慰安婦と朝日新聞問題をめぐって

 8月5日に朝日新聞が慰安婦強制連行説の虚報を認めて以来、9月11日の社長の謝罪会見を経て今日までに、私は当ブログにはこれに関連する見解を発表していない。沈黙していたわけではない。沈黙したとしても引き出され、どうしても書かされるのが運命で、以下にまとめると今までに次のような発言をしているので、まとめてみる。旧作の再録もあった。

『正論』10月号―― 「次は南京だ」(これは良い題ではなかった。「朝日新聞的なるもの」に改めたい)

『正論』11月号――「ドイツの慰安婦と比較せよ」

文藝春秋臨時増刊 『朝日新聞は日本人に必要か』――「ドイツの傲慢、日本の脳天気」「朝日論説の詐術を嗤う」(1997年『諸君!』から二篇再録)

WiLL臨時増刊 『歴史の偽造!』――「外国特派員協会で慰安婦問題を語る」

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 以上のうち『正論』10月号「朝日新聞的なるもの」は近くここに掲示可能となる。

 今後の予定は、
 つくる会編 『史』に「外務省が逃げている戦後最大の外交問題」

 『WiLL』12月号 予定として、戦後の個人補償におけるドイツとの比較論の中で慰安婦のテーマが浮かび上った1995年-1997年頃の朝日の異様な意識操作について考えてみる。

「正論」連載「戦争史観の転換」について

 「週刊新潮掲示板」(2014年6月26日号)に次のようなおねがいを掲げた。多分、返事を言ってこられる方はいないだろう。

 ここは小さな簡単な探しものは効果をあげるのだが、そういう材料は今なにもないのに、何か出さないかと言われて仕方なくこんな掲示を作った。勿論、ご返事の期待は非常に少ないが、諦めてはいない。

 私はいま月刊誌『正論』に『戦争史観の転換』と題した30回予定の大型企画を連載中で、日米戦争の背後に西欧五百年史、中世・近世の歴史の暗部とのつながりを発掘し、近現代史観の克服を試みている。ペリー来航以後に米国の侵略意志を見る百年史観は今までにも多い。だが(一)五百年史観は戦前に大川周明、仲小路彰の例があるが、戦後に有力な論考があったら教えてほしい。(二)江戸の朝鮮通信使は朱子学の優位で日本人に教える立場であったのに荻生徂徠の出現で日本の学問が動いて立場が逆転した。この転換に詳しい適確な本を教えて欲しい。

 さて、その「正論」の連載だが、ようやく第二章「ヨーロッパ遡及500年史」の④が仕上り、7月1日号にのる。これで8回目である。前途多難である。

 第二章はスペイン中世のスコラ哲学とインディアスの関係が主たるテーマだった。次の第三章はまだ予定の段階だが、「近世ヨーロッパの新大陸幻想」と名づけるつもりだ。イギリス、フランス、オランダ等の17-18世紀が世界史を決めるのはアメリカ大陸への幻想からだった。第四章は「欧米の太平洋侵略と日本の江戸時代」、第五章は「『超ヨーロッパ』の旗を掲げたアメリカとロシア、そして日本の国体の自覚」・・・・・というような大よその方向を考えているだけで、その先はどうなるか分らない。各4節づつ全8章、全部で32回を計画している。

3月後半の「日録」

 3月中旬からの「日録」を綴ることにしたい。

 14日に高橋史朗氏の新著『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』という長い題名の本の書評845字を書いた。産経新聞文化部に送った。

 この日安倍総理が河野談話の「見直し」はしないと明言した。日米韓の三国会談をひかえてのアメリカからの圧力があってのことに違いないが、やっぱりそうかとがっかりする。

 クリミア併合へ向けて急展開するウクライナ情勢を横目に見て、「正論」5月号の原稿を書く。20日の情勢まで入れて「ウクライナで躓いたオバマはアジアでも躓く」(30枚)を書き上げた。雑誌の要望で題を短くする必要があり、「無能なオバマは日中韓でもつまづく」に改めた。

 私の家は建てて早くも17年経ち、外壁と屋根を洗浄することになり、建設業者が出入りし始め、20日から3~4日忙殺される。こういうことが起こると落ち着かない。実際の工事は5月末に始まる。

 日本文化チャンネル桜が『言志』というネット雑誌を作っていたが、今度紙の雑誌としても出版することにしたそうで、その第一号のために「日本はアメリカからとうに見捨てられている」を書く。わずか8枚だが、一日かかった。

 3月24日夜、私の呼びかけで、関岡英之、河添恵子、坂東忠信、河合雅司(産經編集委員)に産經新聞社に集まってもらって、「日本を移民国家にしていいのか」を世間に訴える移民問題連絡会をつくった。

 5月に『正論』編集部主催のシンポジウムを開き、それを皮切りに「年20万人移民導入」という自民党案に待ったをかける。

 26日午后3時から福井義高氏と対談。私の『正論』2、3、4月号の「『天皇』と『人類』の対決――大東亜戦争の文明論的動因」は私としては最近では最も充実した一作のつもりである。福井氏にコメントを付けてもらった。書きっぱなし、出しっぱなしではなく、一論文に、直接コメントで感想や異論を付けてもらうのはありがたい。編集長が同席し、面白いのでこれも雑誌に出した方がいいと仰有ったが、どうなることか。

 福井義高氏は欧米の現在のジャーナリズムや学会における第二次世界大戦観について幅広い知識に通じている。西尾の考え方はその中に位置づけてみると異端どころかむしろ正統派に属するのだ、といつも言っている。この点を検証してもらうのがポイントだ。

 27日前橋市に赴き、群馬正論懇話会の講演会で「歴史の自由を取り戻せ」と題して1時間30分語った。翌日新聞に出た内容案内を記しておく。

 西尾氏は、第二次世界大戦を戦った日本を「欧米列強の侵略を免れた唯一の国」とし、「欧米は侵略に『NO』を突きつけた日本を『悪』と決めつけた」と主張。「今もその流れは続いている」と自身の歴史認識を示した。

 安倍晋三首相は平成5年の「河野談話」の見直しを否定したことについて「アメリカの影響があった」とし、「アメリカは中国と韓国を利用して、自らが築き上げた戦後秩序を何としても守ろうとしている」と主張。「米政府は首相の靖国神社参拝に『失望』を表明したが、日本政府も中国の民主化に熱心でない米政府に失望したというべきだ」と訴えた。

 28日新潮社編集部と会談した。私の単行本『天皇と原爆』が8月に文庫化される件について話し合い、巻末解説に渡辺望氏をお願いするかねての提案が確認された。

 28日日本文化チャンネル桜でも移民反対キャンペーンを展開したいとの私の提案について、全面的に了解される。水島氏側でも同様の計画をもっていたらしく、4月以後のスケジュール調整をした。

 お花見のお誘いを各方面からいただいているが、参加できない事情は以上のような過密スケジュールのゆえであり、了承されたい。3月31日付で「GHQ焚書図書開封 ⑨」の『アメリカからの宣戦布告』が出版された。

慰安婦、オバマ、ウクライナ、フランクリン・ルーズベルト、日米開戦史

 3月14日に安倍首相は正式に河野談話の見直しはしないと表明した。その少し前に菅官房長官が談話の成立過程を政府内研究会をつくって検証すると言った。ワシントンのサキ報道官はこれを承けて首相の決定を「前進」と評価し、今後とも歴史問題を解決するよう日本政府を促していくと語った。すると菅官房長官は日を置かずに、談話の「検証」はするが、その結果いかんに拘わらず「見直し」はしないと重ねて強調した。

 日本ではみんな穏和しくしているが、これは大変な決定である。日本の名誉はこれで永久に救われないことになる。外地で慰安婦像の撤去のための地味な運動をしている日本人愛国者たちに、安倍さんは会わせる顔がないだろう。

 オバマ訪日を前にしてこの動きがきまっていくプロセスのかたわら、ウクライナ問題が進展し、クリミアのロシア支配が決まった。

 私が当ブログの更新を怠っているときというのは、雑誌〆切りの原稿に没頭しているときと思っていたゞきたい。慰安婦、南京、侵略概念という日本を苦しめる歴史のテーマと、ウクライナでアメリカが有効な手を打てず無力をさらし、中国が西太平洋を狙って不気味な沈黙を守っている情勢とはぜんぶつながっている。

 私は『正論』5月号(4月1日発売)に「無能なオバマは日中韓でもつまづく」という論文を出した。これは表紙に出る文字で、目次は少し違って、「ウクライナで躓いたオバマはアジアでも躓く」である。本当は後者が私の立てた題である。長過ぎて表紙に用いるのに具合が悪いので前者の題にしたと編集長が言った。

 私は慰安婦=河野談話問題とウクライナ=オバマ問題を一つながりのテーマとして扱ったので、毎日動いていくニュースを追う関係で時間がかゝり、当ブログはしばらくお休みになった。

 もう一つのより大きなテーマをこの論文にからめている。その話を少しさせて欲しい。フランクリン・ルーズベルト大統領の対日開戦の責任と中国を共産国家にしてしまったアメリカの戦後処理の失敗責任について、アメリカでも研究や議論が進展している。気鋭の歴史家・渡辺惣樹氏の『アメリカはいかにして日本を追い詰めたか』(2013、草思社)は新しいアメリカの歴史の見方を紹介している重要な著作である。

 ところで私の「GHQ焚書図書開封 9」『アメリカからの「宣戦布告」』は3月のうちに全国の書店に出始めている最新刊で、アマゾンではもう売り出されている。渡辺さんの本と私の本とは結論が近づいている。それは何を意味するか。

 日米開戦の責任をめぐる戦勝国の今の認識と敗戦国の当時の認識が接近してきたのである。敗戦国の見ていた歴史の真相を戦勝国も70年経って認めざるを得なくなってきたのである。

 当ブログの読者の皆様へ申し上げたい。『正論』5月号にすべて詳しい、突っ込んだ分析を展開されていますので、まずそちらを見て下さい。当ブログは私の考えの展開の場ではなく、私の活字世界の活動のご紹介の場です。

 私の考え方を正確に知っていただきたいので、以上のようにお願いする。

年末のお知らせ――講演の始末、その他

 12月8日の私の講演「大東亜戦争の文明論的意義を考える――父祖の視座から」について、ご所見をお寄せ下さる人が多数にのぼり深謝にたえません。その後あの講演を文字化し、プリントして、自ら再検証した処、話はあちこちに飛び、論旨に不明なところもあり、赤面の至りでした。聴き手の皆さまにご迷惑をお掛けしたと痛感しています。あんな不完全なスピーチからよく本意を汲み取ろうとして下さったと、申し訳なく思っております。

 そこでご報告します。あの講演は400字詰で120枚ありました。三分割し30枚論文を三篇作成し、『正論』2月号(12月25日発売)から「『天皇』と『人類』の対決――大東亜戦争の文明論的動因」(上)(中)(下)と題して掲載します。余計な処を削除し、新しい表現も加え、筋を明確に辿れるものに新装いたしますので、あらためて読んで下さい。

 加えて、日本文化チャンネル桜の私の「GHQ焚書図書開封」の時間帯に、同講演をやはり三回に分けて放映いたします。放映日は1月8日、22日、2月5日で、いずれも翌日にはYou Tubeにあがります。

 これらに伴い、私の『正論』連載「戦争史観の転換」と日本文化チャンネル桜の「GHQ焚書図書開封」通常番組は、その間休止させていただきます。いずれもしっかり連載の準備の勉強をしたいという思いからであり、急がず慌てず、前へ着実に進めるための一助になろうかと考えています。

 「GHQ焚書図書」⑧『日米百年戦争』はご好評をいただいていますが、今後の計画は、来年中に⑨『対日石油禁輸と経済封鎖の真相』、ならびに⑩『水戸学物語』です。

 『WiLL』1月号の六人座談会の「柳条湖事件の日本軍犯行説を疑う」後篇が当然2月号に期待されたはずですが、出ていません。私にもまだ不掲載の編集部からの理由説明は届いていません。残念ながら「遺憾」としか申し上げられないのが現段階です。

11月の私の仕事・お知らせ

          西尾幹二全集刊行記念講演会のご案内

  西尾幹二全集第8巻(教育文明論) の刊行を記念し、12月8日 開戦記念日に因み、下記の要領で講演会が開催いたしますので、是非お誘い あわせの上、ご聴講下さいますようご案内申し上げ ます。
 
                       記
 
  大東亜戦争の文明論的意義を考える
- 父 祖 の 視 座 か ら - 

戦後68年を経て、ようやく吾々は「あの大東亜戦争が何だったのか」という根本的な問題の前に立てるようになってきました。これまでの「大東亜戦争論」の殆ど全ては、戦後から戦前を論じていて、戦前から戦前を見るという視点が欠けていました。
 今回の講演では、GHQによる没収図書を探究してきた講師が、民族の使命を自覚しながら戦い抜いた父祖の視座に立って、大東亜戦争の意味を問い直すと共に、唯一の超大国であるはずのアメリカが昨今権威を失い、相対化して眺められているという21世紀初頭に現われてきた変化に合わせ、新しい世界史像への予感について語り始めます。12月8日 この日にふさわしい講演会となります。

           
1.日 時: 平成25年12月8日(日) 
(1)開 場 :14:00
 (2)開 演 :14:15~17:00(途中20分 程度の休憩をはさみます。)
                       

2.会 場: グラン ドヒル市ヶ谷 3階 「瑠璃の間」

3.入場料: 1,000円 (事前予約は不要です。)

4.懇親会: 講演終了後、サイン(名刺交換)会と、西尾幹二先生を囲んでの有志懇親会がございます。ど なたでもご参加いただけます。(事前予約は不要です。)

   17:00~19:00  同 3階 「珊瑚の間」 会費 5,000円 

  お問い合わせ  国書刊行会(営業部)
     電話 03-5970-7421
AX 03-5970-7427
E-mail: sales@kokusho.co.jp
坦々塾事務局(中村) 携帯090-2568-3609
     E-mail: sp7333k9@castle.ocn.ne.jp
  

 『WiLL』1月号(11月26日発売)に私が関係する仕事がたまたま二本載る。私の単独の評論(1)は決していい題ではないが、花田さんに押し切られた。六人関与の現代史研究会の討論原稿(2)ははるかに重大な内容である。分量が多いせいもあって5ヶ月待たされてやっと掲載される運びになった。今月のは前半である。

(1) 「17歳の狂気」韓国
 バスジャック犯を念頭に置いている。東北アジアを銃砲火器をもつ暴力団に囲まれた一台のバスと見立てている。仲間と思っていたバスの乗客の一人がとつぜん理性を失った。そういう譬えで語られている。

(2) 柳条湖事件日本軍犯行説を疑う
 西尾幹二・加藤康男・福地淳・福井義高・柏原竜一・福井雄三

 この現代史研究会の討論はかっては四人であった。討論は『歴史を自ら貶める日本人』(徳間書店)という一冊の本にまとめて本年世に送り出した。今回から6人体制とする。

 今回の討論の主役は加藤康男氏である。氏は張作霖爆殺事件をひっくり返す画期的な本を出して山本七平賞奨励賞をもらっている。

 私は戦後の日本史学者のやったことは100パーセント疑わしいと思っているので、これに断固として挑戦している人が出てくるとともかく嬉しい。加藤さんを応援するし、ここで彼の仕事の口火を切ることができたことは光栄である。私はコーディネーター役に徹している。

 『正論』1月号(12月1日発売)には私の連載が掲載される。

(3) 戦争史観の転換 第6回「ヨーロッパ500年遡及史」②
 本日やっと校正ゲラを修正して戻した。毎月30枚である。30回連載される予定である。だから思い切って歴史展望の尺度を大きくしている。

 今回はポルトガルである。誰も考えたことがない、知られていない中世以来のポルトガル史にわが近現代史を解く鍵の一つがある。これを精密に追い、かつ面白い読み物として語っている。

 ヴァスコ・ダ・ガマがニュルンベルク裁判や東京裁判に深く関係しているなどと誰が考えたであろう、と今ひとりほくそ笑んでいる。スペインのインカ帝国、アステカ帝国破壊史はよく知られているが、ポルトガルのことは本当にあまり知られていない。

 今月はほかに全集第9巻「文学評論」の再校ゲラの戻しをした。大変な分量であった。

 12月10日ごろに思い切った長い表題の新刊の単行本も出すが、次回に詳しく報告する。

西尾幹二全集第8巻『教育文明論』の刊行

 いま私の生活の最大部分を占めているのは全集の刊行と正論連載である。この二つを仕上げるために他の小さな仕事は次第に縮小せざるを得ないと思っている。

 全集は資料蒐集つまりテキストの確保にはじまり、編成、校正、関連雑務とつづく。正直、息が抜けない。

 今月20日にようやく第8巻『教育文明論』が上梓される。何のかんのと言っているうちに8巻まで来て、三分の一を過ぎた。

 月報は天野郁夫氏(東大教授)と竹内洋氏(京大教授)の二人の教育社会学者におねがいした。このご両氏と侃侃諤諤の議論をし合った往時(1980年代)が懐かしい。

 まず目次をご覧いたゞきたい。私の45歳から55歳にかけての脂ののり切った10年間の全エネルギーが「教育改革」の一点に注がれたのである。

目 次

Ⅰ 『日本の教育 ドイツの教育』を書く前に私が教育について考えていたこと

 今の教師はなぜ評点を恐れるのか
 九割を越えた高校進学率――もう一つの選別手段を考えるべきとき
 教育学者や経済学者の肝心な点が抜けたままの教育論議
 わが父への感謝
 競争回避の知恵と矛盾
 文明病としての進学熱――R・P・ドーア氏の講演を聞いて

Ⅱ 日本の教育 ドイツの教育

 第一章 ドイツ教育改革論議の渦中に立たされて
 第二章 教育は万能の女神か
 第三章 フンボルト的「孤独と自由」の行方
 第四章 大学都市テュービンゲンで考えたこと
 第五章 世界的視座で見た江戸時代以降の教育
 第六章 進学競争の病理
 第七章 日本の「学歴社会」は曲り角にあるか
 第八章 個人主義不在の風土と日本人の能力観
 終 章 精神のエリートを志す人のために
 あとがき
 主要参考文献

Ⅲ 中曽根「臨時教育審議会」批判

 自己教育ということ――『日本の教育 智恵と矛盾』の序
 どこまで絶望できるか
 「中曽根・教育改革」への提言
 経済繁栄の代価としての病理
 矛盾が皺寄せされる中学校教育
 校内暴力の背後にあるにがい真実
 臨教審、フリードマン、イヴァン・イリッチ
 「教育の自由化」路線を批判する
 「競争」概念の再考
 教育改革は革命にあらず――臨教審よ、常識に還れ――
 再び臨教審を批判する
 臨教審第二部会に再考を求める
 臨教審第一次答申を読んで
 なぜ第一次答申は無内容に終わったか
 「自由化」論敗退の政治的理由を推理する
 文教政策に必要な戦略的思考
 「臨教審」第二次答申案を読んで
 大学間「格差」を考える
 飯島宗一氏への公開状
 臨教審最終答申を読んで

Ⅳ 第十四期中央教育審議会委員として

 講演 日本の教育の平等と効率
 西原春夫前早大総長への公開質問状
 大学審議会と対立する中教審の認識
 中教審答申を提出して
 有馬朗人東大学長への公開質問状

Ⅴ 教育と自由 中教審報告から大学改革へ

 プロローグ
 第一章 中教審委員「懺悔録」
  第一節 指導者なき国で理想の指導者像は描けず
  第二節 「教育改革」論議はなぜ人を白けさせるのか
  第三節 答申から消された文部省批判
 第二章 自由の修正と自由の回復
  第一節 「 格差」と「序列」で身動きできない日本の学校
  第二節 文部省文書のスタイルを破る
  第三節 公立学校と私立学校の宿命的対比
  第四節 入学者選抜は「大学の自治」か
  第五節 なぜ地獄の入口に蓋をするのか
 第三章 すべての鍵を握る大学改革
  第一節 混沌たる自由の嵐を引き起こすために
  第二節 私の具体的な大学改革案
  第三節 “競争の精神(アゴーン)”を忘れた日本の学問
 終 章 競争はすでに最初に終了している
  第一節 誰にでも開かれているべき真の自由
  第二節 効率から創造へ
 付 録 学校制度に関する小委員会審議経過報告(中間報告)抄録

Ⅵ 大学改革への悲願
 大学を活性化する「教育独禁法」
 講演 大学の病理
 有馬朗人第十五期中教審会長にあらためて問う

Ⅶ 文部省の愚挙「放送大学」

後 記

「侵略」非難は欧米の罠にすぎぬ

 月刊誌『正論』9月号(今店頭に出ている)に、「日本民族の偉大なる復興」(下)の「『侵略』非難は欧米の罠にすぎぬ」を発表しました。この論文はかなり野心的で、新しい考え方を掲げることを企画している内容のつもりです。(上)(下)読まなくても(下)だけでもいいので、これを読んだ方にこれに即してコメントしていただけたら大変にありがたい。

 ブログのコメントはブログにだけつけられるものでなく、活字現行にも応答していただきたいとつねづね考えています。よろしくおねがいします。

ひとこと申し上げる

 私はいま雑誌『正論』で始めた長篇連載「戦争史観の転換」に一番大きな精力を注いでいる。全部で30回、約1000枚近い予定である。

 最近はこのブログ「日録」のコメント欄にも書きこんで下さる人が多くなってよろこんでいるが、どうか『正論』連載の内容などをも踏まえて書いていたゞけるとありがたい。連載は始まったばかりだが、どんどん新しいことを言っている。6月号は2回目である。

 アメリカ革命やフランス革命はある時期に世界史にたしかに新しい価値をもたらしたが、それは人類の普遍的価値ではない。二つの革命が時代とともに人類に災いをひき起こした面もある。

 今でもまだ戦勝国のアメリカが日本に民主主義や自由の理念をもたらしてくれたと思っている人がいるが、それは正しくない。ヨーロッパの古い文明はまだ有効性をもっているかもしれないが、われわれはそれを必ずしも模範として学べばよいという時代ではない。いわんやアメリカはもう日本のモデルではない。

 最近若い人がアメリカに留学しなくなった。日本人が内向きになったからだという人がいるが、私は日本社会がもはやアメリカを手本にしてわが身を正そうとしなくなったので、若い人がアメリカに行っても得をしないと思うようになったためだと考えている。アメリカが世界の普遍性の代表ではなくなったのである。

 5月1日付の「日録」のコメント欄のいくつかに私は異和感を覚えたので、ひとこと申し上げ、どうか是非『正論』の私のアメリカ論をよんで下さいと申し上げる。

 私はアメリカを否定する者ではない。もっと距離をもって捉えるべきだと言っている。アメリカは「世界政府」志向のグローバリズムの帝国で、それに対し日本はどこまでも単一民族文化国家であり、異なる独自の価値観に生きている。

 世界のあらゆる文明はそれぞれが独自であって、特定の文明が優位ということはあってはならない。

「日本外国特派員協会での意見陳述」の反響

 この問題は日本の国内では論争修了で、片がついているのに、世界にきちんと発信がなされていない。中韓には何を言ってもダメだが、アメリカやヨーロッパに日本の主張が届いていないのはひとえに外務省の責任である。官僚の卑屈と怠惰が政治の危機を招いている。

 われわれ言論人は無力であることを思い知らされてきた。日本人有志がアメリカの新聞に意見広告を出すような試みはなされてきたが、かえって無力感をきわだたせた。安倍首相もアメリカに威嚇されて腰がひけている。

 私のこの小さな発言が反撃の発火点になってほしい、という思いが私だけでなく、昨日からネット言論のあちこちに見出される。ブログ「株式日記と経済展望」の反響がその点で一番明確だったので転載させていたゞく。

 質疑応答を含めて私の発言の全文は『WiLL』6月号に出る予定である。

 慰安婦問題での私の論戦参加は1997年のことで、ザイドラーの本をとり上げて『諸君!』(同年1月号)に「慰安婦問題の国際的不公平――ドイツの傲岸、日本の脳天気」を書いた。単行本『歴史を裁く愚かさ』(PHP研究所)に収めらている。

従軍慰安婦問題は、「株式日記」でも何度も書いてきましたが、日本政府は韓国や中国に反論する事よりも「謝罪と反省」を繰り返すことで問題をこじらせて来ました。80年代から90年代はネットも普及しておらず新聞テレビラジオなどでしか広報機関が無く、韓国や中国のプロパガンダに対する反論は一部の雑誌でしか対抗手段が無かった。

それらの保守系に雑誌の反論も、一般的には「右翼の戯言」や「歴史修正主義者」のレッテルを貼られて葬り去られて来た。政界でも歴史問題発言で何人もの大臣が「暴言を吐いた」と言う事で辞職に追い込まれた。最近では麻生内閣でさえ田母神航空幕僚長の歴史観の論文が問題にされて辞職させられた。自民党にはこのような歴史がある。

しかし2000年以降のネットの普及による一般市民による言論活動が盛んになるにつれて、中国や韓国から発せられる「プロパガンダの嘘」が次々と暴かれるようになり、左翼やリベラル勢力は言論活動で完敗している。今や国内の論争の主力戦線は親米派対保守派の論争であり、従軍慰安婦問題は国会などの予算委員会での議論でも決着は既に付いている。

しかしながら「河野談話」などの見直しにはアメリカ当局も神経を尖らせているようですが、2007年のアメリカ下院議会の対日批判決議は「河野談話」が一つの決め手になってしまった。第一次安倍総理も戦後レジームからの脱却はアメリカの不信感を買うことになり、従軍慰安婦問題でも「河野談話」の扱いにはっきりとした態度を示していない。

このように政治家が歴史問題で孤立してしまうのは、日本のマスコミや歴史学界からの援護射撃が無いからであり、ましてや英語などによる世界的な広報活動は外務省などもほとんどやってこなかった。最近における韓国の従軍慰安婦などのプロパガンダはアメリカ国内に広められており、西尾幹二氏が外人記者クラブで述べているように、「今年に入ってニューヨーク州議会上院、ニュージャージー州議会下院において同様の議決を行ったことは、許しがたい誹謗で、憂慮に耐えません。」と指摘している。

「株式日記」のアクセスログによれば、アメリカなどからのアクセスも数百件もあるので、英語通訳の説明もあるのでアメリカ地方議会関係者にもユーチューブの動画を紹介して欲しいと思います。「株式日記」も英語で発信出来ればいいのですが、最近ではフェイスブックやツイッターなどに紹介されて世界からコメントが寄せられるようになりました。一部の日記が英語に翻訳されて紹介されているのだろう。

西尾幹二氏の外人記者クラブでの論説は、従軍慰安婦問題がアメリカ地方議会に次々と対日批判決議が出されている事であり、日本国内での意見が一向にアメリカに届いていない事が日米関係をおかしくする原因になるのではないかと憂慮している。ニューヨークタイムズやロサンゼルスタイムズのようなリベラル新聞に抗議しても相手にはされませんが、ユーチューブで動画配信されたものを見てもらえれば、韓国の団体が言いふらしている「従軍慰安婦」が、いかにデタラメであるかが証明されるだろう。

外人記者クラブにおける欧米系記者たちの反応もおとなしいものであり、ニューヨークタイムズ紙のオオニシ記者はいたのだろうか? 特に興味があるのはナチスドイツ軍における「従軍慰安婦」問題であり、西欧には売春施設があったからドイツ軍はそれを利用したが、東欧諸国には売春施設が無く一般の女性を駆り集めて「従軍慰安婦」にした。しかしそれが問題にならなかったのももっと大きな犯罪行為が行なわれていたからだ。

軍隊における健康管理は重要な課題ですが、軍の兵士が性病にかかれば戦力の低下になる。第一次大戦ではドイツ軍の200万人の兵士が性病にかかり戦力の低下につながった。だから売春宿などで管理されたものとなり、性病検査で兵士への蔓延を防ぐ事は軍の重要課題であり、軍の駐屯地の傍には売春宿があるのが普通だった。

日本においても米軍兵士への慰安設備が整備されましたが、その慰安婦が20万人だった事は偶然なのだろうか? 米軍から区長などに慰安施設を要求されて慰安所が作られましたが、米軍兵士の性病の蔓延を防ぐにはこの方法しかないのだろう。西尾氏はこの例を挙げて日本軍の慰安婦問題が罰せられるのなら、米軍も同じように罰せられなければならないことを指摘している。

欧米人記者からの質問は、歯切れの悪いものとなり、西尾氏のように十分な論拠を持って反論すれば「いわゆる従軍慰安婦問題」は、日韓の外交問題になる事はなかったのでしょうが、「謝罪と賠償」利権を持つ一部の議員によって「河野談話」が発表されて、それが政府公認とされてしまった。韓国や中国では一度認めるとそれを根拠にさらに要求を吊り上げてくる。日本政府は政治決着のつもりで発表したのに、韓国政府は約束を守らず「河野談話」を根拠にアメリカ議会に働きかけている。

韓国人や中国人が約束を守る国民ならとっくに近代国家になっているはずですが、日常のビジネスでも韓国や中国では法律や契約や約束は守られない。北朝鮮問題でも援助と引き換えに核開発やミサイル開発を止めさせても北朝鮮は直ぐにそれを破って開発を続ける。韓国や中国の軍隊に規律も同じようなものであり、韓国軍はベトナムに参戦して、ベトナム人女性を暴行して数万人の私生児が生まれている。

株式日記と経済展望のTORAさんの意見

西尾さんとてもよかったです。外人記者はシーンとなっちったなーここまで説明しても日本悪玉論を信じてる外人さんは納得しないだ¬ろうけど、日本の意見・立場はある程度、理解されと思う。シナチョンの捏造宣伝戦に負けないためにも日本からの海外発信は¬今後も重要だ。国も動いて欲しいわ・・・

西尾氏のステートメントは、戦後史に残る歴史的陳述である。アメリカの欺瞞に満ちた態度を、戦後初めて、世界に、明晰に摘出¬した。欧米マスコミの反応が見ものである。恐らく、無視し、あるいは捏造キャンペーンを強化するであろう。¬後は、政府レベルで、命がけでこのステートメントを繰り返し発信¬する必要がある。

>貴方がたの父や兄が(日本で)何をしていたかを知り、恥を知れ¬¬!西尾先生よく言って下さいました。日本人は日本を取り戻すためにもう踏み出し始めた、ということを¬¬よくよく自覚して、このような発信をして下さる人々をしっかり¬と¬支えねばならない。声をあげて政府も動かして行かないとだめだ。何回も何回も意見を送ろう。

Dr Nisio is right.A comfort women is nothing more than a prostitute. The political propaganda of South Korea