日記風の「日録」 ( 平成16年9月 )(三)

9月10日(金)
 午前11:00オーストラリア放送から頼まれたインタヴューを受ける。オーストラリア放送東京支局はNHKの建物の中にあるので、どうせ午後御茶の水の医科歯科大で歯の治療を受けるので、早めに出て自ら局に出向く。

 日本女性がインタヴュアーで、ほかにはオーストラリアの女性ひとりとカメラマンの三人が私を迎えた。テーマは外国人労働者問題。久し振りにこのテーマである。またまた世間の関心が高まっているようである。

 オーストラリアは白豪主義と言って、人種差別のはなはだしい国である。60年代にギリシア人とイタリア人の移民を迎え、そこまではよかったが、70年代にアジア系移民を大量に受け入れてトラブルが始まった。移民国家なのに移民反対政党も出現したはずである。

 私が何を心配して受け入れ慎重論者であるのかが知りたい、と、質問はしきりにそこに集中する。日本人が加害者になる可能性が一番恐ろしいと私は述べた。本来日本は階層が固定しない流動社会である。それなのに約8パーセント――ドイツ、フランス、なみに考えれば――の外国人定住化は1億2000万の日本人の内部に1000万人の外国人が定住化することを意味する。どこの国でも先進国の単純労働力受入れは8パーセント前後に近づく。しかも複数の民族の渡来で1000万人はカスト化する可能性が高い。例えば中国人が外国人の中の上位を占め、ベトナム人が下位を占めるなど。日本人は複雑にカスト化した民族間闘争に巻きこまれるだけでなく、彼らの総体とも対決しなければならなくなるので、日本人社会の内部は流動性を失い、受身のまま硬直化する危険がある。硬直化は社会の進歩を阻む。

 問われるままに、私が今まで
に論述してきた他のポイントを私は次々と語った。しかしインタヴュアーは何かを待ちつづける。テレビのことだから、実際の放送では、私の話の概要はアナウンサーが要約し、核心を衝く個所がきたところで約2分間私の顔を画面に出したいらしい。その核心が見つからなくて、あれこれ問いかけてくる。そしてさいごに「あァ、先生そこです。そこをもう一度語ってください。」

 「分りました。もう一度丁寧に言いましょう。」と私はあらためてテレビカメラに向って居ずまいを正して語った。

 「古代ローマ末期、ローマ人は奢侈に流れ、労働を嫌い、軍務を逃げ、つらい仕事は奴隷に任せ、外敵との戦いは傭兵に委ねて、その日その日をうかうか過し、やがて滅亡しました。日本人もつらい仕事を奴隷に任せればいいのですね。アメリカ軍を傭兵だと思っている日本人はとても多いのです。そのうちローマ人がゲルマン人の傭兵隊長オドアケルに寝首をかゝれたように、日本はアメリカ軍に再占領される日を迎えるでしょう。異民族がどんどん入ってきます。日本列島がなくなることはありません。列島の住民、この地への移住者が絶えることがなくても、日本という国、日本人という民族は消えてなくなってしまうのです。」

 「ありがとうございました。先生、そこを放映させてもらいます。」

 なぜこんな話を急にしたかというと、数日前、ある会合で出席者の一人が大学生5人のいる場で尖閣諸島の話をしたら、彼らは全く尖閣の名を知らなかった。そこで詳しく説明したら、大学生の一人が「そんなの簡単じゃないか。日本がアメリカになっちゃえばいいんじゃないか。」他の大学生もそうだ、そうだと言ったとあきれた面持で語ったのを思い出したからだった。

 「日本がアメリカに再占領される」という私の先述のことばの意味も今の大学生には分らないだろう。再占領されれば気楽でいいや、というくらいにしか考えないのだろう。

 再占領されれば憲法が停止され、日本人は人権を無視され、婦女子が暴行されても日本に裁判権はなく、彼ら大学生はアメリカ軍の尖兵となって最も不利な戦地に追い立てられるかもしれないのである。そんなことを今の学生は考えてもいない。けれども人手不足を補うために外国人労働者をどんどん入れゝばいいと思っている今の企業人やエコノミストも、日本の現実について考えていることはこの学生たちと大差ないであろう。

9月11日(土)
 午後1:00~5:00「新しい歴史教科書をつくる会」の総会が虎ノ門パストラルで行われた。会員全体から5000万円の寄付をお願いするというのが総会のメインテーマだった。理事が率先して寄付に応じないで、会員にだけ新しい負担を求めても通る話ではないだろう、と私は秘かに思ったが、総会では黙っていた。

 ひきつづき5:30から、同じホテルで懇親会の今までの形を変えて、「前進の集い」という名で、東京都の新しい採択を記念して、各界の名士をあつめ、八木秀次会長の就任のおひろめを兼ね、どなたでも参加できるオープンな祝賀パーティーが開かれた。

 私は祝賀の会で何があったかをいちいち報告する煩に耐えない。政治家からの祝電ではやっぱり安倍晋三さんのものが一番長く心がこもっていたこと、皆さんのスピーチがとても上手で面白かったことなど、語ればきりがない。

 そこで私は、自分の印象に強く残ったスピーチをひとつだけ書いて記念にしようと考え、「二宮清純さんのこと」と題した一文を日録に掲げた。短いこの一文で「前進の集い」の全体の雰囲気を代表させたつもりだった。

 当日録に接続する「感想掲示板」に「前進の集い」に参加した人の報告文が皆無だったことが、私にはやゝ意外であり、また今非常に不満でもある。全体の報告は私ではなく、どなたかに代表して書いてもらいたい。

 だいたい「感想掲示板」は「新しい歴史教科書をつくる会」の応援をも意図していたのではないだろうか。このところまるきりそうでないのが心外である。、若い八木新会長就任についてもほとんど関心が払われなかった。「西尾幹二感想掲示板」は最近少しおかしい。変質している。自分の狭い関心にだけかまけたテーマで書き込む人が多い。共通の感情を失っている。

 今度また「前進の集い」のような関心が共通する催しがあったら、参加者の誰かゞ私に代って会の客観的な報告をしてほしい。

 さて、「前進の集い」では最後のしめくくりの挨拶を私に託された。『史』(9月号)巻頭に書いた一文とほゞ同内容の話をして、祝賀ムードに少し水をさした。ここに同誌から全文を引用しておく。

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 愛媛につづいて東京の6年生一貫校でわれわれの教科書が採択されたことは嬉しいし、関係者に厚く御礼申し上げる。しかし3年前に養護学校の採択に実績を上げたこの二ヶ所以外に、新しい採択校が他の府県で名乗りをあげてくれないことにむしろ私は心を痛めている。公立の6年生一貫校は全校で毎年次々と新設されているはずである。

教科書の採択は教育委員の権限とされる。しかし実際は違う。現場の教師が選んで、順位をつけて上へあげる。上にはPTA代表や学識経験者などから成る選定委員会という、教育委員会とは別の組織が存在し、そこでまず決められる。教育委員はめくら判を押す役目にすぎない。選定委員会に教育委員が入っている場合もあるが、権限は比率に応じて下がる。選定委員は元校長など、教師の世界と直結していて、日教組に左右され易い。例外は若干あるが、全国的にまずこの形態である。

だから平成17年夏の期待される採択にも、私の見通しは暗い。教員支配のこのシステムを毀し、本当に教育委員が全権を掌握し、しかも教員上りを教育委員から排除する法律でもできない限り、日本の成熟した社会の常識が教育を動かすということは起こらない。教師の世界は一般社会より半世紀遅れている。

八木秀次新会長を中心とした新しい体制には本当にご苦労をお願いしなくてはならない。今度の採択で一定の成果を上げなかったら、ひとえに右の閉鎖的システムのせいで、新しい力をもってしても固定した旧習を毀せなかったことを意味する。そうなると、歴史や公民は検定をやめて自由出版にせよ、という声が一気に高まるだろう。責任の所在を不明にする教育委員会制度そのものの廃止が叫ばれるだろう。

この意味で八木氏の果す役割は運命的な位置を占めている。若い会長が新任されたのは会が未来を信じている証拠で、その生命力が必ずや壁を打ち破ってくれるであろう。

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 「前進の集い」のしめくゝりの挨拶ではほぼこれと同内容を話しことばにして、強弱をつけ、分り易く語ったが、最後にこうもつけ加えた。

 「『新しい歴史教科書をつくる会』の若返り会長人事を真似していただきたいところがある。自民党です。どうか自民党はわれわれのこの人事をぜひともモデルにして、思い切って若返っていたゞきたい。」と語って、万座を笑いにして終らせた。

9月12日(日)
 どういうわけだかこの日私は9時間寝てそれでなお眠り足らず、朝食を食べて寝て、昼に起きて少し食べてまた寝て、何と合計13時間も眠った。

 それで夜になるとまた眠れた。我が家の老犬のようである。こんなことがときにあるのである。あっていいのだろう。昨日の会は三次会までつき合ったが、酒で疲れたとは思えない。

 2冊の著作が同時進行している。根をつめている。やはりそれで疲れているのだろう。

 余りに眠りつづけると、このまゝ快く死に至るのかと思う。しかし深く眠ると、翌日は生命感が甦っているのを感じる。

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報  告

(1) 10月17日(日)(関西の読売テレビ)
西日本だけのテレビ、よみうりテレビ「たかじんのそこまで言って委員会」にでます。
 テーマは「日本の自虐史観と反日」。放送は17日(日)午後1時30分ー3時。
関西、中国、九州地方5局ネット。

(2) 10月23日(土)14:00~16:00
西尾幹二講演会「正しい現代史の見方」入場無料
帯広市幕別町緑館
主 催:隊友会道東連合会
連絡先:自衛隊帯広連絡部
飯島功昇氏
TEL 0155-23-2485

(3)Voice11月号(10月10日発売)

拙論「ブッシュに見捨てられる日本」25枚

尚同誌に横山洋吉(東京都教育長)、櫻井よしこ両氏の対談「扶桑社の教科書を採択した理由」があり、注目すべき内容です。

(4)11月20日に科学技術館サイエンスホール(地下鉄東西線竹橋から6分、北の丸公園内)で福田恆存没後十年記念として、「福田恆存の哲学」と題する講演を行います。他に山田太一氏も講師として出席なさいます。

福田恆存歿後十年記念―講演とシンポジアム―
日 時:平成16年11月20日 午後2時半開演(会場は30分前)
場 所:科学技術館サイエンスホール(地下鉄東西線 竹橋駅下車徒歩6分、北の 丸公園内)
特別公開:福田恆存 未発表講演テープ「近代人の資格」(昭和48年講演)
講 演:西尾幹二「福田恆存の哲学」
     山田太一「一読者として」
シンポジアム:西尾幹二、由紀草一、佐藤松男
参加費:二千円    
主 催:現代文化会議
(申し込み先 電話03-5261-2753〈午後5時~午後10時〉
メール bunkakaigi@u01.gate01.com〈氏名、住所、電話番号、年齢を明記のこと〉折り返し、受講証をお送りします。)

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戦後日本において最も根源的に人閒の生き方、日本人の生き方を問ひ、「左翼にとつて論爭しても勝てない隋一の保守知識人」と称されてゐた福田恆存氏が亡くなられてから今年で十年になります。當會議では、この機會に改めて福田思想を檢證し、今日に継承するため、御命日である十一月二十日に「福田恆存歿後十年記念―講演とシンポジアム―」を開催することに致しました。多くの皆様方のご參加を願つてやみません。

・・・***・・・***・・・***・・・

日記風の「日録」 ( 平成16年9月 )(二)

9月5日(日)
 午後2:00より故林健太郎先生のご霊前に参ずる。先生の訃報に接した日私は東京不在で、昨日電話をかけてご都合を伺い、今日ご焼香させていただいた。

 帰宅して心に思う所あり、一息で一文を認め、「林健太郎先生のご逝去」と題して「日録」に掲げた。
 
 以下は後日談だが、一月の訪問記と合わせて改筆し、『諸君!』に20枚程の林先生を偲ぶ文を書いてはと編集部に勧められ、私はその気になった。ご臨終の前後のデータに間違いがあってはいけないと思い、A4で2枚の「日録」のコピーを郵便で奥さまに送って訂正すべき個所を教えてほしいと書き添えておいた。奥さまから電話で思いがけないご返事があった。

 奥さまがご体験になったご臨終の前夜のあのシーンは、秘そかな思い出のまゝにしたいので『諸君!』に書かないでほしい、と。葬儀委員長の人選に私が「憤慨」したという一件も気になさっていたようなので、お立場上デリケートな一線に私が敢えて触れてしまったせいかもしれない。「『諸君!』の件はどうかわたしに預からせてください」と仰有った。私は諒承した。

 編集部にその侭伝えて、諦めてもらった。せっかく幾つかの先生の論考や資料を揃えてもらっていたし、私も先生の旧著を書棚から取り出して、心の用意をしていたので、少し残念だった。翌月の『正論』の読者の欄に、林先生を軽んじる文章がのっていたので、このまゝ先生に汚名を着せられて終るのはいやだとも思ったが、今さらどうにもならない。

 林先生の追悼文を言論誌に見ない。長生きするとこういうことになるのだろうか。葬儀委員長にあのような人物を据えた勢力の人々が、先生を本当に理解する追悼文を書くとも思えない。先生は立派な、マルクス主義の根本的誤謬を説いた言論人だった。小泉信三に匹敵する人だった。私でなくていいから、やはり『諸君!』か『正論』に追悼文があってしかるべきであろう。

 しかし、ふと思った。「林健太郎先生のご逝去」という私の一文はインターネットに公表ずみである。あとで自著に収録することに私はためらいをもたない。

 満面に笑いを浮かべて死期の到来に気づいたことを知らせた先生のあの従容たる挙措は、歴史に語り継がれてしかるべきだろうと思う。先生の最後のお姿は先生を敬愛した読者の財産でもある。

9月6日(月)
 今日は3:00から定期検診の病院に予約が入っているし、夜は6:00から「つくる会」理事会である。しかし、八木秀次氏との対談本『新・国民の油断』の第一回対談が9日であるのに、準備が進んでいない。病院も理事会も急遽キャンセルした。仕方がない。こういうことは往々にして起こる。

 ジェンダーフリー批判という今度の対談のテーマについて、八木さんは専門家はだしだから格別の準備も要らないらしい。しかし私には私に特有のアプローチの仕方があり、私でなければ語れない立論を打ち出していきたいが、同時に八木さんと話が噛み合わなくてはいけないから、共通の土俵も準備しておかなくてはならない。その後者の予備知識が私には不十分なのである。

 それで、今日はたくさんの本や文献資料を前に呆然としながら時間を過ごした。ご承知の通り、この世界をいろいろ読み調べることは、あまり楽しい体験ではない。

9月7日(火)
 私が最初から気にしていたのは、八木秀次さんや山谷えり子さんらが唱えている伝統的性道徳、健全な家庭の子育ての基準を今の社会に上から振り翳して、果してジェンダーフリー派の撒き散らしている「今の子供の性の現実」に太刀打ちできるのだろうかという疑問だった。

 彼らの早期性教育論は、今の子供たちを性感染症、強姦や売春や暴力団の介入、望まない妊娠からいかにして守るかという、それなりに筋の通った一貫した主張に裏づけられている。子供たちに性行為の過度の知識――過激に見える――を早くから与えるのは、彼らに性を勧めているのではなく、もうどうにも止まらない所まできた今の子の性生活を少しでも破壊から守るためだという現場教師の声に根拠を求めている。

 それに対し伝統派は、過激な性教育をするから子供の心に抑制がなくなり、安易に「性の自己決定権」などといって責任のとれない年齢の者を無理な行動に走らせてしまうのだと反論する。他方、早期性教育論者は、これとは逆のことを言う。性の正しい知識を早くから与えてやらないから、自分の身体をみすみす破壊に追いやってしまう、と。ニワトリが先かタマゴが先かという、議論の堂々めぐりで、どっちが正しいか、本当のところは私にも分らない。恐らくその両方に理があるのだろう。

 援助交際をする女の子たちはお金が目当てではなく、「半分以上の子供たちが最初に口にするのは『とても大事にされるから』という驚くべき理由でした」と語る水谷修氏(夜間高校教師)のレポート(『SEXUALITY』NO.13所収)には、私はかなり説得された。

 「中学生は妊娠しないと言われて、避妊をしない性交を本当に行っていた子どもたちもたくさんいます。」「女性の薬物中毒は助からないといわれています。・・・・・・薬物のためなら何でもやる。そこに売買春が入りこんできてしまうために、女性は生きていけてしまう。悲しい話ですがよくいわれます。」「我々が行うべき性教育とはどういうものかを考えた時、僕は、愛とは何かを教えることではないと思います。・・・・・・何回不特定多数と性交渉すると確実に性感染症になるか」というようなことを統計数値を見ながら研究し、教えていくことだという。

 水谷さんは12年間で4000人を数える子どもたちと直接的に交流をもった。この世界では1対3対3対3という有名な比率がある。関わる子どもの1割は自殺し、3割は刑務所か少年院の檻の中にいて、3割は先生のことばを信じて薬物なしの生活に努力し、残りの3割は行方不明になってしまうという。

 事実は恐らくこの通りだと思う。人間の弱さというものが問題の基本にあることは絶対に見落としてはならない。性教育を議論するうえでの重要な条件の一つである。けれども、子供たちの現実の一部がここまで弱さをさらけ出し、その現実に即した救いが求められているからといって、学校の公教育の場で、同じレベルの治療法的即効性教育をあらゆる子供に与えるべきだという話にはなるまい。

 八木秀次さんと対談するとき、ここいらが難しいなァ、どういう風に話をしようかと私は思案した。

 それにジェンダーフリー(性差は存在しない)の思想と性教育がどこでどう結びつくのかが分らない。こじつけがあるかもしれない。この方面の本を読んでいると、障害者、社会的弱者(先の薬物に溺れる子供なども含む)への差別の問題とジェンダーフリーが混同してもち出されてくる。どうもそこが奇妙である。

 障害者、社会的弱者の救済はなされねばならない。しかしジェンダーフリーの主張とこれとは本来別のはずである。両者ははっきり区別されねばならない。そこが混ぜこぜで提出されるのがおかしいと思った。なにか詐術がありそうだ。

9月9日(水)
 13:00~19:00 PHP研究所の一室で『新・国民の油断』の第一回の対談を実行した。

 第一回は現象面の情報をできるだけ数多く紹介するページに役立つ話題を主に展開した。二人が用意した材料は夥しい。大人の性玩具のような見るも恥かしい露骨な「物体」の数々。それから、ジェンダーフリー派による言葉狩り(スチュアデスは客室乗務員とする、の類)、TVコマーシャルへの映像干渉、自治体の指定する男女役割分担禁止という名の私生活への介入。私は「これはファシズムですよ」と思わず叫んだ。

 落合恵子(作家)さんというジェンダーフリー派のスターがいる。この人の講演筆録(『SEXUALITY』NO.13)を読んで、なかなか話がうまいなと思った。ホロリとさせる処がある。大抵の人はいかれてしまうだろう。私は八木さんとの対談の中でもこの話を一寸出した。

 落合さんは私生児であると告白する。つまり、お母さんが未婚の母である。本人もお母さんも悩んだ。社会との約束ごとに背いた女だとの自責で母は苦しんだ、と落合さんは言う。

 「(母は)私に対する後めたさと自分の親に『肩身の狭い思い』をさせてしまったという反省を張りつめた糸のように紡ぎながら生きてきたのだと思います。」やがて脅迫神経症になる。洗手恐怖症といって、指紋が消えてしまうほど一日中手を洗いつづける病気になったのだそうだ。

 落合さんは10代のころ、「お母さん、どうして私を生んだの」と聞いたことがある。そのとき「お母さんはあなたのことがとてもほしかった。」「あなたのお父さんに当たる人を大好きだった。だからあなたは『大好き』から生れたこどもなのよ。」「お母さんがこんなにあなたを待っている、だからだからあなたはこんなにも待たれ、期待されて生れてきた子どもなのよ。」

 10代の落合さんは母親のこの言葉に納得し、それが心の支えになって生きてきた。ここまでは私もよく分る。私は同情をもって読み進んだ。すると一転して、次のような議論が始まるのである。

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 子どもは当然、自らの出生について何の責任もありません。

 私たちを取り巻く社会において、自分自身であることをずっと求め続けることは時には大きなストレスになることかもしれません。しかし、やはり私たちは個であることから始まり、個であることを続けていかなければなりません。このことは、セクシュアリティを含めて、あらゆる人権について考える時の基本であると思います。

 私たちの社会の中には「普通」という感覚がとても色濃く残っています。そして私は「普通」という言葉をなかなか使えません。というのも「普通」の価値観が根強い社会は必ずワンセットで「普通じゃない」という価値観を作りだすからです。「みんなと同じ」という言葉もそうです。みんなと同じという価値観が色濃い社会においては、みんなと違うという状況にある多くの人々が、みんなと違うという理由で選別をされ、切り捨てられてしまいます。人権というものを考える時、ここにもまた私たちが問いかけなければいけない大きなテーマがあるのではないかと思っています。

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 落合さんは「個」という観念をいきなりここでもち出す。両親そろっている「普通」の家庭へのルサンチマンもにじませた論が展開される。けれども落合さん自身はここでいう意味の純粋な「個」なのだろうか。この「個」の概念は間違っていないか。

 落合さんはほかでもない、お母さんの子供である。お母さんの愛に支えられて生きた子供だ。けっして「個」ではない。

 もっと不幸な子供がいる。両親を知らない子供がいる。両親はいてもまったく愛されない子供もいる。落合さんのお母さんは彼女を強く愛した。彼女は恵まれている。その意味ではもっと不幸な子供たちに対して優越者である。落合さんはそのことに気がついていない。

 もっと不幸な子供たちからみれば彼女は「普通」の価値観の中に安住することが許されている側にいる。彼女は見方によれば特権者の側にいる。「普通」とか「普通でない」とかはすべて相対的概念だ。基準も機軸もない。

 彼女は決して「個」ではない。母の子である。母の愛の依存の中にいる。そして、なにかに依存し、包まれていなければ真の「個」は成立しない。そういう意味でなら彼女もまた「個」である。しかしそういう「個」、言葉の本当の意味における「個」は決して彼女のいうような意味での「解放」の概念ではない。

 私は対談で以上のような議論を時間不足で十分ではなかったが、とりあえず展開した。『新・国民の油断』が出版されるのは12月だが、考えの浅い、愚かなジェンダーフリー派をたゞ頭ごなしに非難し、弾劾する本にはしないつもりである。

 深く考える人に、敵の陥し穴がよく見えるような案内をしたいと考えている。

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   報  告

(1) Voice11月号(10月10日発売)

 拙論「ブッシュに見捨てられる日本」25枚

  尚同誌に横山洋吉(東京都教育長)、櫻井よしこ両氏の対談「扶桑社の教科書を 採択した理由」があり、注目すべき内容です。

(2)

 11月20日(土)午後2:30~に科学技術館サイエンスホール(地下鉄東西線竹橋から6分、北の丸公園内)で福田恆存没後十年記念として、「福田恆存の哲学」と題する講演を行います。他に山田太一氏も講師として出席なさいます。
(入場料2000円、申し込み先・現代文化会議 電話03-5261-2753
メール bunkakaigi@u01.gate01.com )

 10~11月私は雑誌論文をやめてもっぱら福田先生の旧著を読み直すことになりそうです。

先の見えない船出 (二)

7月28日に今年三冊目の本の担当者(青春出版社)二名と打ち合わせ会が行われました。本はすでに9割できあがっていて、書名でさんざんもめました。担当者の一人はこの5月に結婚したばかりの清楚な美しい女性記者で、彼女とお酒をくみ交わしながら自分の新刊本の書名をあれこれ論じ合うのは楽しいひとときでした。結局、題はシンプルに勝るものなし、という私の意見がいれられ、最初の案『日本を救う日本人の条件』はやめて、同行の課長さんの出したいい提案で、『日本人の証明』ときまりました。10月刊行予定です。

 『日本がアメリカに見捨てられる日』(徳間書店)と『日本人の証明』(青春出版社)は刊行日が近づけば詳しい目次面の紹介を含む内容説明をおこないます。次に少し作業が遅れていますが、ひきつづき本年4冊目の企画は八木秀次氏との対談本『新・国民の油断』(PHP研究所)で、ジェンダーフリー批判です。男女参画反論本の決定版を出したいと思っています。相手にダメージを与える本質論を、分り易く平明に論じて、戦っている各方面の指針となるべく期待に添いたいと考えています。私はいま山のように集めた資料と格闘しております。

 さて、これで終わるのならいいのですが、ここからが私の最大の難所です。『男子、一生の問題』を含む今までの4冊のうち3冊はすでに事実上終っているのです。7月30日に筑摩書房と扶桑社の担当者の両方に会いました。これはこれからの話です。筑摩書房の「ちくま新書」『あなたは自由か』は1年以上も前に70枚書いて止まっているのです。70枚読み返してみたら、これがなかなかいい。『諸君!』連載が終ったのだから、もうこれ以上は待てない、という、筑摩の湯原さんの気迫もさることながら、今まで書いた内容に自分で満足していることから、やはりこれはやり遂げなくてはいけないと思いました。「月刊誌のように毎月各章をお宅までもらいに行きますよ」といわれて「そうしてもらおうか」と弱々しげに答えました。

 同日夜、扶桑社の書籍編集の新責任担当常務の鈴木伸子氏にお会いしました。昔からの仲間の眞部栄一氏と吉田淳氏と四人で、わが家に比較的近い五日市街道寄りの高級寿司屋へ行って歓談。ここで決定されたことは重い。ひょっとするとこれで私の体力は尽き果てるかもしれません。

 『国民の歴史』のパート2を書くという要請はかねてあり、関連書物をすでにどんどん集めています。今度は新しいところに限定で、『国民の現代史』でいきたい、とか。日米・日中・日ソと革命の歴史20世紀、スパイと武士道の戦い、情報戦に敗れこの半世紀の「冷戦」を他の国は戦い抜いたのに、それをもせずに腑抜けの殻となったわが国とわが民にいかなる愛の涙を注げるか!

 8月1日第二回目のAldrich研究会。当日録の無頼教師さんが『国民の現代史』の話を伝えきいて、730ページのR.J.Aldrichという人の“the hidden hand―Britain,America and Cold War Secret Intelligence”を持ちこんでこられた。私のための勉強会が開かれることになったのです。すでに第二回目ですが、なかなか進みません。むつかしいし、量が多い。

 こうしてともあれ皆さんの愛情と支援につつまれてどうなるか先の見えない戦いに船出しました。

 私は自分の書きたい本を書けるだけ書くのが一番楽しい人生だと思ってきましたから――大学の会議と、大学生に話をするのが好きではなかったから(今の学生には何を話しても空しいのです)――今はある意味でとても充実していて、幸せなのです。ただし大きな仕事が時間的に間に合うのだろうか――これが問題です。

 『国民の現代史』を私は2005年6月刊と主張しています。扶桑社の眞部さんは3月か4月だといいます。そんなこと不可能です。私は長嶋茂雄氏と同じ年齢なのです。

 私は長嶋さんと同じ齢だってことを忘れるなよ、と言って別れました。

 ふと気がついたら『江戸のダイナミズム』を本にする仕事もきっとあるはずだったのに、いつしか忘れているのです。終ったことはもう終ったことで、心の中で処理されてしまっているからでした。

先の見えない船出 (一)

 8月25日刊行予定で『日本がアメリカから見捨てられる日』(徳間書店)の校正がいま急遽進められています。その第一章は、「他人の運命にも国家にも無関心なあぶない宰相」で、最近の関係論文を収めますが、当日録の最新稿「小泉首相批判について」(一)(二)(三)をも収録することにしました。その関係で(一)と(三)の各後半を若干加筆修正しました。現在日録に掲げられているのは加筆修正後の文章です。思想内容に変更はありません。

 7月22日に「江戸のダイナミズム」(『諸君!』9月号最終回「転回点としての孔子とソクラテス」)の校了をすませた後、23日から8月2日まで、一日を除いて毎日、会合、会議、ミーティング、出版社との打ち合わせ、新しい勉強会がつづき、あっという間に10日間が流れました。ここで起こった出来事のうち詳しい内容をお知らせした方がいいものももちろんありますが、それは後日に譲り、10日間に何があったかだけを連記します。

 「新しい歴史教科書をつくる会」の新会長選出をめぐる理事間の調整の最終段階に入り、7月29日の理事会で内定し、8月2日に正式に決定しました。事務局長が手順を踏んで公式発表をするから待ってくれというので、私はここで新会長の名を公表するのを差し控えます。2~3日中に、2名の新加盟の女性理事の名と共に新聞その他で公開されるだろうと思います。

 11月20日福田恆存先生の10周年のご命日に次の企画が実施されることとなり、内容打ち合わせを去る7月25日に行いました。

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 福田恆存歿後 10年記念―講演とシンポジウム

日時:11月20日午後2時30分 ¥2000 
場所:サイエンスホール  地下鉄東西線竹橋駅より7分
公開:福田恆存未発表講演テープ「近代人の資格」(昭48)
講演:山田太一  一読者として
講演:西尾幹二  福田恆存の哲学
シンポジウム:西尾幹二・由紀草一・佐藤松男
主催:現代文化会議
 Tel. 03-5261-2753(夜)
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 7月26日には私学会館にて九段下会議第一回オープンフォーラムが行われ、参加者は約50人でした。当日録の書き込み者も数名参加していました。安倍晋三氏が最初に挨拶、城内実氏(衆議院議員)の講演、山谷えり子氏、衛藤晟一氏の発言もあって、大いに盛り上がりました。参加者からもいい提案が出ました。この件は日録にあるていど詳しく報告いたします。信頼できる新しい保守の、知識人と政治家の協力体制です。

私は今夜ひとり祝杯をあげています

昨夜応援掲示板に書いたものですが、こちらにも転載します。

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1408 私は今夜ひとり祝杯をあげています 西尾幹二 2004/07/23 01:54

 
 2004年7月22日、正確には23日午前1時、「江戸のダイナミズム」第20回完結稿の最後の数枚のゲラがファックスで諸君編集部に流れました。すぐに受領の電話が入りました。 

 今回は題して「転回点としての孔子とソクラテス」54枚でした。これで完結です。もう毎月、月の半分を苦しまなくて良くなったのです。

 ああ、なんという解放感!

 第一回は2001年7月号でした。3年間の断続連載でした。

 ついに終わったのです。嬉しくてたまらない。壮大なテーマで、
私には蟷螂に斧でした。 

 この5日、7時まで書いて、睡眠薬を呑んで、午後1時に起きだす
生活でした。一気に10枚くらい書くのは夜中でないと出来ないのです。昼間は文献調べです。

 いつまで出来るか分かりません。皆さん、せめて今夜だけ私のために
祝ってください。本は1000枚にもなるので急ぎません。

 いまひとりウィスキーの乾杯をしています。暑い日々、皆様もおげんきで。

5月と6月の活動報告 (三)

6月28日産経の一面下に、「新・地球日本史」の告知記事がのっていたのにお気づきになったであろうか。
 
 この企画は私の責任編集で7月5日から約10ヶ月にわたり、日曜を除いて毎日、産経新聞に連載される大型企画である。私自身の担当執筆は、最初の第一回とあと中ほどで一回あるかないかである。誰かが事情で書けなくなった場合、私は責任上穴埋めしなければならない。その可能性も覚悟はしている。
 
 私が同企画を産経新聞社住田専務(現社長)から申し渡されたのは平成15年の2月だった。1年かけて特別の準備をしたわけでもない。書いてもらいたい人の名前が少しづつ心の中に浮かぶようになった。同年秋に新聞の編集局長と特集部長との打ち合わせ会が開かれ、私にテーマと人選が任された。しかし自分の仕事が忙しくて、テーマごとに執筆者を自分できめ、電話をかけまくったのは今年の3月であった。
 
 4月に私から執筆者諸氏に次のような挨拶文とともに、決定した39項目のタイトルと執筆者名の一覧表を送った。同企画の目的と内容が示されているので、ご参考までに掲げておく。
 
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                 平成16年4月
 
 地球日本史 
  執筆者各位
                    西尾幹二
 
        ご 挨 拶
 
 「新・地球日本史」という新しいシリーズを産経新聞が7月5日より連載いたします。この企画にご参加くださいますことをご諒承いただき、有難うございます。
 
 「地球日本史」はすでに平成9年11月3日から、翌10年12月25日まで長期連載を行い、16世紀から明治初年までの日本の問題をユニークな角度から抉り出し、好評を博したことがあります。連載後、扶桑社より3冊の単行本(各副題は第1巻「日本とヨーロッパの同時勃興」、第2巻「鎖国は本当にあったのか」、第3巻「江戸時代が可能にした明治維新」)として出版され、さらに扶桑社文庫ともなり比較的よく読まれました。
 
 このたび本年7月5日より、来年4月9日までの期間で、「新・地球日本史」20世紀前半篇を、産経新聞にて連載することになり、私は前回に引き続きコーディネーターを任されましたので、ここに39回(1回1週単位)の内容プログラムを作成し、提出させていただきます。皆様のご協力を得て、プログラムはようやく同封別紙のようにまとまりましたことにあらためて感謝申し上げます。
 
 「地球日本史」は題名が示すとおり、地球的視野で日本の歴史を見直すという狙いがあり、さらにまた今日的必要から、今の時代の問題に引き据えて各テーマを再検討するという目的をも担っております。地球的視野といっても、国際化という甘い感傷語の示す方向を目指すのではなく、日本人が気がつかない世界の現実の中に日本を置いて、あらためて問題を見直し、既成の歴史の見方をこわすというほどの意味であります。一つの角度から鋭い、衝撃力のある光を照射していただければまことに幸いです。
 
 また、歴史を語るといっても、過去の一時代の話題に限定する必要はなく、現代の新聞紙上を賑わしているさまざまな関連テーマを取り上げ、並べて論じていただくのも一興かと存じます。できるだけ広い世界の話題の中で、しかも今の人の身近な題材にも言及していただければありがたいのです。しかし、テーマによっては、短い紙幅に歴史事実を語ることで精一杯で、余計な話題にまで手をひろげようがないという場合もございましょう。その場合には、当該テーマを過去の一時代に限定して語っていただくことで勿論十分でございます。
 
 すべて制約はなく、フリースタイルです。どうかよろしくお願い致します。
 
 原稿ご執筆の詳細な規定と事前催促予定、原稿受け渡しの方法等につきましては、担当の産経新聞特集部より同封書にてご報告いたさせます。
 
 なお連載は平成17年前半に扶桑社より上下2冊の単行本として出版される予定です。
 
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 39回の連載は36人によって執筆される。第1回目の私の「日本人の自尊心の試練の物語」だけは総論で、それ以後はしばらく明治時代が扱われる。韓国併合が9月末から10月初旬、日中戦争のテーマはやっと年末から年初に登場する。
 
 私が信頼している書き手が続々と姿を見せる。テーマもかなりひねって工夫してある。御期待ください。

5月と6月の活動報告 (二)

ブルガリアとルーマニアへ旅立った6月2日までに、私は『諸君!』の連載の原稿と、「新・地球日本史」(産経7月5日スタート)の冒頭の私が担当した6回分を書いて置いて行った。6月22日の小泉再訪朝への怒りを抑えつつ、コラム「正論」(5月28日付)を書いたのも同じ頃で、旅立つ前のあわただしさだった。

 6月13日に帰国した。14日から23日までの間に『正論』『Voice』に併せて55枚ほど書いた。

 24日は疲れて、何をする気にもなれず、朝食をすませた後もただわけもなくねむく、日中もひたすら眠った。よく身体がつづくなァ、と自分でも自分に感心している。

 そういうわけで、よく働いたこの月の成果、8月号各誌の寄稿は次の通りである。

 1)宣長における「信仰」としての神話(53枚)『諸君!』江戸のダイナミズム(第19回)
 2)冷え冷えとした日本の夏(29枚)『正論
 3)小泉純一郎“坊ちゃんの冷血”――ある臨床心理士との対話――(26枚)『Voice

  1)この連載は20回で終結の予定なので、いよいよ最後にさしかかっている。
  2)は皇室、少子化、イラク、平等と「個」など。
  3)は「小泉純一郎の精神病理」ないしは「小泉純一郎の病理学的研究」のいづれかにして欲しいと思ったが、編集部の方針で上記のような題になった。

 今月は私の企画立案による「新・地球日本史」の私の担当分の原稿もあり、『男子、一生の問題』もやっと刊行され、いろいろな方面の仕事が一度に集中した。

5月と6月の活動報告 (一)

6月2日から13日まで、私はブルガリアとルーマニアを旅行した。動機は、単にまだ行っていなかったからというだけのことである。

 あのあたりは東ローマ帝国の支配地域である。アラビア人が西から、スラブ人が北から押し寄せた混乱の歴史を刻んだ大地である。

 ベルギーの歴史家ピレンヌが「モハメッドがいなければシャルルマ―ニュもいなかった」という名文句を残したのを思い出しつつ旅をした。アラビア人の進出がなければ、シャルルマーニュ(カール大帝)の西ローマ帝国も成立しなかった、という意味である。

 アラビア人があのあたりから地中海一帯を支配して、その結果、ヨーロッパが西に移動し、誕生した。ギリシアやローマの文明を最初に受け継いだのはアラビア人であって、ヨーロッパ人ではないという逆説である。

 『江戸のダイナミズム』(第16回)で契沖とエラスムスを比較した一文を思い出していただこう。エラスムスはヴェネチアに行って、アラビア人からギリシア語を学んだ。聖書の原典はギリシア語で書かれていたので、エラスムスはギリシア語原文の復元をむなしくも試みたのだった。

 ヨーロッパ人はギリシアやローマの古典文化からも、キリスト教の聖書の原典からも1000年間も切り離されていたのである。断絶の歴史である。日本人はそういう不幸を経験していない。この歴史事実は日本では案外知られていない。

 ブルガリアとルーマニアを垣間見た感想は『正論』に2・3回にわけて分載する予定である。