私の新しいテレビ講演について

 シアターテレビジョン(スカパーのチャンネル262番)というのに5月から出演することになっている。

 どんなに大変な仕事かと思っていたら、同じ放送内容をくりかえし流すのがC.Sテレビの特性らしく、私の講演は各20分を5回(計100分)を一ヶ月くりかえし放送していたゞくことになるようである。

 「日本のダイナミズム」という総題の下に、5月のテーマは「現代を考える」ということで全5回、次の内訳である。

#1、 マルクス主義的歴史観の残骸
#2、 すり替わった善玉・悪玉説
#3、 半藤一利『昭和史』の単純構造
#4、 アメリカはなぜ日本と戦ったのか
#5、 日本は「侵略」していない

 放送時間帯は2種類あって、5月4日から毎日(月曜から金曜まで)午前6:30分より各20分間。4週同内容。

5月10日(日)16:00から100分間(全5回をいっぺんに)
同内容を16日(土)12:00から100分間
同内容を23日(土) 7:00から100分間
同内容を30日(土)18:00から100分間

西尾幹ニ/日本のダイナミズム #1
西尾幹ニ/日本のダイナミズム #2
西尾幹ニ/日本のダイナミズム #3
西尾幹ニ/日本のダイナミズム #4
西尾幹ニ/日本のダイナミズム #5
西尾幹ニ/日本のダイナミズム #1~#5

【放送日 放送時刻】

西尾幹ニ/日本のダイナミズム #1
放送日 放送時刻
05月04日 06:30 
05月11日 06:30 
05月18日 06:30 
05月25日 06:30 

西尾幹ニ/日本のダイナミズム #2
放送日 放送時刻
05月05日 06:30 
05月12日 06:30 
05月19日 06:30 
05月26日 06:30 

西尾幹ニ/日本のダイナミズム #3
放送日 放送時刻
05月06日 06:30 
05月13日 06:30 
05月20日 06:30 
05月27日 06:30 

西尾幹ニ/日本のダイナミズム #4
放送日 放送時刻
05月07日 06:30 
05月14日 06:30 
05月21日 06:30 
05月28日 06:30 

西尾幹ニ/日本のダイナミズム #5
放送日 放送時刻
05月08日 06:30 
05月15日 06:30 
05月22日 06:30 
05月29日 06:30 

西尾幹ニ/日本のダイナミズム #1~#5
放送日 放送時刻
05月10日 16:00 
05月16日 12:00 
05月23日 07:00 
05月30日 18:00 

尚、テレビを見る方法は以下の通りです。

シアターテレビジョンご視聴方法のご案内

◎ 一番費用がかからず簡単でおすすめは、
  スカパー!のチューナーの
  レンタルサービスのご利用です。
   0120-816-550までどうぞ。
  標準画質(SD) 240円/月です。

  
なお以下はご参考まで
1 ハイビジョン(HD)は630円/月ですが、
  標準画質で十分です。
2 すでにスカパーにご加入の方はシアターテレビジョンご視聴方法のご案内

◎ 一番費用がかからず簡単でおすすめは
  チャンネル262・シアターテレビジョンを追加
  とおっしゃっていただければ手続き終了です。
3 アンテナの必要な方は、アンテナ代が
  別途5000円必要です。
  標準取り付け工事無料
4 スカパーにはじめてご加入の方は初回のみ
  加入料2940円かかります。

さらにご質問のある方はご遠慮なく
シアターテレビジョンまでお電話くださいませ。
03-3552-6665まで
(受付時間平日10時から18時)

シアターテレビジョンご視聴方法のご案内

◎ 一番費用がかからず簡単でおすすめは、
  スカパー!のチューナーの
  レンタルサービスのご利用です。
   0120-816-550までどうぞ。

私の飢餓感

 私がブログの更新を怠っているのは、仕事に夢中になっていて時間がないためと思っていたゞきたい。四月は四つの雑誌に出稿し、新しいテレビの活動を始めた。

 久し振りに『正論』(6月号)に気合の入った論文を書いた。題して「日本の分水嶺 危機に立つ保守」(36枚)。日本は旧戦勝国のいわば再占領政策にはめ込まれている。窒息寸前の本当に危うい処にきている。

 私はこの論文で憲法改正のできない理由は、保守言論界が天皇と戦争の関係をきちんと問うことを逃げていることにあると書いた。九条改正後、宣戦布告をする責任主体は天皇以外の誰にあるというのであろう。ダメなのはリベラル左翼ではなく、問題を逃げる日本の保守である。

 『諸君!』(6月号)は最終号となる。7人の論客の大型討論に出席した。5時間の討論で、伝統、外交、政治、経済、歴史認識などを論じ合った。

 出席したのは田久保忠衛、櫻井よし子、松本健一、遠藤浩一、村田晃嗣、八木秀次、そして私、司会が語り手でもある宮崎哲也の各氏である。ゲラ刷りの修正整理が大仕事だったが、長大な討論をどうやって編集したのか、想像がつかない。

 各自でゲラに書き込みをするので話がつながらなくなってしまうのではないか、と心配している。本当はこういう長い討論は二度著者校をしないとうまく行かないと思うが、そういうこともなしで終った。何がどうなったのか、誌面をまだ見ていないので分らない。

 この大討論会でも私は上記の問題意識を問うているし、やはり日本の保守がダメなのだと言った。

 『WiLL』にもある事実の論証をメインの目的とする論文を書いたが、論証にまだ不十分な点があることが分って、ゲラの段階で今回の掲載を見合わせることにした。論証には外国への問い合わせなどを要するので、発表は2~3ヶ月先になるだろう。

 他には『撃論ムック』に先回の続篇を書いた。また今月のGHQ焚書図書の内容は「消された菊池寛の名著『大衆明治史』」である。

 人と討論したり、雑誌に書いたり、雑誌に書くために世界の情報を調べたりすることで物事を「考える」切っ掛けが増えるので、上記のような活動をいろいろ多様にすることは悪いことでは決してないが、私が今思い悩んでいるのは、こういう活動から一定の距離を持たないと本質的に「考える」ことは出来ないということである。

 今月は以上の通り、『正論』と『諸君!』の二冊に私の時局に対する明確な意見表明がなされているが、これから『諸君!』がなくなるし、雑誌言論界に少しづつ変化が生じるように思えるので、これを切っ掛けに私の生き方をも少し変えなくてはいけないと思っている。

 単行本で勝負するのがやはり筋だと思う。それも、評論集の類ではない。自分の主題をしっかり追った単一主題の本である。昨年私が出した5冊のうちで私自身がその意味で納得しているのは『三島由紀夫の死と私』である。

 単行本に打ち込むためには何ヶ月も、一年も、ときには二、三年くらいその主題への没頭が生活のすべてになるような生活をしなくてはならないのである。当然、雑誌その他からは離れることになる。

 昔は雑誌が連載をさせてくれた。だから両立した。『江戸のダイナミズム』は『諸君!』連載であった。今の余裕のない出版界ではその機会はほとんどない。私がいま企画しているのは世界の18世紀を考えるテーマである。大型企画である。今やらせてくれる処はない。

 毎月黙って30枚づつ書いて一年半書きつづければ500枚レベルの本は書ける。私の体力はまだ私にそれを許している。勉強するのは楽しい、という気力もまだある。『国民の歴史』と『江戸のダイナミズム』につづく第三作をどうやって実現するか。

 人間は易きにつくという性格がある。安易な方をつい選ぶ。雑誌に書いていると何となく集めて本ができる。今も新しい一冊の本の編集が進んでいる。時代への私の想いを表明した内容である。時代への私の危機の表明は――今月も先ほど冒頭で述べたように――本気であり、これからも消えることは恐らくないし、時局から目を離すことも恐らくないだろう。しかし私の心は満たされない。こんなことをやっていて、ただ時代に吠えただけで、そのまゝ死を迎えるのは耐えがたい。

 何か本当のことをまだ書き了えていないという飢餓感がつねに私の内部に宿っている。それは若い頃からずっとそうだった。心の中の叫びが表現を求めてもがいている。表現の対象がはっきり見えない。そのためつい世界の中の日本をめぐる諸問題が表現の対象になるのは安易であり、遺憾である。何か別の対象があるはずである。ずっとそう思ってきた。そして、そう思って書きつづけてきた。

 結局対象がうまく見つからないで終わるのかもしれない。私は自分がなぜたえず飢えを覚えて生きているのか、自分でもじつは分らないのである。

 話変わるが、5月から放映のはじまる新しいテレビの録画の仕事は二ヶ月分をすでに済ませている。そのことは次回に報告する。

渡部昇一さんとの対談そのほか

 同じ月刊誌にいく月もつづけて出るということは例外的で、そうあることではない。5月号の『WiLL』では渡部昇一さんと対談をした。それがじつはなかなか面白く盛り上った。渡部さんは南京陥落のときの歌までうたって聞かせてくれた。

 渡部さんとの私の対談は何度もあるが、最後の雑誌対談は3、4年ほど前の『諸君!』における歴史教科諸問題だった。最初の対談は30年くらい前のNHK教育テレビでの、マンガ・ブームの是非をめぐるテーマだった。

 テレビでの対談はほかに何度もあるが、渡部さんは相手に話をさせるのがうまい。自分のほうから話題を押しつけてこない。『WiLL』5月号の今度の対話もそういうたぐいで、あっという間にどんどん話が弾んで、20ページに及ぶ大型対談になった。題して「緊急対談 『諸君!』休刊 敗北史観に陥った言論界」である。

 中華料理屋でやったのだが、渡部さんは話も終盤になるまでアルコールに手をつけようとしない。「酒を飲むと穏やかになり、平和的な人間になるから飲まない」と言って座にいるみんなを笑わせた。そこで私はビールから紹興酒へとどんどん手を出して、「私は酒を飲むと攻撃的になるから飲みますよ。」と応じてまた笑わせた。

 話の内容は1969年の『諸君!』創刊号の頃のさまざまな出来事、70年安保に向けて知識人の離合集散から保守系の集合へのいきさつ、朝日新聞VS文藝春秋の構図をつくった一時代の大元が『諸君!』にあったこと、『諸君!』が休刊になったのは敵を見失ったからだが、日本の自立をめざすという最終目標がまだあって、敵はいぜんとして存在すること、等々から始まり、私と渡部さんの5歳の差が戦争時代の歴史を見る姿勢に微妙な差になっているというテーマなどは大変面白い展開を示した。

 子供時代の二人の思い出はあるところで重なりあるところで食い違い、相違を示したが、ここは読者の思い出をも刺戟して、大方の興味を引く箇所ではないかと思われる。後半では日米問題から防衛問題にいたる現代におけるいろいろなテーマが語られた。アメリカの歴史には封建時代がないので騎士道がなく、それが人類を脅かす「裁きの思想」を生んでいるという点で二人の意見は一致した。

 アメリカや中国を目先の政治現象で捉えるのではなく、歴史を知ることで深所からとらえ直すということがこれからはますます必要だと思われる。面白かったのでまたときどき対談をやりましょう、ということばを交し合い別れた。

 この対談掲載の『WiLL』5月号は26日以後に店頭に出ている。

 26日には読売テレビの、高視聴率だそうだが東京では見ることのできない番組「たかじんのそこまで言って委員会」に出演するために大阪に出向く。テーマは 皇 位 継 承 。放送日は4月5日(日)午後1:30~15:00である。

 第31回GHQ焚書図書開封(日本文化チャンネル桜)は、「忘れられている日本軍内部の『人情』」という題で、3月28日インターネット放送SO-TV配信である。

テレビ討論会「路の会」特集

 3月11日に日本文化チャンネル桜に「路の会」の6人のメンバーが参加して、「日本と中国―その過去・現在・未来」と題した討論を行った。私はテレビで「路の会」特集をやるから出ないかといわれて、2月28日の会合の席に諮って、出席可能なメンバーをきめた。

 黄文雄、北村良和、高山正之、杉原志啓、桶泉克夫、西村幸祐、石 平、西尾幹二、そして司会は水島総というメンバーである。このうち黄、北村、桶泉、石の四氏は中国論者であり、徹底的に中国を分析・解明・論究してきた人々である。しかも仲間うちで気心が知れていて、遠慮がない。だからじつに面白い討論になった。

 例えば、中国が経済的に破綻したならばかえって政権は国内を統治し易くなるといったのは、黄氏であり、これに真向から反対し、政権は国内を統治できなくなって、外に向かって攻撃的になりむしろ危険だと言ったのは石氏である。

 黄氏は今までの歴史からみて、全土に飢えと破滅が広がれば中国人は共食いし、穏和しく静かになって、外国からは扱い易くなる、と言った。しかしそれは昔の鎖国可能な時代の中国のことだろう。国が開かれ、海外に人が溢れ出し、ネットや携帯を知った今の中国人はそうは行くまい。国内の破局はいったん外に向かうと爆発となって危険だと石氏は言った。

 しかしここからがユニークな展開である。黄氏が共食いと言ったのは比喩的な意味ではなく、「食人」(人肉を食うこと)の意味である。氏はこのことを証すため中国語で著した『中国食人史』という自著を席上に持ってこられた。日本語の翻訳はまだないそうだ。

 石氏が外に向かう爆発といったのも比喩的な意味ではなく、日本に向かって憎悪の限りを叩きつけようと軍事的に襲いかかってくる、という意味である。標的は日本以外にない。日本だけが彼らの感情の始末をつける唯一の相手である。そのように教育されているし、他の可能性は考えられない、という恐ろしい話である。

 そのほかにも、数限りないほど耳をそば立たせるテーマが論じられた。「路の会」の会合で歯に衣を着せずいつもやり合っているメンバーの本音が語られている。ことに録画が始まってから30分ほど経って、第二段階になったあたりから、熱気を帯びてきたと記憶している。どこからだとは今はっきりは言えない。

お見逃しないようお勧めする。
時間帯は以下のとおり。

日本文化チャンネル桜(スカパー!216チャンネル・インターネット放送So-TV http://www.so-tv.jp/)

3月12日 19:30~20:30
3月13日 19:00~20:30

非公開:4月号の『WiLL』と『諸君!』(一)

 月が替わってまた4月号の月刊誌の出る時期が来た。以下の通り『WiLL』では評論、『諸君!』では対論を発表した。

 いまこそ「昭和史」と戦おう   『WiLL』

 「田母神俊雄・真贋問題」を決着する   秦郁彦VS西尾幹二『諸君!』

 どちらも歴史がテーマである。第二次大戦をめぐる評価の問題である。いつ果てるともない日本の言論界のいわば永遠のテーマといっていい。

 しかしここへきて、明らかに変化が生じてきた。今まで「保守的」と思われ比較的まとまっていた陣営が戦争観に関して二つに分れだした。すなわちあの戦争を強いられた戦争とみるか、国内の悪の発動とみるか。侵略された側とみるか、侵略した側とみるか。いかんともし難い運命との戦いとみるか、回避しようと思えば回避できた愚かな選択とみるか。戦前・戦中の生死観には特有の幸福の意識があったと考えるか、今も昔も人間の生死観には違いがないと考えるか、等々。・・・・・・

 以前からこの二つの考え方の対立はあったのだが、マルクス主義的左翼と対決している間の思想界はこの二つの価値の相違をあまりはっきりさせないできた。保守の名において大同団結していたからであrう。

 いまアメリカの覇権が終わるのではないかという時代認識――勿論明日どうこうではなく10-20年の時間はかゝるであろうが――少くとも覇権の意味が、その質が変わる潮目の時代に入ってきている。それははっきり言えるであろう。

 このことによって歴史の「枠組み」(パラダイム)も変わるのである。日本人は日清から四つの戦争を武士道の精神で戦ったのではなかっただろうか。英米の金融資本主義とも、ソ連のコミンテルンの教条主義的行動とも、ドイツやイタリアやフランスを襲ったファシズムとも、日本はそのどれとも関係がなく、「心理的」影響を受けはしたが、せいぜい時代のモードとして受け入れただけで、基本は国家の危難に対し武士道の精神をもって起ち上ったのではなかっただろうか。

 今そのことが多くの国民に少しづつ実感されてきて、言論界の歴史観も二つに分れてきたのである。そこへ田母神さんの事件が起こった。丁度いい切っ掛けだったのである。

 『諸君!』3月号の拙論「米国の覇権と東京裁判史観が崩れ去るとき」はこの時代の転換について論説した。『WiLL』4月号の「いまこそ『昭和史』と戦おう」と『諸君!』4月号の秦郁彦氏との対論はこれを承け、さらに思想的に発展させている。

 同時に私たちがこれから相手として戦わなければならない今の時代の典型的な「進歩的文化人」は、半藤一利、保阪正康、北岡伸一、五百旗頭眞、秦郁彦の諸氏であることを、『WiLL』4月号で宣言しておいた。

 4月号のこの両誌の私の発言は、時代の転換に対する一つの里程標になるものと信じて疑わない。

「座右の銘」に添えて

 私は「座右の銘」とおぼしきものを日ごろ意識していない。
 好きな言葉はあるが、たいてい長文である。                   

 昨年末『諸君!』2月号が「座右の銘」と、それに添える1200字のエッセーを求めてきたが、銘の制限字数が60字なのではたと困った。

 60字に収まる名文句を先に選んで、それに合わせてエッセーを書くほかはないが、そうそう思いつくものではない。私はニーチェ研究家ということになっているので、ここで好みの短章がないとはいえないので、ツアラトゥストラをぱらぱらめくった。

  「私は人に道を尋ねるのが、いつも気が進まない。--それは私の趣味に反する! むしろ私は道そのものに尋ねかけて、道そのものを試すのだ。」

 最初これにしたかったが、制限字数を越えている。しかしこれはほとんど私のモットーである。

 「見捨てられていることと、孤独とは別のことだ。」

 これも好きな言葉である。字数も少なくていい。しかし、エッセーをどう書いてよいか考えていると迷いだして、結局、以下のような次第になった。

 新年に雑誌の2月号が届いたら、77人もの人がこの企画に参加していた。まもなく文春新書になるのだそうである。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

君が出会う最悪の敵は、
いつも君自身であるだろう。
洞穴においても、森においても、
君自身が君を待ち伏せしているのだ。

ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』

 人間はいつでも自分で自分に嘘をつこうと身構えている存在です。自己弁解や自己正当化からほんとうに免れている人はいません。重症患者ばかりの病棟に入院したことがありますが、巨人=阪神戦のテレビが病室から聞こえてきて、その部屋の患者は三日後に亡くなりました。半狂乱になりそうな人間がスポーツ実況を楽しめるのです。自分で自分に仕掛けるこの嘘は、切なくも悲しい生の慰めであり、息途絶える直前まで人間は自分を紛らわして生きられるという生の強さの秘密でもあります。しかし人間は基本において弱く、このような場面で自分に嘘をつく自分をまで「最悪の敵」とせよ、とニーチェが言っているのかどうかは、今は問わないでおきます。余りに大きな、深刻な課題へと広がっていくからです。

 人間は誰でも真実を求めて生きていますし、真実を前提にして物事を判断しているものと信じられています。他方、嘘が公然の秘密になっている社会的場面をも了解しています。例えば政治家の選挙公約は嘘が当り前だと皆思っています。しかし百パーセントの嘘を演技して大衆を瞞せるとは思えません。政治家も自分の嘘を嘘とは思わず、ほどほどに真実と思って政治に携わっているはずです。同じように言葉の仕事をする思想家や言論人も百パーセントの真実を語れるものではありません。世には書けることと書けないことがあります。制約は社会生活の条件です。公論に携わる思想家や言論人も私的な心の暗部を抱えていて、それを全部ぶちまけてしまえば狂人と見なされるでしょう。それなら語られない暗部は真実の世界で、公的に語られた部分は嘘の世界なのでしょうか。そんなことはとても言えません。

 嘘の領分と真実の領分とは決して対立関係にはないのです。関係は微妙で、本音と建前の対立がよく取り上げられますが、意識的に操れるそんな見え透いた対立でもありません。

 思想家や言論人が出会う「最悪の敵」は、自分で気づかぬうちに自分に仕掛けてしまう自己弁解や自己正当化です。それが嘘となるのです。人間は弱い存在です。公論と称せられるもののいかに多くが自己欺瞞に満ちていることでしょう。

 近刊の拙著、『真贋の洞察』の「あとがき」の片言を、関連があるのであえてここに再録させて下さい。

 「言論の自由が保障されたこの国でも、本当のことが語られているとは限りません。

 本当のことが語られないのは政治的干渉や抑圧があるからではないのです。大抵は書き手の心の問題です。

 私はむかし若い学者に、学会や主任教授の方に顔を向けて論文を書いてはダメですよ、読者の常識に向かって書きなさい、とよく言ったものです。言論人に対しても今、世論や編集長の方を向いて書いている評論がいかにダメか、を申し上げておきたいと思います。

 言論家にはここにだけ存在する特有の世論があります。評論家の職業病の温床です。

 書き手にとって何が最大の制約であるかといえば、それは自分の心です。」

 ニーチェは、敵は自分であり、自分自身が自分を待ち伏せしているのだ、と言っているのではないですか。

『諸君!』2月号より

大寒の日々(一)

 大寒の日々だが、東京はそれほど寒くない。善福寺公園の池が例年のようには凍らない。早くも梅が咲いている。

 1月23日に「路の会」の新年会があった。集った方々は田久保忠衛、桶谷秀昭、高山正之、田中英道、黄文雄、富岡幸一郎、北村良和、桶泉克夫、石平、尾崎護、宮崎正弘、仙頭寿顕の諸氏。それに徳間書店側から力石さんと赤石さん。酒の席であり、話ははずんだ。中国論、アメリカ論、そして当然ながら金融破綻の今後の行方と日本の将来。―――

 面白い話を、いくつか拾って、別の機会に報告したいと思う。

 今日は先を急ぐ。

 1月26日にGHQ焚書図書の今月の録画を行った。15才で日本に留学した大学卒業の直前、昭和12年夏に、日本での学業を気にしながら帰国した中国人青年が徴兵され、抗日戦線に送られた。すさまじい戦争体験をして負傷し、逃亡して、体験記を日本の先生に送ってきた。翻訳出版を依頼してきたのである。昭和13年3月に日本で出版され、たちまち版を重ねた。夏までに2万5000部を売っている特異な本である。今月はこの本、『敗走千里』の紹介をした。題して「中国兵が語った中国戦線」。――

 1月28日日本文化チャンネル桜の討論会があった。今夜29日からの放送なので、まずその報告をする。

タイトル:「闘論!倒論!討論!2009 日本よ、今・・・」
テーマ :「オバマ新政権と世界の行方」
放送予定日:前半 平成21年1月29日(木曜日)19:30~20:30
      後半 平成21年1月30日(金曜日)19:30~20:30
      日本文化チャンネル桜(スカパー!216チャンネル)
      インターネット放送So-TV(http://www.so‐tv.jp/)
パネリスト:(50音順)
       潮 匡人(評論家)
       日下公人(評論家・社会貢献支援財団会長)
       石 平 (評論家)
       西尾幹二(評論家)
       宮崎正弘(作家・評論家)
       山崎明義(ジャーナリスト)

司会 :水島 総(日本文化チャンネル桜 代表)

 この録画取りの前に、日本文化チャンネル桜の放送を支えてくれている支援者へのサービスとして、関係者がこの一年で最も印象の強かった「一冊の本」を語るCD作成に協力した。私が取り上げた「一冊の本」は渡辺浩著『近世日本社会と宋学』東京大学出版会、1985年刊がそれである。「宋学」とは朱子学のこと。江戸前期の思想界は朱子学に蔽われ、朱子学と朱子学の批判はさながら戦後日本のマルクス主義のごとき大きな事件かと思っていたが、まったく逆の事情がこの本によって裏づけられている。著者の渡辺氏は丸山眞男の弟子筋のようだが、その思想研究は恩師の逆を行き、恩師を裏切っているのが面白い。

 「オバマ新政権と世界の行方」の討論会が終った後、悪い癖ですぐに帰らず一杯やろう、ということになり、宮崎正弘さんと石平さんとで焼肉と焼酎の店に行った。

 1月26日に『WiLL』3月号が出た。拙論「『文藝春秋』の迷走――皇室問題と日本の分水嶺――」について、当「日録」の管理をしてくれている長谷川真美さんがメールで早速次のような改まった感想を送ってくれた。

 私は12月に西尾先生の講演を聞いていたし、折に触れ先生の考えを電話でも聞いていた。それに『週刊朝日』の文章も読んでいたので、今回の論文に特別に新しいことが書いてあるという驚きがあったわけではない。ただ『文藝春秋』への批判が、保阪氏の論を使ってより具体的になっていたのが目だった点だと思う。

 そして、今回の論文は、この前の講演では話きれなかったと言われていた、いろいろな分野を組み合わせながら、最後に皇室を守る権力にまで言及していて、うまく繋がって、全部纏まっているな・・・と思った。こんな風にこの前の講演でもお話されたかったのだろう。

 私も、『文藝春秋』の「秋篠宮が天皇になる日」を題名に釣られて買って読んだ。題名は衝撃的だけれど、内容は大したことがなかった。『WiLL』が皇室問題を取りあげて、よく売れたからか、柳の下の二匹目のドジョウを狙ったことだけは確かだ。論の下敷きとして、西尾先生のこれまでの仕事がある。それがあるから衝撃的な見出しで、人を引き付けることができたのだ。でも、中味は女性週刊誌と大して変わらない。西尾先生の雅子妃殿下のお振舞いに対する疑問を遠巻きに利用しながらも、全体としては西尾先生に説得されている感じがした。つまり、『文藝春秋』も今の皇太子ご夫妻にはっきり不信を抱いているといっていい。

 それにしてもこの保阪氏の論は中途半端で、西尾先生が書かれている通り、内容は全くない。

 年末の天皇陛下の健康の悪化と、宮内庁長官の発言・・・東宮大夫の発言、など重要なことが立て続けにあったのに、これらのことにはほとんど触れないで、こういう大胆な題名をつけるのは詐欺のようなものだ。

 この論文の冒頭で、西尾先生は、これまでの文藝春秋批判をもっと強めて、田母神問題など別の例を出し、より具体的に批判されている。これに対して、文藝春秋側はうまく言い逃れできるのだろうか。

 どちらにしても、きちんとした論文を掲載し続けることが、雑誌の命であるのだし、それを判断するのは、一般の読者達で、私たちもそうそう騙されはしない。昨日会った友人も「秋篠宮が天皇になる日」を読んで、私と全く同じ感想を持ったと言っていた。

 西尾先生の的をずばりと突いた批判で、『文藝春秋』まで部数が急落しなければいいが、いや、急落すれば面白いとも思う。

 天皇陛下は宮内庁長官に託したご意思が、なんとか皇太子ご夫妻に伝わってくれ、もしそれがかなわぬなら、国民よ、なんとか考えてくれ・・・と切実な思いをこめておっしゃっているのではないだろうか。その意を最も噛み砕いて応援しているのが西尾先生一人のような気がする。

 日本の皇室の危機にあって、本当に心を砕いて警鐘を鳴らそうとしている西尾先生の、ほんのちょっとでもお手伝いが出来ていることが、私の生き甲斐でもある。

 以上の文章に対し、格別に私の感想はない。いつもこんな風に応援してくれていることに感謝している。

3月号の『WiLL』と『諸君!』

will3.jpg 

 今月の月刊誌発表の二論考について簡単に報告しておきたい。

 『WiLL』3月号の拙論には妙な題がついている。「『文藝春秋』は腹がすわっていない」(但し表紙は「迷走」)という題である。いうまでもなく先月号の同誌「秋篠宮が天皇になる日」に向けて付けられた題だが、これは私の本意ではない。『文藝春秋』の同論文について述べた部分はわずか10枚にすぎない。論文全体の五分の一である。

 拙論は雑誌で18ページをも占める大型評論だが、皇室問題がすべてではない。「皇室問題と日本の分水嶺」という副題がついている。国家の存立に対する危機意識がずっと私の中でつづいている現われである。

 論文の一番最後の数行に私はその不安な思いをこめている。そこを読み落とさないでいたゞきたい。

 『諸君!』3月号は前回切迫した時間内で二回に分けて書いたと報告したあの論文である。「米国覇権と『東京裁判史観』が崩れ去るとき」という題である。これも私ではなく編集長が付けている。(言論誌の論文の題は編集長の裁量下にある。)

 そもそも現代史に歴史の専門家はあり得ない、否、あってはならない、それが私の今回のメッセージである。

 秦郁彦、保阪正康、北岡伸一の三氏の歴史に向かっていく姿勢を疑問とした。歴史に現在の人間のありふれた信条やドグマを当てはめている。半藤一利、五百旗頭眞、御厨貴の諸氏も同じ方向と見て名を挙げているが、こちらはまだ詳しく取り上げていない。

 現代史を扱う歴史家はなぜ歴史哲学上のイロハを知らないのだろう。歴史は見えない世界なのである。なぜなら歴史は過去の人間のそれぞれの未来像の集積だからである。今回は根源的なところから問いを立ててみた。

 それと関係しているのだが、論文の一番さいごの2ページに「江戸時代と大東亜戦争は連続している」という小見出しをつけた叙述がある。

 前回高校の友人のK君がベトナムやインドで経験した西洋文化の二重性、西洋はアジアに進歩と破壊だけでなく調和と文明をもたらした、というあのテーマに関わっている新たな問題提起である。

 私はたったいま「進歩と破壊だけでなく調和と文明をもたらした」と言ったのであって、「破壊だけでなく進歩をもたらした」と言ったのではない。「進歩」と「破壊」は私の文脈では同義語なのである。

 西洋も18世紀までは「進歩」とも「破壊」とも無関係だったのではないだろうか。もちろん日本も江戸時代まではそうだった。西洋は「調和と文明」と「進歩と破壊」の二面をもつ双面神だった。

 GHQ焚書のことをやっていてしみじみ感じたのは、欧米のアジア侵略は江戸時代にほゞ完了していることだ。戦争の歴史をとらえようとするとき、パラダイム(認識の枠組み)を思い切ってぐんと大きくとらなければいけないと思う。

 3月号の二誌の拙論はこれからの私の思考の起点になるかもしれない。

非公開:『GHQ焚書図書開封 2』をめぐって(二)

 1月11日高校の親しい友人の集まる新年会があったが、私は欠席した。

昨日は残念でしたね。19名(うち女性5名)、いつもながら、いつものように楽しく一夕過ごしました。

次回は、2010年1月17日(repeat 17)(日)16:00、同じく「吉祥日比谷店」なので、今から手帳にご記入ねがいます。
「焚書図書開封2」読みました。戦後、あの短時日でよくもまああれだけの、「的確な」本を選んでいたものと感心します。(第1巻のときもそう思ったのですが・・)第1巻に紹介があったと記憶していますが、「協力者」の知的レベルが別の意味で相当の水準だった、ということでしょうか?

 1月12日にこういう書き出しでメールを下さったのは友人のK君である。私は世話役のK君に釈明のメールを打っていた返事だった。

 10日には既報のとおり坦々塾があり、六本木でカラオケをして疲れたからといって本当は翌日酒の席を避けるほどのやわではまだない。じつは『WiLL』と『諸君!』と『撃論ムック』の〆切りが迫っていて、ギリギリ延ばして18日(日)夜がデッドラインであることが分っていた。合計100枚くらいにはなるだろう。

 私はにわかに焦っていた。坦々塾のための講演の準備で8日も9日も雑誌論文には手をつけていない。なぜこんなに急迫したかというと年賀状の処理に時間がかかることを計算していなかったのである。

 毎年のことなのに何という不始末なのだろう。パソコンで絵も文字も宛名もひとりでやるというのは初めてである。今年は100枚減らして900枚。私のパソコンの技術も上達したものだ、とひとり悦に入る。

 とはいえ講演と宴会とカラオケの疲れで11日はやはり論文の執筆は開始できず、それから10日間悪戦苦闘がつづいた。本日22日正午に最後の追い書きの校正ゲラの最終チェックを『諸君!』編集部にファクスで送って、すべてが終了した。あゝ、何という毎日だったろう。

 「追い書き」というのは次のようなやり方だ。今回は原稿用紙で約束の30枚までを20日正午に渡して、大きなテーマ展開になったのであと10枚を書いてもよいと許諾される。21日午後2時が10枚の制限時間であった。編集部からは30枚までの校正刷が午前中に届けられていたがそれを私は見ないで午後2時の時刻を守った。その後30枚までの校正刷を見て、編集部はその夕方にこれを印刷屋に送るのと同時に10枚の追い書きを合わせて印刷に回した。22日正午に私は戻ってきたその最終チェックをしてファクスで送り、終了した。ファクスと電話を用いたいわば時間の綱渡りである。

 編集部に迷惑をかけるこんな仕事の仕方はいつもやるわけではないが、緊急事態の許された処理法である。その間に調べを要する疑問が校正部から回されてくるから書きながら研究するようになる。後からふりかえると息も詰まるような時間であった。やはり三誌をいっぺんに書くのはもう無理なのかもしれない。

 三つの雑誌評論の内容については次回に少し語ろう。私の仕事の舞台裏を今日はちょっと紹介してみた。私が同窓会を欠席して自分の仕事時間を守ろうとしたいきさつを、K君をはじめ友人たちに分ってもらいたくてこんな報告をした。

 「20日正午」「21日午後2時」という時刻は絶対に揺るがせに出来ない時刻であった。いつも犬を連れて散歩に行く時間なので、ワン公は待ち切れず、書斎のドアを鼻で開けて這入ってきて、催促するようにピタリと足許にうずくまっていた。

 さて、K君の手紙だが、『GHQ焚書図書開封 2』について次のようにつづく。

インドシナのあたりの記述、大変興味深く拝読しました。
今から思うと、ベトナム戦争のあたりまでは、白人(フランスにアメリカが変わっただけ)の「侵略」の図式が続いていたように感じられます。同国の本当の?独立は、ベトナム戦勝利以後のことかも知れません。小生は、ベトナム、インドと勤務しましたが、それぞれのローカルの人たちは旧宗主国(それぞれフランス、英国)に対して、いうにいわれぬアンビヴァレントな感情を持っていました。少なくとも「文化的」にはしっかりと「刷り込み」をやったのですね。
以上新年会ご報告かたがた、簡単な読後感です。

 K君は東京銀行に勤務していて、丁度ベトナム戦争の最中の危険な時期にサイゴンにいた。当「日録」を読んでくれていて、たびたび登場する足立誠之さん(坦々塾の前回の報告文にも出てくる)は、自分より8年後に入行した東京銀行の同僚であると言っていた。東京銀行は三菱銀行と合併した。ただ面識はないらしい。

 上記の文の「アンビヴァレントな感情」が気にかゝり、私はどういうことかと質問のメールを送ったら、大変に面白い次のような返信が届けられた。

「アンビヴァレントな感情」について。
貴兄が第2巻で述べられた植民地支配の第3段階で、ベトナムはフランス式、インドはイギリス式の教育、法制その他もろもろを導入しました。(いまの若い人はどうなのかわからないが、まあ、あまり変ってはいないような気がする)小生が付き合った年頃の連中(ある程度のインテリ)は、たとえば学校教育で、むしろ宗主国の歴史の方を詳しく習っています。(ベトナムではその辺のおじさん、おばさんでも、たとえばジャンヌダルクのことなど、普通の日本人よりはるかに詳しい)宗主国の搾取?の歴史は勿論知っているが、文化的な帰属意識をかなり西欧においている。

たとえば、インドのカルカッタには、ヴィクトリア女王没後に、イギリスが「ヴィクトリア・メモリアル」という、壮大な建築物をつくったが、独立後もこれは中身もろともそのまま保存され、観光(カルカッタはよほどの物好きでないと、観光には行かないにせよ)の目玉になっています。

カルカッタは州政府がずっと共産党だったので、中央政府の援助があまりなかったり、中印紛争、バングラデシュ独立などで難民が入り込み、ご存知のようにマザー・テレサが「活躍」した、全市これスラム街のような都市であるにもかかわらず、地元市民は、このメモリアルに結構プライドを持っています。(なかの展示には、ヴィクトリア女王関係、またその時代の展示物のほか、悪代官?であった歴代の総督の肖像画なども飾ってあるのです。)

かれらは、アタマでは西欧の支配を否定していても、宗主国の文化には「胸キュン」となる場面があるような気がします。このあたりが小生のいう「いいしれぬ・・感情」というところです。

 ここで指摘されたことはかなり重大な内容である。西洋文化は調和と進歩、文明と破壊の二つをもつ双面神だったので、進歩と破壊だけが入ってきたのではない。背後にある調和と文明も同時に入ってきた。日本に対しても同様である。

 しかしそのことの区別の不明瞭が今われわれの歴史認識を惑乱させている問題の核心につながっているのである。「追い書き」で間に合わせた『諸君!』3月号の「米国覇権と東京裁判史観が崩れ去るとき」でも文明論上のこのテーマに少し触れたので、次回で考察をつづけることにしよう。

『真贋の洞察』について(四)

 文芸評論家の富岡幸一郎さんからお葉書をいたゞき、間もなく次のような『真贋の洞察』への懇切なる書評をいたゞいた。『産経新聞』11月2日と『SANKEI EXPRESS』(11月10日)に載った。

【書評】『真贋(しんがん)の洞察』西尾幹二著
2008.11.2
 ■知識人の在り方を問う

 「真贋」とはもちろん本物と偽物の区別ということだが、現代ほどこの区別が見えにくい時代はない。価値の基準、尺度が多様化し、超越的な絶対者が見失われているからであるが、それはいきおい知識人の言論を場当たり的なものにする。これは保守とリベラルといった思想的立場にはかかわりなく、むしろ思想のレッテルをはれば済むという態度こそ、物事の本質を洞察する力を奪う。

 本書を貫くのは、今日の言論界において跳梁跋扈((ちょうりょうばっこ)する「贋」にたいする著書の憤りといってよい。「憤り」というと感情的な反応と受け取られかねないが、「冷静な知性」を装った言論がいかにひどいものであったかは、丸山真男や鶴見俊輔ら戦後の進歩的文化人の屍(しかばね)のごとき言説にふれた一文にあきらかである。これは保守派も同じであり、政局論に落ちた昨今の「保守」言論もバッサリと切られている。

 後半ではグローバル経済の「贋」の構造が、米中経済同盟などの具体的な現実から鋭く言及されているが、その根本に著者が見ているのは、物心ともにアメリカに依存してきた、戦後の日本の欺瞞(ぎまん)である。「日本は独自の文明をもつ孤立した国」と著者はいうが、「孤立」とはネガティブではなく、自国の歴史と伝統を信ずる力を生む。本書の福田恆存論には「『素心』の思想家」という表題が付されているが、「素心」とは時代の“様々なる意匠”のなかで、自らの精神と生き方を貫くことであろう。それは個人の姿勢にとどまらない。明治以降の、そして戦後日本の「近代」化とは、「孤立」をおそれるがゆえに、自分を見つめる「素心」を失い、価値の尺度を西洋(あるいはアメリカ)という他者に委ねてきたことではないか。本書は、政治・経済・社会の喫緊の危機的事実への著者の直言であるとともに、真の思想とは何かという知識人の在り方の本質を問うた批評集である。(文芸春秋・2000円)

 評・富岡幸一郎(文芸評論家・関東学院大学教授)

 いろいろな題材についていろいろな時期に書かれた文章なのに、統一テーマをさぐっていたゞけてまことにありがたい。富岡さんには篤く御礼申し上げる。

 先にいたゞいたお葉書には「福田恆存論をとくに感銘深く拝読いたしました。『素心』という言葉の力と美しさに打たれます。」と書かれてあった。

 『素心』は滅多に使われない言葉であり、福田先生も多用されていない。角川版文学全集の、福田恆存、亀井勝一郎、中村光夫の一巻の内扉の自筆書きのページに、筆で『素心』と記されていたのを採った。

 私は11月6日に『三島由紀夫の死と私』(PHP)が校了。目下『GHQ焚書図書開封』第二巻の校正ゲラ修正の大波に襲われている。

 田母神空自幕僚長の一件についてこれから『WiLL』新年号(11月26日発売)に20枚書く。『日本の論点』2009年版(文藝春秋)に、皇室問題について書いてあり、目下発売中である。

 尚『GHQ焚書図書開封』は3刷になったことをお伝えしたい。