阿由葉秀峰が選んだ西尾幹二のアフォリズム「四十一」

(6-29) 偉大な思想というのはそれ自体が一つの宇宙である。外の現実を内包しつつ、現実とはまたもう一つの別種の現実を形成する。それゆえに現実を追認する思想にとどまらず、現実を見通し、さらに動かす力をも秘める。
 そういう場合に現実と夢との間にいかなる境界線があり得るだろうか。

(6-30)戦争の反省とか、福祉の実現とか、それはそれなりにいかに重要であったにしても、考えてみればそれ自体が決して価値にはなり得ないこうした問題を、これまでさも「思想」であるかのようにかつぎ回って、時間稼ぎをしてきたメッキがついに剝げ落ち、今や目標を欠いたのっぺりした平板さはどうにもごまかしようのないわれわれの現実である。

(6-31)ここまでは言葉で言えるが、ここから先は言えないという断念、あるいは言えば勝手な空想になるからそれはしないという自己限定が世の多くの批評文にどれほど欠けていることだろう。なにか非常に気の利いた思いつきを批評対象にかぶせるようにして、文明論の構図の中に巧みにこれを按配(あんばい)し、いかにも巧妙にわかったような物の言い方がなされる。が、その対象についてはそうも言えるが、またその反対のことも言えるのではないかという自己疑問が総じて乏しい。

(6-32)今のこの変化の激しい社会のなかで、なにびとが保身なしで生きられよう。だが、それが保身にすぎぬことを知っている人は意外に一貫した姿勢をとりつづけているものである。自分の僅かな保身にも鋭敏であり、自分の僅かな虚偽にも自覚的だからである。だが、その僅かな虚偽もまた、虚偽とは言えず、結局は「自己」なのだということにも敏感でなければならない。

(6-33)現代では物を有り難いと思う気持ちがなくなっているのに、それでいてどういうわけか、ちょっとした物品の不足に、敏感に、神経質に反応する習慣が身についてしまっている。

(6-34)実際にはなにものをも所有せずにいて、しかもすべてを所有しているのと同じ落ち着きをもって生きることは、われわれ凡人には容易になしがたい理想であるとはいえ、ひょっとしたらこれが幸福の観念のきわまるところであるのかもしれない。

(6-35)いくら昔より今の方が豊かになったと言われてみても、人間は昔の苦痛などをたちまち忘れ、今の不足をかこつばかりである。これは人間性の常である。人はただ目の前の自分の富と他人の富とを比較することしか知らない。

(6-36)人間は自分とほぼ同じような人間が自分よりも恵まれているということこそが、もっとも許し難いことに思われる

(6-37)より良き生活以外に生活の目標がないということは、人間がなにかのために生きるのではなしに、生きるために生きることのうちにしか生の目標が存在しないということに外ならない。このような現実に人は息長く耐えることが出来るのであろうか。

(6-37’)芸術や学問の仕事のうちに本当に人生の目標があるといえるのかどうか、そういう疑問にぶつかっていないような人の芸術や学問などは、およそ信用に価しないであろう。どんな仕事にも目標などはないのだ。むしろそう悟った方がいい。この人生に目標がないように。とすれば、この文明が目標もなくただ果てしなく前進しているのと同じように、つきつめて考えれば、すべての仕事に目標はなく、だからといってなにか有意義な課題を外部に求めて、教養とやらを身につければそれでなにかの目標に達したと考えるような甘やいだ教養主義も、単なる自己満足でしかなく、暇つぶしの一つだくらいにきっぱり考えた方がいい。
 そう悟ったときに人は解決を外に求めず、自分自身に立ち還るより他に道がないことに気がつくであろう。そこから先は各自の課題である。自分を導いてくれるいかなる処方箋も、いかなる指導書も存在しないのだ。このことをはっきり知ること以外に、生活への強い信頼は生まれてはこないはずである。

(6-38)外的条件の窮乏が人に強制する精神的緊張は、窮乏が解除されればたちまち消えてなくなるのであるから、もともとがけっしてまっとうな緊張とはいえないのである。外的条件が現在のように弛緩(しかん)し、生活環境がぬるま湯のような状態であるときに、人がなお緊張と向上と自己の豊富さを実現することこそ、人間としての本来のあり方だといってよいであろう。

(6-39)すべて賢いことは古典のなかで言われつくされている。人間はいつの時代にも同じ愚かさを繰り返しているので、昔の本は幸いにもいつまでも新しさを失わないでいられるようだ。

(6-40) 他人を笑うことはたやすく、自分を笑うことは難しい。
 他人の目からみれば取るに足らないことが、当人にとっては真剣このうえないことになるのは、考えてみれば、これが人生の当たり前のことであって、その限りで人生にはつねになにほどかの喜劇性が秘められている。

(6-41)近代小説は人間をありのままに知ろうとする情熱、すなわち人間性への謎の認識欲によって進歩してきた。しかしそこにはそれなりの欠陥がある。近代小説には何のために人間をありのままに知ろうとするのか?という目的がそもそも欠けている。

(6-42)ニーチェを読むことは、読者の側の一つの変身であり、運動であり、闘いである。

(6-43)われわれはとかくその場にいない友人の悪口を言う。悪口という快楽から逃れられる人間は少ない。しかし一つだけ、言ってはならない悪口がある、と私は思う。誰々さんが君のことをこんな風に悪く言っていた、という告げ口である。その場合相手は誰々さんよりも、告げ口した人間にやがて深い怨みを抱くようになるだろう。なぜなら悪口を言われた当人は、その場に居合わせていない友の、知らなかった一面をはじめて覗き見た思いがして、背筋の寒くなる思いがするとともに、あんな話は聞かない方が良かったのだとやがて後悔するに違いないからである。

(6-44)一般に、道徳上の告白は、他人に知らせたくない秘事を公開するのであるから、真実の表現に違いないとみなされがちである。けれども告白者がある部分の真実を告白することで、代わりに、別の部分の真実を見まいとして、告白の動機そのものに蔽いを掛けてしまう場合も決して少なくない。

(6-45)友人が真実を告白し、自分は卑怯であったとか、罪を犯したとか語る言葉の背後にひそむ彼自身のもう一つの心の闇に、私たちはじっと目をこらす必要があるだろう。たいがいの場合、告白した人間をやがて私たちがうとましく思うようになるのは、彼の過去の罪を責め始めたからではなく、告白によって罪を軽くしようとしている彼のもう一つの動機に、私たちがなにか釈然としない、胡散臭い性格をかぎ当てているからである。

(6-46)競争が悪いのではなく、競争が人間性を破壊する関係ないし状況がいけないのである。そもそも人間社会から競争がなくなってしまったら、人間は成長しなくなる。競争はいわば発展の母である。

(6-47)私たちは決して友人が欠けているのではない。人の友たる資格が私たち自身にあるのかどうか、自分に対するその問いが、なによりも吟味されなくてはならないのである。

(6-48) 青年の純粋さなどは当てにならないのである。
 青年は世間との不調和をたやすく自己の高貴さととり違える。だがなにか世間的な事柄に成功して、不調和がとり除かれると、そういう孤独な青年に限って、意外にいや味な出世主義者に変貌することがままあるからである。不調和にいじめられ、心がねじくれたあげくに、人間の弱さというものがたどる運命は見えすいている。
 若い時代に、いかにも世間がわかったような老成したものの言い方をする青年も私は好かないが、しかしその反対に、自分の若さに盲目的に溺れている青年も私にはうとましいのである。そういう人は意外に早く年をとるものである。

(6-49)孤独に価値があるのではない。また自分を孤独にする世間が本当の敵なのではない。敵は自分の心の中にある。自分を否定する力をもたない者には、肯定すべき自分の唯一の価値が何であるかもわからないのである。

(6-50)思想は出来上がった、動かない完成品でもなければ、思いつきや、気のきいた機智の類でも決してない。
 思想とは私たちひとりびとりの生き方にほかならないのである。

(6-51)ある行為が言葉になったとする。しかし言葉になった瞬間から、秘められていた行為の内奥は、すでになにほどか形骸化しているのである。しかしそれでも、残された言葉がわれわれに語りかける力をもっているのは、言葉の奥にあるもの、言葉では十分に捉え切れていないなにものかが、表面の言葉を支えているからだ。

(6-52)第一どうして人はそんなに本を読む必要があるのか。場合によっては本など読まなくても、人間は立派な生活人として一生をまっとうすることが出来るのである。そして、この観点を欠いたら、いくら多くの読書を重ねてもたいした稔りは得られないだろう。

(6-53)もし優れた本を本当に理解したならば、場合によってはその本が読み手の人生を毒することがあるというくらいのことを、彼は承知していなくてはなるまい。一冊の書を読んで、自分に有益であったなどと気楽な感想を語れる読者は、その書物をまるで理解していないのか、あるいは理解するに値しないほどつまらない書物であったのか、そのいずれかであろう。

(6-54)かつては無教育の人間が他人に支配され易いと信じられていたのに、今では教育をさずけられた人間が、かえって情動に動かされ易く、他人の思想に操られ易い存在と化しつつある。そして能率と繁栄を目標とする以外に歴史を動かす思想はなく、休息と安全性が大衆の唯一の志向となりつつある。
 創造者にはもっともふさわしくない時代が到来しているのである。
 教育や学問は今やそれ自体のためにあるのではなく、右の目的を満たすための手段にすぎなくなっている。

(6-55)人々はなにごとにつけてほどほどで、怜悧になり、あたりさわりのない生き方で、その日その日をやり過ごすことに疑問を覚えない。誰も論争せず、集団で事を構えることはするが、個人の責任で争おうとする者はいない。他人に対する無関心は、表向き冷ややかな社交辞令とほどよい釣り合いをみせている。ときになにか人生や社会の大きな疑問に突き当たってそれを表明する人が現れたなら、たちどころに嘲笑されるのが落ちである。
 こうした状況を「成熟」とか称して現状肯定する思想家がもてはやされ、その分だけ時代の文化は老衰し、活力を失っていく。だが、少量の毒ある刺戟をふり撒いた、いくらかどすをきかせた身振りやポーズが現れると、人々はこれを喝采するが、本気で毒を身に浴びる者はどこにもいない。毒ある刺戟も機智の一種であり、演技であり、芝居であるとみなされている。利口者がなによりも尊重され、あるいは歴史書に慰めを求め、あるいは永生きするための健康書にうつつを抜かす。そして、にぎやかな鳴物入りの漫画のような思想が現れるとぱっととびつき、明日にはそれを屑籠に入れて、人々はともかく一時の快い夢をみることが出来たといって喜ぶのである。

(6-56)現代の指導者は民衆の喜ぶようなことしか言わず、一方民衆は、忍耐して困難を解決していこうとする気持ちを最初から持っていない。どっちにしても「煩わしすぎる」のである。今よりいっそう安楽で、いっそう快適な生活条件を目指すということ以外に、個人も国家も生の目標を見出せなくなっている。今や「地球は小さく」なり、「怜悧な」人間たちは「地上に起こったいっさいについて知識をもっている。」

(6-57)日本人が学校へ行くのは、生活保障のパスポートを手に入れるためである。あるいは階層意識上昇に役立つお墨附きを獲得するためである。その前提は容易にくつがえりそうもない。ありていにいえば損得勘定の問題にすぎない。そしてそれが公平かどうかが疑わしくなると、世を上げて大騒ぎになるのである。

(6-58)わが国では、大学問題が言葉のもっとも本来的な意味での大学問題であったためしがあるだろうか。大学が今世間の関心を集めているようだが、大学における学問研究の内容の適否についてはだれも論じないし、寡聞にして学問の理念が問われたという話も聞かない。受験生の平等・不平等の問題、すなわち青年が社会へ出てからの生存競争に、異常なまでの興味がもたれているのである。

(6-59)大学の文学部においても、外国語の授業以外には言語教育はなされていない。教養課程の学生は、まだまだ国語の「読み・書き」の基本を継続して教えられるべき年齢だと私は思う。しかし実際に文章の緻密な読解という本来の言語教育を行っているのは、ドイツ語やフランス語や英語の授業であって、日本の大学では外国語教育がいわば国語教育の肩代わりを演じているといっても言い過ぎではないのである。文学を自由に多読すべき年齢の、若い柔軟な心に、専門的なおぞましい研究家意識をたきつけ、感受性をずたずたにしてしまうのも、日本の文学部における教育の仕方である。ああ何たることよ、と私は思う。

出典全集第六巻
「Ⅳ ドイツの言語文化」より
(6-29)(250頁下段「北方的ロマン性」)
(6-30)(293頁下段から294頁上段「ドイツの言語文化」)
「Ⅴ 古典のなかの現代」より
(6-31)(330頁下段「知的節度ということ」)
(6-32)(337頁下段「人は己の保身をどこまで自覚できるか」)
(6-33)(341頁下段「富と幸福をめぐる一考察」)
(6-34)(343頁上段「富と幸福をめぐる一考察」)
(6-35)(346頁上段から下段「富と幸福をめぐる一考察」)
(6-36)(347頁上段「富と幸福をめぐる一考察」)
(6-37)(349頁下段から350頁上段「富と幸福をめぐる一考察」)
(6-37’)(353頁上段から下段「富と幸福をめぐる一考察」)
(6-38)(356頁下段「富と幸福をめぐる一考察」)
(6-39)(365頁下段「古典のなかの現代」)
(6-40)(369頁下段から370頁上段「古典のなかの現代」)
(6-41)(373頁下段から374頁上段「古典のなかの現代」)
「Ⅵ ニーチェとの対話―ツァラトゥストラ私評」より
(6-42)(381頁下段「まえがき」)
(6-43)(388頁上段「友情について」)
(6-44)(389頁上段「友情について」)
(6-45)(389頁下段「友情について」)
(6-46)(395頁上段「友情について」)
(6-47)(400頁上段「友情について」)
(6-48)(402頁「孤独について」)
(6-49)(412頁下段「孤独について」)
(6-50)(418頁上段「現代について」)
(6-51)(418頁下段「現代について」)
(6-52)(421頁下段から422頁上段「現代について」)
(6-53)(422頁上段「現代について」)
(6-54)(423頁上段「現代について」)
(6-55)(424頁上段から下段「現代について」)
(6-56)(428頁上段「現代について」)
(6-57)(431頁下段「教育について」)
(6-58)(431頁下段「教育について」)
(6-59)(434頁下段「教育について」)

平成30年の年賀状

賀正

 現代世界の諸問題に囚われ過ぎて生きることは人間の弱点かもしれないと思うようになった。私は現代を研究する二つの勉強会を主宰し、月刊言論誌九冊の寄贈を受け、新聞やネットの方面も気懸かりで、家の中は到来する本を山積みにした気の利かない古書店のように乱雑である。

 耳がまだ聞こえるうちに少しでも良い音楽を聴いて死にたいと名演奏家を世界の涯てまで追いかけていた法律家の友人が四月死亡した。私は眼がまだ見えるうちに入るので、何とかパウル・ドイセンの『ヴェーダ・ウパニシャッド60篇』を読み込みたいと祈願している。これは金沢大で宗教哲学を教えていた友人が、ショーペンハウアーとニーチェを結んだドイセンの大業に直接に触れずしてどうして君は死ねるのか、とオランダで入手したドイツ語原本(第二版1905年)を私に寄贈してくれたものだ。一年前にその友も亡くなった。吉祥寺で二人で食事をした店の前を昨日も私は漫然と歩いていた。

平成30年 元旦  西尾幹二

全集の最新刊(三)

宮崎正弘氏書評 第十八巻『国民の歴史』
 あの強烈な、衝撃的刊行から二十年を閲して、読み返してみた
  歴史学界に若手が現れ、左翼史観は古色蒼然と退場間近だが

  ♪

西尾幹二全集 第十八巻『国民の歴史』(国書刊行会)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 版元から配達されてきたのは師走後半、たまたま評者(宮崎)はキューバの旅先にあった。帰国後、雑務に追われ、開梱したのはさらに数日後、表題をみて「あっ」と小さく唸った。
 二十年近く前、西尾氏の『国民の歴史』が刊行され、大ベストセラーとなって世に迎えられ、この本への称賛も多かったが、批判、痛罵も左翼歴史家から起こった。
初版が平成11年10月30日、これは一つの社会的事件でもあった。もちろん、評者、初版本を持っている。本棚から、ちょっと埃をかぶった初版本を取り出して、全集と比較するわけでもないが、今回の全集に収録されたのは、その後、上下二冊の文庫本となって文春からでた「決定版」のほうに準拠する。それゆえ新しく柏原竜一、中西輝政、田中英道氏らの解説が加えられている。

 初読は、したがって二十年近く前であり、いまとなってはかなり記憶が希釈化しているのは、印象が薄いからではない。その後にでた西尾さんの『江戸のダイナミズム』の衝撃と感動があまりにも大きく強烈だったため、『国民の歴史』が視界から霞んでしまった所為である。
 というわけで、正月休みを利用して三日間かけて、じっくりと再読した。こういう浩瀚な書籍は旅行鞄につめるか、連休を利用するしかない。
 そしてページを追うごとに、改めての新発見、次々と傍線を引いてゆくのだが、赤のマーカーで印をつけながら読んでいくと、いつしか本書は傍線だらけとなって呆然となった。

 戦後日本の論壇が左翼の偽知識人にすっかり乗っ取られてきたように、歴史学界もまた、左巻きのボスが牛耳っていた。政治学を丸山某が、経済論壇を大内某が、おおきな顔で威張っていた。それらの歴史解釈はマルクス主義にもとづく階級史観、共産主義の進歩が歴史だという不思議な思い込みがあり、かれらが勝手に作った「原則」から外れると「業界」から干されるという掟が、目に見えなくても存在していた。
 縄文文明を軽視し、稲作は華南から朝鮮半島を経てやってきた、漢字を日本は中国から学び、したがって日本文明はシナの亜流だと、いまから見れば信じられないような虚偽を教えてきた。
 『国民の歴史』は、そうした迷妄への挑戦であった。
だから強い反作用も伴った社会的事件なのだ。
 縄文時代のロマンから氏の歴史講座は始められるが、これは「沈黙の一万年」と比喩されつつ、豊かなヴィーナスのような土偶、独特な芸術としての高みを述べられる。
 評者はキプロスの歴史博物館で、ふくよかなヴィーナスの土偶をみたことがあるが、たしかに日本の縄文と似ている。
遅ればせながら評者、昨年ようやくにして三内丸山遺跡と亀岡遺跡を訪れる機会をえた。弥生式の吉野ケ里でみた「近代」の匂いはなく、しかも発見された人骨には刀傷も槍の痕跡もなく、戦争が数千年の長き見わたって存在しなかった縄文の平和な日々という史実を語っている。
 魏の倭人伝なるは、取るに足らないものでしかなく、邪馬台国とか卑弥呼とかを過大評価で取り上げる歴史学者の質を疑うという意味で大いに賛成である。
 すなわち「わが祖先の歴史の始原を古代中国文明のいわば附録のように扱う悪しき習慣は戦後に始まり、哀れにも今もって克服できない歴史学界の陥っている最大の宿唖」なのである。
「皇国史観の裏返しが『自己本位』の精神をまでも失った自虐史観である悲劇は、古代史においてこそ頂点に達している」(全集版 102p)

 西尾氏は中国と日本との関係に言語体系の文脈から斬りこむ。
 「古代の日本は、アジアの国でできない極めて特異なことをやってのけた、たったひとつの国である。それは中国の文字を日本語読みし、日本語そのものはまったく変えない。中国語として読むのではなくて日本語としてこれを読み、それでいながらしかもなお、内容豊かな中国古代の古典の世界や宗教や法律の読解をどこまでも維持する。これは決然たる意志であった」(92p)

 「江戸時代に日本は経済的にも中国を凌駕し、外交関係を絶って、北京政府を黙殺し続けていた事実を忘れてはならない」(39p)。

 こうして古代史からシナ大陸との接触、遣唐使派遣中止へといたる過程を通年史風ではなく、独自のカテゴリー的仕分けから論じている。

 最後の日本とドイツの比較に関しても、ほかの西尾氏の諸作論文でおなじみのことだが、ドイツのヴァイツゼッカー元大統領の偽善(ナチスが悪く、ドイツ国民も犠牲者だという言い逃れで賠償を逃げた)の発想の源流がヤスパースの論考にあり、またハイデッカーへの批判は、西尾氏がニーチェ研究の第一人者であるだけに、うまく整理されていて大いに納得ができた。
 蛇足だが、本巻に挿入された「月報」も堤尭、三好範英、宮脇淳子、呉善花の四氏が四様に個人的な西尾評を寄せていて、皆さん知り合いなので「あ、そういう因縁があるのか」とそれぞれを興味深く、面白く読んだ。
 三日がかりの読書となって、目を休めるために散歩にでることにした。

謹賀新年 ―知性の暗闇にとり巻かれて戦っていた過去をあらためて発見して―  平成30年(2018年)元旦

 年末に嬉しいメッセージの記された一枚のお葉書をいたゞきました。

 「全集第18巻『国民の歴史』が届きました。単行本・文庫本を読み、今回3度目となります。先生とご面識を得ることができた大切な本でもあります。」(浅野正美氏、坦々塾事務局長)

 他の方からも、全集の新鮮なページをめくってあらためて『国民の歴史』をもう一度最初から読み直してみたい、という希望を告げた葉書と電話を受け取りました。そこで、同じ希望を持つ方に、今度の全集版の刊行によって初めて発見された同書の本当の壁の存在を、以下の2点において、お示しすることが出来ると思いました。

 「壁の存在」と言ったのは「敵の正体」と言い換えてもいいでしょう。

 (1)は『国民の歴史』の3「世界最古の縄文土器文明」の冒頭部分(52~58ページ)です。日本列島に50万年前に「原人」がいたという考古学上の大詐欺事件がありました。高森遺跡の名で知られています。有名な事件だったので覚えている方も多いでしょう。

 当時の歴史学上の著作はみなこれを記した部分を削除して公刊し直しましたが、私は削除しませんでした。事件発覚後も同じ文章で押し通しました。詐欺の発覚後にも私はちゃんと通用する文章を書いていたからです。

 とにかくこの数ページを全集版で読んで下さい。ご自分の目で確かめて下さい。わが国の歴史学者との差は歴然と明るみに出されました。『国民の歴史』の最大の敵は日本歴史学会の関係者の知性のレベルの低さそのものです。

 (2)次は一冊の終りの方、今度新しく書かれた「後記」の終りの方に「歴史学研究会」という聞きなれぬ会の名を見ることが出来るでしょう(763ページ)。これは日本史学者に限らず、すべての歴史研究に携わる日本の学者を統合的に集めたいわゆる強制的に形成された戦後の組織です。

 この会の存在を今度私は初めて知りました。思想の自由を剥奪した恐るべき組織の名です。このページを読んで下さい。戦後歴史に関する日本のすべてのまともな活動が何によって抑止され、圧殺されていたかが分るでしょう。教科書問題はそのほんの一例です。『国民の歴史』はそもそも何にぶつかっていたのでしょうか。

 (1)と(2)はタイプと内容を異にしていますが、同じ溝にはまった知性の衰弱と国家の敗北がいつまでも尾を引く暗愚の根の深さをいかんなく共通して示しています。尚、「歴史学研究会」のことを私に教えてくれたのは坦々塾のメンバーのお一人である、歴史学者の石部勝彦氏です。あらためて御礼申し上げます。

 『国民の歴史』をもう一度読んでみようとやおら腰を上げて下さる人が一人でも増えることを祈念してやみません。

 その際、全集の刊行によって初めて発見された上記2点を忘れないで下さい。私自身、同書を書いているときには、まさかこういうレベルの知性の暗闇に取り巻かれているとは夢にも考えていないことだったのです。

 これでは良くなるはずの歴史教科書も良くならないはずです。尚、全集の『国民の歴史』には巻末に多数の関係論文が付録として併載されていて、同書の新しい魅力となっていると信じます。次の目次でこの点もご注目下さい。

 目 次

 まえがき 歴史とは何か

1…一文明圏としての日本列島
2…時代区分について
3…世界最古の縄文土器文明
4…稲作文化を担ったのは弥生人ではない
5…日本語確立への苦闘
6…神話と歴史
7…魏志倭人伝は歴史資料に値しない
8…王権の根拠――日本の天皇と中国の皇帝
9…漢の時代におこっていた明治維新
10…奈良の都は長安に似ていなかった
11…平安京の落日と中世ヨーロッパ
12…中国から離れるタイミングのよさ――遣唐使廃止
13…縄文火焔土器、運慶、葛飾北斎
14…「世界史」はモンゴル帝国から始まった
15…西欧の野望・地球分割計画
16…秀吉はなぜ朝鮮に出兵したのか
17…GODを「神」と訳した間違い
18…鎖国は本当にあったのか
19…優越していた東アジアとアヘン戦争
20…トルデシリャス条約、万国公法、国際連盟、ニュルンベルク裁判
21…西洋の革命より革命的であった明治維新
22…教育立国の背景
23…朝鮮はなぜ眠りつづけたのか
24…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その一)
25…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その二)
26…日本の戦争の孤独さ
27…終戦の日
28…日本が敗れたのは「戦後の戦争」である
29…大正教養主義と戦後進歩主義
30…冷戦の推移におどらされた自民党政治
31…現代日本における学問の危機
32…私はいま日韓問題をどう考えているか
33…ホロコーストと戦争犯罪
34…人は自由に耐えられるか

 原書あとがき

 参考文献一覧
文庫版付論1 自画像を描けない日本人――「本来的自己」の発見のために――
文庫版付論2 『国民の歴史』という本の歴史
追補一 『国民の歴史』刊行直後に書かれた一読者の感想…柏原竜一
追補二 古代とは何か――西尾幹二著『国民の歴史』に触れながら…小路田泰直
追補三 あれから二十年――『国民の歴史』の先駆性…田中英道
後 記

全集の最新刊(二)

  目 次

 まえがき 歴史とは何か

1…一文明圏としての日本列島
2…時代区分について
3…世界最古の縄文土器文明
4…稲作文化を担ったのは弥生人ではない
5…日本語確立への苦闘
6…神話と歴史
7…魏志倭人伝は歴史資料に値しない
8…王権の根拠――日本の天皇と中国の皇帝
9…漢の時代におこっていた明治維新
10…奈良の都は長安に似ていなかった
11…平安京の落日と中世ヨーロッパ
12…中国から離れるタイミングのよさ――遣唐使廃止
13…縄文火焔土器、運慶、葛飾北斎
14…「世界史」はモンゴル帝国から始まった
15…西欧の野望・地球分割計画
16…秀吉はなぜ朝鮮に出兵したのか
17…GODを「神」と訳した間違い
18…鎖国は本当にあったのか
19…優越していた東アジアとアヘン戦争
20…トルデシリャス条約、万国公法、国際連盟、ニュルンベルク裁判
21…西洋の革命より革命的であった明治維新
22…教育立国の背景
23…朝鮮はなぜ眠りつづけたのか
24…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その一)
25…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その二)
26…日本の戦争の孤独さ
27…終戦の日
28…日本が敗れたのは「戦後の戦争」である
29…大正教養主義と戦後進歩主義
30…冷戦の推移におどらされた自民党政治
31…現代日本における学問の危機
32…私はいま日韓問題をどう考えているか
33…ホロコーストと戦争犯罪
34…人は自由に耐えられるか

 原書あとがき

 参考文献一覧
文庫版付論1 自画像を描けない日本人――「本来的自己」の発見のために――
文庫版付論2 『国民の歴史』という本の歴史
追補一 『国民の歴史』刊行直後に書かれた一読者の感想…柏原竜一
追補二 古代とは何か――西尾幹二著『国民の歴史』に触れながら…小路田泰直
追補三 あれから二十年――『国民の歴史』の先駆性…田中英道
後 記

朝日新聞に出たインタビュー記事

(平成と天皇)政治との距離を聞く 2017年12月14日朝日新聞より

 ご発言、政治性含めば危険  西尾幹二氏

 ――保守派の中には退位への反対論もありました。

 「人間は誰もが自己表現への欲求を持っているが、天皇陛下ほどそれを充足させる手段が奪われている方はいない。退位のご意向をにじませた昨年8月の『おことば』は一種の表現衝動だったのではないかと、私は解釈する。ご自身の身分の変更についてなら許されると、お考えになったのではないか。摂政を置けばいいといった反対論は『天皇はロボットであればいい』と言っているのに等しく、陛下の苦しいお立場への理解がまるでない。ただし、自己表現が政治的なテーマに向かうと危険だ」

 ――陛下の発言の政治性を指摘する声もあります。

 「2009年の天皇、皇后両陛下のご結婚50年の記者会見で、陛下は憲法に関して踏み込んだ政治的発言をなさった。その後も同じ方向性の発言を繰り返しておられ、陛下が平和主義を唱えているのは事実らしい。そうした姿勢は自主憲法制定、憲法改正を求めてきた戦後保守勢力の否定にもつながりかねない」

 ――なぜ平和主義を唱えることが問題なのですか。

 「陛下のご発言は、政治的権能のあるなしに関わらず影響力が大きく、国民を縛りかねないからだ。日本は戦後、米国という権力に守られてきたが、その米国が今、様変わりしている。平和を外国に頼っていればいい時代は終わりつつある。陛下を『最大の平和勢力』と呼ぶ者もいるが、陛下のご発言が国民の利害と一致しない状況が生まれたらどうするのか。国民が国際情勢を見極めながら自由に議論し、判断できるようにさせていただきたい」

 ■黙る保守、すがるリベラル

 ――天皇や皇室をめぐる言論状況はどうでしょう。

 「左右双方に危うさを感じる。まず、改憲を主張する保守派の多くはなぜ、陛下の平和主義的なご姿勢に疑義を表明しないのか。皇室を守りたい一念ゆえとも言えるが、皇室の問題になると恐れおののいて沈黙するようでは近代人として未成熟だ。保守派の中には、少数だが、いまだに天皇の『臣下』と自称する者がいる。皇室について言挙げすると、『朝敵』と批判する人たちもいる。そうした言論状況は、安倍晋三首相を『保守の星』として持ち上げ、他の評価を寄せつけないような、今の保守メディアを覆う硬直した空気ともつながっている」

 「一方でリベラル派は、改憲阻止のために陛下を政治利用しているのではないか。陛下のお力に取りすがろうとする姿勢は、彼らの護憲の主張に反し、過去の反皇室の言説とも矛盾する。改憲の問題においても、陛下のご発言の影響は測りがたい。既に憲法上の限界を超えている恐れもある。これ以上、一方に寄り添うような姿勢をおとりにならないでいただきたい」

 ――安倍政権の皇室問題に対する取り組みをどのようにみていますか。

 「安倍氏は、かつては男系の皇統を維持する方策として旧宮家の皇籍復帰などを提唱していたが、首相になってからは何もしない。『保守』と称しながら困難なテーマには深入りせず、保守政治家としての責務から逃げている。勢力拡大のため左にウィングを伸ばそうとしているが、これでは左右双方から信用されない。『保守』をつぶすのは『保守の星』ともなりかねない。結局、安倍氏の根っこは『保守』ではなく、ただの『戦後青年』である」

 (聞き手・二階堂友紀)

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 にしお・かんじ 35年生まれ、82歳。ドイツ文学者、評論家。電気通信大名誉教授。著書に「ニーチェ」「全体主義の呪い」「江戸のダイナミズム」など長編評論が多数。「西尾幹二全集」(全22巻)を刊行中。

 ◇天皇陛下の退位日は2019年4月30日と決まった。これまでたびたび問われてきた皇室と政治の向き合い方は、どうあるべきなのか。3人の識者に聞いた。

全集の最新刊

 西尾全集次の最新刊は『国民の歴史』です。

 箱入り上製本ですから、箱にはオビがあり、オビの表と裏にそれぞれ次の告知分があります。

表の告知文

日本の歴史は中国や西洋から見た世界史の中にではなく、どこまでも日本から見た世界史の中に位置づけられた日本の歴史でなくてはならない。そのような信念から書かれた大胆な日本通史への試み。

裏の告知文

まず、この本はベストセラーになり広い範囲の読者から支持されたというのはもちろんですが、批判や反対意見もずいぶん出ました。いろいろな激しい議論を巻き起こしており、「朝日新聞」の社説にまで取り上げられたのは、その一例といえます。そしてこの反響の大きさこそ、この本が持っている本質的な「大きさ」と密接に関係しているのではないでしょうか。

・・・・・この本はいくつかのテーマを合わせたテーマ論集のようになっていますが、それぞれの論点をつなげると、一つの体系を持った日本文明論が見えるという、何よりも論としてのスケールの大きさを持っています。・・・・・こういう類の本は、戦後はおろか、戦前の史学書などを見ても、あまり例がないように思います。戦前にも日本文明論はいくつも出ていますが、観念的に書かれたものばかりです。とくに長所の研究成果や史観の変化という動向を踏まえつつ、多くの論点を併せ持ちながら、全体として独自の明確な史観をこれだけのスケールをもって展開した本は、ほかになかったと思います。・・・・・十分に実証的で、学問的な説得力も兼ね備えています。そのため戦後に日本史学(いわゆる「戦後史学」)の中で、専門研究者として仕事をしてきた学者たちが、ずいぶん狼狽しているようです。あちこちで激しい議論が起こるのも、そうしたことの表れでしょう。

『日本文明の主張』より 京都大学名誉教授 国際政治学者 中西輝政

 この一冊は私には珍しい超ベストセラーでした。愛読者の方も、あの全集のすっきりした形に収まったこの本をあらためて読んでみたい、と思う人が少なくないのだと聞いています。

 関連論文は本当に多く、日本史学者の論文を含む新しい追補の論考は3本あります。「後記」も力がこもっています。

 次回には目次をお届けします。どうかよろしくお願いします。