つき指の読書日記 より
2008/09/13
本の忠言テレビ朝日の深夜番組「朝まで生テレビ」をビデオで録画し、朝、それを毎月、観ている。最新の8月は「激論!これからの“皇室”と日本」で、「皇太子さまが結婚されて15年、以来、皇位継承問題、雅子さまのご病状、ご公務についてなど、世間の関心も高くなっています」と番組の趣旨が、事前に同テレビ局のホームページで紹介されていた。パネリストの中心は西尾幹二で、猪瀬直樹、高橋紘、高森明勅、上杉隆、斎藤環、香山リカなどが討論に加わっていた。
テーマの核心はオピニオン誌「月刊WiLL」(編集長 花田紀凱)に、当初書いた西尾幹二の論文、皇太子殿下、雅子妃殿下への御忠言というか、御批判、御苦言が、この手の硬い雑誌にしてはめずらしく大反響、一部、増刷することもあり、その後も三度、核心部分の詳説、氏への批判への一部反論を含め書き継がれていった。それが先月末、新刊として、まとめられて一冊の本になった。
番組はこの本の論旨に対する各パネリストの見解、同調、反論、批判がいつものように熱気がみなぎってなされた。老いた西尾が淡々と持説を、論旨を絞りきって語っているのが印象深かった。
保守の大家が皇室を憚りなく、渾身の論文でそうするのは、ことの大きさ、重要さが自ずと理解できるだろうし、同じ保守派からの反論の波及は当然、畏れ多いとの心情から数多く発表された。西尾は老い先短いし、自身の知性が衰えないうちに、しっかりした正論を強靱に貫こうとしたことは、容易に理解できる。だからこそ論壇で大反響を呼び起こし、そして読者の関心が驚くほど高まった。
この本、西尾幹二『皇太子さまへの御忠言』(ワック)を、引き込まれるように一気の読み進んだ。天皇制度、皇室への危機感がわかりやすい例えを引き、読者から送られる数多いメール、手紙の傾向を押さえながら、保守が保守へと、いまの彼らの浅はかさを、重要な核心に的を合わせて強く迫っている。このままではいずれ天皇は日本から消えるとさえ、彼らの甘さを難じてやまない。左翼がそうするのではなく、無関心層の圧倒的多数がそうさせ、極力、目立たないようにしている左翼が結果的に、その悪意の目的をはたすことになると、それがわからないのかと弁を強める。テレビでの西尾は歴史教科書問題の時と比較して、老いが確実に進んでいる。余命を知るからこそ、先の『GHQ焚書図書開封』でも、孤独な一国だけの日本文明、日本の敗戦後の桎梏からいい加減に、目覚めて自立せよと、自身にむち打つように世に問いかけている。これも歴史に残る名著で、わかりやすいので一般にも強く、心から推薦できる。皇太子さまへの御忠言
先の「本の忠言」で西尾幹二『皇太子さまへの御忠言』を取り上げ、天皇と皇室がかかえる危うい状態を論じた。国民国家という西洋的概念では、取り扱うことのできない、日本の失われなかった伝統である。
伝統と古く長い歴史を持たないアメリカの日本に対する隠れた嫉妬心が、敗戦後の占領政策で旧皇族、貴族制度を解体させ、狭い範囲に追いやられたことも、その起因として大きく存在する。
山本夏彦もこれらの藩屏(はんぺい)を失うと、皇室の継続は難しくなると危惧する言をよく吐いていた。
その日本の国の原型、司馬遼太郎は「国のかたち」といい、戦前は国体といったが、その伝統の重みを体で自然に理解し、受け入れる、そういう人たちもすでに鬼籍に入った時代になった。
長い間、昭和天皇のおそばで侍従として勤めた、藤原家の分家、冷泉家傍流の公卿出身であった、最後は侍従長になった、入江相政(いりえすけまさ)『いくたびの春 宮廷五十年』(TBSブリタニカ 1981年刊・絶版)を読んだ。このひとをいまの若い人は思い出せないのではないか。昭和の戦前、戦中、戦後の
皇室を共に歩んだ、その時々を和歌を織り込みながら綴られた書である。天皇陛下の戦後の行幸、欧米訪問が白眉である。昭和天皇の人となり、その帝王としての日常の日々を淡々と語っていく。時の流れに阿(おもね)ない、自然な随筆である。こういう人材がいまは、特に皇太子殿下のまわりにはいない。外務官僚の出向者で偏っている。西洋の概念だけに毒され、いまの左翼的な国際主義を唱える連中である。そこに危殆の大きな原因があると、西尾幹二は鋭く分析していた。雅子妃殿下の医師(精神医)すら小和田家の意向で決められている。国家の前では、皇室には西欧流の人権も自由も個性もなく、あるのは公としての立場だけである。それにも論及していた。その論説を思いながら読了した。
投稿者: toshiueh
非公開:『皇太子さまへのご忠言』のその後(三)
「朝まで生テレビ」の感想をもうひとつご紹介する。
私は年老いたと文中でしきりに言われているのは心外だったが、私のことを敬意をこめて書いて下さっていることには感謝する。
私は73歳だが、言っておくが新制中学、新制高校の卒業生である。六三三四制の申し子である。中学二年から新仮名、当用漢字を教えられた。文中でしきりに「戦前型」といわれるのは妙で、新憲法を聖書のごとくあがめた大江健三郎と大学は同学年である。
私は大江とは違う意味でだが、むしろ自分を「戦後型」だと考えている。社会科学的発想というものが身についている。階級意識がない。民主主義をとても大事に思っている。それは小泉純一郎の郵政選挙の暴圧に対する心底からの怒りに現われた。
あのとき私は民主主義を守れ、と書いた。「戦前型」の人は、私は知っているが、こういう反応はしない。ともかく以下をお読みいたゞきたい。
夕暮れのフクロウより
「朝まで生テレビ」を見る金曜日の深夜に放送される「朝まで生テレビ」を本当に久しぶりに見る。
もちろんこの番組に出演する西尾幹二氏をこの眼で見て、氏の意見に耳を傾けるためである。他のコメンテーターや評論家、大学教授らにはもともとまったく関心はなかった。西尾幹二氏のみがこの番組の私の視聴の目的だった。先般16日に亡くなられた自然農法家の福岡正信氏ほどではないにしても、すでに西尾幹二氏もかなり高齢になっておられる。西尾幹二氏の貴重な生の発言と姿を――たとえテレビを通してであれ――いつまでも見られるか、率直に言って、その機会もそれほど多くはないと思ったからである。
そして、この番組を見て感じた印象だけを記録しておきたいと思った。ただ、その印象の理由や根拠をここでは明らかに説明することはできない。
この番組のテーマである皇室にちなむ君主制の問題については、以前にも私なりに考察したことはあるが、その感想を一言でいえば、この番組の出席者の中で、君主制や天皇制の意義をもっとも深く正しく理解されているのはやはり西尾幹二氏だけだと思ったことである。精神科医もその他論者たちの出席者の中でも、思想家としての質、それは人間としての質でもあるが、ひとり西尾幹二氏だけが傑出していて、周囲の人たちは、とうてい西尾氏とは同列には置けないという印象をもった。
この番組には、西尾幹二氏と同じ世代に属すると思われるような人たちも、すなわち、少年少女時代に太平洋戦争前の戦前の日本の一端を体験しておられると思われる小沢 遼子(評論家)氏や矢崎 泰久(ジャーナリスト)氏、そして、司会の田原 総一朗氏なども同席されていた。しかし、これらの人たちと西尾幹二氏が同世代、同時代の日本に生育した人たちには、とうてい私には思えなかったことである。
もし太平洋戦争を一つの区切りとして言うなら、明らかに西尾幹二氏は人間の資質としては戦前型に属し、そして、小沢 遼子氏や矢崎 泰久氏、田原 総一朗氏などは典型的ないわゆる戦後民主主義型である。まさに人間の資質として雲泥の差があるという印象である。それは、何事にも意義と限界があるとしても、私個人の民主主義に対する評価が、とくに戦後民主主義の帰結や教育に対する評価が極限にまで低いということなのかもしれない。
三島由紀夫がかって批判した文化状況、『華美な風俗だけが跋扈している。情念は涸れ、強靭なリアリズムは地を払い、詩の深化は顧みられない。…我々の生きている時代がどういう時代であるかは、本来謎に満ちた透徹である筈にもかかわらず、謎のない透明さとでもいうべきもので透視されている。』という文化状況は現在も継続している。
そして戦後60余年を経過した現在、還暦としても、暦の上でも一巡して本卦還り(ほんけがえり)するほどの時間が経過している。だから、現代の日本のほとんどの世代の人々は戦争を知らない。当然に私も知らない。そして、現在の世代の多くの人々は、戦後民主主義の申し子、その典型であるような小沢 遼子氏や矢崎 泰久氏、田原 総一朗氏のような人たちを自分たちの父母として、あるいは祖父母として育てられてきたはずである。世代像としては極めて少数派であるように思われる西尾幹二氏のような戦前型タイプの日本人を、自分の両親として、祖父母として育てられた人は少ないにちがいない。
そして、当然のこととして、子供たちは、自分たちの両親や祖父母の人間像、思想、価値観を自明のものとして、そのあわせ鏡のようにして生育する。だから、およそ人間はよほど我が両親や祖父母の人間像や価値観を徹底的に相対化し批判することなくしては、自分自身という人間を独立して相対化して見ることもできない。それゆえに、もし、そうした自覚症状のない戦後世代と日本社会が、戦前の明治大正のそれに復帰しようとすれば、そのためには絶望的なほどに時間と努力を要するだろう。現状と将来に悲観的になるとすればそのためである。
西尾幹二氏クラスの人間が戦後民主主義の日本にはあまりにも少なすぎるのである。あらゆる分野、領域における人材の枯渇、それが危機の根本にあるように思える。西尾幹二氏は絶望的なほど孤独な戦いを闘っておられるように見えた。
非公開:『皇太子さまへのご忠言』のその後(二)
「カトリックせいかつ。」さんのご文章は感銘を受けた。とりわけ「マリア様なしの祈りの生活はカトリック信者には考えにくい。天皇が祈っているのに、自分は別とばかりに違う行動をする后がいたためしがあったろうか。」と述べ、日本の歴史にも例のないことを示しているくだりは説得力があった。
しかしその後の東宮家では残念ながらなんら改める風もなく、この10月11日のご公務欠席についても週刊誌だねになっていた(『週刊文春』10月16日号)。
関心を寄せてくださったネットの中の発言を巾広く拾遺するのが目的で今このページを展開しているので、格別支障のない限り何でもご紹介したい。たゞ前回にも述べたが、文中の思想表現や引用個所にひとつひとつ私がどう考えているかを意見表明するつもりはない。当然だが、そういう紹介欄である。
もじもじスケッチより
2008/09/01
朝まで生テレビ「皇室問題」感想まずい、、テレビチャンネルの選択肢がドーンと増えたおかげで、夜はテレビに張り付きっぱなし。無料視聴期間が過ぎたらネットに復帰しまーす。((((ヘ(;・_・)ノ←待て!
せっかく朝生をリアルで見たのだから、感想を書いておかなくちゃ。
今回の討論会の見所は、田原氏が西尾氏にどの程度反論を許すかだった。最初から討論会は不公平に仕組まれていた。西尾氏vs.女系容認派多数(男系支持でも東宮ご夫妻には何も問題がないとする保守派)という構図であって、西尾氏は孤立無援の状態に置かれていることから、擁護派常連メンバーによる西尾氏への“冷笑”という形の“吊し上げ”になるだろうと思っていた。
まさにそのとおりの結果で、私は西尾氏がいつキレてしまうか、ハラハラしていた。途中で西尾氏は「皇太子は祭祀も熱心にやっている、雅子さんも外国に行けば治る、皆さんがそう言うなら何にも問題ない。こんな討論会は無意味だ」(意訳)とちょっとキレた時、そのまま帰っちゃうんじゃないかと心配した。田原氏が「まあまあ、やけっぱちにならないで・・」と治めたのでなんとか続いたけれど。
天皇の戦争責任といった話は出たのに世間をにぎわせた女系問題が一切出てこなかったのは、そこに触れると西尾氏以外ほとんどが「女系で何が悪いの?」の人達ばかり恣意的に集めたことがバレてしまい、男系維持で論争がいったん治まっているのにやぶ蛇になるからに違いないと思った。ホントに胡散臭い。
ブログ「ふぶきの部屋」で、発言を上手にまとめてくださっていたのでご紹介。
「朝まで生テレビ1」「朝まで生テレビ2」「朝まで生テレビ3」ツッコミどころも感想もまったく同意。
もう一つの見所は、東宮の状況をまったく知らない、あるいは雑誌に“雅子さん擁護”を書き続けてカネをもらっている精神科医二人やら言論の自由を盾に不敬な発言を繰り返すジャーナリストなどが、どこで墓穴を掘るかを楽しみにしていた。
「雅子さまはキャリアウーマンで、真面目で御優秀でカンペキ主義者、皇室でさっそうと自己実現することを国民は期待している」と信じている香山リカが、憲法9条信者であるとわかったことが収穫かな。敵が攻めてきたら「殺すより殺されるほうがいい」と、左翼お得意の台詞を吐いた。この台詞は元は誰が言ったんだっけかなぁ。大橋巨泉が尊敬する左翼の大御所だったはず。あなたが殺されるのはご勝手に。侵略されて無抵抗で属国化されるとはどういうことか、まったく想像力が働かないのだね。生き残ったほうが悲惨なのだよ。こういう奴らは究極の自己中心だと思う。子々孫々、日本人として生きていけなくなるとはどんなに惨めなことか。9条信者は、チベットの民族浄化問題に何の感傷も起こらないのだろう。「殺されるほうがいい」人達なんだから。
西尾氏は「中国は(日本が丸腰になれば)明日にでも攻めてくる」「沖縄を狙っている」と反論したが、いかんせん何の危機感もない連中で、保守席に座っていても「神仏は信じない」とのたまうコメンテーターに囲まれて、西尾氏は皆に鼻で笑われていた。その様子をカメラがアップした時、西尾氏はうつむいて、小さな声で「あ・き・れ・た」と呟いたのを私は見逃さなかった。大事な皇室問題をこんなバカな連中と討論しなければならないのかと、西尾氏は情けなさを感じた瞬間だったろう。
東宮に起こっている問題を見ようとしない保守系の人はこんな反応。
クライン孝子の日記
■2008/08/30 (土) 朝生での皇室を貶める問題発言! 許すまじ!(略)
早速、読者から怒りのメールが入ってまいりました。
一体テレビ朝日は
何の目的でこのようなテーマで、
日本の象徴である”皇室”を貶める番組を放映したのか!
私自身は、見ていないのでなんともいえないのですが、
もしこれが事実というのなら、「報道の自由」の範疇を越えており
日本国民の一人として見逃すわけにはいかず放置すべきでないと
思います。とりわけ西尾幹二氏発言に問題ありとのことです。
氏は月刊”Will”でこのことについて連載し、
この出版社から実に不愉快なタイトルで一冊の本を
最近上梓されたばかりだそうです。以下の事件はその連鎖反応ではないでしょうか。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime
/080830/crm0808301152004-n1.htm
クライン孝子さん、西尾論文も読まず、東宮の現状を調べもせずに「西尾発言に問題あり」とは、自ら情報分析もせずに政治的活動に携わっていることを暴露したようなものだ。少なくともここまで怒るからには、番組を通しで見てから物を書け。どこをどう貶めたのか、自ら検証するのが筋だろう。無責任なおばさんだ。
この人の主張は、私自身も小泉信者とからかわれていた頃から、こんなことも知らないのか、とゲンナリするところがあった。しかも悪質なのは、西尾氏のように皇室を貶める論客がいるから「「2ちゃんねる」に皇太子さま殺害予告」という事件が起こると誘導しているところ。
ニュースのこの部分をちゃんと読んだのか。
山本容疑者は別の掲示板にも民間企業の爆破予告などを書き込んでおり、同署は悪質ないたずらとみて余罪を追及する。
クラインさん、ネットには今上陛下を狙うような書き込みもあるのだよ。あー腹が立つ。
クラインさんは桜チャンネルにも関わっているので言いたいのだが、西尾氏の言うように、皇室問題には不敬という心理が働いて、問題があっても見たくない、見ようとしない人が多すぎる。それが男女同権・人権派などリベラルな層につけ込まれることになっていることは火を見るより明らかである。「自由平等の社会に皇室はそぐわない」「合理化して旧弊な皇室を壊したい」あるいはもっと陰湿な反日勢力に愛子さまが担ぎ上げられる動きをもっとキャッチしてもらいたい。
韓国は愛子さま御誕生には祝辞を送ったのに、盧武鉉政権時、悠仁様御誕生にはなぜ祝辞を拒否したのか。保守が手を拱いているうちに皇室が異質なものに取って代わられてしまったら、保守派の怠慢であったと責められるだろう。国連大学を介して人権団体や政治的野心を持つ特定宗教が皇太子ご夫妻を箔付けに利用しようとしているのは、過日のブラジルご訪問で宗教団体の後継者と目される人物と同じ壇上に一列に並ばされたのを見てもわかる。その写真に利用価値があるのだ。
祭祀を拒否し、核家族主義を実践する合理的な雅子さんは、左翼にとって希望の星である。
彼らは「神代と人代の分断」を目論む。日本の神々は、代々穢れを祓い徳を積んできた血統を通じ、その子孫に祭司長の資格を与える。それが天皇家の祭り事なのである。罪汚れた不道徳な者を多く抱える家系には、神は働かない。神事を司ってきた天皇・皇族は、日本の穢れを集めて祓う力を持っている。これについては、多くの証言や逸話が残っているが、省略。「皇室問題」を語る時、本当は神仏にかかわる信仰的な部分が本質なのだが、戦後は特に神秘的なものを忌避する傾向が強いので、天皇と八百万の神々を結びつけることに慎重になる保守もどきもいる。
雅子さんによって旧弊な皇室を変えてほしいと願う左翼とはどういうものか。
西尾氏「皇太子さまへの御忠言」より
フェミニスト活動家・上野千鶴子氏の論評(朝日新聞2005年8/17夕刊)戸籍も住民票もなく、参政権もなく、そして人権さえ認められていない皇族のひとたちを、その拘束から解放してあげることだ。住まいと移動を制限され、言論の自由も職業選択の自由もなく、プライヴァシーをあれこれ詮索され、つねに監視下に置かれている。・・・失語症や適応障害になるのも無理はない。天皇制という制度を守ることで、日本国民は、皇族という人間を犠牲にしてきたのだ。
雅子さん問題について、左翼は必ず“人権”を持ち出す。天皇と皇族は、“私”の部分を犠牲にしてきたからこそ、公人として祭司長の務めを果たすことができる。そして「道徳の規範」として自らを律することは、イコール血統を守ることにつながるのである。血統がつながっていれば、ボンクラでもいいというわけにはいかない。なぜなら不見識な天皇を国民は尊敬できない。天皇の血統は国民が大事に思えばこそ保たれていくのである。武家が隆盛を誇っていた頃、朝廷が堕落していたら、とっくに滅ぼされていただろう。
皇族が人権やプライバシーを持ち出すようになったら、すでにそれは異質なものなのである。ましてや女系天皇容認なら、そこで神代は断絶する。
「プライバシー」という言葉を使ったのは皇太子だったが、“私”の領域を自分達のやりたいように広げていくなら、一般人と何も変わりない。皇太子の位から降りていただきたい。いまだに悠仁親王殿下を「愛子のいとこ」としか呼ばず、「愛子が将来どのような立場になるか」確定していないと言う皇太子は、位の貴さや天皇家の重みをわかっていない。犠牲が伴うからこそ貴いものであることを。
女系天皇問題は、まだ終わっていないのである。
西尾氏に賛同する私もまた「被害妄想」「君側の奸」と笑われてもかまわない。
これが杞憂ではないと思うのは、今後さらに秋篠宮ご一家への中傷が増えてくるだろうということ。秋篠宮ご夫妻への事実に基づかない悪口は都市伝説化されてきた。嘘も百万遍・・・である。一方の皇太子ご夫妻はありとあらゆる賛美が繰り返されてきた。私もまた東宮ご夫妻の素晴らしさを信じて疑わなかった一人である。批判が出るようになったのは、ほんのここ数年のことである。これは日本人の“長男贔屓”では片付けられない問題をはらんでいる。幼少の頃から秋篠宮殿下を見守るように取材してきた江森氏は、一般に流布されているやんちゃな礼宮のイメージとは逆の思慮深さを浮き上がらせている。(参照「秋篠宮さま」)
お遊び好きの“やんちゃ”は、実は浩宮殿下のほうだった(笑)。 やんちゃが悪いと言っているのではない。若い頃に羽目を外して遊んだことのない人のほうが、あとで反動が来そうでこわい。ここで言いたいのは、世間には逆のイメージが植え付けられていたということである。
そのお二人が伴侶を得た時、公務に自由な遊び時間を求め、予定変更して周囲に迷惑をかける東宮ご夫妻となり、分刻みのスケジュールを守り、国民との触れあいを重視される秋篠宮ご夫妻となった。公務中の警護担当者に帰り際会釈して労をねぎらわれる秋篠宮ご夫妻、振り返ることもなく去っていかれる東宮ご夫妻、どちらのほうに公務の依頼が増え、あるいは減るだろうか。
8/31には孝昭天皇式年祭が執り行われた。
皇太子は静養先から戻り、御拝礼されたが、雅子妃殿下と愛子さまは那須御用邸から戻らなかった。病気で義務を果たせないのなら、せめて皇太子と一緒に御所に戻り、その時間、真摯に祈られたらどうか。朝まで生テレビでは、最後に西尾氏はこうまとめた。
「あと一年くらいの間に、雅子妃はけろっと病気が治られるんじゃないかと思っています。
なぜならもう既に治ってらっしゃるからです。病気じゃないからです」
「私は自分の文章が、皇太子の救いになっていることを知っています。なぜなら小和田家に圧迫され、小和田家と雅子妃にコントロールされている皇太子に後押しとなるからです。私はその事実を皇太子にきわめて近い立場から聞いております。君側の奸ではありません」「(雅子さんの治療ということで)外国に長く5年も6年も行けば、あるいはその間治るかもしれないということだったら、これはご離婚か皇位の移譲以外ない。つまり皇位の移譲というのは、皇太子殿下が自ら進んで秋篠宮に皇位を移譲して、そして離れて、そして外国に行くと」
それには皇室典範改正が必要になってくるという流れになり、ようやく番組終わりになって本題に入ったような、イライラが募る討論会だった。
香山と斉藤の精神科医は、雅子さんを「ディスチミア親和性ウツ」という新型鬱(仕事はできないが遊ぶ時は元気になる)と考えているようだが、ディスチミアということは、人格障害と認めたようなものだ。「すでに治っている」とする西尾氏のほうがやさしいじゃないの(笑)。
擁護派は、雅子さんは治りにくい精神疾患ということにしておかないと、ただのワガママ女だということになるのでまずいのだろう。ストレスによる適応障害だとすると、こんなに長引くのは説明がつかない。そこで新型ウツが妥協線になる。しかし、新型ウツだったら、何年外国に行っても治らないよ。人格を矯正するところから始めなければならないのだから、「人格否定された」と周囲に被害妄想を抱いているような人は、自分の人格に問題があるとは決して認めることができない。斉藤氏はなんとか雅子さんをヨーロッパに行かせてあげたいようだが、矛盾だらけで全然擁護になっていない。
本物のキャリアウーマンが皇室に嫁いで適応障害になるとは限らない。3~6才までアメリカにいた紀子様も帰国子女だし、英語はお得意。大学院まで行かれたので雅子さんより学歴が上。紀子さまに職歴はないが、雅子さんも父親の庇護の元、外務省職員として重要な仕事は任されないまま2年間務めただけ。つまり学歴だとかキャリアウーマンとかはまったく関係ないわけで、精神疾患にかかったのは、雅子さんのパーソナリティの問題に他ならない。by西尾氏
比べてみれば、紀子様のほうがよほど優秀だということがわかる。そもそも比べる必要もないのに、香山リカなどはいたずらに「紀子さまは母として確立。雅子さまは優秀だから仕事で自己実現」と紀子様を優秀でないように言外に含む言い方をする。香山リカの紀子様を小馬鹿にしたような雅子さん擁護には、心底怒りを覚える。
雅子さんに男の子が授からなかったといって、どこの誰が責めたのか。雅子さんがプレッシャーを感じたというなら、妊娠していることを知りながらなぜスペインに行き、車に揺られてレストランに行き、ワインをたくさん召し上がったのか。この方は、自分の欲望に忠実なだけではないか。皇太子に嫁ぐとは、お世継ぎの期待があることは当然であるにもかかわらず、「雅子さんはプレッシャーに潰された」というのが本当ならば、アホとしか言い様がない。擁護する人達は、雅子さんを悲劇のヒロインに仕立て上げながら「雅子さんはそんなことも知らないオバカさんでした」と言っているに等しい。上げているんだか、下げているんだか…。
朝生討論の結論としては、雅子さんは新型ウツだから治療には相当な年月が必要。だからといって5年も10年も外国で療養するのは許されないこと。「全力で守る」と言った皇太子は、自ら退位して雅子さんを守れ。政治家は皇室典範改正について臆病になるな。
擁護派も雅子さんのご病気は回復が難しいと見解が一致したようで、なんとなく皇太子妃殿下から皇太子夫人に降りたほうがいいんじゃない?という流れの中で、強く拒否感を示す人がいなかった。
西尾氏が1年以内に「けろっと治る」と言い切ったのは、平成21年の天皇陛下即位20年が皇太子と雅子さんにとって節目になるということではないかと思った。公務の代行問題も含め、今上陛下自ら来年になったら考えるとおっしゃっている。即位礼正殿の儀にどのように臨まれるのか、雅子さんは病気を盾に今まで同様に無視するのだろうか。その前に今上陛下は何らかのお答えを出されるような気がしている。
悠仁様に一刻も早く帝王教育にふさわしい環境を整えてください。愛子様は内親王としての躾や教育もお受けになっていないように見受けられます。一般のマイホームパパ・ママならそれでいいのですが、愛子様は国民にとって大事なお姫様なので、周囲がもっと気を配ってほしいのです。子離れできない雅子さんが立ちふさがるでしょうが、子供に愛されたいと思うパパ・ママは、子供のわがままを放置しがちです。子供の将来を思えば、子供が周囲の人から愛されるために厳しく教育することが必要ではないでしょうか。今のままでは情緒不安定になるか、無感動、無表情になってしまうと心配です。こういうふうに書くと愛子さまバッシングなどと言われますが、「何も問題ない」と言い切る人ほど愛子様のことを大事に思っていないのでは?と悲しくなります。愛子様から遠ざけられている今上皇后陛下は、どれほど心配されておられるか…。このままでよいとは決して思いません
もじもじスケッチより
非公開: 『皇太子さまへの御忠言』のその後 (一)
『皇太子さまへの御忠言』が刊行された直後、それはまだ『WiLL』10月号に私の「連載で言い残したこと」が載っている最中であったが、テレビ朝日の夜中の番組「朝まで生テレビ」(8月29日ー30日)に出演した。雑誌連載に対しても、本に対しても、テレビ出演に対しても、各方面から、ご批判やらご感想やらを多数いただいた。
活字になったものについては、必要な対応は活字の世界ではたしたし、またこれからも、時に応じて雑誌論文のなかで言及するかもしれない。ただ、もう当分のあいだこの分野で新しい働きかけや大きな思想展開をするつもりはない。悠仁親王殿下の帝王教育の方針や内容について発言せよ、ということを言うかたもおられたが、それは私の任ではない。
これからはわが国のアメリカの呪縛からの解放が少しずつすすむだろう。大東亜戦争の位置ずけはいまも変わりつつあるが、もっと大幅に変化するであろう。いままでのように、戦後史の見直しといっても、戦後の立場から戦後を見直すといったレベル――例えば『文芸春秋』10月号の座談会「新・東京裁判批判」など――は、早晩、否定され、乗り越えられていくであろう。
戦後の皇室はアメリカに庇護された平和体制といわば一体となってきた。日本列島におけるアメリカのプレゼンスが小さくなるにつれ、支配構造も変わるし、国民の政治意識も変わると思う。どんな風に変わるかは勿論わからない。
ただ国民の皇室への期待や希望もそれに応じて今とは変わり、皇室自身も過去の歴史においてそうであったように、柔軟に対応の姿勢を変えてくるであろう。
何年か先か、何十年か先か、それはわからない。私の投じた一石はかならずやそのとき回顧され、あれが曲がり角であったと思い出されるに相違ない。それが幸福への回路か、不幸への坂道かはもとより予想のつく話ではない。だから当分、私のほうから新しい大きな手を打つつもりはないのである。ただ小さな感想はいくらも思い浮かぶし、寄せられた面白い言葉やふと眼にして、ご紹介したいと思う記事にはこれからも多分出会うであろう。
そこで、9月に私のテレビ出演や書物に対して語られたネットの中の言葉を、ご承諾をいただいて、順次掲示してみたいと思う。まず最初は「カトリックせいかつ。」さんのブログからである。このかたのご文章は、以前当ブログで、感銘をうけてご紹介したことがある。そして、『WiLL』6月号にも転載された。
今度のご文章もバランスがよく、私を意識しないで勝手に、自由に書かれているところがありがたい。内容はこのかたの思想であって、私がひとつひとつについて、賛成だとも反対だとも言っているわけでないことは当然ながらご了解いただきたい。
2008-09-01 朝まで生テレビ
生まれて初めて『朝まで生テレビ』という討論番組を見た。といっても起きて見ていることができないので、録画して土曜の朝に見た。ついにテレビで皇室問題を取り上げるというので、西尾幹二先生ファンのねらーの皆さんからも期待と不安をもって見守られていたが、全体の構成として、私は(初めて見たせいかもしれないが)それほど悪くはなかったんじゃないかなという気がした。東宮問題でよく取り上げられていること、たとえば雅子妃が病気療養中となっている最中、高級外食に頻繁に出回っていることや、皇太子の次期天皇としての自覚の薄さや資質の問題などが、ちゃんと放送されたことの意義は大きいと思う。でも、雅子妃の実家の小和田家のことまでもっと言及してほしいという物足りなさは残った。
田原総一朗というジャーナリストが左巻きの人で、しかもものすごく旧態依然とした皇室観の持ち主だということは最初の10分ですぐ知れた。と同時に憲法9条に固執する人たちのアタマの堅さにも恐れ入った。天皇を厚く敬うことがすなわち軍国主義への特急列車だという発想から未だに一歩も出られないというのがすごい。ただ、左巻きの人たちと思しき中にも両陛下へ対する敬意がいくらかでも見られたのは嬉しかった。また、田原司会者が特殊な思想の持ち主でありながらも、議論の中心役となって、誰からの意見もまんべんなく拾える技量はさすがだと思った。私はこういう番組ってもっと、オレがオレがの人たちでまとまらなくなり、声の大きいほうが勝つみたいな顛末になるのかと思っていたのだ。国会の議場で起こる見苦しい野次や乱闘騒ぎとは雲泥の差で、紳士的な大人の議論場だという感じがよかった。
さて、西尾先生はその中でも主役である。『WiLL』に掲げられた「皇太子さまへ敢えてご忠言申し上げます」の寄稿が今回の番組のきっかけなのだから当然だ。だが発言回数はそんなに多くはなかった。平田氏(アジア太平洋人権協議会代表)や、高森氏(日本文化総合研究所代表)といった人々のほうが、むしろ積極的に問題点をついていた。静岡福祉大の高橋先生は、昨今の東宮記事でコメントを出す方として有名。この方は女帝推進(容認?)派だそうだが、現在の東宮家には批判的というスタンスが面白い。
雑誌で有名なコメンテーターとしては、精神科医の斉藤&香山両氏がいるが、この人たちは雅子妃の病気とその治療についてしぶしぶながら(?)説明させられていた。斉藤氏の、「外国へ10年でも療養に行けば・・・」という説には仰天だったけれど、そしてそれを西尾先生も「あまりに同情的すぎる」とお怒りだったけれど、仕方ないんじゃないだろうか。この二人はどこまでも、医者としての意見しか言えないし、それを超えたら越権になる。少なくとも雑誌やテレビの場でこの人たちが呼ばれるときは精神科医としてであるから。日本の皇太子妃や皇后が、あるいは皇太子もしくは天皇になった際の夫君をまじえて、外国でしか治り得ない治療にあたるということは、ありえないし許されないものだ。だけれど、この医師たちが呼ばれて話をする以上、精神科的見地からしか意見を述べるわけにはいかないのだ。つまり呼んだってしょうがないってことなんだけれども。だって雅子妃が病気かどうかなんて誰も知らないんだから。
上杉氏というジャーナリストが、誰も皇室の実態を知らずにいる中で議論をするのはナンセンスである、という発言を後半にしていた。しかしそれは、あの場でも反論されていたように、皇族の行動や肉声の発言から拾える情報で、十分ではないかもしれないがある程度察せられることを元にしていると思う。ジャーナリストらしく、事実をきちんと書き起こしたものが必要だというなら、「新ドス子の事件簿」というホームページをご紹介したい。雅子妃の動静が、宮内庁発表のものから一般人の目撃証言にいたるまで網羅され、毎月の出入りの様子が一覧表になっている。東宮家が問題だといっている多くの人たちは、憶測や好き嫌いでものを言っているのではない。むしろ、雅子妃に同情的な人たちこそ、よくよく現状を知ってから意見して欲しいと思うのだ。雅子妃が外務省の将来有望なキャリア女性だったなどという幻想が前提ではないか。そこらへんも西尾先生が地雷発言されて、パネラーの全員が「あ~あ、それ言っちゃった」という顔をしたときがいちばん面白かったけれども。
いまどき不敬なんていう言葉は死語だ、などと発言した人がいた。週刊金曜日に関与した矢崎氏というジャーナリストだったと思うが、死語だろうか? そういう人に限って、イマドキの若者は礼儀知らずだとかいうんだろうと思う。皇室に名誉毀損で訴える権利があるかどうかという議論より前に、生まれたばかりの赤子をサルにたとえるような、皇后という地位は別にしても、年配女性のファッションを茶化すような下品きわまるパフォーマンスを言論の自由などと言ってほしくない。法的権利以前の、人間としての節度、常識の問題である。また、これもやはり同じ矢崎氏が、日本には言論の自由がないと発言していた。その根拠に、この番組に出るのに、怖い人たちに脅されるからとかなんとか言っていたが、あまりに認識が(私と)違いすぎてびっくりした。本当に言論の自由のない国というのは、戦時下の日本のような状態を言う。右翼に脅迫されることと、官憲が家まで現れてしょっぴかれるのとは大違いである。右翼が脅しに来れば、それが事実なら警察はちゃんと守ってくれるではないか。雑誌に検閲がかかって発刊を止められるということもほとんどない。皇室を平気で貶めるような下劣な演劇集団に関与している人間が、同じ口で言論の自由がないなどといえる立場かと腹立たしかった。きっとこの人たちは田原氏も含めてものすごく地頭がいいだろうし、知識も豊富だと思うのに、こんな簡単なこともわからないのかと不思議にすら思える。
皇室の祈りについても言及されており、祭祀を拒否する雅子妃のことも問題視されていた。祭祀を公務だと勘違いしているパネラーには驚いた。宮中祭祀は天皇家の私的行為として位置づけられていることは常識の範囲内だ。一般学生の回答ならいざしらず、そんなことも知らない人間はこの議論に招かれる資格はない。確かに、祭祀は天皇の行うものだし、そこへ連なる皇族はただの陪席ともいえるが、深夜や早朝、潔斎して祈られる陛下の傍らで、心を合わせて祈る皇后陛下がいてこそ、日本の安寧は守られていると信じている多くの日本人がいることは事実だ。カトリックで言えば、マリア様の役割をされているのが皇后陛下なのだと思う。カトリック信者はマリア様の祈りに強められ、励ましをもらいながら信仰に努める。マリア信心は正確に言えば教義ではないし、ミサの中で聖母マリアという言葉が出てくるのは1、2度程度で、公的な意味合いは非常に薄い。にも関わらずマリア様なしの祈りの生活というのは、信者にとってもはや考えられない。天皇が祈っているというのに、自分は別とばかりに違う行動をする后がいたためしがあったろうか。日本史上もっとも奔放な中宮だった待賢門院璋子でさえ、禁中の行事には従った。雅子妃がそんな有様だとすると、現代人だからでは済まされない皇室の伝統の破壊である。
思えば・・・雅子さまという方がこの15年間に、日本人や日本の国のために、何かなさったことがあったろうか。カトリックに傾倒しているんじゃないかと疑われたこともある美智子皇后さまは、和歌をよくし、古事記や日本書紀を深く読まれ、何より日本人のすべてに心を寄せられていることがわかる。子ども時代の紀宮さまを連れて、母と娘の小旅行をされたときも、毎回必ず、日本の歴史と伝統に深くかかわりのある場所を選ばれていた。その上ほとんどの回で神社へお詣でになっていて、それも庶民の我々がお賽銭を投げて柏手を打つような簡単なものではなく、ちゃんとローブモンタントを召された姿で、オーソドックスにお参りされる姿をきちんと娘の眼に焼き付けておいでだったのである。
然るに、雅子さまの口から出るのはいつでも必ず外国、外国。古事記と日本書紀の違いも、いつ書かれてどういう特徴があるのかすらもあの方は知らないような気がする。和歌もダメ、邦楽や日本画にも関心薄く、食べ物の好みがオール洋食という雅子妃である。日本に心を寄せるどころか、自分を苦しめ、傷つけたという恨みすら持っているふしもある。娘の言葉の練習をABCから始めようとしたというまでの徹底した外国礼賛だ。お宅の娘さんの父親は日本人じゃないんですかと聞きたい。娘時代、父親が外務官僚で外国へ行くことが当たり前の生活だったと記者会見でも述べていたが、その意味するところは、「外国に行ける生活すなわちお金持ち、ハイクラス」という俗な認識で成り立っていることが明らかである。華美な生活を誇示することで自分をよく見せようという発想ほど、逆に貧しく見えるものはない。皇室の価値観とは真逆の思想である。
いまも那須で引き続きご静養中のご静養を続けておられる妃殿下、宵っぱりで徹夜にも強いそうですので、『朝まで生テレビ』をご覧になることもお出来になれそうですね。どうかこういう世論を知って、身を正すか、あるいは皇室ときっぱり縁を切って下さい。適応障害になりそうなのは、あなたのような方を皇后として見なければならない日本国民のほうです。
お知らせ
以下のテレビ再放送の日にちを訂正します。
テレビ出演、花田紀凱ザ・インタビュー。皇室問題への発言以後の反響その他について語ります。
BS11 10月5日(日)午前9:00-9:55
再放送 10月11日(土)午後15:30-16:25
(花田紀凱ザ・インタビューは今後、発信局がBS11に移り、全国放送になるそうです。その第一回です)
『真贋の洞察』について(二)
真贋には焼き物や美術品の鑑定をめぐるいろいろなエピソードがあるし、ドイツ語で Kitsch という、風呂屋の富士山の看板絵のようなまがい物を総称する言葉もあって、概念的にいろいろ整理したいことが少なからずあった。
Kitsch といえば、南ドイツのフュッセンという高い山の中腹に中世のお城、ノイシュバンシュタイン城があり、これはテレビ写りがいいのでいまではみな誰でも知っている。狂王ルートウィヒ二世がワーグナーのために建てた城だ。内壁や天井の絵画はみな楽劇の各場面を描いたものだが、これがみな「風呂屋の富士山」なのだ。
森鴎外の留学時代に、中世の城を建てればどうしても Kitsch になる。
南ドイツにはギリシャの神殿を模した大建造物がいくつもある。十九世紀のドイツ文化はギリシャ熱におおわれていた。ギムナジウムとよばれる中高等学校は、この呼び名からして、古代ギリシャを意識していた。そしてそのギムナジウムを真似したのが日本の旧制高等学校なのだ。ギリシャ文化のかわりに遠いヨーロッパの哲学、文学、史学に憧れた。
古き良き時代である。しかしすべて Kitsch になることを免れない。ドイツの教養文化がギリシャのイミテーションであるなら、日本の近代の教養文化はヨーロッパのイミテーションであらざるをえない。
教養の「真贋」について概念整理をしたかった。
『真贋の洞察』という今度の新刊の「あとがき」でこの点に関する感慨を書いてみたいと思っていたが、急にその気がなくなり中止した。以下、「あとがき」に中止の理由も述べたので、全文をここに掲示させていただく。
あとがき
本書は、私の本の中で最も多方面なテーマを扱った一冊になりました。
冒頭の一文で真贋とは何かについて語っていますが、真贋の概念はこれでは不十分なので、「あとがき」でもう少し詳しく説明しようかと考えていました。が、校正刷りを読んでいるうちにその気がなくなりました。
真贋は概念ではないからです。この本の全体から、あるいはどの論文からといってもいいのですが、少なくとも「贋」を排そうとする私の声、私の気概だけは読者に伝わるでしょう。それで十分ではないか、説明は要らないと思ったのです。
本書の文章はすべてなんらかの言論雑誌に掲載された論文です。言論界でいう「真」とは、つまり本当のことを言うということです。
ときに勇気が必要であり、書き手だけでなく編集者にも勇気が求められることがあります。言論の自由が保障されたこの国でも、本当のことが語られているとは限りません。
本当のことが語られないのは政治的干渉や抑圧があるからではないのです。大抵は書き手の心の問題です。
私はむかし若い学者に、学会や主任教授の方に顔を向けて論文を書いてはダメですよ、読者の常識に向かって書きなさい、とよく言ったものです。言論人に対しても今、世論や編集長の方を向いて書いている評論がいかにダメか、を申し上げておきたいと思います。
言論界にはここにだけ存在する特有の世論があります。評論家の職業病の温床です。
書き手にとって何が最大の制約であるかといえば、それは自分の心です。
私にしても「贋」を排そうとしているからといって、私が「真」を掴んでいるということにはなりません。真と贋、本物と贋物の基準は人によって異なるので、何が真贋であるかを決める基準の法廷がどこか人の世を超えたところにあればよいのですが、残念ながら、誰でも存在しない自分の神に向かってひたすら書くということのほかには術がないといえるでしょう。
ただ一つだけありがたいのは、書かれた文章が本当のことを言っているかどうかは読み手にはピンとくるということです。
それでも書き手にとって心しなければいけないのは、「真」はこうであったとは究極的には誰にも言えないということです。自分の心がそれで救われてしまう心地よいつくり話を書いてしまうきわどさと「真」がいつでも隣り合わせていることを、肝に銘じておかなくてはなりません。
本書の各論文が本当のことを言っているか、それともつくり話を語っているかの判定の基準は、ひとえに読者という裁きの法廷に委ねられています。
本書は後半で、私には例の少ない経済を取り扱っていることに一つの特徴があります。私は現実の心の層に触れてこない空想に流れるのをいつも恐れています。経済のテーマに何とかして正面から向かわないと、政治の現実もとらえられない時代に入っているのではないかとの考えからです。一つの新しい試みであり、挑戦です。
尚、各論文の初出誌は、各論文の末尾に記しました。各論文の内容に関しては、趣旨を変えない範囲で若干の補筆を施しているケースもあります。
本書は企画の段階から、論文の蒐集(しゅうしゅう)を経て、調整と配列にいたるまで、作成に関するすべてを文藝春秋第二出版局の仙頭寿顕氏のご努力に負うています。謹んで御礼申し上げます。
平成20年初秋
西尾幹二
『真贋の洞察』について(一)
当「日録」は今では私がオピニオンを述べる場ではなく、私とその周辺の情報を告知する場になっている。昔はオピニオンを述べていたのだが、それをすると活字メディアに注ぐ力が減殺されてしまう。それでいったん「日録」を中断したある時期を境にして、それ以後、今のこの方針に切り換えた。
しかし勿論原則にこだわってはいない。折をみて、ゆとりのあるときにはオピニオンを展開するかもしれない。
今回は新刊のご案内である。『真贋の洞察――保守・思想・情報・経済・政治――』、文藝春秋刊、366ページ、¥2000(税込)、10月7日発売。とりあえず目次をご紹介する。
第一章 保守の真贋について
生き方としての保守
安倍晋三は真正保守の政治家に非ず第二章 思想の真贋について
「偽君子」坂東真理子の「品格」を斬る
「廃墟」の思想家・上野千鶴子
「贋者」の行列
――竹内好、丸山真男、鶴見俊輔、大塚久雄、小熊英二――
「素心」の思想家・福田恆存の哲学第三章 情報の真贋について
GHQによる「焚書」公立図書館による「焚書」
朝日新聞の「社説21」が唱える空理空論を嗤う第四章 経済の真贋について
日米軍事同盟と米中経済同盟の衝突
――なすところなき小泉、安倍、福田――
日米は中国に「アヘン戦争」を仕掛けている
――本来中国は「鎖国」文明である――
金融カオスの起源
――ニクソンショックとベルリンの壁崩壊――第五章 政治の真贋について
日本は米中共同の敵になる
――「集団忘却」の日本人へ――
金融は軍事以上の軍事なり
――米中は日本の「自由」を奪えるか――
改めて直言する「労働鎖国のすすめ」あとがき
どんな印象だろうか。
本書には担当編集者の知恵で一つの新しい工夫が施された。各論文の冒頭にゴシック体で内容を簡潔にまとめた2、3行のリードの文を添えた。例えば、
第二章第一論文には
「偽君子」坂東真理子の「品格」を斬る
表向きは温和な保守的常識人のように見えるが、よく読むと小さな狂気が宿り、やがて国民を廃墟に追い込む死の思想への偽善的挑発者の顔が見えてこよう
第三章第二論文には
朝日新聞の「社説21」が唱える空理空論を嗤う
日本はサンタクロースかナイチンゲールになって「ヘルプキー国家」として生きていけという朝日のありがたいご託宣、小学生の学級民主主義みたいな可愛らしい思想にしばし付き合ってあげていただきたい
お知らせ
主催者佐藤松男さんからの依頼による、毎年恒例の下記の会の案内をお知らせします。
「福田恆存を語る」講演會の御案内
日時:平成20年10月25日(土)午後2時開演(開場は30分前)
會場:新宿文化センター 小ホール
(地下鉄丸ノ内線 新宿3丁目駅B3出口歩11分
講師:桶谷秀昭「福田恆存の相對と絶對」
田久保忠衛「福田恆存の防衛論」
参加費:2500円(※電話またはメールで事前にお申し込み下さい)
電話 03-5261-2753(午後7時~午後10時まで)
E-mail bunkakaigi@u01.gate01.com
(氏名、住所、電話番號、年齢明記)現代文化會議
私の視点から見た日本の論壇
9月29日に財団法人日本国際フォーラムの国際政経懇話会(第207回)で、「私の視点から見た日本の論壇」と題した講演をいたしました。質疑をいれて正午より2時までで、いろいろな角度から議論を提起しました。
以下は同フォーラムの事務局がまとめた要旨です。参考までに掲げておきます。
果たして現在の日本に「論壇」があると言えるか。もはや論壇は滅んだと言えるのではないか。文壇はとっくに滅びたが、それと一体で丸山真男に代表される大学知識人の崩壊が、1960年代終わりから75年頃にかけて進んだ。
それを象徴するのが三島事件である。 「知識人の死」という中で、かつての言論雑誌は見る影もなくなっている。反中国、反朝日は勢いづいているが、勝利宣言をしてよいかと言えば、それは表向きであり、そうとも言えない。靄のようなものが覆い、毎回毎回同じことを言って徒手空拳の感がある。
言論雑誌の全体を総覧した時に、三つの問題点が指摘できる。一つ目は、政治論と政局論を混同していることである。政局騒ぎが言論界の中心テーマになっているが、これは思想のなすべき仕事ではない。かつて石原慎太郎政権樹立や安倍晋三政権樹立を煽ることが言論雑誌のメインテーマとなり、彼らを登場させることが編集長の手腕として評価され、売り上げにつながるとされた。こうした状況を週刊誌が後追いし、状況を歪めている。
二つ目は、日本の論壇は、経済を論じていないという点である。言論雑誌はドメスティックに閉じ篭もり、防衛、教育、社会保険庁、国内政治などばかりを論じているが、金融を論じていない。「金融は軍事以上に軍事である」とも言える。金融とはそれ自体がパワーであり、政治である。他方、主要な経済雑誌には、経済情報が豊富であるが、政治の視点が欠けている。経済指標ばかりを取り上げて論じても、それは数字遊びに終わってしまい、ナンセンスである。議論が政治だけ、経済だけになっており、両方を全体から見る必要がある。
三つ目は、国際政治を別扱いにし、国内政治を国際政治の視点から論じていないことである。例えばロッキード事件は、国内問題として扱われたが、背景には米ソ対立が安定期に入ったことが関係している。また、いわゆる「55年体制」の崩壊も冷戦終結と関係している。国内で起こることは国際政治とリンクして考えるべきだ。
それでは、なぜこのような論壇停滞の状態が続いているのかと言えば、それはイデオロギーにとらわれているからだ。イデオロギーに対置されるのがリアリティーであるが、リアリティーとは常に変化し、ぐらぐら動くものである。これに対して、固有の観念や先入観にとらわれたイデオロギーが言論界を跋扈している。
非現実的な保守イデオロギーは戦後左翼の平和主義と変わらない。私の皇室問題に関する発言に対しても、典型的な対極の二つの反応があったが、いずれもイデオロギーにとらわれている。
一つは、日本は自由であるべきだから、皇太子ご夫妻にもっと自由を与え、皇室改革するというイデオロギーであり、もう一方は、皇室にもの申すこと自体、不遜であるというイデオロギーである。イデオロギーとは常に厄介なものである。とかく人はイデオロギーにとらわれやすく、一つの固定観念で自分を救って、大きく変化する世界から目をそらそうとする。
こうした状況に対して固定化を破り現実を露呈させるように発言していかなければならないというのが私の立場である。
『この世 この生 西行・良寛・明恵・道元』解説(九)
上田三四二の『この世 この生』の文庫解説が終わった。日録の読者であまり読んでいてくださる方はいないのではないか、と思っていたが、そうでもないらしい。
若い友人の渡辺望さんが私信で、上田文学に接したときのご自身の記憶をつないで、次のような感想の一文を寄せてこられた。まず上田さんの作品を知っている人が、昔の私の文学仲間以外の若い人の中にいたのがうれしかった。
本人のご了解を得て、私信をそのまま掲示させてもらう。
渡辺 望 36歳(1972年生まれ)坦々塾会員、早稲田大学大学院法学研究科終了
拝啓 西尾先生
だいぶ涼しくなって参りましたが、お元気でしょうか。
ここしばらく日録にてされている、先生が上田三四二さんについての過去に記された評論を中心とした文章の連載を更新の度に読んでおります。いろんな感想が湧いてきましたので、一筆執りました次第です。
私は上田三四二さんについて、彼が一番高く評価されている短歌の人としての作品は残念ながらまったくといっていいほど知りません。また彼の思索の中心である、今回の連載で先生が触れられている宗教論についても、大学生の時代に、彼の吉田兼好論を斜め読みしたくらいです。
しかし彼の小説に関しては、大学生から大学院生にかけて幾つか読み通して幾つかの印象が残っています。当時、大学の一般教養課程での国文学の授業で、「私小説」がテーマだったのですが、教授が少し変わった作家の選択をする先生で、ふつう、「私小説」というと、志賀直哉や安岡章太郎を講義することがオーソドックスなのに、上林暁のような作家を題材につかうような先生でした。その先生がよく題材に使った作家の一人に上田三四二さんもいたのです。そのことで、上田さんの小説の幾つかを知ることになりました。だから上田さんは私にとって、読んだことのない作家というわけではないのです。
日録での先生の上田三四二論を読んで、そののち、当時、私が読んだ上田さんの本を久々にひっぱりだして再読しました。そしてこれはたまたまなのですが、私は上田さんの本を再読したその日、モンテーニュの「エセー」がふと気になって、それを再読したのです。
本当に妙なことなのですが、再読する度に私の心を惹きつけてやまなかったモンテーニュの「エセー」の説く「死の哲学」についての数々の文章が、そのときだけかもしれないのですが、何も感じられませんでした。私にとって存在論的真実に迫ったモンテーニュの言葉のどれもが、まったく色褪せたものに感じられて、自分の感じ方の変わりように、首を傾げたくなりました。これは明らかに上田さんについてのいろいろを再読してそれに惹かれたことと連鎖反応しています。
私が上田さんとモンテーニュを比べてみて感じたことを何とか整理してみると、次のようなことになると思います。
「死」の先に何もない以上、死の瞬間まで死を想わないことが実はもっとも人間的な行為であるかもしれない、ということは西尾先生の死生観の基軸で、「自由と宿命」での池田俊二さんとの対談でもそのことをおっしゃられていますね。上田さんの文学や思想が西尾先生のその死生観の支柱の一つであるということ、しかもそれが無神論者のニヒリズムのようなものでない、独自の「優しさ」にみちた主張になっている作家として上田さんをとても高く評価されていることを、日録の先生の上田論、そしてその後の上田さんの本の再読したことによってよく理解できます。
その上で、なのですが、「死を想え」というヨーロッパ哲学の巨大な前提と、「死を想わないことがもっとも人間らしい」かもしれないという上田さんの世界からよく導き出される思想の両極について、私達はどう考えればよいのでしょうか?
「死に親しみ、馴れ、しばしば死を念頭に置こう。いつも死を想像し、しかもあらゆる様相において思い描こう」とモンテーニュは言います。しかし、モンテーニュの言葉を逆さまに読めば、「死」は親しみ、馴れ、想像し、思い描ける可能性をどこかにもってる、ということを言っているのだ、ともいえます。
どうも、「死」はそこで「不可解」というあるいは「わからないもの」という名前の、一つの意味を与えられていて、何かの作為を許容してしまうことが有り得る、ということになっているのではないでしょうか。
やはり「死の哲学」の強力な主張者であったハイデガーが、死の意味をナチスに預けて、その意味の操作に身を任せたことと、モンテーニュのこの言葉は無関係ではないようにも思います。あるいは日本でも盛んになってきているホスピスケア、「死の教育」というものがどこかでもってしまういかがわしさ、ですね。性教育のいかがわしさほどでないにしても、果たして「死」は教育に値するのかどうか、それこそが実体を虚構する作為ではないか、と私は思います。
こうした「死の哲学」的思考は上田さんがとらない考えなのでしょう。人生の時間を線分的に切断するものにすぎない上田さんにとっての「死」は、「不可解」という意味さえももっていない存在です。ある意味でまったく単純に意味が定まっているもの、それがゆえに、死の意味の操作もありえないもの、それが死というものなのかもしれない、私は西尾先生の上田論から、そんなふうに思いました。
こう考えれば、西尾先生が言われるように、上田さんが「死」論よりも時間論に執着しそれを語ろうとするのは、ほとんど必然的なことだったといえるのですね。
上田さんにとって、時間の切断にすぎない「死」という単純明瞭なことより、切断されても流れ続ける「時間」の方が、遥かに巨大で、本当に考えられれるべき不可解さをもっていると感じられるからです。おそらく、ヨーロッパ哲学のような「死」から「時間」へ、ではなく、「時間」から「死」へ、問いが逆転している。死が無意味なものである以上、「死への認識」ではなく、「時間への認識」が、思索にとっての最大の課題にならざるをえないのです。
たとえば、「花衣」という小説、これは一読すると主人公の中年男性が、今はこの世になき女性・牧子との情事を回想する小説ですが、これらのことを承知した上で今読み返してみて、「時間」の主題がおそろしく明瞭に溢れていて、先生の上田さんの良寛論への指摘と重ね合わせて考えて、まったく驚いてしまいます。昔読んだときは一つの私小説として思われ読んだ小説群が、西尾先生の日録の上田論を読んだ後ですと、「哲学小説」にさえ思えてきました。
美しく描写される染井吉野の散り様や、二人の情事の場面の背後に、世界を危うくする時間がひしひしと迫ってくる。「今まで堪えていた時の流れが堰を切って」というくだりもあります。特に二人の情事の後、牧子のヘアピンを抜く音が執拗に語られることに私はあっと思いました。昔読んだときはさして気にならなかった箇所です。執拗な描写ののち、「・・・・・・一つの音はそのあとの静寂に、次の音を誘う期待をこめているかと思われた」とあります。
「線分的時間」にしか私達の人生が過ぎないのだとしたら、来世を信じるという人間に負けないように救済されるにはどうすればよいのか。このことが上田さんの世界について考える一番の大きな意味でしょう。西尾先生が上田さんの時間論が宇宙論的視点にまで拡大されて語られている、といわれますが、つまり「瞬間」と「永遠」を等価におくことのできるような精神的な認識行為が必要になります。時間を超えて際限なく広がっていく「永遠」を何かに閉じ込めなければならない、のですね。
「茜」という作品では「時間の凍結」という言葉がありますが、つまりそれは「永遠
」を「瞬間」に閉じ込めるような激しい行為の比喩に他ならない。そして凍結を終えた後、それをささやかに楽しむ「和らぎ」も可能になる。上田さんは吉田兼好の「つれづれ」とは、そのような「和らぎ」であった、といっています。
「時間の凍結」と「和らぎ」の行き来こそが線分的時間にしか過ぎない人生の救済たりうる。線分的時間の「線分」が時間という「永遠の線」に飲み込まれないで、枯れた滝壺の比喩を私達が受け入れることができるかもしれないのです。「花衣」での「ヘアピンを抜く音」は時間の凍結に他ならず、「次の音を誘う期待」とは、その凍結が解けた「和らぎ」に他ならないのでしょう。これはおそらく、ヨーロッパ人の書けない小説なのではないでしょうか。
先生は上田文学の「優しさ」を言われますが、それはこの「和らぎ」なのだ、と思います。その優しさが芯のとおったものなのは、「時間の凍結」という精神的行為の段階に上田さんが徹底しているからでもある、と思います。この両者があってこそ、「枯れた滝壺」の比喩は、ニヒリズムから救い出されます。ヨーロッパ哲学でニヒリズムを主張する「死の哲学」者は、ファシズムに傾斜したり狂人になったりする人間が少なくありません。「時間の凍結」しかないからです。しかし上田さんが取りあげる日本史上の来世否定論の人物の多くはそうした狂乱には至らない。そこにはこの「和らぎ」の有無がかかわっている、私はそう思います。
私は正直言って、日録の先生の上田さんについての文章の連載に触れるまで、上田さんという作家は比較的地味な作家だと勝手に思い込んでいました。しかし、先生の読み解きのおかげで、大袈裟な言い方になってしまうかもしれませんが、ヨーロッパ哲学の根源へのアンチテーゼということまで考えうるものが彼の作品の世界にあるのだ、と知ることができました。
私もまた、死後の世界の意識や実存をほとんど信じることのできない人間ですから、上田さんの精神的格闘は無縁ではありません。無縁でないどころか、自分に身近な思考として、学ばなければならない対象だったようです。たとえば自分がまず生きていないで「無」になってしまう22世紀の日本や子孫のために語り考えることはどうして可能なのだろうか、ということは、私にとっていつまでも大問題です。そんな自分の考えるべき方向についてまた一つ資するところを与えてくださった先生の日録の連載に感謝の言葉と感想を言いたくて、文章をしたためました。
長い文章になってしまったことをお詫びいたします。
季節の変わり目、お体の方、くれぐれもご自愛くださいませ。
渡辺望 拝