『膨張するドイツの衝撃』(ビジネス社)書評

 宮崎正弘の国際ニュース・早読み 8月14日より

西尾幹二・川口マーン惠美共著『膨張するドイツの衝撃』(ビジネス社)
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                        評 玉川博己

 先にフランスの人口学者であるエマニュエル・トッドが書いた『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる~日本人への警告』(文春新書)がセンセーションを巻き起こし、ベストセラーになっている。
エマニュエル・トッドは今のEUの実態がドイツによる欧州支配であり、それは今やウクライナからバルカン、中東にいたるまで版図(ヒトラーの用語を用いればレーベンスラウム=生存圏)を広げつつある事実を指摘し、これが21世紀における新ドイツ帝国に他ならないとさえ言いきっている。

この程ドイツ文学の泰斗であり、思想家・歴史家である西尾幹二氏とドイツで生活しながら多くの著作を通じて現在のドイツ情勢を生き生きと読者に伝えている川口マーン惠美氏が対談の形でドイツを論じるのが本書である。
そして本書の本当の主題は「日本は『ドイツ帝国』と中国で対決する」と副題でうたっているように、中国というキーワードをからめて日本の今後あるべき政治、外交、経済などを熱く論じる「憂国の書」であることに尽きよう。
 まず両氏はいわゆる歴史認識問題において中韓両国が「戦争責任を謝罪し、歴史を清算した」ドイツとそうでない日本を対比させて日本を非難し、また少なからざる日本の左翼マスコミや反日知識人がこれに同調する状況を厳しく批判する。
両氏によればいわゆるワイツゼッカー演説に代表される戦後ドイツが行ってきた謝罪とは、ナチスが行ったホロコーストに対する謝罪とホロコーストの犠牲者への補償であり、それ以外の戦争と戦争責任については一切謝罪も補償も行っていないことに言及する。言い換えればポーランド侵攻に始まり,独ソ戦を含む第二次欧州大戦は、あくまで国家主権の発動たる通常の戦争であり、これに対してドイツは一切謝罪も行ってこなかったし、戦争責任も認めていないのである。
この事実が案外日本では知られていないのである。
 同じ敗戦国である日本についていうと、西尾氏は大東亜戦争が欧米の植民地支配からアジアを解放する戦いであったことを中韓を除くアジア諸国が認めていることを指摘する。
 またドイツとの比較において西尾氏は(1)日本にとっての中国は、ドイツにとってのロシアであり、(2)日本にとっての韓国は、ドイツにとってのポーランド、あるいはチェコであり、(3)ドイツにとってのフランスを筆頭とする近隣諸国は、日本にとってはアメリカである、とのアナロジーを説明するくだりは大変興味深く、説得力がある。

これにひきかえ、戦後の日本は昭和40年に締結された日韓基本条約において莫大な賠償金を韓国に支払う誠意を見せて、補償問題を完全かつ最終的に解決した筈であったが、その後も韓国は約束を反故にして、日本の謝罪を受け入れないばかりか、どんどん要求をせり上げてきており,強請りたかり同然であると、西尾氏は現在の韓国を手厳しく批判するのは当然であろう。
 かつてのドイツの仇敵であったフランスとロシアがドイツに対してとってきた「大人の関係」は、現在の中国と韓国には望むべくもない。
中韓両国の反日姿勢の根底にはひとり近代化に成功し、中華秩序を破壊した日本への怨念があるという指摘も納得がゆく。またイスラムと中韓に共通するのはそれぞれ「分家」である欧州と日本に追い抜かれた「本家」の怨みであるという解釈も首肯できよう。このように西尾氏と川口氏の議論は世界史的な文明論まで視野に入れて展開される。
 
冒頭に紹介したエマニュエル・トッドの「新ドイツ帝国論」に対して、川口氏は、「いまのドイツにはEUの頸木があるので、どちらかというと神聖ローマ帝国の復活だと思っている。新しいドイツ皇帝の座が、かつてのように張子の虎で終わるか、あるいは実行力を伴ったものになるかは、これからの歴史の流れ次第だ」と慎重な意見を述べ、また西尾氏はギリシア問題に示される南北問題を例にあげつつ「現代の『ドイツ帝国』はまだ成立していない」
しかし条件付きながら「けれどEUが南北格差の矛盾を克服し、統合を強力に押し進めていくには、たぶん『ドイツ帝国』の方向しかないだろう」との見方も示す。

そのほか、本書において両氏はドイツの教育問題、難民・移民問題で苦悩する欧州や原発問題など広範なテーマを論じているが、紙幅の都合でこれ以上紹介できないのは残念である。
ドイツ問題を中心に極めてグローバルなテーマを取り上げた本書であるが、結局、本書の目指すところはわが日本がこれから如何にあるべきかをドイツや中国を鏡に論じた憂国論である、というのが評者の感想である。

『西尾幹二全集 第十一巻自由の悲劇』(その一)

宮崎正弘氏のメルマガより

共産主義は大間違いの思想という根源を問う
  なぜ西側に共産主義残党が生き残り、マスコミは彼らを支持するのか?

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 かねてから不思議でならないのは、冷戦で西側が勝利したはずなのに、なぜ共産主義の残滓である中国が大国として躍進し、ソ連崩壊後のロシアが帝国主義の道を歩み、国際政治で巨きな発言力を維持しているのかということである。

 冷戦に勝利した筈の自由陣営に、なぜいまも共産主義を礼賛し、日本を貶めることに熱狂する左翼が残ることが出来たのだろうか不思議でならない。自由、民主の側の怠慢なのだろうか。

 いや、「自由」とはいったい何かの根源の哲学を問われているのではないのか。

 本巻で西尾幹二氏は、縦横無尽にこの難題に挑み、多角的に論じている。過去の作品のなかから「自由の悲劇」「労働鎖国のすすめ」「日本の不安」「日本の孤独」「たちすくむ日本」の五冊を基軸に編集されたもので、重厚な思想の書でもある。

 まず「ソ連型共産主義はまちがっていた」とする左翼人も、「マルクス主義は間違っていない」として、「これからの社会主義運動はマルクスの原典に立脚すべき」と言い出しかねない手合いがまだ日本にはごまんといて社会を攪乱している。

 西尾氏はこう書き出される。

 「日本では左翼と呼ばれる言論人も左翼政党も、ソ連型共産主義は否定してきた。しかし悪いのはスターリンであって、共産主義思想ではないと言い張っていた。歴史は失敗したが思想は失敗していない。じつはそういう言い遁れは二十年も前から準備されていた。『新左翼』と呼ばれた運動がそれである」。

 かれらは環境問題、南北格差、そして人権問題に潜入し、いまは沖縄や反原発にぞろぞろと蝟集し、時代遅れの主張をがなり立てて、それなりの付和雷同組を集めているし、左翼マスコミがまだ支援しているから始末に負えない。テレビ討論には聞くに堪えない言説をはくブンカジンがまだ大手を振って出演している。

 近未来に関して、西尾氏はかく予測されていた。
 

「共産主義体制の崩壊の後に、次第にはっきりと浮かび上がってくると予想される世界は、近代ヨーロッパの価値観が到るところで普遍と見なされる平板な世界ではなく、宗教、言語、人種、歴史の異質性が相互に主張され、相克しあう世界であろう。人類はイデオロギーの対立を克服し得ても、人種問題や宗教的信条から血を血で洗う葛藤を永遠に克服することはできないかもしれない」

「世界の新しい対立の構図はこのあたりから形成される可能性もある」

とした冷戦終結直後の氏の予想は、じつに正確に当たっている。

 ISILのテロ、旧ユーゴスラビアの地を血で洗う内戦、いまシリアでイエーメンで、そこら中で宗教対立、人種対立の紛争がつづいている。

 そして中国の近未来に関して次のように言われる。

 「暴力によって獲得した権力は、暴力によってしか維持できない。流血の惨劇に出会った人には気の毒だが、(天安門)事件はまことに単純きわまりない性格をもつ。中国もまた暴力革命を建国の起点にもつ国だ。中国がいまのソ連と同じように、中心の権力を死守するために、周辺の防衛戦を後退させる必要に迫られたとしたなら、やはり、周辺の国々の思惑など気にせず、好き勝手に行動するだろうから、東欧と同じような混乱と流血が起こるだろう。また逆にソ連が自分の経済や政治のシステムをなんとか能率的に切り替えようと努力しても、変えようのない宿痾を抱えているため、ある限界を超え、内乱状態が生じ」

るだろう、と不気味な中国とロシアの近未来を予測する。

 本巻では西尾氏が「共産主義の敗北をみとめず欺瞞的議論」を撒き散らす左翼の論客を次々と痛烈に批判している。
俎上にのせられたのは加藤周一、大江健三郎、小田実をはじめ、一見保守とみられる堺屋太一、大前研一、舛添要一らを切り、猪口邦子は「単純なおばかさん」、石川好は「無頼派を意気がっているひとに過ぎない」と一刀両断、大沼保昭、木村尚三郎、高畠通敏には「気味の悪さ」を感じたと言われる。さらに立花隆、加藤典洋、内田樹、加藤陽子、中島岳志、保阪正康、香山リカらは「加藤周一らの後続部隊」とみる。

 それにしても批判するからには、こういうオバかさんたちの著作を読まなければならないだろうが、西尾氏はじつに丹念に左翼陣営の著作を読み込んだ上で批判しているのである。根気強い人である。

 評者など、二、三ページ読んで当該書物を投げだした人たちで、丸山真男は『正真正銘の馬鹿』であり、読んでみて左まきのアホと判断してあとは立花も内田も保阪も、まるで読まない。ほかの人は中嶋岳志をのぞいて、名前も知らないし、読む時間が無駄と思われるような「論客」には付き合っている時間がもったいないと考えているから西尾氏の苦労は並大抵ではないだろうと推察するのである。

 いずれにしても、本書の基幹は共産主義が大間違いの思想という哲学的根源を問うものであり、冷戦に勝利したはずなのに、なぜ西側に共産主義残党が生き残り、マスコミは彼らを支持するのか? 

 この謎に思想的に重層的に挑戦した巻となっていて、ぎっしりと読み応えがある。
   

書評:昭和天皇 七つの謎 

書評:昭和天皇 七つの謎 加藤康男著(ワック・1600円+税)

評論家 西尾幹二

きわどい皇室の歴史に肉薄

 皇室の中心部、すなわち天皇の側近に国民の常識とかけ離れた異質な集団が入りこんだら恐ろしいことが起こる。ことに非常時においては国家の運命を左右しかねない。私はそういう不安をずっと抱いているが、本書の「七つの謎」のうち最重要の第3章「天皇周辺の赤いユダ」、第7章「皇居から聞こえる賛美歌」は戦中戦後に皇室を現実に襲った事件を論じ、日本民族を本当に危うくしたきわどい歴史に肉薄している。

 近衛内閣は支那事変の不拡大方針を表明していたがどうしても実行できなかった。軍の中枢に共産主義者がいて、計画的に支那事変を拡大し、日米戦争までもっていって日本を破壊し、敗戦後の共産革命を一挙に果たすと計画していたらどうなるか。関東軍司令官の梅津美治郎にその疑いがあった。近衛文麿の身辺にマルクス主義者を配置したのは彼である。近衛はゾルゲ・尾崎グループの謀略に乗せられたことに時を経て気づき、不明を恥じるが、終戦の決断を急ぐように陛下に上奏(じょうそう)した際、和紙8枚を陛下側近の木戸幸一に渡した。その日のうちに梅津の手に渡り、2ヶ月後に吉田茂以下の和平工作派が逮捕された。

 木戸幸一は「赤いユダ」の中心人物だった。ソ連との和平交渉役に木戸は身内の都留重人を立てた。都留はハーバート・ノーマンらと組んで戦後日本の共産化を企てた学者だ。「天皇の知らないところで木戸は共産主義者と手を結び、近衛を陥れた」

 皇室が危うくなったもう一つのドラマは戦後のキリスト教への改宗の危機である。宮内庁長官、幹部、侍従職、女官まで含め、皇室とその主だった周辺はクリスチャンだった。天皇はもとより皇居や各宮家も聖書研究会を催し、キリスト教に感化された。「マッカーサーの戦略」は着々と進んでいた。

 共産主義とキリスト教は根が一つで、民俗信仰の独自性を大切にする皇室の伝統とは相いれない。著者は通説を疑い、批判し、そこから先は言えないぎりぎりまで推理し、誰も書かなかった歴史の闇を切り拓(ひら)くことに成功した。

産経新聞6月7日 読書 この本と出会った より

 この書評はわずか800字という制約があったので、同書の主張の中の最も重要なポイントの一つを私は取り上げることができなかった。それはさきごろ刊行された『昭和天皇実録』への加藤氏の疑問である。

 加藤氏は『実録』をよく調べておられる。昭和天皇の事績の中で、当然記されるべきことが『実録』には記されてなかったり、詳しく書かれるべきことが略記されたりしている例を多数発見している。実録と称して実録ではないのではないか。人を欺く一面がありはしないか。

 あまりにも早く編纂刊行された『実録』にはある種の政治的動機が潜んでいはしないか。私は氏の疑問を正当な批判であると感じた。

 上記書評では言及できなかったので、読者の皆さんは同署の、とくに最終章に注目して読んでいただきたい。大変に重要な氏の洞察であると私は思う。

三浦淳氏の書評

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 新潟大学教授三浦淳氏がご自身のブログで私の全集9巻『文学評論』について論評して下さった。三浦さんは秀れたドイツ文学者で翻訳家でもある。最近は『フルトヴェングラーとトーマス・マン――ナチズムと芸術家』(アルテスパブリッシング刊¥2500)を刊行された。

 氏は大変な読書家で『隗より始めよ・三浦淳のブログ』を開いてみて欲しい。書評と映画評のオンパレードである。私はその中からたびたび良書を選び出している。みなさんもこうしたエピキュリアン、本と映画と芸術に通じたエキスパートの文章から学ぶ処多いはずで、私も自らの不勉強を恥じ、これを見て新知識を補っている。このような博識の方に論評していただけたことはありがたい。

西尾幹二氏の全集が現在国書刊行会から刊行されている。

 氏は、現在でこそ保守系雑誌にたびたび登場し政治的な時事問題を扱う論客として、そして少し前には「新しい歴史教科書をつくる会」を主導し戦後長らくマルクス主義の呪縛に囚われてきた日本の歴史学界の実態を告発した人物として知られているが、もともとは東大の独文を出て、ニーチェに関する論文で日本独文学会の外郭団体が若手研究者の優れた仕事に与える賞を受賞し、その直後にドイツに留学するところからドイツ文学者としての経歴をスタートさせている。つまり、文学こそが氏の当初の仕事だったのである。

 本書は、その西尾氏の文学評論を集成した巻である。

 2段組800ページに及ぶ浩瀚な書物には、扱う対象ということで言えば実に多様な文章が収められている。

 全体は10部に分けられ、初期批評、日本文学管見、現代文明と文学、現代の小説、文学研究の自立は可能か、作家論、掌篇、1988年文壇主要作品論評、文芸時評、書評となっており、さらに追補として桶谷秀昭氏、および江藤淳氏との対談が収められている。

 分量も多ければ扱う対象もきわめて広い――日本文学だけでも『平家物語』から現代文学にまでおよぶ――本書の全容を紹介することは私の手に余る仕事である。したがって私の目についたいくつかの論考を紹介することで書評の体裁をかろうじて整えることをお赦しいただきたい。

 本書を読んで目につくのは、西尾氏が原理論への傾きを持っているということであろう。もとより時評の類であってもそこには書く人間の基本的なものの考え方が含まれており、時流に迎合もしくは反抗して書かれた文章であれ時代相というものではくくれない部分があること自体は当然なのであるが、氏の場合はどんな対象を扱っても、そこに強固なまでの原理論への志向が見られるのであって、氏の文章を読む楽しみとはそういう部分にあるのではないだろうか。

 例えば冒頭に収められている「批評の二重性」という、1972年の『新潮』に掲載された文章である。平明に書くのはよいことなのかという問題提起から始まり、それが平明に書くと嘘になる場合があるのではという問題提起に変形され、一例として、否定することと肯定することとは一つのことではないかという問いが投げかけられる。サミュエル・ベケットに魅かれながら、そこに引き込まれてしまったら自分自身がなくなるという危機感から来る抵抗も同時にあるとすると、魅力と抵抗を一つの文章で同時に表現するにはどうすればいいか、という問題だと氏は説明する。一人の作家の長所と弱点は別々にあるのではなく、一体なのであって、そこから氏は批評するべき対象への愛憎というものに論を進めている。

 文字どおり卑近な感想だが、愛憎というと私などはすぐ男女関係を思い浮かべてしまう。或る異性への愛憎は表裏一体であり、愛があれば必ず憎しみも抱くのが天上ならぬ地上の恋愛であり、愛の反対語は憎悪ではなく無関心であるという男女関係の原理は文芸批評にも通じるところがあるのだと改めて認識させられた。

 少し問題が違うように見えて、実は通底しているものがあると感じさせるのが、作家論の中に入れられた「手塚富雄」である。手塚富雄は独文学者にして名訳者として名高いが、西尾氏の学生時代の師でもあった。しかしこの文章では客観性を保つためであろう、敢えて師を「手塚富雄氏」と呼んでいる。
 ここで展開されているのは翻訳論であり、西尾氏が(独文科の学生ではなく)一般市民相手にニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の学習会を開いたとき、邦訳を数種類用意したものの、結局は手塚富雄訳がその分かりやすさ故に残ったというのである。
 しかし分かりやすければいいという単純な結論を、むろん西尾氏は導き出してはいない。手塚富雄にしても、必要なときには漢語を用いている。分かりやすいことは翻訳の大前提ではあるが、文章の格調や、西洋哲学に必然的に伴う形而上学とのつながりなど、配慮すべき点は多い。いかに名訳者といえども、所詮は体系の異なる(そして背景にある文化も異なる)日本語にドイツ語を完璧に置き換えることはできない。西尾氏は手塚訳が過去の訳業に比していかに優れているかを正確に把握しながらも、同時にその(やむを得ない)限界に触れることも忘れない。
 これは、究極的に言えば、言葉というものに含まれた、場合によっては矛盾する諸要素を、いかにひとつの単語やひとつの文章で表現するかという問題であるが故に、前述の問題とつながっていると私には思われるのである。
 西尾氏自身も翻訳の仕事に手を染めている。私も、西尾氏の仕事で最初に接したのは氏の手になる翻訳で、中公の「世界の名著」に収録されているニーチェ『悲劇の誕生』であった。私が大学の学部学生だったのは1970年代前半だが、その頃に読んだのである。ただし学生の身分でカネがなかったので古本屋で購入した本であった。その月報では、西尾氏はドイツ留学中と紹介されている。氏がドイツに留学したのは60年代半ば過ぎだが、その結実として60年代末に『ヨーロッパ像の転換』が上梓される。しかし万事に奥手な私は、80年代初頭にようやく『ヨーロッパ像の転換』を読み、西尾氏の真価を知るに至ったのだった。

 話を元に戻そう。

原理論ということでいうと、その次に収められた「現代小説の問題(付・二葉亭四迷論)―― 大江健三郎と古井由吉」も面白い。1971年9月に『新潮』に発表された文章である。

 この文章に私が興味を持ったのは、発表年の1971年がちょうど私が大学に入学した年で、つまり若い時分の同時代文学を扱っているからでもある。大江健三郎は戦後長らく若手純文学の旗手的な存在で、私の高校生時代も同じ文学趣味の仲間には大江ファンが何人かいた。私自身はというと、大江の作品はいくつか読んだものの、どうも好きになれなかった。古井由吉が『杳子』で芥川賞を受賞したのがこの1971年で(大江の芥川賞受賞は1958年)、当時古井は大江の次の世代の純文学を担う存在になるのでは、と言われていた。だから大江と古井を対照的な志向性を持つ作家として捉える向きも多かったと記憶する。

 しかし西尾氏はここではそのような見方をとっていない。最近の小説は長くなっているがという石川達三の苦言に始まって、小説における描写の問題に話を進めている。言葉を主観の側に引きつけて修辞に過剰に頼り、事物から離れていく文学、そして言葉を事物に近づけようとして修辞を拒み微細な分析を続け、自我を解体してしまう文学の二つの方向性が当時の現代文学には目立つと述べ、前者に大江健三郎を、後者に古井由吉を代表させている。

 ただし、必ずしも両者を対蹠的な文学者として扱っているわけではない。氏が書いている詳しい分析はここでは省かざるを得ないが、過剰な修辞や詳細な描写が、読者にでは作家が期待したような効果をあげることができるかという、これまた原理論的な問題に触れて、大江と古井のいずれの作品もかつて小説が読者に期待したようないわば素朴な効果からは遠ざかっているのであり、そこに現代文学のかかえる大きな問題があるのでは、と述べている。そして後半、氏は二葉亭四迷の『浮雲』に言及する。その文体は、今からすれば過去の文語体の影響が濃厚に残存し、また文体のリズムには歌に通じる部分があって、『浮雲』は過去と現在の狭間にあったことによってその独特の魅力と存在感が生じたのではないか、と氏は指摘する。

 小説には、大江や古井の作品に限らず、作品の文章が読者に対して、作者が想定したような効果をあげ得るか、作者が思い描いていたイメージを喚起し得るのかという問題がつきまとう。西尾氏自身述べているように、読者が小説を読むとき、読者は自分の年齢や経験や環境に否応なく制約されながら読むしかないのであって、理想的な読者などというものは現実世界には存在しないのである。そうした制約を乗り越えようとすればするほど、逆に作品は作者の意図からはずれていくのかも知れない。まさにそれこそが、小説というジャンルにつきまとう原理的な矛盾なのである。氏の文章はそうした事情を鋭く捉えている。

 大江と古井という、当時よく読まれた作家を取り上げながら、情勢論ではなく原理論に行き着くところに、西尾氏の真骨頂があるのだと思う。

 そうした氏の姿勢は、作家論の中の「江藤淳 Ⅱ」にもはっきりと表れている。

 江藤淳の『一族再会』を論じながら、氏は次のような言葉を差し挟まずにはいられない。

 「著者〔江藤淳〕は近代日本人がどのような理想を描いて、またどのような目的意識を抱いて生きたかを探りたくて、この本を書いたのではない。理想や目的が何であったかは誰にも分らなかった。分らないけれども、日本人はともかく生きたし、今も生きつづけている。その事実にまず著者は強く博(う)たれ、そこを起点に本書を書いているのである。」

 「未来が分って生きる人間はいない。一寸先が闇だからこそ、人間は生きる勇気を得られるのである。著者はそのようにして歴史を描いている。結果が分ってしまった今日の時点から、過去を整理し、解釈する合理的手つきは著者には無縁だ。」

 こうした、いわばアフォリズム的な物言いは、江藤淳論に限らず、西尾氏の論考を或る程度読んだ人間なら必ず出会うものである。しかし、それを金太郎飴的なものと切り捨てるのは当を得ていない。氏はあくまで『一族再会』で江藤淳が過去に向ける眼差しを真摯に見つめているのであって、その結果として以上のような表現が否応なく出てこざるを得ないのである。まさに、自分の型に合わせて相手を切り取るのではなく、あくまで相手を尊重しつつ、しかし歴史への眼差しの根底において自己と共通の部分を見いだしたことの表現として、アフォリズム的な言い方が出てくるのだと考えるべきなのだ。

 なお、巻末に収められた江藤淳との対談も興味深い内容であることを付け加えておく。

 すでにかなり長くなってしまった。

 原理的な論考だけがこの巻に収められているわけではない。大学で同窓だった柏原兵三や、一度だけ会う機会のあった三島由紀夫の思い出を綴った文章は、西尾氏の目を通した人物素描を見るような趣きがあり、素朴な意味で面白い。

 本書は、そのように多様な楽しみに満ちあふれている。文学に興味のある方にはもとより、時事評論家や文明史家としての西尾ファンである方にも十分お薦めできる書物であろう。

宮崎正弘氏による全集第9巻 書評

 まだ日本文学が元気だった頃、西尾さんは時評にも精を出されて いた

   石原慎太郎、開高健を評価し、丸谷才一、山崎正和らを斬る

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西尾幹二『西尾幹二全集 第九巻 文学評論』(国書刊行会)

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 昨師走、忘年会の席だった記憶があるが、西尾さんと飲み始めて最初は保守論壇の活況ぶりが話題だったのに、急に文学論に移行した。そして意外に も石原慎太郎の文学を高く評価したのである。たしか富岡幸一郎氏もとなりにいたが、そのとなりの人とお喋りに夢中だったので、この議論は聞いてい なかった かも知れない。

 西尾さんは政治家としての石原氏を評価されず、首相になりそこなっての都知事は「遅すぎてぶざま」と辛辣で、その原因は「持ち前の用心深さとい よいよとなると自分を捨てない非行動が災いした」。しかし石原慎太郎の小説は、「日本文学の中で誰もかけなかったテーマ」(本全集、795p)、 つまり肉体と暴力を執拗に追求していると、文学のほうは、やけに高い評価をするのである。

 西尾さんが文芸時評を過去におやりだったことは知っていたが、その活躍のさまを筆者は殆ど知らないで過ごした。その殆ど全てがこの集に入っているので、西尾さんの文藝評論家としての軌跡をふりかえることが出来る。1970年代の日本文学と言えば、三島由紀夫事件があり、驚天動地の衝撃を受けた私はその後の人生、三島研究会の結成やら憂国忌、数百回となる公 開講座の手配などが基軸で、ほかに余裕がなくなった。私は小説をまったく読まなくなり、いまこの全集に収められた作家群の、名前こそ知っている が、柏原兵三、阿部昭、辻井喬の三人以外は読んだことがない。高井有一、加賀乙彦、小川国夫、田久保英夫、黒井千次、綱渕謙錠の各氏、名前を知っているだけ である。

 辛辣に丸谷才一と山崎正和を斬っている。江藤淳も批判している。「便利すぎる歴史観」だとして司馬遼太郎と小田実を一刀両断、ついでに平野謙批判 にも容赦がなく、これらは私もまったく評価しない人たちだからそうだそうだと膝を叩きながら読んだ。

 わたしの文学青年時代、文芸評論といえば、まず『文壇の崩壊』を書いた十返肇、大江や倉橋由美子を発掘したと騒いだ平野謙の傲慢なようで文壇的 な批評の凹凸、地道な仕事をこなしていたのは山室静、中村光夫、奥野健男、『批評』に拠った佐伯彰一、村松剛、「朝日新聞」の文芸時評は、なんと 林房雄が書いていた。小林秀雄は時評には手を染めず、孤高としていた。福田恒存は政治論議に傾斜していた。

 そしてハッキリと佐伯、村松らは文芸批評をやめて政治、文化批評、あるいは戦略論へと居場所を変えていた。

 それは文学がじつにつまらなくなってしまったからで、万葉集の伝統も源氏物語のロマンも失われ、それこそ「芭蕉も西鶴もいない昭和元禄」〔『文化防衛論』〕「源氏物語で真昼を体験した日本文学はこれから夕方に向かう」(『日本文学小史』)。そしてその三島自身が文壇から不在となって、私も現代文学には背を向けていた。

 この時代に西尾さんはこつこつと時評をかかれ、文芸誌に発表された小説をすべて読まれ、多くの逸材の秀作をみつける仕事に没頭されていたとは、 知らなかった。

 ▼日本文学はかくも衰退した

 文学青年時代の私はと言えば、吉川英治、司馬遼太郎、松本清張など通俗作家から、大江健三郎、石原慎太郎、菊村到も野坂昭如も五木寛之も皆読ん だ。新潮社の日本文学全集にはいっていた作家の大半(漱石、鴎外、藤村、荷風、谷崎、川端から幸田露伴、正宗白鳥まで)ともかく濫読した。

 なぜあれほど夥しい量の本を読んだのか、憑かれたように濫読し、サルトルもカミュも読んだが、サルトルの印象は薄く(『自由への道』はやたら長いのに)、米国ではヘミングウェイ、フォークナー、スタインベックの御三家が全盛の頃だった。ヘミングウェイはほぼ全部読んで、夢中になった。ところが期待して入学した英文科で龍口直太朗教授は『ティフェニーで朝食を』『冷血』を書いた変人作家、トルーマン・カポーティだけを論じたのでうんざりしてしまった。

 くわしく書く紙幅もないが、三島以後の日本文学でかすかに残るのは遠藤周作、日野啓三、阿部昭ていど。したがって70年代から80年代にかけて出てきた日本人作家に関して言えば、村上春樹も平野啓一郎も一作とて読んだことがなく、その意欲もなく、強いて一冊をあげるとすれば開高健の『夏の闇』と『輝ける闇』なのである。そして西尾さんは、やっぱりこの作品を高く評価しているのでナルホド、感性の鋭さが光るのである。しかも『輝ける闇』よ り『夏の闇』のほうが優れているという。開高健についてはなにからなにまで同感である。

 ▼収穫は開高健の『夏の闇』と『輝ける闇』

 両作品はきわめてニーチェ的である。

 

「私たちが今どれだけ並外れて異様な時代に生きているか。(中略)遠いところで起こっている(戦争や民族対立、殺戮などの)出来事の情報を次か ら次へと殆ど無差別に受け入れなければならなくなっている」(中略)。

 しかし、戦争など

 

「悲惨な出来事を伝える生々しい写真や報道記事をいっぱいつめた朝刊の横に、コーヒーとトーストを置いてあくびをしながらこの朝刊を読む」という安逸な日常生活に浸り、戦争は「所詮『紙の中』(いまならテレビ画 像のなか)に」

しかなく、

 「頭脳だけは刺激的な外的経験に関する豊富な知識によって水ぶくれに膨れあがっている。そういう人間が、戦争というものの中の人間の静かな呼吸、異常な中の日常を察知するなどということがどんなに困難になっているか」

 そこで開高健の『夏の闇』を読む西尾さんは次のように作品を解剖をする。

 「そういう現代人の抽象的な生活と意識の分裂を描くところに主題をもとめた」のが『夏の闇』であり、「日常の安定と戦場の熾烈さのどちらも現実であって、同時にどちらも幻覚であるという私たち現代人の置かれた生の二重構造と、自分の認識力の不確かさに眼が注がれている」

 

「何か酔えるものを男は探し続け、旅をし、戦に赴き、そこで見たものは傍観者としての自分の姿であり、戦争という熾烈な生の確かめの場もしだいに耐え難く、自分の内部から脆くも崩れ去っていく音を聞く外はない」

 殺伐とした日常生活の精神の希薄さに漂うニヒリズム。『夏の闇』は、開高健の最高傑作だと前から私は思っていたが、西尾さんは、この時評をはるか昔、1972年の『文学界』に書かれていた。そのことを、この全集第九巻で初めて知った。   

   (評 宮崎正弘)

福井雄三氏からの全集第9巻『文学評論』感想

ゲストエッセイ
福井雄三 歴史学者・東京国際大学教授

西尾幹二先生

 ご無沙汰いたしております。西尾幹二全集第9巻『文学評論』、第14巻『人生論集』、夏休みに時間をかけてじっくり熟読いたしました。
 
 先生の芥川龍之介に対する評価については、私もまったく同感です。私はなぜ芥川があそこまで巨匠ともてはやされ天才扱いされるのか、さっぱり理解できな
いのです。芥川はその古今東西に及ぶ希有の教養を土台にした創作活動を行いました。その批判精神に満ちた鋭い知性は、評論やエッセイ、あるいは短編小説の分野で多少見るべきものを生んだが、所詮は単なる教養人、物知りの域を出ることはなく、彼独自の思想・世界観を形成するまでにはいたっていません。私は芥川の作品に対して、清朝時代の訓詁学者のような枝葉末節の緻密さは認めるが、いわゆる芸術作品としての感動というものを感じません。世間で評価されているほどには、彼の作品に対して知性のきらめき、知的興奮というものを、さほど感じないのです。

 芥川は自尊心がきわめて強く、知的虚栄心も強く、マスコミの自分に対する評価を異常なまでに気にしていました。彼が自分の死後の名声にまで汲々としていたことは、遺稿集の中からも明白に見てとれます。先生の指摘されるごとく、彼は自殺したから死後も名前が残ったのです。彼のライバルだった菊池寛は、後年の大衆小説とその私生活のゆえに、ややもすれば通俗作家扱いされますが、そんなことはない。若き日の彼の作品は実に鋭い切れ味と冴えを示しております。私は芥川より菊池寛のほうが、はるかに作家としての天賦の資質を持っているように思います。

 先生は菊池寛の初期の戯曲『義民甚兵衛』をご存じですか。私は中学一年のときこれを読んで異常な衝撃に襲われました。人間のどろどろしたエゴイズムと醜
い姿を、ここまで赤裸々にえぐり出した菊池の才筆に圧倒されたのです。当時東大生で卓抜した秀才だった私の兄が「なに、これは村人たちのエゴイズムさ。最も醜悪なのは村人たちさ」と一刀両断してのけた口調が、いまも鮮明な記憶として残っています。私はこの戯曲にあまりにも衝撃を受けたので、高校の文化祭のクラスの出し物で、この演劇をやろうと提案したのですが通りませんでした。

 彼らの師匠であった夏目漱石についても私は疑問を抱いております。そもそも漱石の文学自体が、非常に通俗で低俗な要素に満ちているというのは、以前から
指摘されていたことです。ドストエフスキーの作品が実は意外にも駄作だらけであるのと同様に、漱石の通俗性についても、かつて昭和初期の新進気鋭の論客た
ちが喝破したことがあります。漱石が朝日新聞の連載小説の人気専属作家であり、締め切りに追われながら原稿を書きまくったこともあいまって、彼の作風が著し
く大衆的であり、一歩間違えば三文小説に転落しかねない、ぎりぎりのきわどい要素をはらんでいることは確かに事実です。この点、彼のライバルであった森鴎外の作風とは、明らかに一線を画す必要がありましょう。

 『こころ』の文学作品としてのできばえについても評価が分かれるところであり、これを駄作とみなす声もあります。Kと先生の二人の自殺が大きなテーマとなっていますが、はっきりいってこの二人が自殺せねばならぬ必然性は、作品の構成上どこにも見当たらない。最後の土壇場で乃木大将の殉死が登場し、先生が号外を片手にして「殉死だ、殉死だ」と叫びながら「明治の精神が天皇に始まり天皇に終わった」などと何やら意味深な言葉をつぶやいて死んでいく。このあたりなどは読者から見れば、はっきり言って三文小説にすらなっていない、ずさんな結末です。

 西尾幹二全集、早いものでもう半ば近くまで刊行されましたね。いつも先生の著書を読みながら、先生の生きてこられた人生を、私自身が追体験しつつ生きているような気持ちになります。私より18歳年長の西尾先生の生き様をたどりながら、私自身の18年後を思い描けるという意味で、これは私の人生の貴重な指針でもあります。それではお元気で、失礼します。

                                    
 平成26年10月7日 福井雄三

『天皇と原爆』の書評

 「毎日のできごとの反省」というブログがある。昨年気がついて、批評眼が秀れているので注目した。辛辣なところもあり、理解に奥行きもあり、バランスがいい。いろいろな人の新刊本の書評を読んだ。ブロガーのお名前をまだ知らない。

 『天皇と原爆』について昨年10月に書評をなさって下さっている。遅ればせだが、ご許可を得ていたので、掲示させていたゞく。

書評・天皇と原爆・西尾幹二・新潮社

2013-10-05 13:53:40 | Weblog

 今まで読んだ西尾氏の本とかなり重複している。同じ傾向の本を選択して読んでいるのだからそうなっても仕方ないだろう。ただ、要約されて総花的になっているような気がするので、頭を整理するにはいいのかも知れない。できるだけ重複しないものをピックアップしてみようと思う。

 サモアの分割、という話がある(P47)。19世紀後半にアメリカとイギリスが、南太平洋のサモアの領土保全を協定する。ところがドイツがサモア王にドイツの主権を認めさせたので、米英独が争った後にベルリンで話し合いサモアの独立を宣言する。ところが内乱が起こると、米英独が対立競争をするのだが、競争から英国が逃げると、米独で分割統治する。この事件は米西戦争、ハワイ併合のわずか二年後である。西尾氏は、これを太平洋における領土拡張の始まりの象徴である。と書く。米西戦争は一気に太平洋を越えてフィリピンまで行ったが、ハワイ、サモアと着々と太平洋の領土を拡大しているのだ。ドイツ領は第一次大戦に負けたため、信託統治領を経て、第二次大戦後独立をしているが、東サモアはいまだにアメリカ領である。この頃のアメリカは英国と同じく典型的な力による帝国主義の膨張国家である。

 豊臣秀吉や江戸幕府のキリシタン弾圧は今では非難を込めて語られる。長崎には日本二十六聖人殉教の地というのがある。しかし西尾氏が書くように西欧のキリスト教宣教師は海外の侵略の手先であったのが事実である。例えば中国では日中の離間を謀るために、宣教師は反日スパイの役割を演じていた(P54)。経費からすれば「アメリカがキリスト教伝道に使った額は全体投資額の四分の一というほどの巨額です。」と言うのだからすさまじい。

 ついでに最近のアフガニスタンへの介入やイラク戦争も、アメリカの西進の一環であると断定する(P55)。多くの保守論客が日米同盟のゆえにこれらの介入を支持し、反対するのは左翼である。しかし西尾氏のこのような観点は、一方で常に考えおかなければならない。知っていて同盟するのはいいが、盲従するのは政治家のすることではない。また、政治家なら日米同盟と言う現実的妥協の理由はあるが、思想家だけの立場なら別である。アメリカの「闇の宗教」(P74)という項はこの本の重要なテーマである。本書では繰り返し、日本と米国はともに神の国であり、それゆえ衝突したのは必然であるということを論じているからである。

 アメリカには、ヨーロッパ以上に強固な宗教的土壌が根強く存在します。ヨーロッパで弾圧された清教徒の一団がメイフラワー号に乗って新天地をめざしたという建国のいきさつからみても、それはあきらかです。・・・非常に宗教的な土壌から、「きれいごと」が生まれてくるのではないというのではないかというのが、私の仮説なのです。アメリカの唱える人権思想や「正義派」ぶりっこは、非理性的である。(P75)

アメリカ人のやることは非常に乱暴であるが、言葉は実に綺麗事に満ちている、というのは多くの体験で分かるはずである。日本国憲法からして、よく読めば論理的には日本は禁治産者だから軍備を持ってはいけない、ということを言っているのだが「諸国民の正義」とか綺麗な言葉が並べられている。それはアメリカ国内でも同様である。西尾氏は言う。占領政策で日本に持ち込まれた、グレース・ケリー主演の「上流社会」という映画は金持ちのアメリカ人の優雅な生活を紹介して、復興しかけの日本人を圧倒した。しかし、同時にインディアンへの無法や黒人へのリンチは公然と行われていた、ということは戦前には日本ではよく知られていたのである(P80)。

 ヨーロッパの魔女裁判は有名であるが、アメリカでも1692年にマサチューセッツ州でも行われている。これは硬直した宗教思想が欧米人にあり、異なった宗教や意見を許さないのである。アメリカの信教の自由と言っても、それは聖書に基づく宗教の範囲に限定されている。これに比べ日本は思想にも宗教にも一般的には寛容である。キリシタン弾圧は、キリスト教宣教師が侵略の尖兵であったためであり、防衛問題であるから宗教弾圧ではない。幕府の教学は朱子学であったが、それに反対意見を述べた荻生徂徠は罪に問われることもなかった。本居宣長は朱子学も幕府が保護していた仏教も排撃したが問題にされなかった。十八世紀のヨーロッパでは、キリスト教の神の絶対性にカントやフィヒテがほんの少し疑義を提出し、人間の立場を主張しただけで、大学の先生を辞めさせられたりするなどされた。(P81)日本には思想の自由がなく、欧米とは違う、というのも戦後吹き込まれた幻想である。

 アメリカが宗教に立脚した国であるということは、大統領が就任の宣誓をするときに、聖書に手を置くことでも分かる。そればかりではない。レーガン大統領は就任演説で「われわれは神のもとなる国家である。これから後も、大統領就任式の日が、祈りの日となることは、適切で良きことであろう」という一句があった。ところが演説を細大漏らさず翻訳した朝日新聞の記事には、この一句だけがすっぽり抜けていた。(P118)西尾氏は意図的だろうと考えながらも、宗教の事は個人的なものであり、枝葉だから省略したとして好意的に解釈している。森首相が『日本は神の国』と発言して問題にされたのは、この演説のよほど後だから、関連はないのだが、朝日新聞は、戦前、神国日本などと言っていたと批判しているのだから、アメリカ大統領が、公然と米国は神の国だと言っているのは都合が悪いから意図的に削除したのである。

 戦時に神国日本を強調した急先鋒は朝日新聞である。朝日新聞のコラムは戦前から「天声人語」である。ところが、昭和17年の1月から、昭和20年の9月まで、何と「神風賦」となっている。戦争が始まった翌月から「神風」と煽り、戦争に負けた翌月、すまして元に戻しているのである。変わり身の早さは見事である。

 森首相を批判したのは、神国という軍国主義を思い出させる、という理由の他に政教分離、という憲法の原則を持ち出している。ところが西尾氏によれば、国により政教分離の意味は欧米でも国によりかなり異なる。(P138)ヨーロッパでは、教会による政治に対する圧力が強過ぎた経験から、宗教権力から国家を守る、法王庁から近代市民社会の自由を守る、という意味である。信仰は個人の内面にとどめ、信仰が異なる人々の間でも政治の話が出来るようにする、という意味である。アメリカでは、建国の経過から聖書に依拠した宗教ならばどの教会派も平等である、という意味である。ところが、唯一日本のように厳格な政教分離を行っているのはフランスであるのだという。それは革命国家だからであり、学校にキリストの絵を飾ってもいけないし、教室で聖書を朗読することも禁止されている。

 西尾氏は日本がフランスのように厳格に政教分離を行っているのが問題である、とするのだが小生に言わせれば、実は日本でも厳格に政教分離が行われている訳ではない。日本でも比叡山など、宗教が政治力を持って騒乱を招いた時代があるから、むしろ宗教が国家に干渉することを防ぐ歴史的必要性はある。ところが、公明党が支持母体の創価学会という宗教団体に操られていることは問題にされてはいない。問題にされているのは、玉串料を自治体が払ったなどということである。つまり政教分離を口実に神道だけが排撃されているのである。家を建てるとき地鎮祭をするように、神道は深層で日本人の生活に密着しているから、神道の行事に自治体が費用を負担するということが起きるのである。日本の左翼は可哀そうに、GHQに国家神道が軍国主義の支柱であり侵略戦争を起こした、などと吹き込まれて、忠犬のように従っているのである。彼等は日本人としての心の根幹を破壊されたのである。

 大統領の宣誓に見られるように、アメリカが政治に及ぼす宗教の影響が大きいのは、アメリカ社会が、ヨーロッパの十九世紀や江戸時代の日本のように、脱宗教の洗礼を受けていないからだ(P140)と言われると納得する。同じイギリス出身でもヨーロッパ人とアメリカ人がかなり異質な理由はこれで納得できる。アメリカの移民が始まってから、ヨーロッパとは歴史的に分離されたのである。アングロサクソン中心で純粋培養されたアメリカ。一方で多数の国民国家が競い合い、それにローマ法王庁が絡み合う、という複雑な歴史が妥協的な社会を作っていったのである。それはアメリカ建国後のことだから、アメリカは取り残されている。それでも、西洋人は一般的に日本人より原理主義的な傾向があることは否めない。

 同様に日本の政教分離は、歴史的には日本は独自の観念を持っているのだという。心や魂の問題は仏教に頼り、国家をどう考えるかという公的な面は天皇の問題になる、というのである。日本は江戸時代から迷信が乏しい国で、西欧の魔女裁判は元禄時代までも行われており、その時代に日本では現世を謳歌していた(P141)。日本人は現実的なのであり、だからこそ、万能の神があらゆるものを創ったなどという夢物語を信じられないのである。

 皇室への恐怖と原爆投下(P187)という項は、本のタイトルのゆえんであろう。アメリカにとって日本は「神の国」に反抗した悪魔だから原爆投下をやってのけた。天皇の名の下に頑強に抵抗した日本に畏怖を感じたのである。その後、意識が変化して原爆投下に対して罪の意識を感じるようになってきた。日本の統治に利用するために、天皇を残したというのは間違いで、天皇を倒すことはできないことがアメリカ人にはわかってきたのである。それで長期的に皇室を弱体化し失くす方法を講じてきた。ひとつの方法は皇室の財産を全部なくし、皇族を減らして皇室を孤立させた。もうひとつは教育である。今上天皇陛下の皇太子当時にクエーカー教徒の家庭教師をつけ、今の皇太子殿下にはイギリスに留学させた。(P191)頭脳を西洋人に改造しよう、というのである。

 さらに、皇太子妃殿下はカトリック系の学校出身で、現地体験から欧米趣味をもっておられ、洋風ではない皇室の生活がストレスになっている、というのだが、妃殿下との結婚までアメリカの陰謀だというのは出来過ぎた話のように思われる。ただ、西尾氏は雅子妃殿下について厳しい論調で批判している論文を世に出している。大日本史や、新井白石、福田恆存、会田雄次、三島由紀夫などの例をひいているが、元々民とて皇室は批判すべきことはきちんと批判すべきという考え方の持ち主(P231)なのである。

いずれにしてもイギリスが建国の英雄の娘であるアウンサン・スー・チーを長く英国で暮らさせて英国人と結婚させ、ソフトの力でミャンマーを支配しようとしているのと同類の高等戦術を使っている。(P190)西尾氏はそれでも日本は必要に迫られれば「神の国」が激しくよみがえる可能性がある(P192)と希望をつないでいる。

 和辻哲郎は高名な倫理学者であるが、昭和18年に「アメリカの国民性」という貴重な論文を書いている。(P211)その書でバーナード・ショウの英国人の国民性についての風刺を引用している。「イギリス人は生まれつき世界の主人たるべき不思議な力を持っている・・・彼の欲しいものを征服することが彼の道徳的宗教的義務であるといふ燃えるような確信が・・・彼の心に生じてくる・・・貴族のやうに好き勝手に振る舞ひ、欲しいものは何でも掴む・・・」のだという。これがアメリカに渡った英国人の基本的性格なのである。ショウは皮肉めかしているが内容は事実である。

 和辻によるイギリス人のやり方はこうである。土人の村に酒を持ち込んで、さんざん酔っぱらわせ、土人の酋長たちに契約書に署名させる。酔っぱらった酋長は彼らに森で狩りをする権利を与えたのだと勝手に解釈するのだが、契約書にはイギリス人が土人の森の地主だと書いてある。酔いが覚めた土人は怒りイギリス人を殺すと、契約を守らなかったと復讐し、土地を手に入れる。こうして世界中で平和条約や和親条約を使って領土を拡大する。(P217)和辻はこの説明をするのにベンジャミン・フランクリンを引用している。

そしてインディアンの文明は秩序だっており、イギリスからやってきた文明人と称する人たちのやりかたのほうか、むしろ奴隷的で卑しいものだと、インディアンたちは考えていたであろうと、フランクリンは気付いていた、というのである。これは西郷隆盛が西洋人は野蛮である、と断定したのと共通するものであろう。ところがフランクリンは、そう考えながらも、気の毒ながらインディアンには滅びてもらわなければならない、(P219)と考えたというから西洋人というのは怖しい。和辻に言わせると、フランクリンは良識的なのだそうだ。

 和辻氏は別のエピソードも紹介する。あるスウェーデンの牧師が、聖書についてアダムとイブの話からキリスト受難の聖書の話を土人の酋長たちにした。非常に貴重なあなた方の言い伝えを聞かせてくれた、お礼にと言って酋長が、トウモロコシとインゲン豆の起源についての神話を話すと牧師は怒りだす。「私の話したのは神聖なる神の業なんだ。しかし君のは作り話に過ぎない。」というのだ。土人も怒って、我々は礼儀を心得ているから、あなたの話を本当だと思って聞いたのに、あなた方は礼儀作法を教わらなかったようだから、我々の話を本当だと思って聞けないのだ、というのである。これは西洋人の独善をついた貴重なエピソードである。この性格の基本は今でも変わらないことをわれわれは心するべきである。

 そして和親条約を締結してからが、アングロサクソンの侵略の始まりである、ということは日本にも適用されていると和辻氏はいうのだ(P252)。ペリーは大砲で威嚇しながら和親条約の締結を迫ったが、拒めば平和の提議に応じなかったとして武力で侵略するつもりであった。対支二十一箇条の条約は、武力の威嚇の下になされたとして、欧米に批難された。不戦条約を作り一方で自衛か否かは自国が決める、と言っておきながら、満洲事変以後の日本を不戦条約違反であるとした。

 しかもこの身勝手な欧米人の行為を正当化したのがトーマス・ホッブスの人権平等説であるというのだ。ホッブスの人権平等説とは、あらゆる人間は自然、つまり戦いの状態に置いて平等に作られているというのである。簡単に言えば強い者は弱い者を叩いてもいい、という平等なのである。もちろん、インディアンや原住民にした行為が「正義」や「平和」のもとに行われることの矛盾は、欧米人も承知している。だが、原住民からあらゆるものを奪い取ることの欲求を抑えることが出来ないから、こんな理屈をこねるのである。

 荻生徂徠が「・・・『古文辞学』と言って、前漢より以前の古文書にのみ真実を求め、後漢以後の本は読まないと豪語し、ずっとくだった南宋の時代の朱子学の硬直を叩きました。」(P233)というのであるが、小生はこの言葉を西尾氏とは別の意味に受け取った。本来の漢民族は、漢王朝が崩壊すると同時に滅亡した。古代ローマ人が現代イタリア人とは民族も文明も断絶しているのと同じ意味で、秦漢王朝の漢民族と現代中国の自称漢民族は文明的にも民族のDNAも断絶している。儒学などの支那の古典は漢王朝までに完成したものである。それを異民族が勝手にひねくり回した南宋の朱子学などというものは偽物だと思うのである。徂徠は内容から、後漢以後のものはだめだと判断したのだろうが、小生は歴史的に判断したのである。

『天皇と原爆』書評

『天皇と原爆』 堤堯氏書評

 本書は著者がCS放送(シアターTV)でおこなった連続講話をまとめた。小欄は毎回の放送を楽しみに見た。これを活字化した編集者の炯眼を褒めてあげたい。

 著者は日米戦争の本質を「宗教戦争」と観る。アメリカは「マニフェスト・ディスティニー(明白な使命)=劣等民族の支配・教化」を神から与えられた使命として国是に掲げ、それを「民主化」と称して世界に押しつける。ブッシュの「中東に民主化を!」にも、それはいまだに脈々と受け継がれている。

 かつて第10代の大統領タイラーは清国皇帝に国書を送り、

「わがアメリカは西に沈む太陽を追って、いずれは日本、黄海に達するであろう」

 と告げた。

 西へ西へとフロンティアを拡張した先に、これを阻むと見えたのが「現人神」を頂く非民主主義国(?)日本だ。これを支配・教化しなければならない。

 日露戦争の直後、アメリカはオレンジ・プラン(対日戦争作戦)を策定した。ワシントン条約で日英を離反させ、日本の保有戦艦を制限する。日系移民の土地を取り上げ、児童の就学を拒否するなど、ことごとに挑発を続けた。

 日中衝突を見るや、いまのカネに直せば10兆円を超える戦略物資を中国に援助する。さらに機をみて日本の滞米資産凍結、くず鉄、石油の禁輸で、真綿で首を絞めるがごとくにして日本を締め上げる。着々と準備を進めて挑発を重ね、日本を自衛戦争へと追い込んだのは他ならぬアメリカだ。それもこれも、神から与えられた使命による。

 彼らピューリタンからすれば、一番の目障りは日本がパリ講和会議で主張した「人種差別撤廃」の大義だった。大統領ウィルソンは策を用いてこれを潰した。彼らの宗教からすれば、劣等民族は人間のうちに入らない。かくて原爆投下の成功に大統領トルーマンは歓喜した。

 ニューヨークの自然史博物館に、ペリー遠征以来の日米関係を辿るコーナーがある。パシフィック・ウォーの結果、天皇システムはなくなり、日本は何か大切なものを失ったといった記述がある。インディアンのトーテムを蹴倒したかのような凱歌とも読めるが、一方で、わがアメリカの抵抗の心柱となった天皇を、なにやら不気味な存在と意識する感じも窺える。

 戦後、アメリカはこの不気味な存在を長期戦略で取り除く作業に取りかかる。憲法や皇室典範の改変のみならず、いまではよく知られるように皇室のキリスト教化をも図った。日本の心柱を取り除く長期戦略はいまだに継続している。このところ著者がしきりに試みる皇室関連の論考は、それへの憂慮から来ている。

 従来、戦争の始末に敗戦国の「国のかたち」を改変することは、国際社会の通念からして禁じ手とされてきた。第二次大戦の始末で、はじめてそれが破られた。

 改変の長期戦略は、日本人でありながら意識するしないに拘わらず、アメリカの「使命」に奉仕する「新教徒」によって継続している。

 むしろ「宗教戦争」を仕掛けたのはアメリカだとする主張――それが本書全編に流れる通奏執音だ。いまだに瀰漫する日本罪障史観に、コペルニクス的転換をせまる説得力に満ちた気迫の一書である。

『天皇と原爆』の文庫版の刊行

平成24年(2012年)1月に刊行された『天皇と原爆』が「新潮文庫」になりました。7月末に発売です。

天皇と原爆 (新潮文庫 に 29-1) 天皇と原爆 (新潮文庫 に 29-1)
(2014/07/28)
西尾 幹二

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解説 渡辺望

前著『アメリカと中国はどう日本を「侵略」するのか』について、アマゾンに出た書評のひとつを紹介したい。

炎暑の刺激的な読書体験 2014/7/28

By nora

年が行ってからはあまり刺激的な読書はしてこなかった。意識的に遠ざけていたわけではないが、いまさら刺激を受けてもしょうがないだろうという気分があった。それなのに、こんな刺激的なタイトルの本を読んでしまったのは、梅雨も明けないウチから続く今年の炎夏のせいだ。
暑い夏にあえてアッツイ鍋物を食べるという避暑対策があるが、刺激的読書をすれば暑さを忘れ、ゆるんだ頭も少しは活性化するかもしれない……というわけで、扇風機の回る部屋で寝転びながら読み始めた。
十分に刺激的な読書体験となった。
まえがきから『日本は「侵略した国」では、なく「侵略された国」である。「日本はアジアを開放した」と言っているが、アジアの中で外国軍に占領されているのは日本だけである』といった刺激に溢れたフレーズが続く。私にとって初見の「歴史」が次々と紹介、展開されていく。読み終える頃には、シャツは汗でびっしょりと濡れ、アタマも妙に動き出した。そのせいで、年甲斐もなく「歴史」とは何だろう、と考えることとなった。
web検索するうちに、「歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話である(イギリス歴史学者E.Hカー)」という言葉を見つけた。
カーは、『「歴史上の事実」とされるもの自体が、すでにそれを記録した人の心を通して表現された主観的なもので、「すでに主観的である」歴史上の事実と私たちが対話してゆく道は、自らの主観を相対化し問い直す存在として接しようとするところにこそ開ける』と言う。
これはけっこう大変な作業だが、せっかくこの本で、たくさんの「新しい歴史」を見つけたので、アタマがまたスローダウンしないうちに関連本を読んで見ようと思っている。

 本を読んだ新鮮な「驚き」が素直に語られていて、著者としてはまことに嬉しかった。

 ぜひこの方に『天皇と原爆』のほうも読んでいただきたい。炎暑の中のもう一度の「刺激的な読書体験」になるのではないかと期待している。

 また、ここで述べられているE・H・カーの歴史とは過去との「対話」だ、という考え方は、私の『決定版 国民の歴史』(文春文庫)に新たに追加した序文「歴史とは何か」にも通じるので、目を向けていただければありがたい。

「アメリカと中国はどう日本を『侵略』するのか(二)

アメリカと中国はどう日本を「侵略」するのか アメリカと中国はどう日本を「侵略」するのか
(2014/07/16)
西尾 幹二

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宮崎正弘氏による書評

いずれアメリカは日本を捨てる日が来るかも知れない
  日本は本物の危機がすぐそこにある現実に目覚めなければいけない


西尾幹二『アメリカと中国はどう日本を侵略するのか』(KKベストセラーズ)
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 副題は「第二次大戦前夜にだんだん似てきている、いま」である。
 日本は従来型の危機ではなく、新型の危機に直面している。
 国家安全保障の見地から言えば、戦後長きにわたり「日米安保条約」という片務条約によって日本はアメリカに庇護されてきたため、自立自尊、自主防衛という発想がながらく消え失せていた。付随して日本では歴史認識が歪曲されたまま放置された。左翼の跋扈を許した。
米国が「世界の警察官」の地位からずるずると後退したが、その一方で、中国の軍事的脅威がますます増大しているのに、まだ日米安保条約があるから安心とばかりに「集団的自衛権」などと国際的に非常識の議論を国会で日夜行っている。
まだまだ日本は「平和ぼけ」のままである。
 実際に「核の傘」はボロ傘に化け、精鋭海兵隊は沖縄から暫時撤退しグアム以東へと去る。一部は中国のミサイルの届かない豪州ダーウィンへと去った。オバマ大統領は訪日のおり、「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲」と言ったが、「断固護る」とは言わなかった。
 それなのに吾が自衛隊は米軍の下請けシステムにビルトインされており、日本の核武装は米国が反対している。
 これはアメリカにとって庇護下から日本はぬけでるな、という意味でもある。欧州との間に交わして「核シェアリング」も日本にだけは絶対に認めない。
 「日本はまず日本人で守ろう、日本は良い国なのです」と言った航空幕僚長は馘首された。
 従来型の軍事力比較ばかりか、近年は中国ハッカー部隊の暗躍があり、日本の通信はすべて盗聴・傍受、モニターされているが、対策するにも術がなく、ようやく機密特別保護法ができたほどで、スパイ防止法はなく、機密は次々と諸外国に漏洩し、なおかつハッカー対策に決定的な遅れを取っている。
 通信が寸断され、情報が操作されるとなると敵は戦わずして勝つことになる。

 経済方面に視点を移すと、日本は戦後の「ブレトンウッズ体制」で決められてIMF・世銀、すなわちドル基軸体制にすっかりと安住し、あれほど為替で痛い目に遭わされても、次のドル危機に構えることもなく(金備蓄の貧弱なこと!)、また米国の言うなりにTPPに参加する。
 TPPは中国を排除した知的財産権擁護が主眼とはいえ、これが安全保障に繋がるという議論はいただけず、また目先の利益優先思想は、長期的な日本の伝統回復、歴史認識の蘇生という精神の問題をなおざりにして、より深い危機に陥る危険性がある。誰も、TPPでそのことを議論しない。
 アメリカは戦後、製造業から離れ宇宙航空産業とコンピュータソフトに代表される知的財産権に執着し、金融のノウハウで世界経済をリードした。日本は、基幹をアメリカに奪われ、いはばアメリカの手足となって重化学機械、自動車を含む運搬建設機材、ロボット、精密機械製造装置で格段の産業的?家をあげたが、産業の米といわれるIC、集積回路、小型ICの生産などは中国に工場を移した。
 つまり貿易立国、ものつくり国家といわれても、為替操作による円高で、日本企業は海外に工場を建てざるを得なくなり、国内は空洞化した。若者に就職先が激減し、地方都市はシャッター通り、農村からは見る影もなく『人が消えた』。
 深刻な経済構造の危機である。グローバリズムとはアメリカニズムである。
 こうした対応は日本の国益を踏みにじることなのに、自民党も霞ヶ関も危機意識が薄く、またマスコミは左巻きの時代遅れ組が依然として主流を形成している。
 これらを総括するだけでもいかに日本は駄目な国家になっているかが分かる。

 だから西尾幹二氏は立ち上げるのだ。声を大にして自立自存の日本の再建を訴えるのである。第一にアメリカに対する認識を変える必要がある。
 西尾氏はこう言われる。
 「アメリカの最大の失敗は『中国という共産党国家を作り出したこと』と『日本と戦争をしたこと』に尽きる。(アメリカの)浅薄な指導者たちのおかげでやらなくてもいいことをやってしまった。その後も失敗を繰り返し、今回もまた同時多発テロ後、中国に肩入れをしていつの間にか中国経済を強大化させてしまった」(95p)
 「オバマ政権は世界の情報把握も不十分で、ウクライナでしくじったのも、イラクであわてているのも、ロシアやイスラム過激派の現実をまるきり見ていないし、サウジアラビアのような積年の同盟国を敵に回して」しまった(105p)。
 秀吉をみよ。情報をきちんと把握し、キリスト教の野望をしって鎖国へと道筋を付け、当時の世界帝国スペインと対等に渡り合ったではないか。
 しかし戦後の歴史認識は狂った。
 「あの戦争で日本は立派に戦い、大切なものを守り通した。それを戦後の自虐史観が台無しにした。先の大戦を『日本の犯罪だ』とう者はさすがに少なくなった。ただ、半藤一利、保坂正康、秦郁彦、北岡伸一、五百旗頭真、加藤陽子など」がいる(182p)。
 日本は確かにいま米国に守護されてはいるが「アメリカはあっという間に突き放すかも知れない。中国の理不尽な要求に、耐えられない妥協をするようアメリカが強いて来るかも知れない。『平和のためだから我慢してくれ』と日本の精神を平気で傷つける要求を中国だけではなく、アメリカも一緒になって無理強いするかもしれない」(242p)。
 ことほど左様に「アメリカは、軽薄な『革命国家』」なのである。(251p)
 憂国の熱情からほとばしる警告には真摯に耳を傾けざるを得ないだろう。
 結論に西尾氏はこう言う。
「外交は親米、精神は離米」。たしかにその通りである。