全集の最新刊(三)

宮崎正弘氏書評 第十八巻『国民の歴史』
 あの強烈な、衝撃的刊行から二十年を閲して、読み返してみた
  歴史学界に若手が現れ、左翼史観は古色蒼然と退場間近だが

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西尾幹二全集 第十八巻『国民の歴史』(国書刊行会)
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 版元から配達されてきたのは師走後半、たまたま評者(宮崎)はキューバの旅先にあった。帰国後、雑務に追われ、開梱したのはさらに数日後、表題をみて「あっ」と小さく唸った。
 二十年近く前、西尾氏の『国民の歴史』が刊行され、大ベストセラーとなって世に迎えられ、この本への称賛も多かったが、批判、痛罵も左翼歴史家から起こった。
初版が平成11年10月30日、これは一つの社会的事件でもあった。もちろん、評者、初版本を持っている。本棚から、ちょっと埃をかぶった初版本を取り出して、全集と比較するわけでもないが、今回の全集に収録されたのは、その後、上下二冊の文庫本となって文春からでた「決定版」のほうに準拠する。それゆえ新しく柏原竜一、中西輝政、田中英道氏らの解説が加えられている。

 初読は、したがって二十年近く前であり、いまとなってはかなり記憶が希釈化しているのは、印象が薄いからではない。その後にでた西尾さんの『江戸のダイナミズム』の衝撃と感動があまりにも大きく強烈だったため、『国民の歴史』が視界から霞んでしまった所為である。
 というわけで、正月休みを利用して三日間かけて、じっくりと再読した。こういう浩瀚な書籍は旅行鞄につめるか、連休を利用するしかない。
 そしてページを追うごとに、改めての新発見、次々と傍線を引いてゆくのだが、赤のマーカーで印をつけながら読んでいくと、いつしか本書は傍線だらけとなって呆然となった。

 戦後日本の論壇が左翼の偽知識人にすっかり乗っ取られてきたように、歴史学界もまた、左巻きのボスが牛耳っていた。政治学を丸山某が、経済論壇を大内某が、おおきな顔で威張っていた。それらの歴史解釈はマルクス主義にもとづく階級史観、共産主義の進歩が歴史だという不思議な思い込みがあり、かれらが勝手に作った「原則」から外れると「業界」から干されるという掟が、目に見えなくても存在していた。
 縄文文明を軽視し、稲作は華南から朝鮮半島を経てやってきた、漢字を日本は中国から学び、したがって日本文明はシナの亜流だと、いまから見れば信じられないような虚偽を教えてきた。
 『国民の歴史』は、そうした迷妄への挑戦であった。
だから強い反作用も伴った社会的事件なのだ。
 縄文時代のロマンから氏の歴史講座は始められるが、これは「沈黙の一万年」と比喩されつつ、豊かなヴィーナスのような土偶、独特な芸術としての高みを述べられる。
 評者はキプロスの歴史博物館で、ふくよかなヴィーナスの土偶をみたことがあるが、たしかに日本の縄文と似ている。
遅ればせながら評者、昨年ようやくにして三内丸山遺跡と亀岡遺跡を訪れる機会をえた。弥生式の吉野ケ里でみた「近代」の匂いはなく、しかも発見された人骨には刀傷も槍の痕跡もなく、戦争が数千年の長き見わたって存在しなかった縄文の平和な日々という史実を語っている。
 魏の倭人伝なるは、取るに足らないものでしかなく、邪馬台国とか卑弥呼とかを過大評価で取り上げる歴史学者の質を疑うという意味で大いに賛成である。
 すなわち「わが祖先の歴史の始原を古代中国文明のいわば附録のように扱う悪しき習慣は戦後に始まり、哀れにも今もって克服できない歴史学界の陥っている最大の宿唖」なのである。
「皇国史観の裏返しが『自己本位』の精神をまでも失った自虐史観である悲劇は、古代史においてこそ頂点に達している」(全集版 102p)

 西尾氏は中国と日本との関係に言語体系の文脈から斬りこむ。
 「古代の日本は、アジアの国でできない極めて特異なことをやってのけた、たったひとつの国である。それは中国の文字を日本語読みし、日本語そのものはまったく変えない。中国語として読むのではなくて日本語としてこれを読み、それでいながらしかもなお、内容豊かな中国古代の古典の世界や宗教や法律の読解をどこまでも維持する。これは決然たる意志であった」(92p)

 「江戸時代に日本は経済的にも中国を凌駕し、外交関係を絶って、北京政府を黙殺し続けていた事実を忘れてはならない」(39p)。

 こうして古代史からシナ大陸との接触、遣唐使派遣中止へといたる過程を通年史風ではなく、独自のカテゴリー的仕分けから論じている。

 最後の日本とドイツの比較に関しても、ほかの西尾氏の諸作論文でおなじみのことだが、ドイツのヴァイツゼッカー元大統領の偽善(ナチスが悪く、ドイツ国民も犠牲者だという言い逃れで賠償を逃げた)の発想の源流がヤスパースの論考にあり、またハイデッカーへの批判は、西尾氏がニーチェ研究の第一人者であるだけに、うまく整理されていて大いに納得ができた。
 蛇足だが、本巻に挿入された「月報」も堤尭、三好範英、宮脇淳子、呉善花の四氏が四様に個人的な西尾評を寄せていて、皆さん知り合いなので「あ、そういう因縁があるのか」とそれぞれを興味深く、面白く読んだ。
 三日がかりの読書となって、目を休めるために散歩にでることにした。

謹賀新年 ―知性の暗闇にとり巻かれて戦っていた過去をあらためて発見して―  平成30年(2018年)元旦

 年末に嬉しいメッセージの記された一枚のお葉書をいたゞきました。

 「全集第18巻『国民の歴史』が届きました。単行本・文庫本を読み、今回3度目となります。先生とご面識を得ることができた大切な本でもあります。」(浅野正美氏、坦々塾事務局長)

 他の方からも、全集の新鮮なページをめくってあらためて『国民の歴史』をもう一度最初から読み直してみたい、という希望を告げた葉書と電話を受け取りました。そこで、同じ希望を持つ方に、今度の全集版の刊行によって初めて発見された同書の本当の壁の存在を、以下の2点において、お示しすることが出来ると思いました。

 「壁の存在」と言ったのは「敵の正体」と言い換えてもいいでしょう。

 (1)は『国民の歴史』の3「世界最古の縄文土器文明」の冒頭部分(52~58ページ)です。日本列島に50万年前に「原人」がいたという考古学上の大詐欺事件がありました。高森遺跡の名で知られています。有名な事件だったので覚えている方も多いでしょう。

 当時の歴史学上の著作はみなこれを記した部分を削除して公刊し直しましたが、私は削除しませんでした。事件発覚後も同じ文章で押し通しました。詐欺の発覚後にも私はちゃんと通用する文章を書いていたからです。

 とにかくこの数ページを全集版で読んで下さい。ご自分の目で確かめて下さい。わが国の歴史学者との差は歴然と明るみに出されました。『国民の歴史』の最大の敵は日本歴史学会の関係者の知性のレベルの低さそのものです。

 (2)次は一冊の終りの方、今度新しく書かれた「後記」の終りの方に「歴史学研究会」という聞きなれぬ会の名を見ることが出来るでしょう(763ページ)。これは日本史学者に限らず、すべての歴史研究に携わる日本の学者を統合的に集めたいわゆる強制的に形成された戦後の組織です。

 この会の存在を今度私は初めて知りました。思想の自由を剥奪した恐るべき組織の名です。このページを読んで下さい。戦後歴史に関する日本のすべてのまともな活動が何によって抑止され、圧殺されていたかが分るでしょう。教科書問題はそのほんの一例です。『国民の歴史』はそもそも何にぶつかっていたのでしょうか。

 (1)と(2)はタイプと内容を異にしていますが、同じ溝にはまった知性の衰弱と国家の敗北がいつまでも尾を引く暗愚の根の深さをいかんなく共通して示しています。尚、「歴史学研究会」のことを私に教えてくれたのは坦々塾のメンバーのお一人である、歴史学者の石部勝彦氏です。あらためて御礼申し上げます。

 『国民の歴史』をもう一度読んでみようとやおら腰を上げて下さる人が一人でも増えることを祈念してやみません。

 その際、全集の刊行によって初めて発見された上記2点を忘れないで下さい。私自身、同書を書いているときには、まさかこういうレベルの知性の暗闇に取り巻かれているとは夢にも考えていないことだったのです。

 これでは良くなるはずの歴史教科書も良くならないはずです。尚、全集の『国民の歴史』には巻末に多数の関係論文が付録として併載されていて、同書の新しい魅力となっていると信じます。次の目次でこの点もご注目下さい。

 目 次

 まえがき 歴史とは何か

1…一文明圏としての日本列島
2…時代区分について
3…世界最古の縄文土器文明
4…稲作文化を担ったのは弥生人ではない
5…日本語確立への苦闘
6…神話と歴史
7…魏志倭人伝は歴史資料に値しない
8…王権の根拠――日本の天皇と中国の皇帝
9…漢の時代におこっていた明治維新
10…奈良の都は長安に似ていなかった
11…平安京の落日と中世ヨーロッパ
12…中国から離れるタイミングのよさ――遣唐使廃止
13…縄文火焔土器、運慶、葛飾北斎
14…「世界史」はモンゴル帝国から始まった
15…西欧の野望・地球分割計画
16…秀吉はなぜ朝鮮に出兵したのか
17…GODを「神」と訳した間違い
18…鎖国は本当にあったのか
19…優越していた東アジアとアヘン戦争
20…トルデシリャス条約、万国公法、国際連盟、ニュルンベルク裁判
21…西洋の革命より革命的であった明治維新
22…教育立国の背景
23…朝鮮はなぜ眠りつづけたのか
24…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その一)
25…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その二)
26…日本の戦争の孤独さ
27…終戦の日
28…日本が敗れたのは「戦後の戦争」である
29…大正教養主義と戦後進歩主義
30…冷戦の推移におどらされた自民党政治
31…現代日本における学問の危機
32…私はいま日韓問題をどう考えているか
33…ホロコーストと戦争犯罪
34…人は自由に耐えられるか

 原書あとがき

 参考文献一覧
文庫版付論1 自画像を描けない日本人――「本来的自己」の発見のために――
文庫版付論2 『国民の歴史』という本の歴史
追補一 『国民の歴史』刊行直後に書かれた一読者の感想…柏原竜一
追補二 古代とは何か――西尾幹二著『国民の歴史』に触れながら…小路田泰直
追補三 あれから二十年――『国民の歴史』の先駆性…田中英道
後 記

全集の最新刊(二)

  目 次

 まえがき 歴史とは何か

1…一文明圏としての日本列島
2…時代区分について
3…世界最古の縄文土器文明
4…稲作文化を担ったのは弥生人ではない
5…日本語確立への苦闘
6…神話と歴史
7…魏志倭人伝は歴史資料に値しない
8…王権の根拠――日本の天皇と中国の皇帝
9…漢の時代におこっていた明治維新
10…奈良の都は長安に似ていなかった
11…平安京の落日と中世ヨーロッパ
12…中国から離れるタイミングのよさ――遣唐使廃止
13…縄文火焔土器、運慶、葛飾北斎
14…「世界史」はモンゴル帝国から始まった
15…西欧の野望・地球分割計画
16…秀吉はなぜ朝鮮に出兵したのか
17…GODを「神」と訳した間違い
18…鎖国は本当にあったのか
19…優越していた東アジアとアヘン戦争
20…トルデシリャス条約、万国公法、国際連盟、ニュルンベルク裁判
21…西洋の革命より革命的であった明治維新
22…教育立国の背景
23…朝鮮はなぜ眠りつづけたのか
24…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その一)
25…アメリカが先に日本を仮想敵国にした(その二)
26…日本の戦争の孤独さ
27…終戦の日
28…日本が敗れたのは「戦後の戦争」である
29…大正教養主義と戦後進歩主義
30…冷戦の推移におどらされた自民党政治
31…現代日本における学問の危機
32…私はいま日韓問題をどう考えているか
33…ホロコーストと戦争犯罪
34…人は自由に耐えられるか

 原書あとがき

 参考文献一覧
文庫版付論1 自画像を描けない日本人――「本来的自己」の発見のために――
文庫版付論2 『国民の歴史』という本の歴史
追補一 『国民の歴史』刊行直後に書かれた一読者の感想…柏原竜一
追補二 古代とは何か――西尾幹二著『国民の歴史』に触れながら…小路田泰直
追補三 あれから二十年――『国民の歴史』の先駆性…田中英道
後 記

朝日新聞に出たインタビュー記事

(平成と天皇)政治との距離を聞く 2017年12月14日朝日新聞より

 ご発言、政治性含めば危険  西尾幹二氏

 ――保守派の中には退位への反対論もありました。

 「人間は誰もが自己表現への欲求を持っているが、天皇陛下ほどそれを充足させる手段が奪われている方はいない。退位のご意向をにじませた昨年8月の『おことば』は一種の表現衝動だったのではないかと、私は解釈する。ご自身の身分の変更についてなら許されると、お考えになったのではないか。摂政を置けばいいといった反対論は『天皇はロボットであればいい』と言っているのに等しく、陛下の苦しいお立場への理解がまるでない。ただし、自己表現が政治的なテーマに向かうと危険だ」

 ――陛下の発言の政治性を指摘する声もあります。

 「2009年の天皇、皇后両陛下のご結婚50年の記者会見で、陛下は憲法に関して踏み込んだ政治的発言をなさった。その後も同じ方向性の発言を繰り返しておられ、陛下が平和主義を唱えているのは事実らしい。そうした姿勢は自主憲法制定、憲法改正を求めてきた戦後保守勢力の否定にもつながりかねない」

 ――なぜ平和主義を唱えることが問題なのですか。

 「陛下のご発言は、政治的権能のあるなしに関わらず影響力が大きく、国民を縛りかねないからだ。日本は戦後、米国という権力に守られてきたが、その米国が今、様変わりしている。平和を外国に頼っていればいい時代は終わりつつある。陛下を『最大の平和勢力』と呼ぶ者もいるが、陛下のご発言が国民の利害と一致しない状況が生まれたらどうするのか。国民が国際情勢を見極めながら自由に議論し、判断できるようにさせていただきたい」

 ■黙る保守、すがるリベラル

 ――天皇や皇室をめぐる言論状況はどうでしょう。

 「左右双方に危うさを感じる。まず、改憲を主張する保守派の多くはなぜ、陛下の平和主義的なご姿勢に疑義を表明しないのか。皇室を守りたい一念ゆえとも言えるが、皇室の問題になると恐れおののいて沈黙するようでは近代人として未成熟だ。保守派の中には、少数だが、いまだに天皇の『臣下』と自称する者がいる。皇室について言挙げすると、『朝敵』と批判する人たちもいる。そうした言論状況は、安倍晋三首相を『保守の星』として持ち上げ、他の評価を寄せつけないような、今の保守メディアを覆う硬直した空気ともつながっている」

 「一方でリベラル派は、改憲阻止のために陛下を政治利用しているのではないか。陛下のお力に取りすがろうとする姿勢は、彼らの護憲の主張に反し、過去の反皇室の言説とも矛盾する。改憲の問題においても、陛下のご発言の影響は測りがたい。既に憲法上の限界を超えている恐れもある。これ以上、一方に寄り添うような姿勢をおとりにならないでいただきたい」

 ――安倍政権の皇室問題に対する取り組みをどのようにみていますか。

 「安倍氏は、かつては男系の皇統を維持する方策として旧宮家の皇籍復帰などを提唱していたが、首相になってからは何もしない。『保守』と称しながら困難なテーマには深入りせず、保守政治家としての責務から逃げている。勢力拡大のため左にウィングを伸ばそうとしているが、これでは左右双方から信用されない。『保守』をつぶすのは『保守の星』ともなりかねない。結局、安倍氏の根っこは『保守』ではなく、ただの『戦後青年』である」

 (聞き手・二階堂友紀)

    *

 にしお・かんじ 35年生まれ、82歳。ドイツ文学者、評論家。電気通信大名誉教授。著書に「ニーチェ」「全体主義の呪い」「江戸のダイナミズム」など長編評論が多数。「西尾幹二全集」(全22巻)を刊行中。

 ◇天皇陛下の退位日は2019年4月30日と決まった。これまでたびたび問われてきた皇室と政治の向き合い方は、どうあるべきなのか。3人の識者に聞いた。

全集の最新刊

 西尾全集次の最新刊は『国民の歴史』です。

 箱入り上製本ですから、箱にはオビがあり、オビの表と裏にそれぞれ次の告知分があります。

表の告知文

日本の歴史は中国や西洋から見た世界史の中にではなく、どこまでも日本から見た世界史の中に位置づけられた日本の歴史でなくてはならない。そのような信念から書かれた大胆な日本通史への試み。

裏の告知文

まず、この本はベストセラーになり広い範囲の読者から支持されたというのはもちろんですが、批判や反対意見もずいぶん出ました。いろいろな激しい議論を巻き起こしており、「朝日新聞」の社説にまで取り上げられたのは、その一例といえます。そしてこの反響の大きさこそ、この本が持っている本質的な「大きさ」と密接に関係しているのではないでしょうか。

・・・・・この本はいくつかのテーマを合わせたテーマ論集のようになっていますが、それぞれの論点をつなげると、一つの体系を持った日本文明論が見えるという、何よりも論としてのスケールの大きさを持っています。・・・・・こういう類の本は、戦後はおろか、戦前の史学書などを見ても、あまり例がないように思います。戦前にも日本文明論はいくつも出ていますが、観念的に書かれたものばかりです。とくに長所の研究成果や史観の変化という動向を踏まえつつ、多くの論点を併せ持ちながら、全体として独自の明確な史観をこれだけのスケールをもって展開した本は、ほかになかったと思います。・・・・・十分に実証的で、学問的な説得力も兼ね備えています。そのため戦後に日本史学(いわゆる「戦後史学」)の中で、専門研究者として仕事をしてきた学者たちが、ずいぶん狼狽しているようです。あちこちで激しい議論が起こるのも、そうしたことの表れでしょう。

『日本文明の主張』より 京都大学名誉教授 国際政治学者 中西輝政

 この一冊は私には珍しい超ベストセラーでした。愛読者の方も、あの全集のすっきりした形に収まったこの本をあらためて読んでみたい、と思う人が少なくないのだと聞いています。

 関連論文は本当に多く、日本史学者の論文を含む新しい追補の論考は3本あります。「後記」も力がこもっています。

 次回には目次をお届けします。どうかよろしくお願いします。

久々に現れた米国大統領らしい人物…「価値の転換」訴えたトランプ氏 

産經新聞平成29年11月16日 「正論欄」より

 トランプ米国大統領のアジア歴訪を主にテレビを通じてじっくり眺めた。私は子供の頃から大統領といえば米国大統領のことだと思っていた。そのイメージは大きい、強い、堂々としているなどで、象、戦艦、甲虫、大資本家、帝国主義者などである。
 
 フィリピンや韓国やトルコの代表も「大統領」の名で呼ばれているが、ピンと来ない。体が大きく、断固たる「意志」の表明者であるトランプ氏は、久々に現れた米国大統領らしい人物である。
 
≪≪≪ 自己自身のために生きる時代 ≫≫≫

 そこに「粗野」とか「軽率」とか「無遠慮」といった礼節の欠如を示す形容がついて回るのが、彼の特性とされるが、果たしてそうだろうか。彼の風貌をくりかえし見て、どこか憎めない、愛嬌(あいきょう)のあるところが常に感じられた。

 言葉の使い方も緻密で、外国での演説の全文を翻訳で読んだが、あれだけの分量を情熱を込めて語り切った能力は大変なものだと思った。

 白人比率が下がり続ける今の米国社会は、人種間対立が激しい。南北戦争における南軍の将の銅像が人種平等の過激派の暴徒によって引き倒される事件があった。中国の文化大革命を思い出させる歴史破壊が米国で起こったのだ。

 しかも米国でも日本でもメディアは歴史破壊を非難せず、暴徒に味方した。トランプ氏はそうではなかった。彼は白人至上主義者も過激派の暴徒もどちらもいけないと両方を叱責した。メディアはそれすらも許さなかった。白人至上主義者を一方的に非難することをトランプ氏に求め、それをしない彼を弾劾した。

 遠くから見ていた私は彼に同情し、米国社会の深い病理の深淵(しんえん)を覗(のぞ)き見た。トランプ氏は米国社会に、ひいては全世界に「価値の転換」を求めているのである。

 今度のアジア歴訪で彼は機会あるごとに「アメリカ・ファースト」を叫んだ。ベトナムでは米国を他国に利用させないとまで言った。米国に依存する弱小国の甘えをもうこれ以上認めない、という宣言である。実は、今の世界はあらゆる国々が自己自身のために生きることを、臆面もなく主張する時代に入っているのである

≪≪≪ 感傷に満ちた世界を拒絶する ≫≫≫

 米国も例外ではない、と彼は言いたいまでだ。トランプ氏の物言いの臆面のなさは、今直面している世界の現実の、歯に衣(きぬ)を着せない表現だと思えばよい。エゴティズム(自己愛)を認め合うことの方が、人道や人権の仮面をかぶったグローバリズムよりよほど風通しがよいと言いたいのだろう。

 彼はストレートで、非妥協的で、不寛容ですらある。米国社会に、ひいては全世界に「反革命」の狼煙(のろし)を上げているので、改革とか革命とか共生とか協調とか団結といった、人類が手を取り合う類いの感傷に満ちた世界にNO!を突きつけ、あらゆる偽善に逆襲しようとしている。

 今度のアジアの旅で笑ってしまった場面は、11月9日に習近平国家主席と対座して、28兆円の取引が公開された際の習氏の演説内容である。自国を世界に開放しすぎた結果の米国の引き締め策が「アメリカ・ファースト」だが、自国を世界にいっさい開放しない強権と専制の国である中国が、これからの開かれた国際社会の協調をリードするのは中国だとあえて言ったことである。
これは笑い話であり、誰も信じまい。しかし28兆円に驚かされて本気にする愚かなメディアもあるかもしれない。28兆円の交換文書は契約書でも何でもなく、大まかな計画メモにすぎないのに。

≪≪≪ 日本には胆力備えた意志が必要 ≫≫≫

 国際会議における日本は残念ながら存在感が薄かった。各国が自己自身のために生きる意志を何のためらいもなくむき出しにし始めた時代であるのに、日本にはこの「意志」がない。

 極東の運命を決める会議で日本は20世紀前半までは主役であった。今はわずか東南アジア諸国連合(ASEAN)や豪印との友好によって米国に協力する-それは外交的には好感されているが-以外には力の発揮のしようがない。

 何よりも、安倍晋三首相は北朝鮮の脅威に対抗する政策において「日米は完全に一致」したと日米会談の直後に公言した。「一致」という言葉はこういう場面では言ってはならない禁句のはずだ。これは日本がどんなに理不尽なことを言われても、百パーセント米国の命令に従います、と今から誓約しているような言葉遣いである。

 安倍内閣は「人づくり革命」とか「働き方改革」とか革命や改革を安易に乱発し、左翼リベラル政治の臭いを漂わせている。一体どうなっているのだろう。

 米国と日本はいま、半島有事ばかりを気にしているが、それは尖閣の危機でもある。中国は尖閣を落とせば台湾を軍事的に包囲できる。台湾奪取の布石となるこの好機を習氏が見逃すはずはない。あらゆる点で「意志」を欠いている日本に求められているのは、必ずしも首相の雄弁ではなく、胆力であり、決断力である。(にしお かんじ)

阿由葉秀峰が選んだ西尾幹二のアフォリズム「四十回」

西尾幹二先生のアフォリズム 第6巻 坦々塾会員 阿由葉 秀峰

(6-1)過去の思想はすでに歴史に固定され、動かないものとしてわれわれの前にあるのではない。今なお新しく評価され、批判され、われわれの内部に運動を引き起こす流動体として存在しているのである。いな過去の思想はそのものとして存在しているのではけっしてない。われわれがそれによって体験をかち得たその結果として、はじめて過去の思想は存在するにいたる。

(6-2)宗教に対するある理解の仕方が正解であったか、誤解であったかは合理的に決められることではない。誤解によっても人は信仰を得ることができるし、認識を拡大することができる。そしてそれが結果として正解に触れ、それを包みこんで増殖していくことがありうる。

(6-3)人は「正解」を知っただけではなんにもならない。それは単なる知識である。知識で人は生きることはできない。「客観的な事実」とは近代人のもっとも陥りやすい錯覚の一種である。

(6-4)誰でも他人の不幸を見て心愉しむところがあるが、それはまだ悪人とはいえない。他人の不幸によって自分が安堵するというなにほどかの利益があるからである。しかし本来の悪人は、自分にはなんの利益もないのに、他人の不幸や苦悩を見て限りない愉悦を覚える存在であるとされる。この種の悪人にとっては他人の不幸や苦悩をみることそれ自体が目的になる。

(6-5)近世哲学が確立されて、人は石が下方に向かうという本質をもつものであるとは考えず、石がいかなる条件のもとにいかなる仕方で下方に向かうかだけを研究するようになった。つまり自然現象の根底にある不変の本質を求めるのではなく、自然現象の法則を求めることに、自らの探究の範囲を限定したのである。これによって自然科学は確立した。と同時に近世の哲学は、それ以降自然科学のこの確実性と矛盾しない道を歩まざるを得なくなった。

(6-6)すべてを説明し、なにも選択しないのは、現代知識人のもっとも好むところであろう。

(6-7)近代の批判的精神は、瞞されまいとする意識を人に与え、人はそのこと自体に結果として瞞されている。「正解」とはそうであって欲しいという学者の単なる願望にすぎないのではあるまいか。

(6-8)中国で爛熟してから日本に渡来した大乗仏教を基に、千数百年信仰を支えてきた自分自身の生活経験を度外視して、近代の仏教学が成り立つということは、なんとしても私の常識には反するのである。ヨーロッパの学者が指し示した阿含経典と、日本に渡来した密教化した大乗経典の間には千年くらいの落差があるはずであり、自分自身のこの重い経験をあっさり抹殺するに足るほど「原点」という二文字への恐怖心が強かったのだろうか。

(6-9)何千何万という経典をことごとく仏説とする東洋人の不合理は、キリストの直接の言葉を唯一の規範(カノン)にする彼らにとっては納得出来ないことであったに違いない。しかしそれはあくまで彼らのお家の事情である。少し冷静になってみれば、西洋人が小乗仏典を根本経典と定めたのは、宗教の合理化と無神論の進行した十九世紀西欧の精神状況となんらかの形で関係があったくらいのことは、考えることが出来たはずであろう。

(6-10)つまり仏教とはいかなる規定をも拒む、外延の広い概念で、それゆえに数万の経典はすべて仏身と言い得て懐疑の生じなかった所以でもある。
 にも拘わらずこれに接した西洋人は、つねに規範(カノン)を大切にし、一定の視点からしかものを見ようとはしない。

(6-11)キリスト教の根柢にユダヤ教があり、ユダヤ教がより根源的であるからといって、べつだん西欧カトリックの正統派の信仰はそのこと自体で揺らぐようなことはない。ヴェーダやウパニシャッドと、中国渡来の大乗仏教に培われた日本人の信仰との間にも、当然、この関係が成り立ってしかるべき筈なのである。

(6-12)近代意識の先駆とみられる江戸時代の富永仲基は、『出定後語』においてなるほど西欧人より百年も早く聖典を歴史の産物とし、小乗経典に着目し、近代の実証研究の成果に匹敵する見解を述べてはいるが、しかしまた同時に、彼は実証の不可能ということ、最古の仏説を文献から抽出することは不可能であり、無意味であることにも気がついていたのである。仲基は「(シャカの直説に近いものを見出しうる)其の小乗の諸経でさへ、多くは後人の手に成りて真説は甚だまれなるべし」と述べ、認識の限界への強い知的懐疑を表明している。これをみると、批判の進んだ現代の仏教学者より、江戸時代の人間の方がいかに思索の力が勁かったかが分るだろう。

(6-13)正解とは何か。それは一片の知識にすぎないのではないか。(中略)信仰を失ったことの最もあからさまなしるしとして、文献学を信仰している、という以上のことではあり得まい。

(6-14)過去がたとえ誤解であり、擬似であったにいせよ、われわれは自分の過去を払い捨ててしまうことは出来ない。しかし過去を大切にする姿勢までが、少しでも古い根源に遡及したいとする知的欲念となって、近代の原理に支配され勝ちであることをわれわれは忘れないでおきたい。過去を愛することと、過去を通じて自分を主張することとは、元来、別個のことである。

(6-15)歴史を相対化するということは、一種の破壊行動であるけれども、さりとていったん認識が開かれれば、破壊を避けることはできないという矛盾がある。それは当然のことであり、すべての学問が背負う宿命でもあります。

(6-16)私は概して社会に変化を望まない。なにかが良くなるように期待する前に、これ以上悪くならないようにと祈るだけである。
 それは私が理想を信じないからでは決してない。社会のなかで実現が期待できる程度の理想を、ことごとく軽蔑してやまないからにほかならない。
 私はなにかが可能だと語る人にたいして、これまでつねに、はたしてほんとうに可能だろうかという疑問だけを突きつけてきた。私には現実の堅い壁が気になる。なぜ人は壁の一部を少しでも改修することから仕事を始めようとしないのだろう。なぜ壁をいっぺんに取り毀し、自分は壁の向こう側に立っているという見取図で物事を語り始めるのであろう。そういう人々の理想は、私には少しも理想には見えない。それは空想にすぎない。

(6-17)未来は必ずこうなる、だからわれわれはこうすべきだという類のあらゆる確言、あらゆる断定を語る者は、私の目にはすべてアジテータに見える。

(6-18)人間も生物である以上、未知の事柄にたいしては、たとえ望ましいと思う事柄にでも、慎重に、おずおずと手探りしながら向かって行くしか生き方を知らないものなのだ。真の理想家は現実の堅牢さ、リアリティの不動の重さを知っている。現実を良くするように期待する前に、これ以上悪くならないようにと祈願する、(中略)
 真の理想家は現実の改善改良など頭から軽蔑しているからである。そんなことよりも自分の内心の理想がはるかに巨大だからである。また、そのような理想家でなければ、現実はほんとうには見えてこないのではないだろうか。

(6-19)ひとつひとつの具体的事例でエゴイズム、すなわち人間の愚劣で惨めな側面がわれわれの制度や社会の仕組みの基本を決めているのであって、そのような最低基準に理想を求めるべきではなく、愚劣な現実にはあくまで現実の道を行かしめよ、現実を変えることが理想だと思って安心するほどに小さな理想家であってはいけないということが、肚の底から分かっているひとはむしろ少ないといえるだろう。もしそうでなかったら、現実を少しばかし小手先で変えることを理想だと思って、理想と名づくものがたいがい安っぽい社会的解決をめざして、〝戦争のない世界〟であるとか、〝差別のない社会〟であるとかいった名称で飾られることはないだろう。

(6-20) 社会だの制度だの、それに関わる人間の心などに徒らに理想を求めるのではなく、ショーペンハウアーがいうように、どうせ人間の社会的心性に改善の余地はないものと大悟徹底して、環境を良くしようと考えるよりも、悪くしないようにだけ気を付けよう、と覚悟のほどを固めておけば、われわれはお互いによほど住みよい環境を作ることができるのではないかと思うのである。
 ところが、世の中にはこれが分かっていない人が、とりわけ知識階級に跡を絶たず、おかげで世間をよほど住みづらくしている。

(6-21)われわれがショーペンハウアーのように人間に期待せず、人間を虚栄と利己心に満ちた愚かで哀れな存在として正視し、その限界点ですべての問題を眺めているなら、どこかの外国に理想をすぐ求めたり、その空想的な基準で日本人を責めたりはしないであろう。また、美化された理想を日本社会に押しつけた場合に、ばかばかしい混乱と無意味な葛藤が生じるだけだという、起こり得ることのいっさいの想像図を、リアルに思い描くこともできるであろう。

(6-22)現代の知識人はあまりに理想が小さすぎる。それゆえ現実を冷たく突き離して見ることができないだけでなく、そもそも現実そのものが見えない。

(6-23)現代の知性は不合理なるものをすでに信じていないというが、だからといって真の合理性を具えているとは、必ずしもいい難いのである。

(6-24)もし、歴史学者が個人的色彩を消すのに成功したならば、それによってより高い客観性が獲得されるということはけっして起こらないだろう。逆にあらゆる歴史的判断の基準を失い、とめどない相対性の泥沼の中に落ち込むだけであろう。例えば私は私の個人的な感覚、思考、判断力、さらには発想の癖というものまで排除してしまえば、私は私を理解できないばかりでなく、他人を理解することもできなくなるはずである。なぜなら他人は私を通じてしか理解し得ないものだからである。豊かな芸術的経験と感受力とをもたない者はいかなる芸術史をも記述できない。たとえ「私」を消し去ることが意図であったとする客観的な歴史記述がある成果を収め得たとしても、成果のうちには意図からはみ出たものが生きているはずである。

(6-25)歴史はわれわれがどんな風に未来を生きようとしているかという問題によって限定されてはじめてわれわれの前に現われるものであろう。その意味で、歴史はけっして過去からくるものではなく、未来からくるものである。ヨーロッパの歴史意識が、「終末」へ向かうキリスト教的な時間の観念と不可分であるといわれるのも、「終末」がはじめてわれわれの存在に意味と統一とを与えてくれるからであり、そのような目標というものをそなえている未来への緊張を欠いてしまっては、そもそも歴史意識は成り立たぬからであろう。人間が過去を決定するのは、人間が未来に決定されているからである。

(6-26)人間がみずからの主(あるじ)たるためには、人間の上に主たる存在を設定しなければならない―これは人間性の本質にかかわるパラドックスであろう。みずからがみずからをよく統御しうるためには、人はすすんで被統御者の位置につかなければならないのだ。個人は全体の中で自己の位置を知り、部分としての自己の限界内に徹することで、はじめて個人としての自覚を得る。だが、この現代において、人為的・人造的な全体者以外に、いかなる主が可能であろうか。が、考えてみれば、このように近代人が全体者を見失ったのは、近代人みずからが全体者たろうとしたからではなかったのか。部分としての人間がひとりひとり世界の主人公であることを主張しはじめたためなのだ。

(6-27)近代人は、人間の上にいかなる主をも認めようとはしなくなった。この人間への信頼、過信こそ、歴史主義の基礎でもあろう。

(6-28)過去は現代のわれわれとはかかわりなしに、客観的に動かず実在していると考えるのは、もちろん迷妄である。歴史は自然とは異なって、客観的な実在ではなく、歴史という言葉に支えられた世界であろう。だから過去の認識はわれわれの現在の立場に制約されている。現在に生きるわれわれの未来へ向う意識とも切り離せない。そこに、過去に対するわれわれの対処の仕方の困難がある。

(6-29)過去とのつながりを切られたときに、人間は歴史的基盤を失う。そういうとき、人間は単なる現在のうちに立ちつくし、未来への方途をも見失う。

出典 全集第六巻
ショーペンハウアーとドイツ思想 より
「Ⅰ ショーペンハウアーの思想と人間像」より
(6- 1)(26頁下段から27頁上段「ショーペンハウアーの虚像をめぐって」)
(6- 2)(70頁上段「西欧におけるインド把握の原型」)
(6- 3)(70頁上段から下段「西欧におけるインド把握の原型」)
(6- 4)(74頁下段「西欧におけるインド把握の原型」)
(6- 5)(99頁「神秘主義に憧れた非神秘家」)
(6- 6)(101頁「神秘主義に憧れた非神秘家」)
「Ⅱ ショーペンハウアーの諸相」より
(6- 7)(121頁「インド像の衝突」)
(6- 8)(123頁下段「インド像の衝突」)
(6- 9)(124頁上段「インド像の衝突」)
(6-10)(125頁上段から下段「インド像の衝突」)
(6-11)(129頁下段「インド像の衝突」)
(6-12)(136頁上段「インド像の衝突」)
(6-13)(136頁下段「インド像の衝突」)
(6-14)(137頁上段「インド像の衝突」)
(6-15)(150頁下段「富永仲基の仏典批判とショーペンハウアー」)
(6-16)(152頁下段から153頁上段「侮蔑者の智恵」)
(6-17)(154頁上段「侮蔑者の智恵」)
(6-18)(155頁上段「侮蔑者の智恵」)
(6-19)(160頁下段から161頁上段「侮蔑者の智恵」)
(6-20)(161頁上段「侮蔑者の智恵」)
(6-21)(163頁下段「侮蔑者の智恵」)
(6-22)(163頁下段から164頁上段「侮蔑者の智恵」)
(6-23)(164頁上段「侮蔑者の智恵」)
「Ⅲ 歴史と永遠」より
(6-24)(188頁下段から189頁上段「ヨーロッパにおける歴史主義と反歴史主義」)
(6-25)(195頁上段から下段「ヨーロッパにおける歴史主義と反歴史主義」)
(6-26)(202頁上段から下段「ヨーロッパにおける歴史主義と反歴史主義」)
(6-27)(202頁下段「ヨーロッパにおける歴史主義と反歴史主義」)
(6-28)(207頁下段「カール・レーヴィット『ブルクハルト―歴史の中に立つ人間』」)
(6-29)(210頁下段「カール・レーヴィット『ブルクハルト―歴史の中に立つ人間』」)