『皇太子さまへのご忠言』のその後(四)

つき指の読書日記 より
2008/09/13
本の忠言

 テレビ朝日の深夜番組「朝まで生テレビ」をビデオで録画し、朝、それを毎月、観ている。最新の8月は「激論!これからの“皇室”と日本」で、「皇太子さまが結婚されて15年、以来、皇位継承問題、雅子さまのご病状、ご公務についてなど、世間の関心も高くなっています」と番組の趣旨が、事前に同テレビ局のホームページで紹介されていた。パネリストの中心は西尾幹二で、猪瀬直樹、高橋紘、高森明勅、上杉隆、斎藤環、香山リカなどが討論に加わっていた。
 テーマの核心はオピニオン誌「月刊WiLL」(編集長 花田紀凱)に、当初書いた西尾幹二の論文、皇太子殿下、雅子妃殿下への御忠言というか、御批判、御苦言が、この手の硬い雑誌にしてはめずらしく大反響、一部、増刷することもあり、その後も三度、核心部分の詳説、氏への批判への一部反論を含め書き継がれていった。それが先月末、新刊として、まとめられて一冊の本になった。
 番組はこの本の論旨に対する各パネリストの見解、同調、反論、批判がいつものように熱気がみなぎってなされた。老いた西尾が淡々と持説を、論旨を絞りきって語っているのが印象深かった。
 保守の大家が皇室を憚りなく、渾身の論文でそうするのは、ことの大きさ、重要さが自ずと理解できるだろうし、同じ保守派からの反論の波及は当然、畏れ多いとの心情から数多く発表された。西尾は老い先短いし、自身の知性が衰えないうちに、しっかりした正論を強靱に貫こうとしたことは、容易に理解できる。だからこそ論壇で大反響を呼び起こし、そして読者の関心が驚くほど高まった。
 この本、西尾幹二『皇太子さまへの御忠言』(ワック)を、引き込まれるように一気の読み進んだ。天皇制度、皇室への危機感がわかりやすい例えを引き、読者から送られる数多いメール、手紙の傾向を押さえながら、保守が保守へと、いまの彼らの浅はかさを、重要な核心に的を合わせて強く迫っている。このままではいずれ天皇は日本から消えるとさえ、彼らの甘さを難じてやまない。左翼がそうするのではなく、無関心層の圧倒的多数がそうさせ、極力、目立たないようにしている左翼が結果的に、その悪意の目的をはたすことになると、それがわからないのかと弁を強める。テレビでの西尾は歴史教科書問題の時と比較して、老いが確実に進んでいる。余命を知るからこそ、先の『GHQ焚書図書開封』でも、孤独な一国だけの日本文明、日本の敗戦後の桎梏からいい加減に、目覚めて自立せよと、自身にむち打つように世に問いかけている。これも歴史に残る名著で、わかりやすいので一般にも強く、心から推薦できる。

③本の皇室 [ 読書 ]

皇太子さまへの御忠言

 先の「本の忠言」で西尾幹二『皇太子さまへの御忠言』を取り上げ、天皇と皇室がかかえる危うい状態を論じた。国民国家という西洋的概念では、取り扱うことのできない、日本の失われなかった伝統である。
 伝統と古く長い歴史を持たないアメリカの日本に対する隠れた嫉妬心が、敗戦後の占領政策で旧皇族、貴族制度を解体させ、狭い範囲に追いやられたことも、その起因として大きく存在する。
 山本夏彦もこれらの藩屏(はんぺい)を失うと、皇室の継続は難しくなると危惧する言をよく吐いていた。
 その日本の国の原型、司馬遼太郎は「国のかたち」といい、戦前は国体といったが、その伝統の重みを体で自然に理解し、受け入れる、そういう人たちもすでに鬼籍に入った時代になった。
 長い間、昭和天皇のおそばで侍従として勤めた、藤原家の分家、冷泉家傍流の公卿出身であった、最後は侍従長になった、入江相政(いりえすけまさ)『いくたびの春 宮廷五十年』(TBSブリタニカ 1981年刊・絶版)を読んだ。このひとをいまの若い人は思い出せないのではないか。昭和の戦前、戦中、戦後の
皇室を共に歩んだ、その時々を和歌を織り込みながら綴られた書である。天皇陛下の戦後の行幸、欧米訪問が白眉である。昭和天皇の人となり、その帝王としての日常の日々を淡々と語っていく。時の流れに阿(おもね)ない、自然な随筆である。こういう人材がいまは、特に皇太子殿下のまわりにはいない。外務官僚の出向者で偏っている。西洋の概念だけに毒され、いまの左翼的な国際主義を唱える連中である。そこに危殆の大きな原因があると、西尾幹二は鋭く分析していた。雅子妃殿下の医師(精神医)すら小和田家の意向で決められている。国家の前では、皇室には西欧流の人権も自由も個性もなく、あるのは公としての立場だけである。それにも論及していた。その論説を思いながら読了した。

つき指の読書日記より

非公開:『皇太子さまへのご忠言』のその後(三)

 「朝まで生テレビ」の感想をもうひとつご紹介する。

 私は年老いたと文中でしきりに言われているのは心外だったが、私のことを敬意をこめて書いて下さっていることには感謝する。

 私は73歳だが、言っておくが新制中学、新制高校の卒業生である。六三三四制の申し子である。中学二年から新仮名、当用漢字を教えられた。文中でしきりに「戦前型」といわれるのは妙で、新憲法を聖書のごとくあがめた大江健三郎と大学は同学年である。

 私は大江とは違う意味でだが、むしろ自分を「戦後型」だと考えている。社会科学的発想というものが身についている。階級意識がない。民主主義をとても大事に思っている。それは小泉純一郎の郵政選挙の暴圧に対する心底からの怒りに現われた。

 あのとき私は民主主義を守れ、と書いた。「戦前型」の人は、私は知っているが、こういう反応はしない。ともかく以下をお読みいたゞきたい。

夕暮れのフクロウより 
   「朝まで生テレビ」を見る

  金曜日の深夜に放送される「朝まで生テレビ」を本当に久しぶりに見る。

  もちろんこの番組に出演する西尾幹二氏をこの眼で見て、氏の意見に耳を傾けるためである。他のコメンテーターや評論家、大学教授らにはもともとまったく関心はなかった。西尾幹二氏のみがこの番組の私の視聴の目的だった。先般16日に亡くなられた自然農法家の福岡正信氏ほどではないにしても、すでに西尾幹二氏もかなり高齢になっておられる。西尾幹二氏の貴重な生の発言と姿を――たとえテレビを通してであれ――いつまでも見られるか、率直に言って、その機会もそれほど多くはないと思ったからである。

そして、この番組を見て感じた印象だけを記録しておきたいと思った。ただ、その印象の理由や根拠をここでは明らかに説明することはできない。

この番組のテーマである皇室にちなむ君主制の問題については、以前にも私なりに考察したことはあるが、その感想を一言でいえば、この番組の出席者の中で、君主制や天皇制の意義をもっとも深く正しく理解されているのはやはり西尾幹二氏だけだと思ったことである。精神科医もその他論者たちの出席者の中でも、思想家としての質、それは人間としての質でもあるが、ひとり西尾幹二氏だけが傑出していて、周囲の人たちは、とうてい西尾氏とは同列には置けないという印象をもった。

 この番組には、西尾幹二氏と同じ世代に属すると思われるような人たちも、すなわち、少年少女時代に太平洋戦争前の戦前の日本の一端を体験しておられると思われる小沢 遼子(評論家)氏や矢崎 泰久(ジャーナリスト)氏、そして、司会の田原 総一朗氏なども同席されていた。しかし、これらの人たちと西尾幹二氏が同世代、同時代の日本に生育した人たちには、とうてい私には思えなかったことである。

もし太平洋戦争を一つの区切りとして言うなら、明らかに西尾幹二氏は人間の資質としては戦前型に属し、そして、小沢 遼子氏や矢崎 泰久氏、田原 総一朗氏などは典型的ないわゆる戦後民主主義型である。まさに人間の資質として雲泥の差があるという印象である。それは、何事にも意義と限界があるとしても、私個人の民主主義に対する評価が、とくに戦後民主主義の帰結や教育に対する評価が極限にまで低いということなのかもしれない。

 三島由紀夫がかって批判した文化状況、『華美な風俗だけが跋扈している。情念は涸れ、強靭なリアリズムは地を払い、詩の深化は顧みられない。…我々の生きている時代がどういう時代であるかは、本来謎に満ちた透徹である筈にもかかわらず、謎のない透明さとでもいうべきもので透視されている。』という文化状況は現在も継続している。

そして戦後60余年を経過した現在、還暦としても、暦の上でも一巡して本卦還り(ほんけがえり)するほどの時間が経過している。だから、現代の日本のほとんどの世代の人々は戦争を知らない。当然に私も知らない。そして、現在の世代の多くの人々は、戦後民主主義の申し子、その典型であるような小沢 遼子氏や矢崎 泰久氏、田原 総一朗氏のような人たちを自分たちの父母として、あるいは祖父母として育てられてきたはずである。世代像としては極めて少数派であるように思われる西尾幹二氏のような戦前型タイプの日本人を、自分の両親として、祖父母として育てられた人は少ないにちがいない。

 そして、当然のこととして、子供たちは、自分たちの両親や祖父母の人間像、思想、価値観を自明のものとして、そのあわせ鏡のようにして生育する。だから、およそ人間はよほど我が両親や祖父母の人間像や価値観を徹底的に相対化し批判することなくしては、自分自身という人間を独立して相対化して見ることもできない。それゆえに、もし、そうした自覚症状のない戦後世代と日本社会が、戦前の明治大正のそれに復帰しようとすれば、そのためには絶望的なほどに時間と努力を要するだろう。現状と将来に悲観的になるとすればそのためである。

西尾幹二氏クラスの人間が戦後民主主義の日本にはあまりにも少なすぎるのである。あらゆる分野、領域における人材の枯渇、それが危機の根本にあるように思える。西尾幹二氏は絶望的なほど孤独な戦いを闘っておられるように見えた。

夕暮れのフクロウより

非公開:『皇太子さまへのご忠言』のその後(二)

 「カトリックせいかつ。」さんのご文章は感銘を受けた。とりわけ「マリア様なしの祈りの生活はカトリック信者には考えにくい。天皇が祈っているのに、自分は別とばかりに違う行動をする后がいたためしがあったろうか。」と述べ、日本の歴史にも例のないことを示しているくだりは説得力があった。

 しかしその後の東宮家では残念ながらなんら改める風もなく、この10月11日のご公務欠席についても週刊誌だねになっていた(『週刊文春』10月16日号)。

 関心を寄せてくださったネットの中の発言を巾広く拾遺するのが目的で今このページを展開しているので、格別支障のない限り何でもご紹介したい。たゞ前回にも述べたが、文中の思想表現や引用個所にひとつひとつ私がどう考えているかを意見表明するつもりはない。当然だが、そういう紹介欄である。

もじもじスケッチより

2008/09/01
朝まで生テレビ「皇室問題」感想

まずい、、テレビチャンネルの選択肢がドーンと増えたおかげで、夜はテレビに張り付きっぱなし。無料視聴期間が過ぎたらネットに復帰しまーす。((((ヘ(;・_・)ノ←待て!

せっかく朝生をリアルで見たのだから、感想を書いておかなくちゃ。

今回の討論会の見所は、田原氏が西尾氏にどの程度反論を許すかだった。最初から討論会は不公平に仕組まれていた。西尾氏vs.女系容認派多数(男系支持でも東宮ご夫妻には何も問題がないとする保守派)という構図であって、西尾氏は孤立無援の状態に置かれていることから、擁護派常連メンバーによる西尾氏への“冷笑”という形の“吊し上げ”になるだろうと思っていた。

まさにそのとおりの結果で、私は西尾氏がいつキレてしまうか、ハラハラしていた。途中で西尾氏は「皇太子は祭祀も熱心にやっている、雅子さんも外国に行けば治る、皆さんがそう言うなら何にも問題ない。こんな討論会は無意味だ」(意訳)とちょっとキレた時、そのまま帰っちゃうんじゃないかと心配した。田原氏が「まあまあ、やけっぱちにならないで・・」と治めたのでなんとか続いたけれど。

天皇の戦争責任といった話は出たのに世間をにぎわせた女系問題が一切出てこなかったのは、そこに触れると西尾氏以外ほとんどが「女系で何が悪いの?」の人達ばかり恣意的に集めたことがバレてしまい、男系維持で論争がいったん治まっているのにやぶ蛇になるからに違いないと思った。ホントに胡散臭い。

ブログ「ふぶきの部屋」で、発言を上手にまとめてくださっていたのでご紹介。
「朝まで生テレビ1」「朝まで生テレビ2」「朝まで生テレビ3」

ツッコミどころも感想もまったく同意。

もう一つの見所は、東宮の状況をまったく知らない、あるいは雑誌に“雅子さん擁護”を書き続けてカネをもらっている精神科医二人やら言論の自由を盾に不敬な発言を繰り返すジャーナリストなどが、どこで墓穴を掘るかを楽しみにしていた。

「雅子さまはキャリアウーマンで、真面目で御優秀でカンペキ主義者、皇室でさっそうと自己実現することを国民は期待している」と信じている香山リカが、憲法9条信者であるとわかったことが収穫かな。敵が攻めてきたら「殺すより殺されるほうがいい」と、左翼お得意の台詞を吐いた。この台詞は元は誰が言ったんだっけかなぁ。大橋巨泉が尊敬する左翼の大御所だったはず。あなたが殺されるのはご勝手に。侵略されて無抵抗で属国化されるとはどういうことか、まったく想像力が働かないのだね。生き残ったほうが悲惨なのだよ。こういう奴らは究極の自己中心だと思う。子々孫々、日本人として生きていけなくなるとはどんなに惨めなことか。9条信者は、チベットの民族浄化問題に何の感傷も起こらないのだろう。「殺されるほうがいい」人達なんだから。

西尾氏は「中国は(日本が丸腰になれば)明日にでも攻めてくる」「沖縄を狙っている」と反論したが、いかんせん何の危機感もない連中で、保守席に座っていても「神仏は信じない」とのたまうコメンテーターに囲まれて、西尾氏は皆に鼻で笑われていた。その様子をカメラがアップした時、西尾氏はうつむいて、小さな声で「あ・き・れ・た」と呟いたのを私は見逃さなかった。大事な皇室問題をこんなバカな連中と討論しなければならないのかと、西尾氏は情けなさを感じた瞬間だったろう。

東宮に起こっている問題を見ようとしない保守系の人はこんな反応。

クライン孝子の日記
■2008/08/30 (土) 朝生での皇室を貶める問題発言! 許すまじ!

(略)
早速、読者から怒りのメールが入ってまいりました。
一体テレビ朝日は
何の目的でこのようなテーマで、
日本の象徴である”皇室”を貶める番組を放映したのか!
私自身は、見ていないのでなんともいえないのですが、
もしこれが事実というのなら、「報道の自由」の範疇を越えており
日本国民の一人として見逃すわけにはいかず放置すべきでないと
思います。

とりわけ西尾幹二氏発言に問題ありとのことです。

氏は月刊”Will”でこのことについて連載し、
この出版社から実に不愉快なタイトルで一冊の本を
最近上梓されたばかりだそうです。

以下の事件はその連鎖反応ではないでしょうか。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime
/080830/crm0808301152004-n1.htm

クライン孝子さん、西尾論文も読まず、東宮の現状を調べもせずに「西尾発言に問題あり」とは、自ら情報分析もせずに政治的活動に携わっていることを暴露したようなものだ。少なくともここまで怒るからには、番組を通しで見てから物を書け。どこをどう貶めたのか、自ら検証するのが筋だろう。無責任なおばさんだ。
この人の主張は、私自身も小泉信者とからかわれていた頃から、こんなことも知らないのか、とゲンナリするところがあった。

しかも悪質なのは、西尾氏のように皇室を貶める論客がいるから「「2ちゃんねる」に皇太子さま殺害予告」という事件が起こると誘導しているところ。

ニュースのこの部分をちゃんと読んだのか。

山本容疑者は別の掲示板にも民間企業の爆破予告などを書き込んでおり、同署は悪質ないたずらとみて余罪を追及する。

クラインさん、ネットには今上陛下を狙うような書き込みもあるのだよ。あー腹が立つ。

クラインさんは桜チャンネルにも関わっているので言いたいのだが、西尾氏の言うように、皇室問題には不敬という心理が働いて、問題があっても見たくない、見ようとしない人が多すぎる。それが男女同権・人権派などリベラルな層につけ込まれることになっていることは火を見るより明らかである。「自由平等の社会に皇室はそぐわない」「合理化して旧弊な皇室を壊したい」あるいはもっと陰湿な反日勢力に愛子さまが担ぎ上げられる動きをもっとキャッチしてもらいたい。

韓国は愛子さま御誕生には祝辞を送ったのに、盧武鉉政権時、悠仁様御誕生にはなぜ祝辞を拒否したのか。保守が手を拱いているうちに皇室が異質なものに取って代わられてしまったら、保守派の怠慢であったと責められるだろう。国連大学を介して人権団体や政治的野心を持つ特定宗教が皇太子ご夫妻を箔付けに利用しようとしているのは、過日のブラジルご訪問で宗教団体の後継者と目される人物と同じ壇上に一列に並ばされたのを見てもわかる。その写真に利用価値があるのだ。

祭祀を拒否し、核家族主義を実践する合理的な雅子さんは、左翼にとって希望の星である。
彼らは「神代と人代の分断」を目論む。日本の神々は、代々穢れを祓い徳を積んできた血統を通じ、その子孫に祭司長の資格を与える。それが天皇家の祭り事なのである。罪汚れた不道徳な者を多く抱える家系には、神は働かない。神事を司ってきた天皇・皇族は、日本の穢れを集めて祓う力を持っている。これについては、多くの証言や逸話が残っているが、省略。

「皇室問題」を語る時、本当は神仏にかかわる信仰的な部分が本質なのだが、戦後は特に神秘的なものを忌避する傾向が強いので、天皇と八百万の神々を結びつけることに慎重になる保守もどきもいる。

雅子さんによって旧弊な皇室を変えてほしいと願う左翼とはどういうものか。

西尾氏「皇太子さまへの御忠言」より
フェミニスト活動家・上野千鶴子氏の論評(朝日新聞2005年8/17夕刊)

戸籍も住民票もなく、参政権もなく、そして人権さえ認められていない皇族のひとたちを、その拘束から解放してあげることだ。住まいと移動を制限され、言論の自由も職業選択の自由もなく、プライヴァシーをあれこれ詮索され、つねに監視下に置かれている。・・・失語症や適応障害になるのも無理はない。天皇制という制度を守ることで、日本国民は、皇族という人間を犠牲にしてきたのだ。

雅子さん問題について、左翼は必ず“人権”を持ち出す。天皇と皇族は、“私”の部分を犠牲にしてきたからこそ、公人として祭司長の務めを果たすことができる。そして「道徳の規範」として自らを律することは、イコール血統を守ることにつながるのである。血統がつながっていれば、ボンクラでもいいというわけにはいかない。なぜなら不見識な天皇を国民は尊敬できない。天皇の血統は国民が大事に思えばこそ保たれていくのである。武家が隆盛を誇っていた頃、朝廷が堕落していたら、とっくに滅ぼされていただろう。

皇族が人権やプライバシーを持ち出すようになったら、すでにそれは異質なものなのである。ましてや女系天皇容認なら、そこで神代は断絶する。

「プライバシー」という言葉を使ったのは皇太子だったが、“私”の領域を自分達のやりたいように広げていくなら、一般人と何も変わりない。皇太子の位から降りていただきたい。いまだに悠仁親王殿下を「愛子のいとこ」としか呼ばず、「愛子が将来どのような立場になるか」確定していないと言う皇太子は、位の貴さや天皇家の重みをわかっていない。犠牲が伴うからこそ貴いものであることを。

女系天皇問題は、まだ終わっていないのである。

西尾氏に賛同する私もまた「被害妄想」「君側の奸」と笑われてもかまわない。
これが杞憂ではないと思うのは、今後さらに秋篠宮ご一家への中傷が増えてくるだろうということ。秋篠宮ご夫妻への事実に基づかない悪口は都市伝説化されてきた。嘘も百万遍・・・である。一方の皇太子ご夫妻はありとあらゆる賛美が繰り返されてきた。私もまた東宮ご夫妻の素晴らしさを信じて疑わなかった一人である。批判が出るようになったのは、ほんのここ数年のことである。

これは日本人の“長男贔屓”では片付けられない問題をはらんでいる。幼少の頃から秋篠宮殿下を見守るように取材してきた江森氏は、一般に流布されているやんちゃな礼宮のイメージとは逆の思慮深さを浮き上がらせている。(参照「秋篠宮さま」)

お遊び好きの“やんちゃ”は、実は浩宮殿下のほうだった(笑)。 やんちゃが悪いと言っているのではない。若い頃に羽目を外して遊んだことのない人のほうが、あとで反動が来そうでこわい。ここで言いたいのは、世間には逆のイメージが植え付けられていたということである。

そのお二人が伴侶を得た時、公務に自由な遊び時間を求め、予定変更して周囲に迷惑をかける東宮ご夫妻となり、分刻みのスケジュールを守り、国民との触れあいを重視される秋篠宮ご夫妻となった。公務中の警護担当者に帰り際会釈して労をねぎらわれる秋篠宮ご夫妻、振り返ることもなく去っていかれる東宮ご夫妻、どちらのほうに公務の依頼が増え、あるいは減るだろうか。

8/31には孝昭天皇式年祭が執り行われた。
皇太子は静養先から戻り、御拝礼されたが、雅子妃殿下と愛子さまは那須御用邸から戻らなかった。病気で義務を果たせないのなら、せめて皇太子と一緒に御所に戻り、その時間、真摯に祈られたらどうか。

朝まで生テレビでは、最後に西尾氏はこうまとめた。

「あと一年くらいの間に、雅子妃はけろっと病気が治られるんじゃないかと思っています。
なぜならもう既に治ってらっしゃるからです。病気じゃないからです」
「私は自分の文章が、皇太子の救いになっていることを知っています。なぜなら小和田家に圧迫され、小和田家と雅子妃にコントロールされている皇太子に後押しとなるからです。私はその事実を皇太子にきわめて近い立場から聞いております。君側の奸ではありません」

「(雅子さんの治療ということで)外国に長く5年も6年も行けば、あるいはその間治るかもしれないということだったら、これはご離婚か皇位の移譲以外ない。つまり皇位の移譲というのは、皇太子殿下が自ら進んで秋篠宮に皇位を移譲して、そして離れて、そして外国に行くと」

それには皇室典範改正が必要になってくるという流れになり、ようやく番組終わりになって本題に入ったような、イライラが募る討論会だった。

香山と斉藤の精神科医は、雅子さんを「ディスチミア親和性ウツ」という新型鬱(仕事はできないが遊ぶ時は元気になる)と考えているようだが、ディスチミアということは、人格障害と認めたようなものだ。「すでに治っている」とする西尾氏のほうがやさしいじゃないの(笑)。

擁護派は、雅子さんは治りにくい精神疾患ということにしておかないと、ただのワガママ女だということになるのでまずいのだろう。ストレスによる適応障害だとすると、こんなに長引くのは説明がつかない。そこで新型ウツが妥協線になる。しかし、新型ウツだったら、何年外国に行っても治らないよ。人格を矯正するところから始めなければならないのだから、「人格否定された」と周囲に被害妄想を抱いているような人は、自分の人格に問題があるとは決して認めることができない。斉藤氏はなんとか雅子さんをヨーロッパに行かせてあげたいようだが、矛盾だらけで全然擁護になっていない。

本物のキャリアウーマンが皇室に嫁いで適応障害になるとは限らない。3~6才までアメリカにいた紀子様も帰国子女だし、英語はお得意。大学院まで行かれたので雅子さんより学歴が上。紀子さまに職歴はないが、雅子さんも父親の庇護の元、外務省職員として重要な仕事は任されないまま2年間務めただけ。つまり学歴だとかキャリアウーマンとかはまったく関係ないわけで、精神疾患にかかったのは、雅子さんのパーソナリティの問題に他ならない。by西尾氏

比べてみれば、紀子様のほうがよほど優秀だということがわかる。そもそも比べる必要もないのに、香山リカなどはいたずらに「紀子さまは母として確立。雅子さまは優秀だから仕事で自己実現」と紀子様を優秀でないように言外に含む言い方をする。香山リカの紀子様を小馬鹿にしたような雅子さん擁護には、心底怒りを覚える。

雅子さんに男の子が授からなかったといって、どこの誰が責めたのか。雅子さんがプレッシャーを感じたというなら、妊娠していることを知りながらなぜスペインに行き、車に揺られてレストランに行き、ワインをたくさん召し上がったのか。この方は、自分の欲望に忠実なだけではないか。皇太子に嫁ぐとは、お世継ぎの期待があることは当然であるにもかかわらず、「雅子さんはプレッシャーに潰された」というのが本当ならば、アホとしか言い様がない。擁護する人達は、雅子さんを悲劇のヒロインに仕立て上げながら「雅子さんはそんなことも知らないオバカさんでした」と言っているに等しい。上げているんだか、下げているんだか…。

朝生討論の結論としては、雅子さんは新型ウツだから治療には相当な年月が必要。だからといって5年も10年も外国で療養するのは許されないこと。「全力で守る」と言った皇太子は、自ら退位して雅子さんを守れ。政治家は皇室典範改正について臆病になるな。

擁護派も雅子さんのご病気は回復が難しいと見解が一致したようで、なんとなく皇太子妃殿下から皇太子夫人に降りたほうがいいんじゃない?という流れの中で、強く拒否感を示す人がいなかった。

西尾氏が1年以内に「けろっと治る」と言い切ったのは、平成21年の天皇陛下即位20年が皇太子と雅子さんにとって節目になるということではないかと思った。公務の代行問題も含め、今上陛下自ら来年になったら考えるとおっしゃっている。即位礼正殿の儀にどのように臨まれるのか、雅子さんは病気を盾に今まで同様に無視するのだろうか。その前に今上陛下は何らかのお答えを出されるような気がしている。

悠仁様に一刻も早く帝王教育にふさわしい環境を整えてください。愛子様は内親王としての躾や教育もお受けになっていないように見受けられます。一般のマイホームパパ・ママならそれでいいのですが、愛子様は国民にとって大事なお姫様なので、周囲がもっと気を配ってほしいのです。子離れできない雅子さんが立ちふさがるでしょうが、子供に愛されたいと思うパパ・ママは、子供のわがままを放置しがちです。子供の将来を思えば、子供が周囲の人から愛されるために厳しく教育することが必要ではないでしょうか。今のままでは情緒不安定になるか、無感動、無表情になってしまうと心配です。こういうふうに書くと愛子さまバッシングなどと言われますが、「何も問題ない」と言い切る人ほど愛子様のことを大事に思っていないのでは?と悲しくなります。愛子様から遠ざけられている今上皇后陛下は、どれほど心配されておられるか…。このままでよいとは決して思いません

もじもじスケッチより

非公開: 『皇太子さまへの御忠言』のその後 (一)

  『皇太子さまへの御忠言』が刊行された直後、それはまだ『WiLL』10月号に私の「連載で言い残したこと」が載っている最中であったが、テレビ朝日の夜中の番組「朝まで生テレビ」(8月29日ー30日)に出演した。雑誌連載に対しても、本に対しても、テレビ出演に対しても、各方面から、ご批判やらご感想やらを多数いただいた。

 活字になったものについては、必要な対応は活字の世界ではたしたし、またこれからも、時に応じて雑誌論文のなかで言及するかもしれない。ただ、もう当分のあいだこの分野で新しい働きかけや大きな思想展開をするつもりはない。悠仁親王殿下の帝王教育の方針や内容について発言せよ、ということを言うかたもおられたが、それは私の任ではない。

 これからはわが国のアメリカの呪縛からの解放が少しずつすすむだろう。大東亜戦争の位置ずけはいまも変わりつつあるが、もっと大幅に変化するであろう。いままでのように、戦後史の見直しといっても、戦後の立場から戦後を見直すといったレベル――例えば『文芸春秋』10月号の座談会「新・東京裁判批判」など――は、早晩、否定され、乗り越えられていくであろう。

 戦後の皇室はアメリカに庇護された平和体制といわば一体となってきた。日本列島におけるアメリカのプレゼンスが小さくなるにつれ、支配構造も変わるし、国民の政治意識も変わると思う。どんな風に変わるかは勿論わからない。

 ただ国民の皇室への期待や希望もそれに応じて今とは変わり、皇室自身も過去の歴史においてそうであったように、柔軟に対応の姿勢を変えてくるであろう。

 何年か先か、何十年か先か、それはわからない。私の投じた一石はかならずやそのとき回顧され、あれが曲がり角であったと思い出されるに相違ない。それが幸福への回路か、不幸への坂道かはもとより予想のつく話ではない。だから当分、私のほうから新しい大きな手を打つつもりはないのである。ただ小さな感想はいくらも思い浮かぶし、寄せられた面白い言葉やふと眼にして、ご紹介したいと思う記事にはこれからも多分出会うであろう。

 そこで、9月に私のテレビ出演や書物に対して語られたネットの中の言葉を、ご承諾をいただいて、順次掲示してみたいと思う。まず最初は「カトリックせいかつ。」さんのブログからである。このかたのご文章は、以前当ブログで、感銘をうけてご紹介したことがある。そして、『WiLL』6月号にも転載された。

 今度のご文章もバランスがよく、私を意識しないで勝手に、自由に書かれているところがありがたい。内容はこのかたの思想であって、私がひとつひとつについて、賛成だとも反対だとも言っているわけでないことは当然ながらご了解いただきたい。

 2008-09-01 朝まで生テレビ
生まれて初めて『朝まで生テレビ』という討論番組を見た。といっても起きて見ていることができないので、録画して土曜の朝に見た。

ついにテレビで皇室問題を取り上げるというので、西尾幹二先生ファンのねらーの皆さんからも期待と不安をもって見守られていたが、全体の構成として、私は(初めて見たせいかもしれないが)それほど悪くはなかったんじゃないかなという気がした。東宮問題でよく取り上げられていること、たとえば雅子妃が病気療養中となっている最中、高級外食に頻繁に出回っていることや、皇太子の次期天皇としての自覚の薄さや資質の問題などが、ちゃんと放送されたことの意義は大きいと思う。でも、雅子妃の実家の小和田家のことまでもっと言及してほしいという物足りなさは残った。

田原総一朗というジャーナリストが左巻きの人で、しかもものすごく旧態依然とした皇室観の持ち主だということは最初の10分ですぐ知れた。と同時に憲法9条に固執する人たちのアタマの堅さにも恐れ入った。天皇を厚く敬うことがすなわち軍国主義への特急列車だという発想から未だに一歩も出られないというのがすごい。ただ、左巻きの人たちと思しき中にも両陛下へ対する敬意がいくらかでも見られたのは嬉しかった。また、田原司会者が特殊な思想の持ち主でありながらも、議論の中心役となって、誰からの意見もまんべんなく拾える技量はさすがだと思った。私はこういう番組ってもっと、オレがオレがの人たちでまとまらなくなり、声の大きいほうが勝つみたいな顛末になるのかと思っていたのだ。国会の議場で起こる見苦しい野次や乱闘騒ぎとは雲泥の差で、紳士的な大人の議論場だという感じがよかった。

さて、西尾先生はその中でも主役である。『WiLL』に掲げられた「皇太子さまへ敢えてご忠言申し上げます」の寄稿が今回の番組のきっかけなのだから当然だ。だが発言回数はそんなに多くはなかった。平田氏(アジア太平洋人権協議会代表)や、高森氏(日本文化総合研究所代表)といった人々のほうが、むしろ積極的に問題点をついていた。静岡福祉大の高橋先生は、昨今の東宮記事でコメントを出す方として有名。この方は女帝推進(容認?)派だそうだが、現在の東宮家には批判的というスタンスが面白い。

雑誌で有名なコメンテーターとしては、精神科医の斉藤&香山両氏がいるが、この人たちは雅子妃の病気とその治療についてしぶしぶながら(?)説明させられていた。斉藤氏の、「外国へ10年でも療養に行けば・・・」という説には仰天だったけれど、そしてそれを西尾先生も「あまりに同情的すぎる」とお怒りだったけれど、仕方ないんじゃないだろうか。この二人はどこまでも、医者としての意見しか言えないし、それを超えたら越権になる。少なくとも雑誌やテレビの場でこの人たちが呼ばれるときは精神科医としてであるから。日本の皇太子妃や皇后が、あるいは皇太子もしくは天皇になった際の夫君をまじえて、外国でしか治り得ない治療にあたるということは、ありえないし許されないものだ。だけれど、この医師たちが呼ばれて話をする以上、精神科的見地からしか意見を述べるわけにはいかないのだ。つまり呼んだってしょうがないってことなんだけれども。だって雅子妃が病気かどうかなんて誰も知らないんだから。

上杉氏というジャーナリストが、誰も皇室の実態を知らずにいる中で議論をするのはナンセンスである、という発言を後半にしていた。しかしそれは、あの場でも反論されていたように、皇族の行動や肉声の発言から拾える情報で、十分ではないかもしれないがある程度察せられることを元にしていると思う。ジャーナリストらしく、事実をきちんと書き起こしたものが必要だというなら、「新ドス子の事件簿」というホームページをご紹介したい。雅子妃の動静が、宮内庁発表のものから一般人の目撃証言にいたるまで網羅され、毎月の出入りの様子が一覧表になっている。東宮家が問題だといっている多くの人たちは、憶測や好き嫌いでものを言っているのではない。むしろ、雅子妃に同情的な人たちこそ、よくよく現状を知ってから意見して欲しいと思うのだ。雅子妃が外務省の将来有望なキャリア女性だったなどという幻想が前提ではないか。そこらへんも西尾先生が地雷発言されて、パネラーの全員が「あ~あ、それ言っちゃった」という顔をしたときがいちばん面白かったけれども。

いまどき不敬なんていう言葉は死語だ、などと発言した人がいた。週刊金曜日に関与した矢崎氏というジャーナリストだったと思うが、死語だろうか? そういう人に限って、イマドキの若者は礼儀知らずだとかいうんだろうと思う。皇室に名誉毀損で訴える権利があるかどうかという議論より前に、生まれたばかりの赤子をサルにたとえるような、皇后という地位は別にしても、年配女性のファッションを茶化すような下品きわまるパフォーマンスを言論の自由などと言ってほしくない。法的権利以前の、人間としての節度、常識の問題である。また、これもやはり同じ矢崎氏が、日本には言論の自由がないと発言していた。その根拠に、この番組に出るのに、怖い人たちに脅されるからとかなんとか言っていたが、あまりに認識が(私と)違いすぎてびっくりした。本当に言論の自由のない国というのは、戦時下の日本のような状態を言う。右翼に脅迫されることと、官憲が家まで現れてしょっぴかれるのとは大違いである。右翼が脅しに来れば、それが事実なら警察はちゃんと守ってくれるではないか。雑誌に検閲がかかって発刊を止められるということもほとんどない。皇室を平気で貶めるような下劣な演劇集団に関与している人間が、同じ口で言論の自由がないなどといえる立場かと腹立たしかった。きっとこの人たちは田原氏も含めてものすごく地頭がいいだろうし、知識も豊富だと思うのに、こんな簡単なこともわからないのかと不思議にすら思える。

皇室の祈りについても言及されており、祭祀を拒否する雅子妃のことも問題視されていた。祭祀を公務だと勘違いしているパネラーには驚いた。宮中祭祀は天皇家の私的行為として位置づけられていることは常識の範囲内だ。一般学生の回答ならいざしらず、そんなことも知らない人間はこの議論に招かれる資格はない。確かに、祭祀は天皇の行うものだし、そこへ連なる皇族はただの陪席ともいえるが、深夜や早朝、潔斎して祈られる陛下の傍らで、心を合わせて祈る皇后陛下がいてこそ、日本の安寧は守られていると信じている多くの日本人がいることは事実だ。カトリックで言えば、マリア様の役割をされているのが皇后陛下なのだと思う。カトリック信者はマリア様の祈りに強められ、励ましをもらいながら信仰に努める。マリア信心は正確に言えば教義ではないし、ミサの中で聖母マリアという言葉が出てくるのは1、2度程度で、公的な意味合いは非常に薄い。にも関わらずマリア様なしの祈りの生活というのは、信者にとってもはや考えられない。天皇が祈っているというのに、自分は別とばかりに違う行動をする后がいたためしがあったろうか。日本史上もっとも奔放な中宮だった待賢門院璋子でさえ、禁中の行事には従った。雅子妃がそんな有様だとすると、現代人だからでは済まされない皇室の伝統の破壊である。

思えば・・・雅子さまという方がこの15年間に、日本人や日本の国のために、何かなさったことがあったろうか。カトリックに傾倒しているんじゃないかと疑われたこともある美智子皇后さまは、和歌をよくし、古事記や日本書紀を深く読まれ、何より日本人のすべてに心を寄せられていることがわかる。子ども時代の紀宮さまを連れて、母と娘の小旅行をされたときも、毎回必ず、日本の歴史と伝統に深くかかわりのある場所を選ばれていた。その上ほとんどの回で神社へお詣でになっていて、それも庶民の我々がお賽銭を投げて柏手を打つような簡単なものではなく、ちゃんとローブモンタントを召された姿で、オーソドックスにお参りされる姿をきちんと娘の眼に焼き付けておいでだったのである。

然るに、雅子さまの口から出るのはいつでも必ず外国、外国。古事記と日本書紀の違いも、いつ書かれてどういう特徴があるのかすらもあの方は知らないような気がする。和歌もダメ、邦楽や日本画にも関心薄く、食べ物の好みがオール洋食という雅子妃である。日本に心を寄せるどころか、自分を苦しめ、傷つけたという恨みすら持っているふしもある。娘の言葉の練習をABCから始めようとしたというまでの徹底した外国礼賛だ。お宅の娘さんの父親は日本人じゃないんですかと聞きたい。娘時代、父親が外務官僚で外国へ行くことが当たり前の生活だったと記者会見でも述べていたが、その意味するところは、「外国に行ける生活すなわちお金持ち、ハイクラス」という俗な認識で成り立っていることが明らかである。華美な生活を誇示することで自分をよく見せようという発想ほど、逆に貧しく見えるものはない。皇室の価値観とは真逆の思想である。

いまも那須で引き続きご静養中のご静養を続けておられる妃殿下、宵っぱりで徹夜にも強いそうですので、『朝まで生テレビ』をご覧になることもお出来になれそうですね。どうかこういう世論を知って、身を正すか、あるいは皇室ときっぱり縁を切って下さい。適応障害になりそうなのは、あなたのような方を皇后として見なければならない日本国民のほうです。

「カトリックせいかつ。」より

『真贋の洞察』について(二)

 真贋には焼き物や美術品の鑑定をめぐるいろいろなエピソードがあるし、ドイツ語で Kitsch という、風呂屋の富士山の看板絵のようなまがい物を総称する言葉もあって、概念的にいろいろ整理したいことが少なからずあった。
 
 Kitsch といえば、南ドイツのフュッセンという高い山の中腹に中世のお城、ノイシュバンシュタイン城があり、これはテレビ写りがいいのでいまではみな誰でも知っている。狂王ルートウィヒ二世がワーグナーのために建てた城だ。内壁や天井の絵画はみな楽劇の各場面を描いたものだが、これがみな「風呂屋の富士山」なのだ。

 森鴎外の留学時代に、中世の城を建てればどうしても Kitsch になる。

 南ドイツにはギリシャの神殿を模した大建造物がいくつもある。十九世紀のドイツ文化はギリシャ熱におおわれていた。ギムナジウムとよばれる中高等学校は、この呼び名からして、古代ギリシャを意識していた。そしてそのギムナジウムを真似したのが日本の旧制高等学校なのだ。ギリシャ文化のかわりに遠いヨーロッパの哲学、文学、史学に憧れた。

 古き良き時代である。しかしすべて Kitsch になることを免れない。ドイツの教養文化がギリシャのイミテーションであるなら、日本の近代の教養文化はヨーロッパのイミテーションであらざるをえない。

 教養の「真贋」について概念整理をしたかった。

 『真贋の洞察』という今度の新刊の「あとがき」でこの点に関する感慨を書いてみたいと思っていたが、急にその気がなくなり中止した。以下、「あとがき」に中止の理由も述べたので、全文をここに掲示させていただく。

 あとがき

 本書は、私の本の中で最も多方面なテーマを扱った一冊になりました。

 冒頭の一文で真贋とは何かについて語っていますが、真贋の概念はこれでは不十分なので、「あとがき」でもう少し詳しく説明しようかと考えていました。が、校正刷りを読んでいるうちにその気がなくなりました。

 真贋は概念ではないからです。この本の全体から、あるいはどの論文からといってもいいのですが、少なくとも「贋」を排そうとする私の声、私の気概だけは読者に伝わるでしょう。それで十分ではないか、説明は要らないと思ったのです。

 本書の文章はすべてなんらかの言論雑誌に掲載された論文です。言論界でいう「真」とは、つまり本当のことを言うということです。

 ときに勇気が必要であり、書き手だけでなく編集者にも勇気が求められることがあります。言論の自由が保障されたこの国でも、本当のことが語られているとは限りません。

 本当のことが語られないのは政治的干渉や抑圧があるからではないのです。大抵は書き手の心の問題です。

 私はむかし若い学者に、学会や主任教授の方に顔を向けて論文を書いてはダメですよ、読者の常識に向かって書きなさい、とよく言ったものです。言論人に対しても今、世論や編集長の方を向いて書いている評論がいかにダメか、を申し上げておきたいと思います。

 言論界にはここにだけ存在する特有の世論があります。評論家の職業病の温床です。

 書き手にとって何が最大の制約であるかといえば、それは自分の心です。

 私にしても「贋」を排そうとしているからといって、私が「真」を掴んでいるということにはなりません。真と贋、本物と贋物の基準は人によって異なるので、何が真贋であるかを決める基準の法廷がどこか人の世を超えたところにあればよいのですが、残念ながら、誰でも存在しない自分の神に向かってひたすら書くということのほかには術がないといえるでしょう。

 ただ一つだけありがたいのは、書かれた文章が本当のことを言っているかどうかは読み手にはピンとくるということです。

 それでも書き手にとって心しなければいけないのは、「真」はこうであったとは究極的には誰にも言えないということです。自分の心がそれで救われてしまう心地よいつくり話を書いてしまうきわどさと「真」がいつでも隣り合わせていることを、肝に銘じておかなくてはなりません。

 本書の各論文が本当のことを言っているか、それともつくり話を語っているかの判定の基準は、ひとえに読者という裁きの法廷に委ねられています。

 本書は後半で、私には例の少ない経済を取り扱っていることに一つの特徴があります。私は現実の心の層に触れてこない空想に流れるのをいつも恐れています。経済のテーマに何とかして正面から向かわないと、政治の現実もとらえられない時代に入っているのではないかとの考えからです。一つの新しい試みであり、挑戦です。

 尚、各論文の初出誌は、各論文の末尾に記しました。各論文の内容に関しては、趣旨を変えない範囲で若干の補筆を施しているケースもあります。

 本書は企画の段階から、論文の蒐集(しゅうしゅう)を経て、調整と配列にいたるまで、作成に関するすべてを文藝春秋第二出版局の仙頭寿顕氏のご努力に負うています。謹んで御礼申し上げます。

平成20年初秋
                               西尾幹二

『真贋の洞察』について(一)

 当「日録」は今では私がオピニオンを述べる場ではなく、私とその周辺の情報を告知する場になっている。昔はオピニオンを述べていたのだが、それをすると活字メディアに注ぐ力が減殺されてしまう。それでいったん「日録」を中断したある時期を境にして、それ以後、今のこの方針に切り換えた。

 しかし勿論原則にこだわってはいない。折をみて、ゆとりのあるときにはオピニオンを展開するかもしれない。

 今回は新刊のご案内である。『真贋の洞察――保守・思想・情報・経済・政治――』、文藝春秋刊、366ページ、¥2000(税込)、10月7日発売。とりあえず目次をご紹介する。

20081004085303

第一章  保守の真贋について
 生き方としての保守
 安倍晋三は真正保守の政治家に非ず

第二章 思想の真贋について
 「偽君子」坂東真理子の「品格」を斬る
 「廃墟」の思想家・上野千鶴子
 「贋者」の行列
   ――竹内好、丸山真男、鶴見俊輔、大塚久雄、小熊英二――
 「素心」の思想家・福田恆存の哲学

第三章 情報の真贋について
 GHQによる「焚書」公立図書館による「焚書」
 朝日新聞の「社説21」が唱える空理空論を嗤う

第四章 経済の真贋について
 日米軍事同盟と米中経済同盟の衝突
  ――なすところなき小泉、安倍、福田――
 日米は中国に「アヘン戦争」を仕掛けている
  ――本来中国は「鎖国」文明である――
 金融カオスの起源
  ――ニクソンショックとベルリンの壁崩壊――

第五章 政治の真贋について
 日本は米中共同の敵になる
  ――「集団忘却」の日本人へ――
 金融は軍事以上の軍事なり
  ――米中は日本の「自由」を奪えるか――
 改めて直言する「労働鎖国のすすめ」

 あとがき

 どんな印象だろうか。

 本書には担当編集者の知恵で一つの新しい工夫が施された。各論文の冒頭にゴシック体で内容を簡潔にまとめた2、3行のリードの文を添えた。例えば、

第二章第一論文には

「偽君子」坂東真理子の「品格」を斬る

 表向きは温和な保守的常識人のように見えるが、よく読むと小さな狂気が宿り、やがて国民を廃墟に追い込む死の思想への偽善的挑発者の顔が見えてこよう

 第三章第二論文には

朝日新聞の「社説21」が唱える空理空論を嗤う

 日本はサンタクロースかナイチンゲールになって「ヘルプキー国家」として生きていけという朝日のありがたいご託宣、小学生の学級民主主義みたいな可愛らしい思想にしばし付き合ってあげていただきたい

講演会お知らせ・新刊紹介

TLF初秋の講演会

講 師  西尾幹二氏
テーマ   「国家中枢の陥没」

と き   9月2日(火)午後6:30~8:30
ところ   東京ウィメンズプラザ・視聴覚室(1F)
参加費  男性2000円、女性1500円
申込み  予約不要(当日、会場にてお申込み下さい)

主催   “非営利&非会員制”の〔知的空間〕
     東京レディスフォーラム 03-5411-0335 

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今年の夏は、この本を出すために、他のあらゆる仕事が押しのけられ、スケジュールが乱れてたいへんな思いをしています。

 目次はご覧のとうりです。

まえがき
Ⅰ部 皇太子さまへの御忠言
  
  第一章  敢えて御忠言申し上げます
  第二章  根底にあるのは日本人の宗教観
  第三章  天皇は国民共同体の中心
  第四章  昭和天皇と日本の歴史の連続性

Ⅱ部 皇位継承問題を考える

  第一章 天皇制度の「敵」を先に考えよ
  第二章 「かのようにの哲学」が示す智恵
 
 「WiLL」連載で言い残したこと
     ――あとがきに替えて

  初出誌一覧
Ⅰ部の主な参考文献

 29日ー30日の朝まで生テレビで、冒頭にこの本も紹介されました。31日に読売新聞に、3日に産経新聞に、この本の広告が出るそうです。

 当ブログ管理人の長谷川真美さんがご自身のブログで、次のように朝生の感想と、この本の精神的位置を解説してくださっています。仲間ぼめではない内容なので、以下に掲載してもらいます。

朝生見ました
徹夜はきついですねぇ。

番組が終ったあとは、頭が暴走していて、なかなか寝付けず、
寝付いたら寝付いたで、夢の中で続きを見ていました。
(番組終了後に講演会が始まり、上杉氏が横からメモを渡してくれて、
眠いので帰ります・・・という夢だった)

番組冒頭で、田原総一郎氏がリベラルな人達から出演を断られた・・・とのこと。

それほど皇室問題に言及することは、
左右両方からの攻撃にあう可能性があり、
深夜番組とはいえ、生なので危険すぎる・・・・ということでしょうか。

そういう意味では、西尾先生は常に危険なことに敢えて言及するタイプです。

WiLL誌では西尾先生は今回珍しく一般の方から理解されています。
通常の先生の論文の指摘は、最先端を行くことが多く、なかなか理解されません。
人気絶頂の時の小泉首相批判も当然受け入れられなかった。

「皇太子殿下へのご忠言」、西尾先生、やはり左右どちらからも批判されています。
・・・・両方とも「言うな、騒ぐな、直るまで待て」というような内容。
案外に左の方も、真っ向から天皇制度がなくなればいい、という本心は言えないようでした。

売文だとか、ののしられながら、
最初に口火を切ることの危険を敢えて犯し、
攻撃の矢を一身に受けている先生がおっしゃりたいことは、
日本の天皇制度が危機に瀕しているから、
なんとかそれを救いましょう・・・ということ。
日本の国が大切であるからこそ、日本の究極の伝統である天皇制度が
風前の灯であると心配なさっている。

その意味では猪瀬さんも高橋さんも同じ認識でした。

それにしてもやはり戦後の日本は、
歴史認識の再構築から始めなくてはならないんですね。

非公開:『GHQ焚書図書開封』への論評

 今のところ三篇の論評がなされている。

 二つは産経新聞、一つはWiLL8月号である。

 産経新聞は6月21日の石川水穂氏、27日の力石幸一氏のご論評である。前者は書評ではなく、この本の第一章の提出した戦後史の闇を切り拓く発見の解説である。後者は書評である。以下にこの二篇を掲げる。

 WiLL8月号は堤尭氏による書評である。このほうは雑誌が次の9月号になってからでないと掲示できない。

 ご論評くださった三氏に御礼申し上げる。

【土・日曜日に書く】論説委員・石川水穂 GHQ焚書の一端明るみに
2008年06月21日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面

 ≪3人の学者が関与≫

 戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が戦前・戦中の日本の書物を没収した「焚書(ふんしょ)」に日本の著名な3人の学者がかかわっていたことが、評論家の西尾幹二氏の研究で明らかになり、今月17日に発売された西尾氏の著書「GHQ焚書図書開封」(徳間書店)にその研究結果が詳しく書かれている。

 3人は、刑法学者の牧野英一氏と社会学者の尾高邦雄氏、倫理学者の金子武蔵氏である。

 西尾氏が3人の名前を見つけたのは、帝国図書館(国立国会図書館の前身)の館長を務めた岡田温(ならう)氏が「終戦直後図書館界大変動期の回顧(2)」に寄せた回想記の次の一節だった。

 「この年(昭和22年)の4月14日外務省の矢野事務官来館、この件(言論パージ)に関する協力方を求められ、次いで出版物追放に関する調査のための小委員会が設けられた。…専門委員として東京大学の尾高邦雄、金子武蔵両助教授、それに私が加わり、小委員会は主として帝国図書館館長室で、本委員会は委員長牧野英一氏主宰の下に首相官邸内会議室で行なわれた。…仕事としては余り楽しいことではなかった」

 西尾氏はさらに、「追想 金子武蔵」という本で、尾高邦雄氏がこんな追悼文を寄せている事実に着目した。

 「第二次大戦が終って、GHQによる戦犯の調査がはじまったころ、東大文学部にもそのための委員会が設けられ、どういうわけか、先生とわたくしはそれの委員に選ばれた」

 追悼文には、2人が貧しい身なりでGHQを訪れたところ、出迎えた二世の係官が驚いたことや、金子氏が動ぜず平然と調査結果を報告したことも書かれている。

 ≪GHQから東大に要請≫

 西尾氏はこれらの文献から、次のように推定した。

 まず、GHQから政府を通して東大に協力要請があり、文学部に委員会が設けられた後、金子、尾高の2人の助教授が指名された。2人はやがて帝国図書館に呼ばれ、専門委員として、出版物追放のための小委員会に加わった。小委員会での結論を受け、牧野氏が首相官邸での本委員会で没収の決裁を行っていたのではないか。

 西尾氏は、(1)3人の学者が具体的にどう関与していたか(2)3人以外に没収に関与した学者はいなかったか-などについて、情報提供を求めている。

 金子氏はヘーゲル哲学の権威で、西尾氏が東大文学部に在学中、文学部長を務めていた。尾高氏は東大、上智大教授、日本社会学会長などを歴任し、マックス・ウェーバーの「職業としての学問」の翻訳でも知られる。

 牧野氏は東京帝大法科を銀時計で卒業し、判事、検事を経て東大教授を務めた刑法学会の長老である。戦後は、貴族院議員や中央公職適否審査委員長などを務め、文化勲章を受章した。

 西尾氏は先の文献で3人の名前を見つけたとき、「言いしれぬ衝撃を受けた」という。

 研究によれば、GHQの民間検閲支隊(CCD)の一部門であるプレス・映像・放送課(PPB)の下部組織、調査課(RS)が没収リストを作成し、実際の没収作業は日本側に行わせた。没収リストは昭和21年3月から23年7月までの間、46回に分けて順次、日本政府に伝達された。昭和3年から20年9月2日までに刊行された22万1723点の中から、まず9288点が選ばれ、最終的に7769点が没収された。

 ≪今も続く国際的検閲≫

 「焚書」とは別に、GHQが行った新聞や雑誌に対する「検閲」の実態は、江藤淳氏の「閉された言語空間」(平成元年、文芸春秋刊)で明らかにされた。

 この検閲には、「滞米経験者、英語教師、大学教授、外交官の古手、英語に自信のある男女の学生」が協力した、と同書に書かれている。また、その数は1万人以上にのぼり、「のちに革新自治体の首長、大会社の役員、国際弁護士、著名なジャーナリスト、学術雑誌の編集長、大学教授」になった人々が含まれているが、経歴にその事実を記載している人はいないという。

 GHQが去った後も、「閉された言語空間」は続いている。江藤氏は国際的検閲の例として、昭和五十七年夏の教科書問題を挙げている。日本のマスコミの「侵略進出」の誤報をもとに中国・韓国が教科書検定に抗議し、記述変更を約束させられた事件である。その後も、中韓両国が検定教科書に干渉し、それを日本の一部マスコミや知識人が煽(あお)り立てるようなケースが後を絶たない。

 江藤氏に続いて、戦後知識人の“正体”を突き止めようとする西尾氏の研究の進展を期待したい。

(いしかわ みずほ)

産経書房 GHQ焚書(ふんしょ)図書開封
西尾幹二著(徳間書店・1785円)

 最近の大学生は、対米戦争があったことすら知らないといわれる。「GHQ」と聞いてもピンとこない若者が多いだろう。

 戦争の記憶が薄れていくのはある意味仕方のない時代の流れである。しかし、日本には、歴史を歪(ゆが)める特殊な力が存在した。

 GHQによる占領政策である。江藤淳氏が『閉ざされた言語空間』で取り上げた「検閲」の問題は有名である。

 戦後、7000冊以上の書籍が消されたことは、これまでほとんど知られることがなかった。本書はこの「焚書」の真相に初めて迫った労作である。

 本書の目的は2つある。一つは、この文明破壊ともいうべき焚書の実行プロセスを解明することである。ナチスによるユダヤ人虐殺もユダヤ人の協力が不可欠であった。GHQの焚書にも日本人の協力者があったことが、著者の調査でわかってきた。

 そしてもう一つは、戦前の日本人が世界をどう見ていたかという問題である。戦前は軍国主義一色に染まっていたというイメージが戦後定着している。しかし焚書書籍にそういった熱狂はない。

 日本人は敵の意図も実力も十分知りつつ、やむにやまれず自衛戦争に突入していったことが、焚書図書を通して浮かび上がってくる。

 戦前の日本といわれて、磨(す)りガラスを通したようなぼんやりとした像しか浮かんでこない人がほとんどだろう。焚書がそうした事情にどうかかわるのか?

 研究はまだ緒についたばかり。戦後63年目に、ようやく日本人は歴史の出発点にたったといえるのではないか。

力石幸一

『GHQ焚書図書開封』発刊と新事実発見(二)

 この本は一冊で終わるのではありません。ひきつづき二冊目が準備されています。

 第二冊目の目次は下記の通りです。

『GHQ焚書図書開封』第二巻
   目次(予告)

一、 従軍作家の見たフィリピン戦場最前線
二、 「バターン死の行進」直前の状況証言
三、 オランダのインドネシア侵略史①
四、 オランダのインドネシア侵略史②
五、 日本軍仏印進駐の実際の情景
六、 日本軍仏印進駐下の狡猾情弱なフランス人
七、 人権国家フランスの無慈悲なる人権侵害
八、 アジア侵掠の一全体像①
九、 アジア侵掠の一全体像②
十、 『太平洋侵略史』という六冊本シリーズ
十一、 大川周明『米英東亞侵略史』を読む
十二、 『米本土空襲』という本

 すぐにも刊行と思ったのですが、準備不十分で、予定の8月には間に合いそうもありません。恐らく10月になるでしょう。やはり最初の一冊が出ないと出版社のスタッフも弾みがつかないのです。

 焚書図書は七千数百点あり、テーマも多岐にわたるので、紹介し始めたら際限がなく、これで終わるということはないのです。

 三冊目も四冊目も予定されていますが、勿論私にその時間と体力が許されゝばの話であり、版元に継続する根気があればの話です。

 いづれにしても私の身にできることは小さく限られています。ご紹介できるのはほんの氷山の一角です。

 私の仕事はどこまでも消された本の世界の「開封」にとどまり、焚書の全貌を見渡すのは次の時代の人の課題となるでしょう。

『GHQ焚書図書開封』発刊と新事実発見(一)

 ようやく『GHQ焚書図書開封』が徳間書店から刊行されます。店頭に出るのは6月17日です。以下に表紙と目次を掲げます。

 2部構成になっています。第1部の調査と研究に時間を要し、刊行が予告より2ヶ月遅れました。戦後の政治文化史にとって衝撃となる事件を語っているはずです。

 本日6月7日23:00より、この第1部の内容について、文化チャンネル桜で私が一時間かけて、何が「衝撃」であるかのあらましをお話しします。

 実際に本が出たとき、店頭で手にとっていたゞければ分りますが、図表や証拠文書の8種の付録がついており、地図もふんだんに入っていて、読み易い展開です。

 文章はテレビの復元ですから「です、ます調」で、視覚に訴える工夫もなされています。

GHQ焚書図書開封―米占領軍に消された戦前の日本 GHQ焚書図書開封―米占領軍に消された戦前の日本
(2008/06)
西尾 幹二

商品詳細を見る

   

  GHQ焚書図書開封・目次

[第1部]―――――――――――――――

第一章 「GHQ焚書図書」とは何か

「焚書」と「検閲」は別である
東京大学文学部の関与
秘密裏に行われていた陰険な「没収」
帝国図書館館長室と首相官邸での秘密会議
尾高邦雄、金子武蔵、牧野英一
占領軍没収リスト作成班によるふるい分け
文部次官通達による没収の全国展開
占領軍に失敗感があった
アメリカに移送された大量の文書の行方
東京裁判とつながる可能性
没収された本の若干例

第二章 占領直後の日本人の平静さの底にあった不服従

言葉と謀略による「戦後の戦争」
私信を「検閲」した恐しいシステム
日本社会の不気味な沈黙
日本人が戦後たちまち従順になった諸理由
戦闘は終わったが戦争は続いていた
ABCD包囲陣に対する戦中の日本の静かな決意
当時の日本人の勁さは何だったのか

[第2部]―――――――――――――――

第三章 一兵士の体験した南京陥落

歩兵上等兵「従軍記」の感銘
正確に自分を見つめる「目」
戦場の人間模様
ついに南京入城
南京から蕪湖へ
平和でのどかな南京の正月風景

第四章 太平洋大海戦は当時としては無謀ではなかった

パラダイムが変わると歴史の見方は変わる
日米もし戦わば、を予想する本
日米大海戦は「日本有利」という事前観測
「限定戦争」と「全体戦争」
ハワイ占領とパナマ攻撃ははたして誇大妄想だったか
日本を侮れないぞと必死に瀬踏みしていたアメリカ
ソ連が見ていた極東情勢
太平洋の戦いの本質は「日英戦争」だった

第五章 正面の敵はじつはイギリスだった

一九二〇年代、日米は「若き強国」にすぎなかった
日本が「敵」として意識していたのはイギリスだった
「平和もまた戦争同様、凶悪である」
宣伝戦の重要さを知って始めたのはイギリスだった
イギリスは文明の模範であり卑劣の代表でもあった
植民地インドにおけるイギリスの暴虐
日本にとってイギリスの脅威とは何であったか

第六章 アジアの南半球に見る人種戦争の原型

イギリスが手を伸ばしたもう一つの新大陸
空白の大地はどのようにして発見されたか
アメリカ独立戦争のネガティヴな影響
新植民地に咲いた悪の花
いまもオーストラリアはなぜ元気がない国家なのか
国家の起源と独立戦争が歴史に対してもつ意味
日本を「第二のスペイン」にしてはならない

第七章 オーストラリアのホロコースト

本国イギリスもたじろぐ植民地の白人純血主義
マオリ族を中心に――
タスマニア原住民の悲劇
アングロサクソンによる少数民族絶滅
歴史書の没収はホロコーストに通じる
日清戦争後のオーストラリアは日露戦争後のアメリカに瓜二つ
二十世紀の戦争の歴史を動かした人種問題

第八章 南太平洋の陣取り合戦

イギリスとアメリカの接点
「南洋」情勢を概観する
植民地が抱く帝国主義的野心
オランダ、ドイツ、イギリスによる南太平洋の分捕り合戦
第一次世界大戦と日本海軍の役割
日本の「人種平等案」を潰したアメリカとオーストラリア
第一次大戦直後からABCD包囲陣の準備は始まっていた

第九章 シンガポール陥落までの戦場風景

ワシントン会議によるハワイとシンガポールの軍事要塞化
シンガポール攻略とアジアの解放
壮絶! コタバル上陸作戦
日本軍を歓迎した現地の人々
シンガポール陥落と世界各国の反応

第十章 アメリカ人が語った真珠湾空襲の朝

昭和十八年四月に日本語に翻訳された米人の空襲体験記
ホノルルの朝の情景
カネオエ飛行場の空爆
日本軍はけっして市街地攻撃はしなかった!
当時の日本の新聞に見る「十二月八日」
壮烈! 真珠湾攻撃
著者のアメリカ人の語る日本軍の実力と襲撃の世界的意義
必ずしも奇襲とはいえない

あとがき

文献一覧
付録1-8

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(日本文化チャンネル桜出演)スカイパーフレクTV241Ch
 
出演:西尾幹二

6/7 (土) 本日 23:00~24:00
第23回:GHQ「焚書」図書開封の刊行と新事実の発見