣にあるときは涙する温情家であり、またあるときは、危険の芽をいち早くつみとるべく、昨日の味方を敵にし、そしてときに、昨日の敵にやすやすと院宣を与える。そしてその立場はつねに強い。つねに残っている。これはまことに謎めいてみえる。『平家物語』は法皇の内的動機を説明せず、 矛盾した外的行動をただ現象的に記録してばかりであるが、そのためにかえって謎は深められるのである。

                                        「全集九巻」p95

 『平家物語』の後白河法皇の不気味な存在感は、私には三島由紀夫の『サド侯爵夫人』を連想させます。『サド侯爵夫人』の「主人公」は、実は作品内部に一度も登場しないサド侯爵に他ならない。彼は物語を表面的になぞれば、登場人物の女性たちによって断片的に語られるだけの存在に過ぎません。しかし姿を見せなければ見せないほど、彼の存在感は物語内部で大きなものになっていく。物語の最後に、公爵夫人ルネの悲劇の拒絶によって 、彼は物語世界から最終的に登場を拒まれるのに、その存在はついに得たいの知れないものにまで化していきます。

 描写や告白を使うことのない後白河法皇の存在の展開は、西尾氏の言葉を借りれば「伝説」のようなもので、少しも客観的な記述に依存していません。しかし神という見えざる存在を主人公とする宗教神話を考えれば明らかなように、「伝説」の力はあらゆる物語世界の頂において私たちの観念を支配しています。「伝説」の力こそ、物語作者が究極的に欲する力なのではないでしょうか。しかしいつのまにか「客観的描写作品」を描くような職業意識に沈んでいってしまうのではないでしょうか。

 三島という人は明晰な意識家であると同時に近代小説の限界にひどく意識的で、か なりの不満をおぼえていた人物です。近代小説の単調な時間の流れ、単調な作品と作家の関係に飽き足らないということを、彼はよく言っています。そんな彼が戯曲という小説に似て非なるものの舞台世界を生かして、近代小説ではありえないような主人公の描き方を巧妙に示したということができるでしょう。

(つづく)

渡辺望による全集九巻の感想(一)

 

「無能なオバマはウクライナで躓き、日中韓でも躓く」は、また後日連載します。

 今回の全集第九巻は、他の全集の内容に比べて、ずっと自分の根幹に生々しく迫るものが多く、読んでいて、自然とたくさんの感想が湧いてきまして、それを文章にしたためたくなりました。西尾氏(西尾先生とお呼びすべきを失礼を承知で西尾氏と表記させていただきます)は文学は自身の故地であり根拠地である、とおっしゃっています。私も氏の広さと深さにはとても及びませんが、文学の世界には、自分の始点のようなものを感じる人間の一人で、それが今回の全集を自分にとって身近なものにしている理由のように思います。

 故地であり根拠地である、と偉そうに言いましたが私の場合は、公の形で文学に関係する文章を同人誌以外に発表したことはなく、十代の頃から文学青年ということを公言していただけで、特に残るものを書いていたわけではありません。「文学青年としての個人的記憶」のみが私の文学経験、といってよいです。だから西尾氏の文学論への感想といっても、自然と自分の思い出話のようなものが混じってしまうような感想、文学論になるのはどうしても避けられません。

 「文学青年」などという言葉はたぶん今、世間的には死語なのでしょうが、私が大学生時代だった1990年代にもすでに半死の言葉でした。自分は大学・大学院時代と都内のある私大の文学サークルに所属していたのですが、サークルの部室があった階には、同じく芸術系表現系のサークルが集中していて、近所には、演劇サークルや映画サークルがたくさんあり、そうした表現系サークルは空間的にも精神的にも「近所」で、自分たちの仲間だけでなく彼らともずいぶんと議論を交わしたり酒を飲んだりしたものです。

 これがさらに十年二十年前だったら、文学仲間・文学サークル内部だけで侃々諤々できたのでしょうけど、私たちの時代はすでに「文学派」の学生が独力でいろんなことをやるのは困難になっていました。同時代の文芸作品で論じることいのできる作品が非常に少なくなっていたせいです。おかげで私は、いつのまにか、演劇にも映画にも多少詳しくなることができました。

 そういう面々の「近所」サークルの面々に議論の度毎にいわれたのが、「文学なんていう時代遅れのものをよくやっているなあ」ということでした。彼らが言うのは、「物語」に情熱を燃やすのは、文学も映画・演劇も同じである、しかし個人が小説や文学論を書くというようなスタイルは時代遅れもいいところ、時代はどんどんビジュアルになっているのだ、というようなことでした。

 今から考えてみればずいぶん青臭い議論をしていて恥ずかしいのですが、あまりに「文学は終わり」と彼らにいわれて、自分は何だか戦国時代に敗戦が決まっている弱い城に籠城している侍になったような卑屈な気持ちになっていきました。それでも自分は敗北覚悟で文学を自分の根拠にしているんだ、と居直って、文学を読んだり、同人誌に書いたり、議論したりしていました。少なくとも人並みに世界文学と日本文学を読んでいて、心底好きな作家、あんなふうに書けたらいいなあと思える作家が両手で数えられるくらいはいました。

 そんな自分が文学サークルその他、文学仲間に馴染めたかというと、ぜんぜんそうではありませんでした。文学が好きになればなるほど、文学を共にする仲間の見識の狭さが気になって、自分が文学世界で孤独孤立していくような気持ちに陥ってしまう。私が一番嫌だったのは、「近代文学」という精神的地面を揺るぎのない安定したものと思いこんでいる周囲の楽観性のようなものでした。

 私にとっては、近代文学そのものはぜんぜん安定した精神的地面をもっていない。自分もやはり、「文学は終わり」とどこかで決定的に思っていたのでしょう。ただ、「いかにして」「なぜ」、「文学は終わり」なのかはなかなか明瞭な答えを見出せない問いかけで、それは今も続いています。

 私の「文学青年」だった1990年代は、文化論的にいろんな解釈ができる時代だと思いますが、こと近代文学という面に関していえば、文壇雑誌とか文芸時評とかが力をまだかろうじて持っていた時代で、文壇の価値が通用した最後の頃だったといえると思います。最後の砦みたいなことになっているから、より一層強く依存していたのかもしれないのですが、文学仲間は誰も、ほとんど悲壮といえるほどに、文壇雑誌や文芸時評を真面目に崇拝していました。つまりもうヨレヨレになっている近代文学の法衣のようなものを厚くかぶって、その衣以外の知的衣服を拒否していました。敗れつつある戦国時代のどこかの城の中の光景で、絶望的な念仏を唱える武士のような気配 です。

 そういう自分の過去の背景を前提にして西尾氏の全集・文学評論について考えたいのですが、当時すでに読んでいたものもあるし、今回の全集ではじめて目を通したものもあります。

 氏のこれら文学評論の性格を一言で言いあらわすなら、近代文学が直面している「最後の姿」を緻密に描いている知的物語、といえると思います。近代文学の精神的地面がどんどんぐらついていっているということ、そしてその終末的な状況を、悲壮的でも楽観的でもなく、時代全体の物語というような筆遣いで描かれているところです。言い換えれば、「いかにして」「なぜ」、「文学は終わり」なのか、という自分がずっと考えてきたことを助けてくれる評論集、といえます。

 「最後の姿」を描く、というと何だか世界の終焉のような響きがありますが、決してそのようなことはありません。文学は何も近代文学小説がすべてではない。近代文学以前には広大な古典文学の世界があり、世界宗教の説話もまた文学であり、また近代文学が取り扱ってきたテーマは決して秀逸に解決されたものではなく、その多くが哲学理論的に検証して甚だ軽薄なものだ、という非難も可能でしょう。

 大学時代の「近所」サークルの面々が言っていた通り、映画にも演劇にも「文学」はあるし、私に言わせれば優れた文明論や歴史論にも「文学」はあります。近代文学小説というのはあくまで、ある文明的限定において成立している一つの芸術形式です。ところが、このことが、当の文学に集う面々があまりよくわかっていないようなのです。

(つづく)

「正論」連載「戦争史観の転換」について

 「週刊新潮掲示板」(2014年6月26日号)に次のようなおねがいを掲げた。多分、返事を言ってこられる方はいないだろう。

 ここは小さな簡単な探しものは効果をあげるのだが、そういう材料は今なにもないのに、何か出さないかと言われて仕方なくこんな掲示を作った。勿論、ご返事の期待は非常に少ないが、諦めてはいない。

 私はいま月刊誌『正論』に『戦争史観の転換』と題した30回予定の大型企画を連載中で、日米戦争の背後に西欧五百年史、中世・近世の歴史の暗部とのつながりを発掘し、近現代史観の克服を試みている。ペリー来航以後に米国の侵略意志を見る百年史観は今までにも多い。だが(一)五百年史観は戦前に大川周明、仲小路彰の例があるが、戦後に有力な論考があったら教えてほしい。(二)江戸の朝鮮通信使は朱子学の優位で日本人に教える立場であったのに荻生徂徠の出現で日本の学問が動いて立場が逆転した。この転換に詳しい適確な本を教えて欲しい。

 さて、その「正論」の連載だが、ようやく第二章「ヨーロッパ遡及500年史」の④が仕上り、7月1日号にのる。これで8回目である。前途多難である。

 第二章はスペイン中世のスコラ哲学とインディアスの関係が主たるテーマだった。次の第三章はまだ予定の段階だが、「近世ヨーロッパの新大陸幻想」と名づけるつもりだ。イギリス、フランス、オランダ等の17-18世紀が世界史を決めるのはアメリカ大陸への幻想からだった。第四章は「欧米の太平洋侵略と日本の江戸時代」、第五章は「『超ヨーロッパ』の旗を掲げたアメリカとロシア、そして日本の国体の自覚」・・・・・というような大よその方向を考えているだけで、その先はどうなるか分らない。各4節づつ全8章、全部で32回を計画している。