西尾幹二全集発刊にからむニュース(2)

 全集というと著者の昔の本をたゞ集めて並べるだけと思われがちだが、それは誤解である。たゞ集めて並べるだけなのは著者の死後に作られる全集である。

 著者がまだ生きている生前全集はいろいろな作品を再編集し、未発表稿なども入れて、作り直して出すのである。少くとも私の場合はそうなっている。

 第一回配本の『光と断崖――最晩年のニーチェ』は翻訳がひとつ入っているが、それを除けばすべてまだ本に収録されていない、未刊行の文章から成り立っている。筑摩書房が一冊にまとめる計画が私のつごうで延び延びになっていた。最重要な刊行予定がたまたま残っていたのである。だからこれを第一回配本とした。

 自分としてはこんな大切な仕事がまだ本になっていなかった、これは勿怪の幸いだと思った。

 そういうわけで整理も大変だったが、「後記」にも力を入れ、60枚も書いている。渾身の一冊なのである。

 現在少しづつ他の巻の目次も確定し、印刷も進行している。第一巻と第二巻の目次が定まり、すでに校正中である。以下に示す第二巻の目次は、「内容見本」(カタログ)よりさらに進化している。

 色変わりの文字の部分は「内容見本」には出ていない。これらは最後に加えられて、目次が確定した。

I 悲劇人の姿勢
   アフォリズムの美学
   小林秀雄
   福田恆存 (一)
   ニーチェ
     ニーチェと学問
     ニーチェの言語観
     論争と言語

   政治と文学の状況
   文学の宿命-現代日本文学にみる終末意識
   「死」から見た三島美学
   不自由への情熱―三島文学の孤独

Ⅱ 続篇
行為する思索―小林秀雄再論
    福田恆存小論 五題
     福田恆存(二)
     “大義のために戦う意識”と戦う
     現実を動かした強靭な精神―福田恆存氏を悼む
     時代を操れると思う愚かさ
     三十年前の自由論

   高井有一さんの福田恆存論
   田中美知太郎氏の社会批評の一例
   田中美知太郎先生の思い出
   竹山道雄先生を悼む

Ⅲ 書評
   福田恆存『総統いまだ死せず』 三島由紀夫『宴のあと』 三島由紀夫
   『裸体と衣装』 竹山道雄『時流に反して』 竹山道雄『ビルマの竪琴』
   吉田健一『ヨオロッパの世紀末』 中村光夫『芸術の幻』 佐伯彰一『
   内と外からの日本文学』 村松剛『歴史とエロス』 江藤淳『崩壊から
   の創造』

Ⅳ 「素心」の思想家・福田恆存の哲学
   
   一 知識人の政治的言動について
   二 「和魂」と「洋魂」の戦い
   三 ロレンスとキリスト教
   四 「生ぬるい保守」の時代
   五 エピゴーネンからの離反劇
   六 「真の自由」について

Ⅴ 三島由紀夫の死と私

   一 三島事件の時代背景
   二 一九七〇年前後の証言から
   三 芸術と実生活の問題
   四 私小説風土克服という流れの中で再考する

Ⅵ 憂国忌

   三島由紀夫の死 再論 (没後三十年)
   三島由紀夫の自決と日本の核武装 (没後四十年)

追補 福田恆存・西尾幹二対談「支配欲と権力欲への視角」

   
   後 記
     

 「悲劇人の姿勢」ということばは私の第一エッセイ集の標題である。Ⅰはそのときの目次を踏襲している。最も初期の私の思索の結晶である。

 小林秀雄、福田恆存、ニーチェを並べたのは私の若さである。若書きの未熟な作かもしれない。しかしこの三人が、私の掲げた旗なのである。不遜にも自分もこの人たちのように生きようと宣言したも同じである。そうこうしているうちに三島由紀夫が自決した。

 Ⅰのさいごの二篇「『死』から見た三島美学」「不自由への情熱――三島文学の孤独」は、第一エッセイ集には入っていない。第一エッセイ集『悲劇人の姿勢』は三島の自決直後に出されたのだが、この二篇はあえて入れていない。

 「論争と言語」というのは同人誌に書かれたもので、本邦初公刊である。1962年、27歳の執筆の奇妙なニーチェ論である。

 Ⅱの「“大義のために戦う意識”と戦う」も「田中美知太郎氏の社会批評の一例」も、ともに私の本には収録されていない未公刊の文章である。後者は田中美知太郎全集の月報である。

 巻末に追補として掲げた福田恆存先生との対談は貴重な記録で、未公開である(一度当ブログに出したことはある)。いま福田恆存対談・座談集全7巻が玉川大学出版部から刊行中で、その中にも収められる予定である。私の36歳の折の、理想視していた先生との対談であるから、貴重な記録なのである。

 私はこの巻に名を挙げた諸先生から注目され、期待され、希望に溢れて生きていた。その唯中へ、三島の自決事件が起こった。

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(追記・内容見本は国書刊行会03-5970-7421に電話すれば送ってもらえます。)

暑中お見舞い申し上げます(二)平成23年

『GHQ焚書図書開封 5』の「あとがき」

 本書は『GHQ焚書図書開封』シリーズの第五冊目に当たる。副題に「ハワイ、満州、支那の排日」という言葉が並んでいる。互いに関係のない文字のように思われるかもしれないが、第二次大戦に至る日本の歴史に関わりの深い重要な地名ないし概念であることは一目で分るであろう。

 三冊の非常に良い本に出会うことができた。吉森實行『ハワイを繞る日米関係史』、長與善郎『少年満州読本』、長野朗『日本と支那の諸問題』の三冊である。このほかに長野朗のきわめてユニークな短い満州論も視野に入れることができた。また蒋介石による黄河決壊の蛮行を告発した仲小路彰の格調の高い文章も紹介することができた。

 最初の三冊の本に出会えたのは偶然であった。けれども太平洋を西進するアメリカの覇権意志の起点はハワイ併合にあり、満州への関心は日米両国の不幸な一致点であり、支那の排日はよく知られたこれらの事実の背景をなす泥沼のような現実であった。そう考えれば日米戦争の前史にいずれも関係が深く、三冊の本を見つけたのは偶然でも、三冊を選んでこのようにここに並べたのは決して偶然ではない。戦争に至る歴史のほんとうの姿を知りたいと願ってきた本シリーズの動機に添う選択であって、いよいよ五冊目で戦争の真相探求に次第に迫ってきたともいえるであろう。

 ハワイも満州も戦争の歴史を解く鍵をなす地名である。けれどもハワイについて知る人は少ない。ましてアメリカのハワイ併合に激しく抗議した日本の歴史を知る人はさらに少ない。満州について、たくさんの研究があるが、戦前の日本人がどう感じ、どう考えていたかを具体的に分らせてくれる本は少ない。支那の排日についても、支那人のしぶとさやしたたかさを踏まえて、十重二十重に絡まる複雑な心理的、経済的、政治的原因を手に取るように分解し、説き明かしてくれる本は少ない。この三冊は以上の点で私を満足させてくれただけでなく、ここに大戦に至る前史のこのうえなくリアルで微妙な内容が展開されたと信じている。

 じつは『GHQ焚書図書開封』第六冊目がすでに準備されていて、二、三ヶ月の後には刊行される手筈である。こちらは「日米開戦前夜」と名づけられる予定である。「前史」ではなくいよいよ「前夜」である。私は第六冊目のほうを先に世に送ろうと最初考えていた。しばらく迷って計画変更し、第五冊目と第六冊目をほゞ同時出版することにした。この二冊をもって、昭和16年(1941年)12月8日の真珠湾(パールハーバー)攻撃の70周年記念に時を合わせるのがよいのではないかと考えるに至った。

 第五冊目のハワイをめぐる日米関係史はその意味でいよいよ今こそ知るに値する内容であるといえよう。加えて第六冊目の冒頭が満州をめぐる日米関係史から説き起こされることもお知らせし、ハワイ、満州、支那大陸が大東亜戦争のキーポイントであることをあらためて再認識しておいていただきたいと考える。

暑中お見舞い申し上げます(一)平成23年

 6月末から真夏が始まり、このまま9月末まで猛暑がつづくのかもしれません。私は夏男で、どんなに暑くてもこたえません。血圧の高めの人間はたいていそうで、冬の寒さの方が嫌いです。

 私の書斎は太陽の光の入る地下室で(妙だと思うでしょう)、室温自体は低く、クーラーも扇風機もあまり使いません。しかし冬は地下暖を入れて、それでも腰から下が冷えて困ります。最近は椅子に坐って腰から下を包む電気炬燵を用いています。

 『WiLL』に書いていた震災の感想(5月号)と脱原発論(7月号)が人の目に留まり、KKベストセラーズが数人の論者をあつめて出す単行本に収録することを申し出て来たので、合意しました。刊行は8月で、数人の論者とはだれか、近づいたら詳しい内容を公表します。

 別の出版社から「保守主義者のための脱原発論」を一冊にまとめて欲しいと頼まれ、半ばその気になりながら、決心がつきかねています。

 資料はどんどん貯っています。ジュンク堂に行って20冊くらい原発関連の本を買って来ました。雑誌や新聞やブログに書いたものはそのままでは一冊の本にはなりません。時代が動き、情報もどんどん変わるからです。もう一度一から考えを整理し情報を再構成してみなくては、一冊の本は書けません。私はいわゆる専門家ではないので、一文学者として、一思想家として、一人の人間として、思索の書を書くのでなくてはなりません。まとめるのには相当に時間がかゝりそうな気がしています。

 『WiLL』8月等にはなにも書かないことになります。『正論』の臨時増刊号に相次いで二論文を書いたのはご存知でしょうか。別冊正論15・「中国共産党」特集に「仲小路彰がみたスペイン内戦から支那事変への潮流」、正論8月号臨時増刊号「『脱原発』で大丈夫?」に「さらば原発――原子力の平和利用の誤り」を出しています。

 『GHQ焚書図書開封』5と6とが相次いで刊行されることになります。5の題は「ハワイ、満州、支那の排日」、6の題は「日米開戦前夜」です。5はこの7月中に店頭に出ます。6は12月8日のパールハーバー攻撃70周年記念日までには刊行します。

 このところあれやこれや多種の原稿の整理で追いまくられました。というのは、全集の第5巻の校了後、第1巻の再校ゲラ、第2巻の初校ゲラが相次いで出て、やいのやいのと言われているからです。第3巻の目次内容がまだきまらないのでそれも編集部から早くせよと要求されています。

 各巻に私以外に4人の校正者がいて、厳密な作業をしてもらっていますが、私が再校を読んで「後記」を書き、三校を私を含め4人が読み直してそれぞれの巻を終わらせます。各巻600ページですから容易ではありません。

 全集の内容見本は出来ましたが、各巻の収録文の内容はまだ厳密にはきまっていないのです。昔の本を読み直すすべての作業はこれからです。

 全集の内容見本(カタログ)は国書刊行会03-5970-7421に電話すれば送ってくれます。よろしくおねがいします。

 今日『GHQ焚書図書開封 5』の「あとがき」を書き上げましたので、どんな内容か次にお知らせします。

 尚、16日午後8時から一時間放映された水島総氏との討論がYouTubeにありました。

チャンネル桜出演のお知らせ(1)

日本文化チャンネル桜でいつも討論・倒論・闘論が行われている時間帯に次の番組が流されます。

私は土曜日(16日・午後8時)に一時間、水島さんと原発について対談放送を行います。ご期待ください。水島さんは原発推進派です。

番組名: 対談スペシャル「桜戦線~夏の陣~」

お相手: 水島 総(チャンネル桜・代表)

内容 :日本を代表する論客と水島総が一対一でざっくばらんに日本を論じる不定期対談シリーズです。
今回は、西尾幹二先生、西部邁先生、渡部昇一先生との対談を一時間毎に順番に放送させていただきます。

放送予定日:平成23年7月16日(土)20時~23時00分
日本文化チャンネル桜(スカパー!217チャンネル)
インターネット放送So-TV(http://www.so-tv.jp/)

西尾幹二全集発刊にからむニュース(1)

 これからときどき全集発刊までに少しづつ完成していく全集関連の新しい具体的情報をお知らせするようにしたい。

 全集の制作はやはり容易でない。大きな山を登攀(とうはん)する苦しさにも似ている。毎日毎日心をゆるめずに作業しなくてはならない。細心の注意と大胆な判断を必要とする。時間がかゝり、まだるっこしく、いらいらするが、自分のことなので投げ出すわけには行かない。協力者から自分のことなのにちゃんとやらないと叱られたりもしている。

 やっと第5巻(第一回配本)『光と断崖――最晩年のニーチェ』が先週校了となった。内容見本の最終ページをごらん下さい。本はこんな形になる。ここには目次の大略も書いてある。

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 箱入りの古典的全集スタイルだが、箱には帯がつき、帯には宣伝文句が記されることになる。帯の表側と裏側の両方に言葉がある。やっと先週帯の二面に添える言葉がきまった。

すべてを凌駕する決定版 
西尾幹二のニ ー チエ!!!
発狂寸前のニーチェ像を立体化する
名著『ニーチェ』に続く未収録を集大成
『光と断崖―最晩年のニ ー チェ』
国書刊行会 定価:本体5,800円+税

『光と断崖』より
ニーチェの生の概念も、ゴッホの光の効果も、近代を支えていた明るい現世肯定の、影も憂いもない理性に導かれた楽天的な安定性を誇っていない。それらはぐらぐらと揺れている。背後の闇から突き上げて来るものを抱えている。しかも、二人はともに自己崩壊し、精神のこの闇に吸い込まれてしまう直前に、いずれも仏教あるいは浮世絵という思いがけぬものを手掛かりに、自分らの知らぬはるか遠い「異世界」に期待の目を向けたのだった。

次回配本 第1巻『ヨーロッパの個人主義』’12年1月刊。

                    

第5巻の読みどころはやはり「光と断崖」という『新潮』(1987年10月号)に掲載された160枚の論文であろう。もうひとつ逸せられないのは「ドイツにおける同時代人のニーチェ像」で、私が初めて打ち出した、資料に語らせる新しい形式のニーチェ像である。これはなかなか魅力のある読み物だときっと読者は言ってくれるだろう。本邦初公刊である。

脱原発論の決定版

えんだんじのブログより

ゲストエッセイ 
坦々塾会員 鈴木敏明

 月刊誌「WiLL」8月号の西尾幹二氏の論文、「平和主義でない『脱原発』」を読んだ。私は驚愕し、深い感銘を受けた。脱原発論の決定版と言っていい。なぜなら私は、保守の多くの方と同じように、積極的ではないにしろ心情的に原発推進論者だったと言っていい、しかし西尾氏のこの論文を読んで日本は脱原発に向かって歩みを始めなければないことを悟ったからです。西尾氏は、論文の出だしの二頁目にこう書いています。

「原発の存在が日本の軍事力の合理的強化を妨げ、国家の独立自存をむしろ阻害しているという、きわめて深刻なウラの事情を正確に見ていない」

保守の皆さん、この文章は非常な驚きですよ。皆さん、実感できますか。そして次の三頁から最後の十頁までその「きわめて深刻なウラの事情」を的確にわかりやすく説明しながら西尾氏の主張を加えています。簡単に要約すると日本は原発のために原料の天然ウランを輸入しなければなりません。主にカナダやオーストラリアから買っています。そのために日本は両国から天然ウランについて有形、無形の対日規制を受けているのだ。

それだけではありません。輸入した天然ウランは、そのまま燃料として使えないからアメリカやフランスへ運んで高い料金を払って濃縮してもらうのだが、その結果、米仏も濃縮提供国として対日規制権を持つことになるのだ。次に、その濃縮ウランを日本の原子炉で燃やして発電したのちに、使用済み核燃料をフランスと英国に持っていって再処理してもらうと、そこでできたプルトニウム燃料について、今度は英仏の対日規制が加わる。さらにやっかいなことは、最近の原子力協定では、米国で濃縮してもらった核燃料でなくても、例えばアフリカのニジェール産の天然ウランを日本の濃縮工場で濃縮した燃料でも、それを一度米国製の原子炉または米国の技術でできた原子炉で燃やすと、その途端に米国産の核燃料とみなされ、米国の規制権の対象となる仕組みになっているのだ。外務省初代の環境問題担当官で、現エネルギー戦略研究会会長の金子熊夫氏の「日本の核、アジアの核」(朝日新聞社)の中でこう書いていると西尾氏は指摘しています。

「要するに、日本の原子力開発は、過去40年間と同じく現在、将来とも、米、英、仏、加、豪の五カ国、わけても米、加、豪の三カ国は最終的な「生殺与奪」の権利をにぎられているのであり、これら諸国の核不拡散政策を無視して、自分勝手な振る舞いはできないような仕組みになっているのです」

奇しくも上記五カ国は、大東亜戦争の旧敵国です。過去のことはさっさと水に流すのが日本民族、それ以外の民族は、過去のことは忘れません、とくに戦争など絶対に忘れないし、徹底して正義面してきます。特にアメリカは日本の核兵器所持に神経質になっています。ひょっとして広島、長崎の仕返しをされるかもしれないとの思いがあるからです。日本政府が核兵器所持を決定したら、上記五カ国が、ウランは売らない、濃縮もしないと言い出したら、日本の産業は壊滅してしまいます。その結果として日本は核兵器所持をあきらめねばならなくなるのだ。好むと好まざるにかかわらず日本の原発所持が、日本の核兵器所持の足かせになっているとも言えるのです。日本は原料を輸入しているから高い値で買わされ、上記五カ国の原子力の外交政策に翻弄されてきた。旧敵国であることが目に見えない差別と警戒の対象国になっているのです。原料を輸入する弱みから開放されたいとの思いから日本独自で技術開発したのが福井県敦賀市の高速増殖炉“もんじゅ”です。“もんじゅ”がうまく成功すれば、使われた燃料は1.2倍になって返ってくることになっていた。そうなればもう原料の心配はいらない。ぐるぐる同じ燃料をリサイクルしていけばいい夢の機械であった。その“もんじゅ”が度重なる事故で前進も後退もできなくなっているのだ。一キロワットの電力も生産せずこれまですでに一兆円が注がれてきたのだ。私みたいに数字に弱く、庶民感覚だと一兆円の価値がわからないが一億円の一万倍というと凄い実感がでます。また今後五十年間にわたり年間五百億円の無駄な維持費がかかるというのだ。

原発一基一年間運転すると約30トンの使用済燃料が生じ、これをどこかで片付けなければなりません。そこで政府は青森県六ヶ所村に再処理工場が建設した。そこえ全国の原発から使用済燃料が運びこまれます。再処理が順調におこなわれるから問題がないのではないのです。再処理は再処理で深刻な問題があるのです。再処理すると毒性の高いプルトニウムが抽出されるのです。この恐いプルトニウムが日本ではたまりすぎて45トンを超えているのだ。8キロあれば原爆を一個作れるから約5千発程度の原爆材料が貯蔵されていることになる。国際社会から警戒の目でみられるし、特に先にあげた上記五カ国、中でもアメリカは、日本警戒のためでしょう。日本はプルトニウムを60トン以上持ってはならぬ主張しているのだ。日本はたまっていくプルトニウムをどう貯蔵していくつもりなのか。

原発を運転しているかぎりこのプルトニウムは溜まっていくのだ。しかも世界ではこのプルトニウムの溜まりを解決した国はどこもないのです。原発を廃止する国より新規に原発所有する国々や、現在所有している原発数を増やす国々の方が圧倒的に多いのです。世界中で容器にいれられた毒薬プルトニウムが埋められることになります。この容器の耐用年数が何十年だか何百年だか知りませんが、核戦争で地球が滅びるより原発の廃棄物で地球が滅びる可能性が高くなってきたような感じです。

その他にも日本の原発には、プルサーマル、MOX燃料など色々な深刻な問題をかかえています。西尾氏は、その問題の全部さらけだし説明をしています。私は、脱原発論者も原発推進論者もぜひこの西尾氏の論文を読んでもらいたい。なぜなら彼らのほとんどが、現在の原発が抱えているこのような問題を知って脱原発論者になったり原発推進論者になったりしているわけではないからです。脱原発か原発推進か、喧々囂々と語られています。だから私も自分のブログで意見を披露したかった。しかしできなかった。何故か。私は冒頭に触れましたように心情的に原発推進論者で原発産業の実情など何も知らないのです。なにも知らないで心情的な原発推進論者の主張を文章にしたら、低放射線量は、危険どころか健康にいいだとか、飛行機事故でこれまでにどれだけ沢山の人々が死んだかとか、安全をさらに強固にすれば問題ないとか、ただ情緒論にすがって書くことになってしまうからです。ところが日本の知識人と言われている人たちは、平然とこれをやります。だから日本の知識人はダメなのだ。今回の西尾氏の論文を読んでいただければわかりますが、情緒論など一切なし、現状の問題点を赤裸々に語り、自分の主張を展開していく、すべてが論理的です。それだけに積極的原発推進論者には反論が非常にむずかしい。そこで私が心配しているのは、この論文はあまり話題にならず、黙って見過ごされる可能性が高いことです。本来ならこの西尾論文について喧々囂々と語り合われるのが一番いいのですが、特に政界と原発業界はそっとしておきたいのだと思います。

最初に触れましたように私は西尾氏の論文を読んで、日本は脱原発に向かって歩み始めなければならないと悟ったと書きました。そこで私の提案を簡単に披露しましょう。まず原発の撤退作戦開始です。戦場でも撤退作戦が一番難しいと言われています。自軍の損害をできるだけ低く抑えて撤退しなければなりません。自軍の損害をできるだけ低くとは、日本国民の社会生活や経済生活への損害をできるだけ低くすることです。そのためには撤退作戦は急いではいけません。できるだけ時間をかけるのです。しばらくの間これまでどおり原発と共存することになるでしょう。しかし原発撤退の意思を忘れてはいけません。時間をかけて退却しながら援軍を待つのです。援軍とは日本国民の総力をあげて原発に代わる代替エネルギーの開発です。私は絶対にできると思っています。なぜなら実例があるからです。かって石油価格が暴騰し、日本経済は没落かと思われたとき、石油価格暴騰を引き金に日本は省エネ技術で世界を凌駕したではないですか。世界各地にある原発など無用の長物にしてしまおうではないですか。大変むずかしいでしょう。しかしほんの数十年前、パソコンが家庭に出現するなどと考えた人はいないのです。

脱原発こそ国家永続の道 (三)

『WiLL』7月号より

跡を絶たない観念保守派 

 否、そんなことはない、と言う人にはあえて言っておくが、東日本復興のための財源がなくて、やれ増税とか、やれ国債の日銀買取りとか論じられている昨今だが、日本は世界の債権国で、アメリカには百兆円も貸しつけている。その金が動かせないと頭から信じこまされているのはなぜなのか。そのうち三十兆円をいま使えば、増税も国債発行も必要ないのに、口が裂けても誰もそれを言わないし、言わないのは当然という顔をしているのは──本当に不自然な話!──なぜなのか。日本はすでにして、完全な操り人形国家なのである。
 
 この悪夢の轍から逃れる唯一の道は、日本の軍事的自立以外にないのである。商人国家像の否定以外にないのである。
 
 原発に話を戻すが、中曽根以来の原発路線は、軍事的にはアメリカに封じられたIAEA体制下に置かれ、まさに商人国家路線にほかならず、これを否定することが独立への第一歩である。これは、戦争が終わるや否や戦前が悪だったと反省するたぐいの歴史否定の自己欺瞞とは、およそ原理を異とする別件にほかならない。戦争の歴史と原発の歴史を同一視する頭の硬い保守派のイデオローグは、どうしてそんな簡単なことが分からないのか。
 
 新幹線に事故のなかった国鉄を省みて、日本の技術力をもってすれば原発にも事故なきを期待できる──事故が現に起きているのに!──と強弁する観念保守派が今なお跡を絶たないが、そういう人はおよそ現実というものを正確に見ていない。国鉄には山之内幸一郎というような伝説的な逸材、事故事例を追い求めて、二度と同じ事故は許されないという強い信念と哲学を持つ技術者が中心にいた。彼がもし東電にいたら、反原発派の主張にも膝を屈し、進んで謙虚に耳を傾けただろう。
 
 ホンダでも、トヨタでも、一流の企業文化には必ずそういう人間力と技量と哲学を兼ねそなえた技術者たちに培われた時期というものがある。残念ながら、日本の原子力発電は、そういう歴史を持っていない。基本的にアメリカの模倣であり、加えられた日本の技術は改良技術にとどまっている。

原発最優先キャンペーン

 福島第一原発において一号炉はGE製であり、二号炉から六号炉までは東芝や日立が製作しているが、アメリカが設計図を引いたもののコピーにすぎない。日本中の他の原子炉も沸騰水型、加圧水型を問わず、設計の基本はアメリカにある。構造の改良は不十分で、残念ながら、地震の多い国に適用できる構造にはなっていないようだ。武田邦彦氏がマグニチュード6・0の直下型地震で日本の原発はすべて必ず壊れるようになっていると言っているのも、むべなるかなである。

 国鉄やトヨタやホンダのような国産の企業文化、技術文化のうえに立脚していないのがわが原子力産業の実態であり、その馬脚が露骨に現れたのが、今回の事故であったといわざるを得ないだろう。武器輸出さえできないこの国で、どうして核爆弾と隣り合わせる原発の技術において、国産の枠を競えるであろう。

 「第二の敗戦」「失われた十年」といわれた中曽根から小泉に至るわが国の対米再従属・対中新屈辱の歴史と歩みをともにした原発の歴史は、あらためて「非核三原則」の廃止に踏み切り、政治を再生し、そこから再出発する覚悟を新たにするしか、復活の道はないであろう。そこまで覚悟するなら、国産にも期待できる。今のままの原発依存の道を進むべきではあるまい。
 
 日本人は、江戸時代の貧しさに立ち還る覚悟がなければ、今の原発を止めることはできないなどと安易な言葉で威す人がいる。あるいは、原発を止めれば日本の人口は遠からず半減するだろう、などと言う人もいる。果たしてそうだろうか。
 
 われわれは「計画停電」で脅迫されたが、夏の盛りは別として、原発を停止しても休止中の火力発電を復活すればそんな危機はすぐこないという数字上の証明も、すでに各方面でなされている。もちろん、残された原発を今直ちに止めることは不合理である。日本は当分の間、稼働中の原発を上手に、合理的に運転していかなければならない。何ごとでも急激な変化、過激な措置は慎まなければならない。
 
 けれども、原発による発電の価格は安く、太陽光など自然エネルギーは高くつくので、前者を後者で代替することは到底できない、と広く今まで信じられてきた前提には、数多くの疑問符がつけられてもいるのである。
 
 原発は順調に運転されている稼働中の単位コストは安いかもしれないが、大金で住民を買収する地域対策費、巨額にのぼる廃棄物処理コストを加えて計算されているだろうか。さらに、今度のような事故が起これば、被害補償費は天文学的数字になり、安いなどとは到底いえないだろう。
 
 太陽光発電、風力発電、地熱発電などは、まだわが国では本格的に試みられていない。あんなものは役立たないと鼻先で笑う人が多いが、ドイツでは発電量の二五~三〇%を占めるまでになっている。それは、電力会社による各家庭からの買い取りシステムが確立されているからである。
 
 わが国でなぜ自然エネルギーの開発が立ち遅れたのかは、原発を最優先にする政治上のキャンペーンに抑圧され、足踏み段階で抑え込まれてしまっているからである。

浜岡原発停止は正しい

 東電による「オール電化」のキャンペーンは実際、各家庭を襲ってもの凄かった。東京ガスは気押されていた。わが家の門前にも、ガスを止めて台所を全電化せよの誘いがうるさいほど来たと聞く。事故以来、ピタッと来なくなった。電力不足時代がはじまったからである。これで初めて、太陽光などの各家庭からの買い取りシステムが活発に動き出す下地ができたともいえるだろう。

 電力不足が自然エネルギーの多様な開発を可能にし、コストを下げる作用をするだろう。必要が開発を促進する。日本がドイツ並みに全電力の二五~三〇%を代替エネルギーで賄うのも、そう難しい道のりではないと思う。

 原発の今後の存続の可能性は、地震国に適応した日本独自の技術開発のいかんにかかっているが、相当に難しいのは、使い終わった燃料棒の処理にある。

 じつは、使用済核燃料の処理は世界でどこもまだ成功していないのだと聞いている。アメリカとフィンランドは、燃料の残りは全部土中深く埋めこむ計画だが、まだ計画の段階である。日本とフランスは再利用する方向で、高速増殖炉は日本特有の技術ではあるが、平成十四年四月に停止してしまって、成功していない。他方、六ヶ所村の再処理工場は別の方向だが、ここも最終試験段階でトラブルが発生している。かりに成功してもいっぺんに処理できないので、中間貯蔵施設に使用済を何千本と保存しなくてはならないが、その施設がまだ出来上がっていないとも聞く。

 しかも、再処理ができても「高レベル放射性廃棄物」は最後にどうしても残るのである。これを地下三百メートルに埋めこむ計画のようだが、どの自治体も受け入れを拒否している。三百メートルといっても、日本列島は地震大国である。地殻変動で将来何が起こるか分からない。燃料の最終処理はフランスも成功していない。前にも述べたが、子孫に残すべき国土は民族の遺産であって、永久の汚辱の大地にすることはできない。保守といわれる知識人のなかに、どうして美しく保存されるべき豊葦原瑞穂の国を、何万年にもわたり汚染してもいいと考えている人が少なくないのか、私にはまったく理解できない。それに、いかなる人の故郷も奪われてはならない。エネルギー問題をイデオロギーに囚われて争っていてはならない。

 尖閣を中国から「守る」ことをしようとしなかった菅総理は、「守る」ということを正しく知っているとは思えない人物だが、彼による浜岡原発の停止命令は、その動機のあいまいさや場当たり性は別として、事柄自体としては私は評価している。福島と静岡の事故の挟み撃ちが万が一起こったら、日本は亡んでしまうだろう。誰よりもホッとしたのは、中部電力の幹部たちであっただろう。
世界から見放される日本

 私は大震災から二週間ほど経た頃、産経新聞「正論」欄(二〇一一・三・三〇)に書いたコラムの末尾を次のように結んだ。

 今後、わが国の原発からの撤退とエネルギー政策の抜本的立て直しは避け難く、原発を外国に売る産業政策ももう終わりである。原発は東電という企業の中でも厄介者扱いされ、一種の「鬼っ子」になるだろう。それでいて電力の三分の一を賄う原発を今すぐに止めるわけにいかず、熱意が冷めた中で、残された全国四十八基の原子炉を維持管理しなくてはならない。そうでなくても電力会社に危険防止の意志が乏しいことはすでに見た通りだ。国全体が「鬼っ子」に冷たくなれば、企業は安全のための予算をさらに渋って、人材配置にも熱意を失うだろう。私はこのような事態が招く再度の原発事故を最も恐れている。日本という国そのものが、完全に世界から見放される日である。

 手に負えぬ四十八個の「火の玉」をいやいやながら抱きかかえ、しかも上手に「火」を消していく責任は企業ではなく、国家の政治指導者の仕事でなくてはならない。 

 震災直後のこの考えは今もまったく変わっていない。

 最近知ったが、ドイツ政府には放射線防護庁という役所があり、十六の原子炉のある周辺地域で、幼児がガンにかかる確率が高いことが分かった。放射線の量はきわめて低く、現在の科学のレベルでは関連は証明できない。けれども、すべての原発立地地区で同じ結果が出たという事実だけが明らかになった。

 また、私が信頼している人から直接聞いた話であるが、東京のがんセンターにある子供の病棟に茨城出身者が多く、東海村事故のせいとの観測が関係者の間で囁かれている。ドイツでは政府が公表し、日本では隠匿されている。今後、こうした問題は公開の場で討議されるべきである。

 私は四月十四日に、保守系のある討論会で福島の子供の学童集団疎開を提言したが、参加者数名から言下に否定された。子供と大人では受ける影響が著しく違うことをもっと真剣に考えるようでありたい。

脱原発こそ国家永続の道 (二)

『WiLL』7月号より

国にとっての「外部被曝」

 震災後の海と陸に展開された自衛隊の今回の救援活動を日本人は心強く思い、感謝の気持が高まっている。朝日新聞やNHKですら、国民感情を無視できなくなっている。自衛隊のおかげです、ありがとう、の気持ちは自然で素直だが、日本人はかつて戦地で戦う軍人にも、頼もしさとありがとうの感謝の気持ちを熱く抱いていたのである。子供の歌にも「肩ヲ並ベテ兄サント 今日モ学校ヘ行ケルノハ、オ国ノタメニ戦ツタ、兵隊サンノオカゲデスー♪」と歌ったものだった。今の自衛隊に対するのと変わらない自然で、素直な気持だった。
 
 理窟を言い出したのは敗戦後である。人間が愚かで卑劣になったのは戦後である。はっきり言うが、歴史を思い出すとき、なぜあの時代の国民の自然で、素直な感情に戻らないのか。「守る」ということは生命の本来の欲求で、人間がまともなら少しも難しいことではないのである。
 今回は原発事故だが、明日は外敵の襲来かもしれない。尖閣周辺は今もきな臭い。戦争を「想定外」として、いつまでも裂け目の外を覗き見る勇気のない国民には、そもそも原子力発電などを手がける資格がないのである。
 
 震災から二カ月半も経ったのに、被災地で弁当の配達をしているのは自衛隊員であるのを知って、隊員を本務に戻さない政府のやり方に怒りさえ覚えた。中央の官僚の大量投入と現地の被災民の組織化を、なぜしなかったのか。
 
 私は国を守ることも、文明を守ることも、家族を守ることも、自分の生活を守ることも、どれにも共通する「守る」ことに必要な条件があると考えている。それは最悪を想定し、最大限に可能な予防措置を施し、しかも平生はそれを忘れたかのごとく平穏に振る舞い、晴朗に生きる心掛けを創り出すことだと考えている。
 
 最近、放射能汚染をめぐって「内部被曝」と「外部被曝」の違いがよく取り上げられる。口や鼻から体内に入った前者は、後者に比べて破壊力が大きく、取り返しがつかない。この例にならって、国家も人体と同じように考えれば、国内に引き入れられた放射能の被曝は、国外から襲われる被曝よりも、よほど始末に悪い厄介なしろものだということが考えられねばならない。
 
 国にとっての「外部被曝」は、核攻撃と他国の原発事故の影響である。核攻撃から身を守るには、大国の核の傘に頼るか自ら核武装するか以外に方法はない。他国の原発事故の影響は防衛困難だが、日本は国境までの距離が大きいだけに、ヨーロッパに比べていくらか有利であるかもしれない。
 
 それに対し、「内部被曝」すなわち国内の原発事故は、土地が狭く、地震と津波の多い国土である日本は条件的に不利で、今度の経験から、原発はやらないで済ませられるならやらないに越したことはないと考える。「内部被曝」は、一人の人間の身体内と同様に、一つの国の国土内に起こると、被害は深層に入り、汚染は何十年と続く。
 
 しかも、核燃料廃棄物の最終処理が技術的に解決されていない以上、子孫に伝えるべき大切な国土が永久的に汚辱され、廃棄物をどんなに地下深く埋めても、地殻変動で将来どうなるものか分からない。国土は民族遺産である。汚染と侵害は許されない。

原発反対派に転じた理由 

 原発事故が起こってから、私は原発賛成派から反対派に転じた。考えを改めた。今まで原発賛成といっても、経済面で合理的で安全なものなら反対する理由はないと思っていただけで、無関心派に近かった。格別そこに道義や理念を持ちこんで考えていたわけではない。たかがエネルギーの問題で、国家の価値観や歴史の尊厳とは関係がない。
 
 しかし、福島の事故が起こって、原発は経済面で合理的でもないし、安全なものでもないと分かったし、国家や歴史を犯すものと分かった以上、人は選択肢を変えることに躊躇すべきではない。人間は経験から学ぶべきものである。
 
 自分を「守る」とはどういうことか。最悪の事態を想定して生きることであるとさきほど申し上げた。治にあって乱を忘れぬことである。しかし、乱をよろこぶということでは決してない。しなくて済む乱は、これを避けるに越したことはない。
 
 原発の選択は本当に不可避であったか、これまで真剣に問われないできたし、代替エネルギーの開発も原発が合理的という声に抑えられて本格的になされないできた。これから問われ、かつ急速に研究推進されるであろう。
 
 よくこういう問題で、「勇気」を持ち出す人がいる。ことに保守派に多いが、たかが事故の一つや二つ起こったくらいでオタオタするな、というのである。しかし、正直いって私はオタオタしている。福島の情勢が悪化することを、私は最初からひどく心配してきた。その徴候はいま現にある。別の原発で二度目の事故が起こることをさらに心配している。ダブルパンチを受けたら、この国は本当に亡びるかもしれない。
 
 体内の「内部被曝」の怖いことがよく分かった。国も同じで、内側がやられたらもう手に負えない。「勇気」を発揮しようにも発揮できなくなる。勇気や精神力を持ち出すケースでないことは、あまりにも明らかだろう。外敵と戦うのとは違うのである。
 
 それに、子を持つ母親の恐怖は深い。女性の参政権の強いこの国では今後、原発賛成では選挙に勝てないだろう。自治体は財政をかかえるから、すぐに反対はいえないだろうが、一般住民の意識ではすでに原発反対が圧倒的多数を占めている。日本国民は賢明で常識を具えている。

天使のような侵略
 
 私たちは、日常の裂け目からいったん奥を覗き見たのだ。奥にある破壊の相を目にした以上、生命力は奮然としてそこから身を守る戦いを開始したのである。今までの平穏で長閑な日常には、もう戻れないかもしれない。

 「守る」とは何か。本当の「勇気」とは何か。原発に必ずしも反対でなかった者が、私のように突然、慎重になると、戦争支持者が戦後突然、替わり身早く戦前を否定するようなことを言い出すのと同じ話だと騒ぎ立てている人がいるらしいが、これは見当違いも甚だしい。
 
 原子力発電は中曽根内閣からはじまった。そして、経済界が全面的にこれをバックアップした。私はかねて国家というものは政治、経済、外交、軍事の四輪が平均的に揃ってはじめて前へ進める車のようなものとしきりに言ってきた。日本のように、経済だけ突出した商人国家像を否定してきた。中曽根から小泉に至る自民党政治と経団連との野合を批判してきた。最近では『日本をここまで壊したのは誰か』(草思社)で、表紙に人名を刷って、中曽根康弘、後藤田正晴、宮澤喜一、河野洋平、小泉純一郎、小沢一郎、鳩山由紀夫のほかに、あえて奥田碩、御手洗冨士夫、小林陽太郎、北城恪太郎の四人の財界人を告発した。この商人国家路線が、いよいよここにきて破産したのである。自民も民主も同じ穴の狢である。3・11にはじまる原発事故が、日本の国家路線にNO! を突きつける警告のメッセージを発したと考えている。概略すればこうだ。
 
 一九九三年に同時成立した江沢民とクリントンの政権に脅され、絡め取られて再敗戦国家を演じつづけてきたわが国は、米中両国に屈服し、3・11で沈没しかかり、オバマの派遣した大艦隊の「トモダチ作戦」によって、権力の真空地帯を守ってもらった。東アジアに生じた権力の空洞は中国、北朝鮮、ロシアの垂涎の的である。しかも、福島原発はアメリカの危機感を別の面でも揺さぶった。
 
 アメリカのエネルギー政策の進路は、日本の原発の行方にかかっている。加えて万一、放射能が東日本を蔽い、四千万人が西へ移動するパニックが発生すればこの列島は無政府状態になり、アメリカは「臨時政府」を考えなくてはならない立場だ。かつての南ベトナムや南鮮の再来である。あの素早い大艦隊の派遣には、戦後史の記憶が宿っている。ルーピー鳩山以来、ますますアメリカからは日本がそういうレベルの国に見られているのは間違いない。
 
 しかし、私はふとこうも思う。日本は完全に堕ちるところまで堕ちるがよい。アメリカに作ってもらった「臨時政府」は、アメリカの手を借りてようやく「憲法改正」を果たすだろう。アメリカはなにしろ「トモダチ」である。嗚呼! わが国は堕ちるところまで堕ちて、悪魔のような侵略にではなく、天使のような侵略にさらされるがよい。
 
 そして、戦後もそうであったように、国柄そのものを奪われていく。戦後GHQは日本の左翼を利用して伝統文化を破壊したが、今回はオバマが民主党を利用して、TPPや外国人参政権その他を使って、わが国を再占領国家にふさわしく、中国やロシアや朝鮮半島に差し出す操り人形に仕立てあげるだろう。

つづく

脱原発こそ国家永続の道 (一)

『WiLL』7月号より

目に浮かぶ業苦の光景 

 今でも毎日のようにテレビに映る被災地の情景、木材と瓦礫と泥土に埋まった車、家、船の信じられないシーンにも、最近は少しずつ慣れてきた。そして、ふと、このなかに欠けているものがあることに気がついた。肝心かなめのものが写し出されていない。遺体だ。
 
 一度だけ、中国の新聞に出た被災地の写真をネットで目にしたことがある。民家の階段に両手を開いてあお向けに倒れている男性の遺体だった。もう一枚は、瓦礫のなかに投げ出された泥土のついたままの昭和天皇のお写真だった。どちらも、日本ではめったに写し出されることのない映像である。
 
 私たちが見ていないものを、現地の人や救助隊の人は日々、目にしているのである。平凡で和やかなはずの日常が突然破れ、口が開いた裂け目は、現地ではおそらく、私たちとは違った形で人々を直撃しつづけてきたのであろう。
 
 避難地域のテレビ報道で、悲惨な牛舎のシーンを見た。乳牛が幾頭も倒れて死んでいる光景だった。そしてパッとカメラが回った。牛舎の柵から頭を思いきり出して秣のほうに首を延ばしてそのまま死んでいる七、八頭の牛がいた。仔牛もいた。秣の山が届かなくて、必死に首を延ばして息絶えたのだろう。鼻の先に餌はまだ山をなして残っている。しかし、柵で首が届かない。見てはいけないシーンをみたように思った。業苦の光景が目に浮かんだ。
 
 人間の屍体がいたるところにある社会で、動物への残酷は看過ごされる。震災の現場は、私たちの知らない日本でありつづけている。
 
 裂け目から覗き見えたある不気味なもの、無秩序といっても混沌といってもうまく言い得ていないある空っぽで暗いもの、そのうえに私たちの文明社会が辛うじて載っかっている。土台ともいえない土台──ちょうど今度の地震で地盤沈下を起こして建物が斜めに傾いた地域があったが、文明全体があれと同じようにとても脆弱で、頼りない土台のうえに載っている。ぐらついていて、明日倒壊してもおかしくはないと実感される。裂け目から奥が見えて、ぞっと寒気もする。

どんな事故も「想定外」

 地震と津波に原発事故が重なったのはじつに因果だが、いわば一体で、切り離すことはできない。国民全部の元気がなくなっているのは、東北の犠牲者への鎮魂の思いからだけでも、放射能の広がりへの恐れからだけでも、より大型の余震や東海・東南海地震の新たな発生へのおびえからだけでもない。それらのすべてがまじった、説明のできない不安がここそこに漂っている。

 これはなぜか存在の不安、生きていること自体の不安にも似ている。

 この国の住人は永い間、裂け目の奥を覗き見ることをしないできた。ロボット大国といわれた日本の原発事故で、すぐ使える役に立つロボットがなかった。強い放射能にも耐えられるロボットは開発されていなかった。核戦争を前提としたアメリカの軍事用ロボットが初めて役に立った。いいかえれば、日本の原子力発電所は事故を前提としない事故対策をしていたにすぎない。原発の事故の現場は、核戦争の最前線と同じだという認識が頭からなかった。

 地震と津波が「想定外」の規模であったことは、誰しも認めている。しかし、非常用電源が津波で流されない仕組みやシステムを作っておかなかったのは人間の不用意であり、あらかじめ八方から注意や警告を受けていたのに対応しなかったことが「人災」だといわれるのは当然なのではあるが、私はそもそも、日本の原子力発電所は最初からどんな事故も「想定」していなかったのではないかとむしろ考えている。放射能に耐えるロボットも、セシウム除去装置も、丈の高い注水ポンプも、すべて事故が起こる前から用意されていてしかるべきではなかったか。日本は技術大国ではなかったのか。

 東電は企業だから、経費のかかることはやりたがらない。それなら、原子力安全委員会や原子力安全・保安院はあらかじめ事故を「想定」するシミュレーションを試みていただろうか。私は、罪深いのはむしろ内閣府や経済産業省と一体をなしているこれら企業に対する監視体制であったと考えている。そもそも、経済産業省は原発推進の中心勢力であった。そこに、附属機関として原子力安全・保安院がくっついているという仕組み自体が間違いではないか。

戦争も「想定外」 

 ある人の講演を聴いて知ったが、今から一年前の新聞に、福島第一原発はこれからなお二十年は運転可能であり、健全に維持できると原子力安全・保安院からいわばお墨付きを与えられていたと報じられていた。原発というのは四十年、内部が中性子を浴びつづけると圧力容器がどうしても脆くなって危うくなるものだそうで、そのあたりを厳密に審査して承認したのだろうか。
 
 世界の原子炉は、平均二十二年で廃炉になるそうである。日本でも法律で定期安全評価義務が求められていて、三十年経つと、必ず再評価が法令で義務づけられているのは良いことだが、すでに四十年経っているあの福島第一原発をすべて合格、しかも、これからなお二十年は運転可能と承認していたというのだから、いったい原子力安全・保安院はどんな審査をして、これほどの評価を与えたのだろうか。現に、メルトダウンし圧力容器に穴があいているといわれているではないか。
 
 四十年を超えている原子炉は世界では稀なケースだそうである。言っておくが、電源の置かれた位置や予備発電装置も審査の対象だったはずである。
 
 考えてみると、日本の原子力発電にとっては津波の大きさだけではなく、すべての事故が「想定外」だったのである。事故は起こらないという大前提でことは進められていたに相違ない。そして、そのことは日本の根本問題につながっている。この平然たる呑気さは原発だけの話ではないからだ。原発にとって事故は「想定外」であったと同じように、そもそも自衛隊にとって戦争は「想定外」なのではないだろうか。
 
 この国の住人が何となくうそ寒い不安を覚えているのは、日本がこのままで大丈夫なのだろうかという意識に襲われるからである。外から何かがあったら、今度の原発ショック以上のことが起こりはしないかと国民は口にこそ出さぬが、漠然と感じているのである。
 
 原発にとって、事故は「想定」してはならないものでさえあった。さもなければ、官僚機構のど真ん中にある原子力安全・保安院のこれほどの間抜けぶりは考えられない。最悪を「想定」するところから物事をはじめる、という考えがまったく育っていない。企業人だけでなく、官僚も、学者も、政治家も、文明の永遠の存続を前提とし、その裂け目から、文明が破壊された廃墟をあらゆる想像力を駆使して覗き見るということをしていない。同じように、自衛隊にとって戦争は──本当はそれが目的で存立している組織であるのに──「想定」してはならないものとして観念されているのではないだろうか。

原発建設より憲法改正を 

 アメリカやフランスは核保有国である。アメリカや中国やロシアは国土が広い。フランスや北欧は地震がない。しかも、原発を引き入れるこれらの国々では戦争は「想定外」ではない。フランスはつい最近も、リビアを空爆した。日本では、拉致被害者を武力で取り戻すことができないことを当たり前のことのように受け入れてしまっている。こういう国では、ロボット技術がいくら発達しても軍事用のロボットをつくる意識が育たないのだ。そういう国では、原発技術をいくら高めても、事故はそもそも「想定外」のままなのである。いつまで経っても、事故に対する備えの意識は本格化しないだろう。
 
 原発事故は戦争の現場と同じである。憲法九条をいつまでも抱えこんでいるこの国が、原発に先に手を着けたのが間違いである。アメリカは完全装備の核部隊を持っている。日本の自衛隊にそういう部隊はあるのだろうか。福島の現場がいよいよ軽装備の普通の作業員の手に負えなくなったら、どういうことになるのだろうか。今回の件は、戦争を忘れていた日本に襲来した戦争にほかならない。
 私は、日本の原発は作るべきではなかったと言っているのではなく、憲法を改正するのが先で、順序を間違えていなかったかと言っているのである。

つづく

「脱原発こそ国家永続の道」について(二)

 月刊言論誌の月が替わった。私は立てつづけに脱原発論を二本書いた。

 「平和主義ではない脱原発」『WiLL』8月号(6月26日発売)
 「さらば原発――原子力の『平和利用』の誤り」『正論』原発テーマの臨時増刊号(7月5日発売)

 今回は題名を次のようにもっとはっきりさせた方がよかったかもしれない。はっきりさせるなら「日本の核武装を妨げている原発」となる。そういう論旨で書いている。

 私は徹底して事実に即して語っている。空想は語っていない。日本の核武装、少くとも日本の国防の合理的強化を妨げているのは原発の存在である。このことを論証している。

 言論界は左も右も、すなわち平和主義的脱原発論も、国家主義的原発擁護論も、みな現実に即してではなく、情緒でものを言っている。日本の原発の置かれてきた国際情勢を見ていない。

 この期に及んで平和主義や国家主義に心がとらわれているようではダメであると私は言いたい。

 当「日録」では先月同様に、これから『WiLL』の7月号論文「脱原発こそ国家永続の道」を分載する。まだ読んでいない方もいるかもしれないし、すでに読んだ方はもう一度読んでいたゞきたい。

 ただし、コメントはすでに今売り出されている8月号の『WiLL』「平和主義ではない脱原発」を踏まえて、むしろこの方に力点を置いて書いていたゞけるとありがたい。これは当然議論を喚起している論文だからである。