チャンネル桜出演のお知らせ

 「路の会」メンバーの討論会が行われます。次の通りです。

番組名:「闘論!倒論!討論!2010 日本よ、今...」

テーマ  :「路の会」スペシャル・どうする!?日本の独立

放送予定日:平成22年11月20日(土曜日)
       20:00~23:00
       日本文化チャンネル桜(スカパー!217チャンネル)
       インターネット放送So-TV(http://www.so-tv.jp/)

パネリスト:(50音順敬称略)
      北村良和 (愛知教育大学名誉教授)
      新保祐司 (文芸評論家・都留文科大学教授)
      田中英道 (東北大学名誉教授・国際教養大学特任教授)
      西尾幹二 (電気通信大学名誉教授・評論家)
      桶泉克夫 (愛知県立大学教授)
      三橋貴明 (作家・経済評論家)
      山口洋一 (元駐ミャンマー大使・
            日本戦略研究フォーラム政策提言委員)
      

司 会 :水島 総(日本文化チャンネル桜 代表)

『GHQ焚書図書開封 4』の刊行(七)

 新保祐司氏は拙著について二つの論評を書いて下さった。ひとつは保田與重郎を論じるのが主であった、産経新聞コラム「正論」(2010・10・25)の記事で、前回すでに紹介した。

 次は月刊誌『正論』(12月号)の書評欄の書評対象としてである。以下に掲示させていたゞく。恐らくこちらを先にお書きになったのではないかと思う。

GHQ焚書図書開封4 「国体」論と現代 GHQ焚書図書開封4 「国体」論と現代
(2010/07/27)
西尾 幹二

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戦前を「上手に思い出す」ことの実践

 二年前の6月に刊行が始まったシリーズの四巻目である。今回は、「国体」論関係の著作がとりあげられている。『皇室と日本精神』(辻善之助)、『國體の本義』(山田孝雄)、『國體の本義』(文部省編)、国家主義者・田中智学の著作、『国體眞義』(白鳥庫吉)、『大義』(杉本五郎中佐)といった「焚書図書」が、「開封」されている。

 シリーズの第一作で、著者は「自分を取り戻すために、目の前から消されてしまった本を取り戻すことから始めなければならないのだと私は考えて、この仕事に起ち上がりました」とその決意を語っているが、このシリーズ四巻目の「国体」論の「開封」は、日本人が「自分を取り戻すために」最も必要なものであろう。

 というのは、この戦前の「国体」論は、戦後の、そして今日の「保守思想」の盲点となっているからである。

 著者は、「戦前に生まれ、戦後に通用してきた保守思想家の多く」の弱点を鋭く指摘している。彼らは、「とかくに戦後的生き方を批判し、否定してきた。しかし案外、戦後的価値観で戦後を批評する域を出ていない例が多い。戦前の日本に立ち還っていない」からである。

 ヨーロッパの保守思想を使っての「戦後民主主義」批判は、よく見られるものであるし、また、日本の思想家でも、福田恆存は援用されることが多いが、保田與重郎はあまり理解されていないといった現状にもそれはうかがわれるであろう。今年、生誕百年の保田のとりあげられ方の淋しさは、「戦前の日本」にしっかりと「立ち還」ろうとする日本人がいかに少ないかを象徴している。「戦後的価値観で戦後を批評する域を出ていない」保守の言論は、精神の垂直性を持っておらず、結局空虚なのである。

 しかし、本書の最もクリティカルな点は、とりあげた「国体」論のある種のものに、著者が実に手厳しい批判を浴びせているところである。例えば、田中智学の著作や文部省の方の『國體の本義』などに対してである。

 「戦前が正しくて戦後が間違っているというようなことでは決してない。その逆も同様である」といい、「戦前のものでも間違っているものは間違っている。戦後的なものでも良いものは良い。当然である」と力強く断言している。

 「戦前」にしろ、「戦後」にしろ、それらを原理主義者のようにとりあげる偏狭さから、著者はその鋭い「批評精神」によって、きわめて自由である。その自由な思考が、戦前の「国体」論の著作を読むにあたり、生き生きと発揮されていて、「戦前」のものを扱う人間の多くが陥りがちな硬直性が感じられないところに、著者の精神の高級さが自ずと発露している。

 戦前の思想のうち、「良い」ものを見抜くこと、これは著者もいう如く「そこが難しい」。しかし、この「難し」さを自覚しながら「国体」を探求するときにのみ、真の「国体」は顕現するであろう。

 

文芸批評家 新保祐司

緊急出版『尖閣戦争』(その三)

尖閣戦争――米中はさみ撃ちにあった日本(祥伝社新書223) 尖閣戦争――米中はさみ撃ちにあった日本(祥伝社新書223)
(2010/10/30)
西尾幹二青木直人

商品詳細を見る

 編集者が自ら作成した本を自らのことばで紹介する産経新聞の読書欄(産経書房11月13日)に、祥伝社の角田勉氏が次のように書いて下さった。氏から発売後10日で3刷3万部になったとのしらせを受けた。

【書評】『尖閣戦争 米中はさみ撃ちにあった日本』西尾幹二、青木直人著
2010.11.13 07:45

「尖閣戦争」 

「必ずやってくる」中国に備え

 実を言うと、この対談は、別のテーマで取材日が9月25日と設定されていた。ところがその前日の24日に、中国漁船の船長釈放というニュースが飛び込んできたため、急遽(きゅうきょ)テーマを変更し、対談から発売まで1カ月という異例のスピード進行で出来上がったのが本書である。

 それが可能だったのは、この両者の日頃(ひごろ)の言説に触れている人にはおわかりの通り、今回の事態は想定内のことであり、これまで散々に警告を発してきたことであるからである。

 西尾氏はかねてより、米中が経済面においては事実上の同盟関係にあり、利害を一にしている以上、いざというときには日米安保は全く当てにならないこと、そして、アメリカが日米の同盟関係を強調するときは、その裏に、日本の再軍備や核武装論を抑え、米軍の駐留費を引き上げる目的が秘められていることを指摘してきた。

 青木氏は、その精細な中国分析から、中国の海外進出が、歴史的にも国内事情からも周到に準備されてきていることを述べてきた。

 そしてこの両者の一致する見解は、今回の事件が日米中三国関係の構造の変化に伴う必然であり、一過性のものではないこと、中国は次も必ずやってくるということだ。そのために日本はいま何をしておくべきなのか。それは間に合うのか。日本に切れる外交カードはないのか。議論は尽きることなく続いた。

 騒ぎがいったん収まったと言って、安心している場合ではない。ともかく、ここは日本の正念場である。(祥伝社・798円)

 祥伝社新書編集部 角田勉

 さて、最近知ったが、沖縄をめぐる中国の言い分には相当にすさまじいものがある。アメリカが沖縄を日本に返還した1972年に、蒋介石はアメリカに対して激怒したそうだ。沖縄(琉球王国)はかつて中国の朝貢国だったから、アメリカは沖縄を中華民国に返還すべきだったという考えからである。そして、ときの北京政府も同じ立場で、キッシンジャー周恩来会談で、このことが取り上げられたという話である(毎日新聞 2010.10.21)。

 しかし琉球王朝はわが国の薩摩藩にも朝貢していて、いわば両属だった。1871年に日清修好条規が結ばれた。同年琉球の島民66人が漂流中に台湾に流れついて、54人が台湾人に殺害されるという怪異な事件が起こった。

 日本政府は琉球島民の権利を守るために台湾を管理する清国に責任を問うたが、清国政府は台湾人は「化外の民」(自分たちの領土の外に住む人)だからといって責任を回避したので、日本はただちに台湾に出兵し、台湾住人を処罰し、責任を明らかにした。

 この問題の解決に当り、清は琉球島民を日本国民と認めたので、日本は1879年に琉球を日本領として、沖縄県を設置した。これを「琉球処分」という。以上がわれわれの理解する略史である。

 今の中国がもしこれに反対して現状変更を求めようとするのなら、130年前の近代史上の国境確定をくつがえそうというとんでもない企てである。暴力(戦争)以外に方法はない、というのが中国サイドの究極の考え方だろう。

 もう少し歴史を振り返ってみたい。永い間中国はまともな主権国家ではなかった。第一次大戦中の「21か条要求」にしても、よく調べてみると日本はそんな無茶な要求はしていない。袁世凱政権が日本からこんなひどい要求を突きつけられたとウソの内容をでっち上げて内外に喧伝したので、それを聞いて怒った中国国民が反日運動に走ったというのが実情である。いまは詳説しないが、中国人特有の謀略にはめられた日本政府の甘さは、今も昔も変わらない。

 あのころの中国はイギリス、フランス、ドイツそしてアメリカなどに歯向かうことをむしろ避け、弱いものを標的にする排外運動、すなわち排日に走った。一方日本の中国に対する基本姿勢は中国を救済し、西欧列強から防衛するという一方的な善意の押しつけの面があった。優越した立場から「面倒を見る」というのが対中対応であった。巨額の援助金で支援した孫文に裏切られたのがいい例であるが、日本人の善意は大抵逆手にとられ、すべて悪意に仕立てられていった。そして、西欧列強はそういう日本に冷淡で、中国に利のあるときは群がり、危うくなればさっさと逃げ出したのである。

 最近の日本の置かれている立場は当時とまったく同じに見える。尖閣問題は世界のどの国からも同情されていない。関心もほとんど寄せられていない。ドイツの友人から知らされたが、ドイツのテレビには報道もされていないらしい。尖閣が中国に占領されても、たいした話題にもならないだろう。一昨日のG20の経済会議に際し、フランス大統領は目の色を変えて中国との巨額商談をまとめた。少し前にイギリスもドイツも中国詣でに夢中だった。

 たゞアメリカは人民元の安さに苦しめられている。9月末に人民元切り上げを迫る制裁法案が下院で可決された。20%-40%くらい人民元は安いと見て、アメリカをはじめ世界の雇用をおびやかしていると批判した。

 アメリカは制裁法案を実行して本格的に経済戦争をはじめるつもりだろうか、それとも中国の言い分を認め、異常な前近代のままの中国中心の世界経済秩序を認めるつもりだろうか、今、二つに一つの岐路にあるといえる。もし後者の道をアメリカが選べば、日本は完全に見捨てられることになる。

 130年前の「琉球処分」を白紙に戻そうという中国の野望は「近代」を知らない非文明の大国のエゴイズムに文明の側が屈服することにほかならない。しかしこれをはね返すには、なまなかな覚悟ではとうてい及ぶまい。

 例えば あるブログに次のような言葉があった。

フジタの社員が4人スパイ罪で捕まりましたが、スパイだから銃殺される可能性もあった。中国という国はそういう国家であり、フジタもそれを覚悟で中国に進出しているはずだ。だから社員が4人捕まっても自己責任で解決すべきだろう。日本企業は安易に中国に進出することは国益を害するのであり、進出した日本企業は中国の人質なのだ。

「株式日記と経済評論」より

 私はさきに「なまなかの覚悟ではとうてい及ぶまい」と書いたときの「覚悟」とはさしあたりこういうことである。しかも、これに類することが今後相次ぐだろう。例えば、進出企業が中国側に接収さsれるというようなことだって起こり得るかもしれない。

 変動相場は今の市場経済の前提なのに、人民元だけが固定相場である。世界がこれに悩まされながら許しているのが不思議である。非文明の大国のやりたい放題を我慢しているのが奇怪である。隣国の日本が災難を一手に引き受けざるを得ない不運な立場に世界の同情がないのも、大戦前と同じである。

 日本の今後の政策は非文明の大国を文明国家にするべく可能なあらゆる手を打つことである。アジアは経済の成長センターで中国はその希望の中心である、というようなものの言い方をやめるべきである。中国は北朝鮮を巨大にしたレベルの国家にすぎない。規模が大きいだけにソフトランディングの周辺国に及ぼす影響は破壊的である。

 尚最後に付記するが、沖縄の言語(琉球原語)は3世紀ごろに日本語から枝分かれした、世界でただひとつの日本語の親類語である。アイヌ語も朝鮮語も日本語とは系統を異にする。

『GHQ焚書図書開封 4』の刊行(六)

産経新聞【正論】欄2010.10.25 より

文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司

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 ■ 戦前の地下水を汲み保守再生を

 現今の政権がもたらしている亡国的危機の最中にあって、心ある日本人は「保守の再生」ということを考えているに違いない。

 だが、問題は「保守の再生」という言葉が何を意味しているか、である。「保守」とは何か、何を「守り保つ」のか、「再生」とは何か、といった点がどうも明確にされていないように感じられる。人により、使われる場所によって内容が違っているのであり、それがこの言葉を掛け声だけのスローガンのように響かせている。

 今日の日本人が本来の日本人に「再生」するために必要なものについて重要なヒントを与えてくれるのが、この7月に出版された西尾幹二氏の『GHQ焚書図書開封4-「国体」論と現代』だ。
 2年前の6月にスタートしたシリーズの4巻目で、敗戦後、占領軍によって「焚書」された七千数百点の著作の中から順次、選び出して「開封」し論じている。

 ≪≪≪戦後価値観での批判は限界≫≫≫

 『皇室と日本精神』(辻善之助)、『国体の本義』(山田孝雄)、『国体真義』(白鳥庫吉)、『大義』(杉本五郎中佐)などの著作をとりあげた4巻で、氏は、戦後の、そして今日の「保守」の盲点を鋭く衝いて、「戦前に生まれ、戦後に通用してきた保守思想家の多くは、とかくに戦後的な生き方を批判し、否定してきた。しかし案外、戦後的価値観で戦後を批評する域を出ていない例が多い。戦前に立ち還っていない」と書いている。

 これは、保守思想を考える際の頂門の一針ともいうべき指摘であり、「保守の再生」というものも、戦後の保守政治の「再生」ぐらいにとどまっていては仕方がないということである。

 「戦前に立ち還」ることが戦前の思想のすべてを無差別に正しいとすることではないという点は、氏も明言しているところだ。それは「復古」にすぎない。「再生」としての「戦前に立ち還」るということは、戦前と戦後を貫いて日本人の精神に流れているものを回想し自覚することである。

 日本人の精神の中で、戦前と戦後が余りにも激しく分断されすぎた。確かに氏もいうように「戦前のものでも間違っているものは間違っている」。小林秀雄的にいえば、戦前を「上手に思い出す」ことが必要で、それが真に「戦前に立ち還」ることに他ならない。

 「戦後的価値観で戦後を批評する域を出ていない」保守思想が唱える「保守の再生」では、本来の日本人の「再生」にはつながらないであろう。そして、日本人が本来の日本人にならなければ、日本は本来の日本にはならない。福沢諭吉が「一身独立して一国独立す」といった通りだ。国防論議が熱してくるであろう今後、この順序を心に銘記すべきである。

 ≪≪≪保田與重郎再評価を一歩に≫≫≫

 このように、今必要な「戦前に立ち還」ることのひとつとしてとりあげるべきは、保田與重郎の著作であろう。保田は、今年生誕百年であるが、余り問題とされていないようである。戦前、日本浪曼派の中心人物として活躍し、『日本の橋』『後鳥羽院』『万葉集の精神』などの名作を刊行したものの、戦後、一転してジャーナリズムから追放された。この稀有な文人の著作は、GHQによってというよりも日本人そのものによって「焚書」されたといっていい。

 その後、心ある日本人によって「再生」されたが、保田がどのようにとらえられてきたかは、生誕百年を記念して出版された『私の保田與重郎』という本によってうかがうことができる。

 これまで刊行された保田の全集の月報や文庫の解説に書かれた、172名の諸家の文章を集めたものであるが、これを読んで心に残った表現のひとつは、倫理学者の勝部真長氏の「地下水を汲み上げる人」というものであった。

 ≪≪≪まず、日本人たるべし≫≫≫
 
 勝部氏は保田のことを「歴史の地下水を汲み上げる人」と呼び、「地下水にまで届くパイプを、誰もが持ちあはせてゐるわけではない。保田與重郎といふ天才にして始めて、歴史の地下水を掘り当て、汲み上げ、こんこんと汲めども尽きぬ、清冽な真水を、次から次へと汲みだして、われわれの前に差し出されたのである」と評している。
 
 「保守の再生」への国民的精神運動に、保守思想家が貢献できるのは、戦前の「地下水」の中から「清冽な真水」を「掘り当て、汲み上げ」ることに他ならない。現在では、保田自身が「歴史の地下水」になっている。保田の著作から日本の歴史の高貴さを汲み出して、魂の飢渇に苦しむ今日の日本人に「一杯の水」として差し出すことは、大切な仕事であろう。
 
 保田は戦後の著作『述史新論』の中で「我々は人間である以前に日本人である」と書いた。「日本人である以前に人間である」という、戦後民主主義の通念の中で生きてきた日本人は、「人間である以前」の日本人という精神の堅固な岩盤を掘り当てなければならない。そこから「保守の再生」は始まるのである。(しんぽ ゆうじ)

『GHQ焚書図書開封 4』の刊行(五)

 私がまだ教科書の会の代表をしていて、採択運動で全国を飛び回っていた頃、いく人もの秀れた地方の教育指導者や社会科の先生たちに会い、現場の危機を熱心に訴えかけられました。長崎県で出会った山崎みゆきさんもそのようなお一人でした。中学校の社会科の先生で、まだ若く、大学をお出になったばかりの頃だったと思います。今も勿論お若く、しかも活発な女性の先生です。

 拙著について感想を寄せて下さいました。私が教科書の会を退いてからもずっと私の著作活動を見守りつづけて下さっている読者のお一人です。ありがとうございます。

 『国民の歴史』初版以来、私は西尾幹二先生の御著書を読み漁り、新刊が出れば即購入して拝読している。近年、私が特に楽しみにしているのは『GHQ焚書図書開封』である。西尾先生のナビゲーションの面白さもあいまって早く読んでしまいたい衝動にかられ、1、2日で読了する。その理由は、戦前・戦中の日本人がどのように世界情勢を見ていたのか、戦場ではどのような場面があり日本兵はどんな行動をとったのか、戦前・戦中の日本人の思考や感覚、心情にとても関心があり、真実に迫りたいからである。

 昨今のテレビドラマや映画での「戦争」では、市井の人々を描くと空襲の悲惨さや徴兵の無理矢理さを、軍隊や戦場を描くと上官が部下を殴りつける陰湿さや残虐性が強調される。そして戦後民主主義の感覚でものを言う登場人物ばかりで、浅はかである。「戦後〇年」というカウント年数が多くなるにつれ、その傾向は強まってきているのではないだろうか。私は、そんなドラマや映画を見ることで戦争の実態がわかったと勘違いする人々が多くなりはしないかと不安になる。そして、内容を鵜呑みにして、戦時下を懸命に生き祖国のために戦った先人を尊敬できない日本人が増加することを危惧している。

 『GHQ焚書図書開封』第3巻には、中国での日本兵の生と死、息子の戦死に対する両親の複雑な心境、中国逃亡兵の実態、大東亜戦争開戦直後に真珠湾を通り抜け無事帰国した商船・鳴門丸、兵隊の日常、菊池寛の『大衆明治史』など多岐に渡っている。私たちに戦時下の日本人の心のひだや逞しさを感じ取らせてくれる。特に生と死の隣り合わせの中で、日本兵の人間味あふれる言葉や行動は微笑ましくも切なく、時に感涙する。焚書された作品それぞれから、日本人が自分の意志とは関係無しに運命に巻き込まれながらも、その場面において自分にできることを考え、信念をもって行動してきたことが強く伝わってくる。

 第四章の鳴門丸の出来事は私にとっても新たな発見だった。船員・乗客が敵艦に見つからないように船体を灰色に塗り直したり、より安全な航路を選択する必死な様子から、必ず生きて日本にたどり着こうと念じる気持ちが伝わってきた。その一方で、船内には、万が一逃げ切れず敵艦に拿捕されたら船を自沈させるという覚悟もあった。

 戦時中のことを語るとき「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓のために多くの民間人も犠牲になったとする風潮がある。しかし、もともと戦前・戦中における日本人には戦陣訓など関係無しに生き抜こうとする努力とともに、もし敵の手に落ちるなら死を覚悟する気概が備わっていたのではないだろうか。そのようなことを鳴門丸の記述から感じた。

 ちなみに同じ3巻には、どんな汚いことをしてでも生き延びようとする中国敗走兵の記述も収録されている。鳴門丸との対比となり、日本人の覚悟がより強調されている。

 GHQが7.000種数十万冊もの書籍を焚書した影響は甚大であると思う。焚書によって本の内容が人々の記憶から消し去られ、戦前・戦中の日本人の心や感覚を伝えられなくしている。歴史が寸断されているような感覚である。そして、とって代わった戦後民主主義によって戦前・戦中の歴史を断罪し、戦後の感覚で歴史を歪めさせ、日本人が自国を誇れない状態にしている。

 焚書の中身が明るみになるにつれ、日本人が真の歴史を取り戻すことを願う。

長崎県 中学教師  山﨑みゆき

尖閣ビデオ

 友人の粕谷哲夫氏の「ニュース拾遺」で集められた情報が有用だと思いますので、以下に転載します。

ニュース拾遺2010年11月05日BBB

本物の尖閣ビデオが流出!YouTube動画有り!停船後の映像は全くないので意図的に流出させ、海保隊員が支那漁船に乗り込んだ後の殺人未遂シーンを徹底隠ぺいか?・ノーカット無修正ビデオを見た人物が殺人未遂シーン削除方針など暴露・11/6集会&デモ  @正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現… 2
尖閣ビデオ  @ねずきちの ひとりごと.. 17

尖閣ビデオ流出!現場の反乱だ  @狼魔人日記… 18

尖閣動画流出キタ━(゜∀゜)━! @この国は少し変だ!よ よーめんのブログ.. 20

緊急速報!尖閣諸島中国漁船衝突映像!!刮目!これが今まで国民に隠されてきた真実の映像!!国思う議員の質問で嘲笑し・あるいは恫喝し、闇法案にたして当たり前の危険性を訴えても意に返さず、反日を反日では無いと開き直るこれでも民主党に政権交代してよかったと思いますか?   @銀色の侍魂… 24

TRUTH OF CHINA INVASION OF SENKAKU ISLAND 1.flv
http://www.youtube.com/watch?v=3jvw8prMt0U
TRUTH OF CHINA INVASION OF SENKAKU ISLAND 2.flv
http://www.youtube.com/watch?v=Vr6BUoym8xw
TRUTH OF CHINA INVASION OF SENKAKU ISLAND 3.flv
http://www.youtube.com/watch?v=6r0emFsfZCI
TRUTH OF CHINA INVASION OF SENKAKU ISLAND 4.flv
http://www.youtube.com/watch?v=VORS6SUsxmk

TRUTH OF CHINA INVASION OF SENKAKU ISLAND 5.flv
http://www.youtube.com/watch?v=ZwNFuUiw-tM
TRUTH OF CHINA INVASION OF SENKAKU ISLAND 6.flv
http://www.youtube.com/watch?v=1PZZxl5tjug

TRUTH OF “CHINA INVASION OF SENKAKU ISLAND ” 3 watch1:18
http://www.youtube.com/watch?v=uZV8n4oCPJ8
TRUTH OF “CHINA INVASION OF SENKAKU ISLAND ” 4 Watch2:18
http://www.youtube.com/watch?v=kjqP4WszObc

緊急出版『尖閣戦争』(その二)

 アマゾンに早速にも書評が出たので、感謝をこめて紹介する。

崖っぷちに追い込まれた日本人の必読書, 2010/11/1
By 桃栗三年柿八年

レビュー対象商品: 尖閣戦争――米中はさみ撃ちにあった日本(祥伝社新書223) (新書)
実にタイムリ-な内容。一気に読める。

今般の尖閣危機を踏まえ、日本と米・中関係を軸に、政治・経済・軍事・文化・歴史など多角的な観点から、鋭く深くかつリアルに洞察されており、現在の日本の危機の実像と今後とるべき道筋が鮮明に浮き彫りになる。

東アジア、世界情勢が混迷の度を増す中、無能無責任内閣を頂いてしまった日本を、私達国民はいかなる理念を持ち、いかなる敵と闘い、いかなる形に立て直すのか。

今、求められているのは、非現実的な楽観論でも無責任な悲観論でもない、ましてマスコミに登場する勉強もしない自分で取材もしないような人々が語る知ったかぶりの評論でもない。
まさに、本書のような私達が本気で闘うための手引書である!

 もうひとつ報告しておきたいのは、ブログ「株式日記と経済展望」の10月30日と31日付の二つの文章である。

 「株式日記と経済展望」は私の愛読ブログの一つであり、政治、経済、産業の各方面に目くばりの良くきいた秀れた分析は私の感心を逸らしたことがない。ときおり言語に関してもレベルの高い内容の比較文化論が書かれることがあり、そのつど感銘を新たにしている。

 ブログ更新もほゞ毎日に近い頻度数の高さを誇り、しかも何年前から始まったのであろうか、じつに長期にわたって書きつづけられているその粘り強い書きっぷりにもつねづね驚嘆している。

 このように私が敬意を抱いているブログが10月30日に『尖閣戦争』を大きく取り上げてくれた。

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20101030

 このブログはコメント欄が完全に自由化され、自らに失礼な内容のコメントもよくのせているが、今度も言いたい放題の文章はそれなりに参考になった。

 なお、10月31日の記事は私の本への直接の言及はないが、アメリカと中国の両サイドの共有する問題が日本に与える影響の深刻さを論及していて、その点で私の本のテーマと重なっていることに注目した。同一のテーマを逆の方向から見ていて、興味深い。

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/m/201010

緊急出版『尖閣戦争』(対談本)

尖閣戦争――米中はさみ撃ちにあった日本(祥伝社新書223) 尖閣戦争――米中はさみ撃ちにあった日本(祥伝社新書223)
(2010/10/30)
西尾幹二青木直人

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 対談本『尖閣戦争――米中はさみ撃ちにあった日本――』(祥伝社新書)¥760が刊行されました。青木直人氏との対談本です。10月30日(土)には店頭に出る予定です。

目次
はじめに――西尾幹二
序章  尖閣事件が教えてくれたこと
一章  日米安保の正体
二章  「米中同盟」下の日本
三章  妄想の東アジア共同体構想
四章  来るべき尖閣戦争に、どう対処するか
おわりに――青木直人

 私の筆になった「はじめに」を紹介します。

 はじめに

 尖閣海域における中国漁船侵犯事件は、中国人船長が処分保留のままに釈放された9月24日に、日本国内の衝撃は最高度に高まりました。船長の拘留がつづく限りさらに必要な「強制的措置」をとると中国側の脅迫が相次ぎ、緊張が高まっていたときに、日本側があっさり屈服したからです。

 日本人の大半は敗北感に襲われ、国家の未来に対する不安さえ覚えたほどでした。

 間もなく日中政府間に話し合いの雰囲気が少しずつ出て来て、中国側は振り上げた脅迫カードを徐々に取り下げました。いったん幕は引かれ荒立つ波はひとまず収まったかに見えます。このあとすぐに何が起こるかは予断を許しませんが、こうなると何事もなかったかのごとき平穏な顔をしたがるのが世の風潮です。政府は果たすべき責任を司法に押しつけて逃げた卑劣さの口を拭(ぬぐ)い、「大人の対応」(菅首相)であったとか、「しなやかでしたたかな柳腰外交」(仙谷官房長官)であったとか自画自賛する始末です。マスコミの中にも、これを勘違いとして厳しく戒める声もありますが、事を荒立てないで済ませてまあよかったんじゃあないのか、と民主党政府の敗北的政策を評価する向きもないわけではありません。

 しかし、常識のある人なら事はそんなに簡単ではないことがわかっているはずです。海上への中国の進出には根の深い背景があり、蚊を追い払うようにすれば片づく一過性のものではなく、中国の挑発は何度もくり返され、今度は軍事的にも倍する構えを具えてやってくるであろうことに、すでに気づいているはずです。

 だからひらりとうまく体を躱(かわ)せてよかった、などとホッと安堵していてはだめなのです。中国は必ずまたやって来る。今度来たならどう対応するかに準備おさおさ怠りなく、今のうちにできることからどんどん手を着けておかなければなりません。

 沖縄領海内の今回の事件は、明らかに南シナ海への中国の侵犯問題とリンクしています。中国は今年3月、南シナ海全域への中国の支配権の確立を自国にとっての「核心的利益」であると表立って宣言しています。これに対しアメリカは、7月、ASEAN地域フォーラムで、南シナ海を中国の海にはさせないという強い意思表明を行なっています。

 2008年以来のアメリカの金融危機と、それに伴うEUと日本の構造的不況は、中国に今まで予想もされていなかった尊大な自信を与えています。アメリカの経済回復の行方と中国の自己誤解からくる逸脱の可能性は、切り離せない関係にあります。世界各国がすでに不調和な中国がかもし出す軋(きし)みに気がついています。その現われが劉暁波(りゅうぎょうは)氏への2010年度ノーベル平和賞授与であったといってよいでしょう。

 世界はたしかに中国の異常に気がつきだしていますが、この人口過剰な国の市場への経済的期待から自由である国はほとんどありません。アメリカもEUも日本も例外ではなく、中国を利用し、しかも中国に利用されまいとする神経戦をくりひろげていて、各国も他国のことを考えている余裕がなくなっています。そこに中国の不遜な自己錯覚の生じる所以があります。

 アメリカと日本と中国は三角貿易――本書の二章で詳しく分析されます――の関係を結んでいます。これは互いに支配し、支配される関係です。アメリカは中国に支配され、中国を支配しようとしています。その逆も同様です。アメリカは必死です。経済破局に直面しているアメリカは、日本のことを考えている余裕はないのかもしれません。それでも南シナ海を守ると言っています。しかしいつ息切れがして、約束が果たせず、アメリカは撤退するかわかりません。

 本書を通じて、私共が声を大にして訴えたテーマは、日本の自助努力ということです。アメリカへの軍事的な依頼心をどう断ち切るかは国民的テーマだと信じます。

 私は20年前のソ連の崩壊、冷戦の終焉(しゅうえん)に際し、これからの日本はアメリカと中国に挟撃され、翻弄される時代になるだろうと予想していましたが、ゆっくりとそういう苦い時代が到来したのでした。

 尖閣事件は、いよいよ待ったなしの時代に入ったというサインのように思います。

 今回対談させていただいた青木直人氏は、もっぱら事実に語らせ、つまらぬ観念に惑わされないリアリストであることで、つねづね敬意を抱いていました。氏は国益を犯す虚偽と不正を許さない理想家でもあります。この対談でも、現実家こそが理想家であることを、いかんなく証して下さいました。ありがとうございます。

平成22年10月15日

西尾幹二

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 裏の帯に書かれた細かい文字(編集部によって書かれた)を紹介しておきます。

日本人が知っておくべき衝撃の事実

〇 尖閣を、アメリカ軍は守ってくれない。
〇 中国海軍が、南シナ海でおこなっていること。
〇 日本はアメリカから、ますます金をせびりとられる。
〇 アメリカと中国は、事実上の同盟関係にある。
〇 なぜ米中間には「貿易摩擦」が起きないのか。
〇 EUにはできても、東アジア共同体はできない理由。
〇 修了したはずの中国援助のODAが、アジア開発銀行を迂回して、今も続いている。
〇 神田神保町から、なぜ尖閣・沖縄の古地図が消えたのか。

今日沖縄は中国の海になった!(その六)

 まずかいつまんで報告だけしておこう。尖閣問題について私の仕事は昨日でほとんど終わった。昨日まで忙殺されていて、私の思想の大半はまだ表に出ていない。コラム「正論」に書いた短文と『WiLL』臨時増刊号に書いた「米中に挟撃される日本」の二篇のみが表に出ている。

 10月30日(土)に青木直人氏との対談本『尖閣戦争』(祥伝社新書)が次の仕事として店頭に出る。緊急出版である。対談は9月25日に行って、加筆を重ねた。一冊の本の刊行がこんなに早い例は少ない。着手が早かったせいである。

 目次は次の通りである。

序章 尖閣事件が教えてくれたこと
一章 日米安保の正体
二章 「米中同盟」下の日本
三章 妄想の東アジア共同体構想
四章 来るべき尖閣戦争に、どう対処するか

 それから月刊誌『正論』12月号にも「日本よ、不安と恐怖におののけ」と題した評論を寄せた。『WiLL』臨時増刊号の拙論にはまだ書いていない別の視点から綴られている。ある程度内容の重なるところもあるが、別の雑誌の求めに、同じ題材で、それぞれ別の内容をもって応えようとする難しさはいつも経験しているが、ついぞ慣れるということはない。

 この「日録」には尖閣事件に関する私の考察はほとんどまだ語られていないと思って頂きたい。雑誌と本という活字メディアを中心に仕事をしているので、どうしてもそうなるのである。ブログ失格かもしれないが、今回はやむを得なかった。

 対談相手となって下さった青木直人氏は中国通のお一人で、北朝鮮と中国の関係についてリアリズムに立脚した洞察鋭い本を出している。また日本政府の対中ODAや中国協力者である日本の財界人や官僚の腐敗について、数々の事実を教えて下さった人だ。私は前から関心を寄せ、敬意を抱いていた論客である。

 その彼が対談も終り近く、四章の半ば過ぎでおやと思う発言をなさった。とつぜん会津藩の悲劇について語りだしたのである。中国がチベットに対してやったような冷酷な仕打ちを薩長は会津藩に加えたというのだ。

 その怒りや恨みは今につづいているという。また会津は賊軍で、薩長こそ正しかったという勝利者の側から書かれた歴史観、歴史教育が明治になって小学校から会津の子弟たちに行われたことの屈辱と怒りは今なお消えていない、とも語った。

 沖縄はかつて中国領であったという歴史の勝手な捏造をにわかに声高に言い出している中国は、アジアを解放したのは毛沢東で、日本に勝ったのはアメリカではなく中国共産党だという歴史観をやはり声高に語っている国である。青木さんはこのテーマを次のように結んだ。

 チベットの農奴制を解放したのは毛沢東と人民解放軍であるという教科書をチベットの子どもたちが使わされ、それを受け入れない限り、中国によって弾圧されるという構図。中国が日本を含めて東アジア全体に拡張してきたときに、軍事だけではなくて、自分たちの歴史観を同時に強制してくるということの恐さに、日本人は、ここで気づくべきではないのでしょうか。

 そうだった。たしかにそういうことだな、と私はあらためて考え直した。ここまで考えが及んでいなかった。悪夢だが、しかし当然起こり得る可能性の範囲内にあることである。

 われわれはまだ事柄を甘く考えている。沖縄が中国領になってもならなくても、沖縄の海域一帯が中国の政治支配下に事実上入った場合には、日本の国内は中国一色になり、政権は親中国的立場をとる政党のみが独占する事態になるだろう。そうなれば、教育内容も教科書もとんでもない方向へ変更を強いられることになるだろう。

 そんなことに私たちは耐えられるだろうか。否、そこまでひどいことには決してなるまい、とまだ私たちは高を括っているが、仙石官房長官のような人物がすでに政治の中枢に坐っているのである。彼は中国人でさえ嫌悪をもってしか語らない文化大革命の礼賛者だというのである。

 それでも今度私たちが少し心静かに事態を見守っていられるのは、民主党政権に日本国民が相当に激しいリアクションを起こしていて、さらにアメリカはじめ世界各国の中国を見る目がにわかに厳しくなっている情勢のゆえである。

 今日の産経では全国の地方議会が民主党政権に反対声明を次々と発しているということである。水島総さんがプロモートした10月16日の中国大使館包囲デモは大成功で、世界のメディアの注目を浴び、政治的意味が大きかった。アメリカが中国に厳しい視線を寄せはじめたことにも影響を及ぼしている。アメリカはここで日本を応援し、日本人の不安を拭って、普天間以来ぐらついていた日米関係を立て直そうという思惑もあるだろう。

 しかし私の論調は必ずしもそこで安堵していない。「日本よ、不安と恐怖におののけ」(『正論』12月号)からポイントを拾うと次の通りである。

 私がいま訴えたいのは日本の自助努力である。アメリカがともあれその気になっている間に、わが国が少しでも独立した軍事的意志を確立するべく時間的に間に合わせなくてはいけない。

 しかしながら、実は日本の自助努力を阻害するようにつねに作用するのはアメリカの軍事的協力の約束そのものであり、尖閣は安保適用対象であるというような単なる「客観的認識」が日本国民に与える気休めめいた安心感にほかならない。

 沖縄海域での米軍と自衛隊との合同演習が近く行われる予定が組まれたと聞く。差し当たりの安心材料ではある。

 ただ、ここが考えどころなのだ。このように――いつもそうなのだが――アメリカの協力を待ってはじめて外からの不安や危険が排除され、日本は自分に対する脅威を自ら排除しない。繰り返されるこのパターンの固定化が恐ろしいのである。

 私はアメリカの政府要人はむしろ日本国民を空しく安心させる「客観的認識」を言わないで欲しいと思う。

 会津戦争の話を青木さんから聞いて以来私の中の悪夢がまたふくらんでいたが、インターネット情報によると、中国共産党の解党が近いらしいという噂も聞こえてくるのである。出所は「大紀元」らしいが、体制崩壊後を早くも予想して、共産党内部が幹部の犯罪の証拠煙滅の準備会議を開いたというようなことが語られている。本当だろうか。

 この噂によると、18日に党大会で次期主席を約束された習近平は共産党を整理するゴルバチョフの役割を果すだろう、アメリカは着々とその方向を支援し、推進する動きをしている、というのであるが、本当だろうか。だったら万々歳である。アジアにも「ベルリンの壁崩壊」の時節が到来することになる。

 私は半信半疑で、早速宮崎正弘さんにそんな噂は聞いていないか、と電話をしたら、「全然」と即座に否定されてしまった。あゝやっぱり駄目か、とがっかりした。

 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」(10月22日通巻3110号)は私のこのときの電話に対する答だったようだ。ご覧下さい。中国の近い未来に変化はないらしい。私の悪夢はむくむくとまた大きくふくらみ始めているのである。

今日沖縄は中国の海になった!(その五)

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 今日14日に『WiLL』の緊急増刊「守れ、尖閣諸島!」が発売された。ご覧の通り執筆の皆さんは中国憎し、民主党許せないの一点張りで、同盟国アメリカが最大の問題、アメリカに対する日本人の依頼心理をどう断ち切るかが今後の最大の課題だということが必ずしも中心主題になっていない。これは残念だが、言外には勿論、どの論文もそういう方向を向いてはいるけれど。

 西村眞悟氏と金美齢氏と塚本三郎氏との気迫のこもった奔ばしるような言葉の数々は魅力的だった。そのほかの方々もみな勢いのある鋭い表現を発し、次々と現実をえぐっているが、私が一番感心したのは青山繁晴氏の「中国共産党、二つの誓い」であった。私の気がつかない新しい発見がいくつもあった。例えば、

 私はいまから八年ほど前、ある政府機関の委託を受けて北京の人民解放軍の将軍たちと議論をしました。・・・・・

 私といちばん時間をかけて向き合った将軍はとても有名な方で、朝鮮戦争の指揮官の一人でした。彼はこう言いました。

 「青山さん。我々は1949年10月1日に北京に紅い星を立てて、共産党と人民解放軍による政府を樹立した時、二つのことを誓いました。これは今まで外国の方に言ったことはありません。

 第一の誓いは、中国は二度と周辺諸国に脅かされない。万里の長城のような役に立たないものを作るのではなく、積極的に周辺地域を抑えようと。

 第二の誓いは、人口です。当時は重荷だったが、やがてこのたくさんの人口が我々の財産となり、中国を世界一流の国に押し上げる。だから人口はあくまで増やし続けていく。

 この二つの誓いをドッキングして考えると、一つの国が思い浮かびます。わかりますか?」

 私が「それはインドですか」と聞くと、将軍は「その通りです」と答えました。インドだけが、やがて中国の人口を追い抜く可能性があるからです。

 中国がチベットを侵略したのはインドを抑えるためだった。これは西へ向けての企てである。次に北に向けて、1969年に中ソ国境紛争を起こした。

 モスクワで軍当局者に聞くと、ソ連はユーラシア大陸に大きな身体でのしかかるような国です。前や後ろは強いけれど、真ん中のおなかは柔らかい。そこを槍で突っつく奴がいる、誰かと思ったら中国だった、と私に語りました。中国はソ連の弱いところを見抜いて、戦いを仕掛けたわけです。

 北の次は南です。これもまた十年後の79年に、ベトナムと中国の中越戦争が起きている。中国は昔からベトナムに領土的野心を持っていた。ベトナムはフランスと戦い、アメリカと戦い、いずれも叩き出した。その様子をじっくり見て、アメリカは二度とベトナムに戻ってこないと確認してから、中国は南下を始めた。

 西、北、南と出ていき、一ヵ所だけ出てこない方向、東にあるのは日本です。しかし、今度はすぐには出てきませんでした。日本があるからではない。アメリカ軍が怖いからです。漢民族はもともと戦争に弱い。だから、二度と負ける戦争はしない。というのも現代中国の戦略なのです。

 1969年、ECAFE(国連アジア極東経済委員会)の調査によって、尖閣諸島の海底に資源があることがわかった。すると、翌年から中国が突然、尖閣の領有を宣言しました。ところが、行動には出なかった。先ほど言った通り、その頃は南下をしており、東シナ海より南シナ海に出ていこうとしていたからです。

 あれから40年後の現在、なぜこのタイミングで中国が東に出てきたのか。おそらく多くの人が、普天間問題で日米同盟が揺れたからだと考えているでしょうが、それはごく一部の動機に過ぎません。中国は目の前のことでは動きません。

 東側にいよいよ出ていく時期だと決断したのは、実は2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が真の契機です。

 ここから先は青山さんの文章を直接読んだ方がいい。尖閣への中国の侵略がきわめて戦略的な、長期にわたって練られた行動計画の終着点だったことがここから分る。東西南北の四方向に向けてのこの国の深謀に根ざした膨張行動であることを考えれば、尖閣問題が今回の一件で終わるはずはないのである。

 戦後わが国は一貫して幸運でありすぎた。いよいよそうはいかなくなってきた、と思えてならない。これから怒涛のごとく押し寄せてくる変動にまずは心の準備をしておかねばなるまい。

 今朝参議院予算委員会での山本一太氏の代表質問をテレビで見た。山本氏は首相と官房長官と法務大臣に果敢によく噛みついていたが、いよいよの所で追いこめていない。船長の処分保留の侭の釈放は検察の判断であって政治は関与していないという例のごとき三人の答弁に対し、山本氏はむしろ「それならなぜ指揮権発動をして検察の暴走を防ぎ、政治に主導権をとり戻さなかったのか」と追い詰めるべきではなかったろうか。青山さんもこの見地からの指揮権発動の必要を論じているのが注目に値する。