西尾幹二全集発刊にからむニュース(3)

 全集刊行は10月12日に第1回配本がなされる。段取りは順調で、丸善丸の内本店が30冊も申し込んできた知らせに版元は喜んでいる。全国の書店からも問い合わせや申し入れが相次いでいる。

 第2回配本『ヨーロッパの個人主義』は来年1月刊行の予定で、校正も完了し、早い準備が進んでいる。目次がきまったので、まずそれをお知らせする。

第一巻 ヨーロッパの個人主義

Ⅰ ヨーロッパ像の転換
    序 章  「西洋化」への疑問
   第一章  ドイツ風の秩序感覚
   第二章  西洋的自我のパラドックス
   第三章  廃墟の美
   第四章  都市とイタリア人
   第五章  庭園空間にみる文化の型
   第六章  ミュンヘンの舞台芸術
   第七章  ヨーロッパ不平等論
   第八章  内なる西洋 外なる西洋
   第九章  「留学生」の文明論的位置
   第十章  オリンポスの神々
   第十一章 ヨーロッパ背理の世界
   終 章 「西洋化」の宿命
   あとがき
 
Ⅱ ヨーロッパの個人主義
   まえがき
   第一部 進歩とニヒリズム
    < 1>封建道徳ははたして悪か
    < 2>平等思想ははたして善か
    < 3>日本人にとって「西洋の没落」とはなにか
   第二部 個人と社会 
    < 1>西洋への新しい姿勢
    < 2>日本人と西洋人の生き方の接点
    < 3>自分自身を見つめるための複眼
    < 4>西洋社会における「個人」の位置
    < 5>日本社会の慢性的混乱の真因
    < 6>西欧個人主義とキリスト教
   第三部 自由と秩序
    < 1>個人意識と近代国家の理念
    < 2>東アジア文明圏のなかの日本
    < 3>人は自由という思想に耐えられるか
    < 4>現代日本への危惧―一九六八年版あとがき
   第四部 日本人と自我
    < 1>日本人特有の「個」とは
    < 2>現代の知性について――二〇〇七年版あとがき
 
Ⅲ 掌篇

  【留学生活から】
    フーズムの宿
クリスマスの孤独
ファッシングの仮装舞踏会
ヨーロッパの老人たち
ヨーロッパの時間
ヨーロッパの自然観
教会税と信仰について
ドイツで会ったアジア人
  【ドイツの悲劇】
確信をうしなった国
東ドイツで会ったひとびと

  【ヨーロッパ放浪】
ヨーロッパを探す日本人
シルス・マリーアを訪れて
ミラノの墓地
イベリア半島
アムステルダムの様式美
マダム・バタフライという象徴
  【現代ドイツ文学界報告】
ヨーゼフ・ロート『物言わぬ預言者』()マルティン・
ヴァルザー 『一角獣』()ギュンター・グラスの政治参加
()ネリー・ザックス『エリ』()ハインリヒ・ベル
『ある公用ドライブの結末』()シュテファン・アンドレス
『鳩の塔』()ペーター・ハントケ『観衆罵倒』()
ロルフ・ホホフート『神の代理人』()批判をこめた私の総括
()ペーター・ビクセル『四季』()
フランツ・カフカ『フェリーチェへの手紙』()
スイス人ゲーテ学者エミール・シュタイガーのドイツ文壇批判()
言葉と事実――ペーター・ヴァイス小論()

Ⅳ 老年になってのドイツ体験回顧
   ドイツ大使館公邸にて

追補 竹山道雄・西尾幹二対談「ヨーロッパと日本」

後記
(9月下旬更新の最新の目次です)

 色替えの個所は、私の若い頃の単行本にも収録しないできた置き忘れられた文章群である。

 二冊のヨーロッパ論はドイツ留学に取材した私の処女作であり、言論界へのデビュー作である。『ヨーロッパ像の転換』は三島由紀夫氏から、『ヨーロッパの個人主義』は梅原猛氏から推賞の辞をいたゞいている。後者の名は意外であろう。

 二冊は入試問題にひんぱんに用いられ、国語の教科書にも採用され、永い間私の著作はこの二冊だけのように思われていて、少し心外だった。

 今読み返してみて、若書きだとは思うが、文章に緻密さもリズムもあり、はっきりした問題意識もあり、自分で言うのも妙だが、私自身が論理的に説得されて読み進めることができたので、成功を収めた処女作であったのだと自己納得している。

 『ヨーロッパ像の転換』のほうが多面的な内容で、私にとっては本来の処女作である。けれども不思議なもので、初版から40年経って、『ヨーロッパの個人主義』のほうが私の代表作の一つのようにいわれ、有名になっている。世間のその評価に全集第一巻の題名を合わせた。今は『個人主義とはなにか』(PHP新書)の改題の下に継続して刊行されている。

 この二冊のヨーロッパ文明論と近代日本の具体的テーマについては、今日は論述しない。ドイツに留学したのに、なぜ私はドイツではなく、ヨーロッパを振りかざしたのか。

 西洋文明を受け入れ近代化した明治以来の日本の大先達の驥尾(きび)に付すのが私の留学の目的で、ドイツ一国を相手にするために渡航したのではない、との秘かな自負が私にはあった。『ヨーロッパ像の転換』の第九章が「『留学生』の文明論的位置」と名づけられている処にすべてが現われている。

 それにこの二冊に当時の東西分裂下のドイツ問題が語られていないことを、その後の私の活動から推して不思議に思われる人もいるであろう。関心がなかったのではない。書いているのである。

 Ⅲ掌編に「ドイツの悲劇」とある。「確信をうしなった国」は極右政党NPDの台頭に揺れる政情報告文であり、「東ドイツで会ったひとびと」は文字通り私の東ベルリン訪問記である。今よむと当時のドイツの政治情勢が生き生きととても良く書けている。しかし私は自分の本にこれらを入れなかった。

 私は政治報告文屋さんと見られるのを潔しとしなかったのである。そのころベルリン留学の報告文で名を挙げていたドイツ文学の先輩西義之という人がいた。私は彼のような「もの書き」には絶対にならない、と心に誓って渡独した。私の行き先がベルリンではなくミュンヘンだったのも幸いだった。私は「ヨーロッパ文明」と対話するのが留学の目的であって「ドイツの政治」などという一時的な小さなテーマを主な相手にはしない、という考えでほゞ一貫していた。

 ものを書く動機の基本に「他と違う」ということがなくてはならない。先人に学ぶことはあっても「先人と同じ歩き方はしない」ということがなくてはならない、と思っている。いやしくもジャーナリズムで生きようとするならそれは不可欠である。

 けれどもドイツの政治に対するドイツの知識人、ドイツの文学者の偏向した意識に私は無関心になることはできず、抑えていてもどこかから爆発する思いが出てくる。

 Ⅲ掌編の中の「現代ドイツ文学界報告」は、人からみれば全集に入れるべき文章ではあるまい。文芸誌『新潮』にある期間月ごとに送っていた「世界文学マンスリー」という見開き2ページのドイツ文壇紹介文にすぎない。

 けれどもこれはある意味で私が専攻していた「ドイツ文学」の世界から決別する切っ掛けとなる仕事でもあった。私は文学情勢をていねいに調べ書き送った。けれどもギュンター・グラス、ハインリヒ・ベル、ロルフ・ホッホフート、ペーター・ヴァイスといった一連の政治主義的作家たちの非文学性、あるいは凡庸な反ヒットラー反ナチ単一志向性がまことにばからしく、次第に腹が立ってきて、「批判をこめた私の総括」という否定文を掲げた。

 この一文だけでも全集に入れた意味がある。またスイスのゲーテ学者エミール・シュタイガーが私と同じように批判を展開していたのがうれしくなって、これも掲げて、『新潮』編集部に言ってドイツ文壇報告を打ち切りにした。

 間もなく、同じようなドイツ文学報告文を『文学界』で書いていた東大の神品芳夫助教授から私の批判を「はた迷惑」ということばで攻撃する文章が掲げられた。現代ドイツ文学研究の業界全体にとって「迷惑」だというのである。

 私は笑った。読者も恐らく笑うだろう。40年経って誰が本当のことを見抜いていたかは明らかになった。例えばギュンター・グラスは大江の後を追うようにノーベル文学賞をもらったが、60年代のこのときの「政治参加」が欺瞞であったことは、彼が若い時代にナチ協力者であったのを隠していたことが暴露されて権威を失い、失脚したことからも明らかである。

 追補 竹山道雄・西尾幹二対談「ヨーロッパと日本」はドイツ問題のこんな騒ぎとは関係なく、老大家竹山先生の戦前からのヨーロッパ体験のお話を伺う、静かな心愉しい示唆に富む内容である。

夏の終りに

 私はこの夏、三つの仕事に従事してきた。(一)原発事故への言論活動、(二)自己の個人全集の編集、(三)日米戦争の由来を再考する複数の著作活動の準備、である。

 9月26日に発売される『WiLL』11月号に、原発事故をめぐる今までの総集編とでもいうべき、少しばかり仕掛けの大きい論考を発表する。題名は「現代リスク文明論」(仮題)である。原稿用紙で50枚で、あの雑誌が載せてくれるぎりぎり一杯の長さだと思う。

 50枚の論文はむかしの言論誌では当り前だった。今は何でも簡便安直が好まれるので、20枚を越える文章は月刊誌では滅多にみかけなくなった。私はいつも心外な思いを抱いている。

 次いで10月1日に発売される『正論』11月号に、「ニーチェ研究と私――ニヒリズム論議を超えて――」(35枚)を書いた。これも夏の終りの仕事であった。いうまでもなく個人著作全集の最初の巻が『光と断崖――最晩年のニーチェ』であるので、これを機会に私のニーチェ研究の重点がどこにあったのかを回顧的に語ったものである。

 なお全集の編集は順調に推移し、10月12日に第一回配本が刊行される。これに関連して次のような公開講演会が企画されているので、ご報告する。

西尾幹二全集刊行記念講演

「ニーチェと学問」

講演者: 西尾幹二
入 場: 無料(整理券も発行しませんので、当日ご来場ください。どなたでも入場できます。)
日 時: 11月19日(土)18時開場 18時30分開演
場 所: 豊島公会堂(電話 3984-7601)
     池袋東口下車 徒歩5分
主 催:(株)国書刊行会
     問い合せ先 電話:03-5970-7421
           FAX:03-5970-7427

 (三)日米戦争の由来を再考する複数の著作活動、については、周知のとおり、『GHQ焚書図書開封 6 ――日米開戦前夜』(徳間書店)の準備をいま鋭意進めている。このほかにもうひとつ、今年さいごの重要な著作を12月8日までに出版する手筈である。これについては、今まで報告しなかったが、『天皇と原爆』という題で、新潮社から出される。作業は順調に捗っている。

 息の抜けない忙しい夏だったが、9月10日~12日に上高地、飛騨高山、白川郷を旅してきた。

『スーチー女史は善人か』解説(三)

『スーチー女史は善人か』 高山正之著  解説西尾幹二 

 後藤田正晴については、「カミソリ」と「ハト派」と「保守」が同居する嘘っぽさ、という氏の表現が正しい。私は中曽根内閣の出現以来、日本の再敗戦国家としての崩壊が始まったと見ているが、よく考えてみると、中曽根=後藤田コンビ以来と言った方が正しいであろう。

 そのほか氏の指摘で納得し共感する個所は少くない。朝日新聞が中国人や韓国人が日本で犯罪を犯すと、実名を伏せ、日本名で表記する点に、「朝日にはそんな決まりがあるのだろうか」と問責している(第二章「民族性はわかりやすい」)。

 オランダから蘭印を解放し、インドネシアを独立させたのは、旧日本軍の功績だった。オランダ支配下の350年間、人々は統一語も持てず、識字率は3%以下だった。日本は三年半でジャカルタ語を標準語にし、教育の拡充を図った。インドネシア人の軍隊「ペタ」を創設して、戦うことを教えた。日本が敗北し、オランダ軍が再び植民地支配に戻って来たとき、彼らは日本軍から得た兵器で戦った。オランダは空軍も動員してインドネシア人を80万人も殺害したが、彼らはもう決して逃げなかった。オランダはインドネシアの独立を認める代償に、道路や港や石油施設の代金として60億ドルも請求した。どこまでも阿漕で卑劣を絵に描いたような西洋人であったが、そのおらんだが2005年になってやっと過ちを認め、謝罪した。高山氏は次のように書く。

 「東南アジアを侵略し搾取したのは日本だと欧米は言い募り、共産党系朝日新聞もそれに同調してきた。

 しかし真犯人の一人が今やっと自供した。共犯の英米仏も素直に白状したらどうだろう。アジアを裏切り、日本を裏切って白人国家についた支那も今が懺悔のいい潮時と思うが。」(第三章「真犯人オランダの自供」)

 まったく同感である。今年(2011年)の12月8日は真珠湾攻撃の70周年記念の日となる。日本はここいらで敗戦の負の遺産を返上しよう。開戦の正の意義を再認識しよう。私は今から強くそう提言しておく。

 高山氏のこの本は、国際派新聞記者としての永年の経験に、最近もたびたび現地調査に赴いている旅の記憶など、またその後の研究も加えて、ともかく私などが知らない驚異的な諸事実を数多く教えてくれる。こんなことはまったく知らなかったというような和田愛がとにかくとてもたくさん書かれているのである。そのうち、へえーと私が新鮮な驚きを味わったエピソードに次のようなものがある。

 インドのカーストは私も少し見聞しているし、本も読んでいる。しかし百三十もあるカーストのうち、お互いを見て相手が自分のカーストより上か下かが即座に分るのだそうである。道路が青信号になると一番上のカーストから順番に車を発進するというのである。車にしるしも付けないでどうしてそんなことが可能になるのだろう(第四章「女性蔑視では支那どまり」)。

 アメリカの家庭内暴力はものすごく、妻を暴力で病院送りにしたケースが年間四百万件、殺された妻が年間三千六百人にもなるのだそうである。この数字にはウソではないかと思うくらいの驚きを覚えた(第三章「『殴られる女』症候群」。

 二十年前のイランでは女性がチャドルの下から髪を覗かせ、口紅がみつかると、手錠をかけて連行され、十回か二十回かの鞭打ちが科せられた。男女が車に乗っていて、夫婦でないと逮捕された。レストランも結婚証明書がないかぎり、男女別々の席で食べさせられた(第四章「隠せばつけ込まれる」)。

 世界は広い。日本人の知らないことが余りに多い。逆にいえば、日本人は無垢で、無邪気で、無知である。

 その日本人の一人が上海で、中国人から日本人というだけの理由で殴られ、半殺しの目に合う話をひとつ読んでごらんなさい(第三章「領事館は冷酷無知」)。領事館は取り合ってくれない。事情すら聴こうとしない。私は外務省という役所にひごろ不満と不快を感じているが、この文章を読んで、怒りさえ覚えた。世の中には存在しないほうがいい官庁もあるのである。

 さて最後に、関連する一つの事実をお伝えしておく。

 GHQが七千点余の本(昭和三年から二十年までに刊行された)を選んで、没収し、数十万冊を廃棄処分にしたことを、この数年私はあらためて問題にして、『GHQ焚書図書開封』1~5までを刊行している。GHQが没収した書物の出版社ランキングで一番多いのが朝日新聞社140点、次に多いのが大日本雄弁会講談社83点、三番目が毎日新聞社81点の順である。上位三社は当時の国策に最も忠実だったことを物語る。そして今気がつくと、この三社は戦後逆の方向へ転じ、最も左傾した代表的マスコミであったといっていい。

 高山正之氏は朝日新聞を目の敵にしているようにいわれるが、氏はためにする議論をしているのではない。戦後において思想の逆転現象があって、常軌を逸した反体制・反権力・革命礼賛のイデオロギーへの逸脱が日本の社会を歪めてきたが、それがまだ元へ戻らないのである。朝日新聞社は戦争中に極端に走った。そういう体質の会社だから今度はまた逆の方向へも極端に走って、社員ひとりびとりがその気風に染まり、社内の左翼支配の体制が抑圧的で、発想の自由がなく、歪んだままに今日に及んでいると思われる。

 本書に示される高山氏の朝日批判は個人的好みの問題ではなく、時代の病いに対する公正を求める訂正要求の声であり、日本の社会を正常な軌道に戻したい氏の熱情の表われであるといえるであろう。

(平成23年7月、評論家)

『スーチー女史は善人か』解説(二)

変見自在 スーチー女史は善人か (新潮文庫) 変見自在 スーチー女史は善人か (新潮文庫)
(2011/08/28)
高山 正之

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『スーチー女史は善人か』 高山正之著  解説西尾幹二 

 氏は外国の悪口ばかり言っているという誤解があるが、それは違う。第五章の「タイへの恩は忘れない」は、日本が困ったときにそっと手を差し伸べて助けてくれる奥ゆかしいタイに感謝し、返す刀で韓国の恩知らずを斬っている。氏の悪口にはそれなりに理由がある。自分の弱みを見ないで逆恨みする卑劣な国々が許せないのだ。返す刀は朝鮮について「この国はまた、誰も干渉しないのにまだ南北に分れたままだ。」と遠慮しないで書く。南北統一ができないのも日本のせいだというたぐいの愚論に氏は「(南北は)お互い五輪では統一チームを作る仲だろう。いつも悪口を浴びせる日本に頼らないで、自分たちで始末をつけたらどうか。」とズバリと書く。弱虫のルサンチマンが氏は許せないのだ。またそれを正義のように扱う日本の外交官、学者知識人、マスコミとりわけ朝日新聞に、日本人に特有のもうひとつの卑劣の型を見出して、繰り返し執拗に批判の矢を放っている。

 日本人は一般に外国を基準に自分を過度に反省する傾向が強い。それは必ずしも戦後だけではない。ペルシアやインドなどのすべての文化文物が西から渡来し、日本列島に蓄積され、そこから外へ出て行かなかった文明の型に原因しよう。遠い外の世界に本物が住んでいて、自分の国のものは贋物だという意識は西方浄土信仰にもあるが、これが起源ではない。もっと根は深い。日本文明は他を理解し受容する凹型である。そういう本来性に敗戦体験が重なった。自分を卑下し外国を基準に自分を裁く「自虐」という悪弊が底知らずに広がった。高山氏の反発や怒りが日本人のこの過度の自己反省に向けられているのはバランス感覚の回復のためである。加えて氏が外国人の本心、隠されている正体をあばき出すのは、日本人に客観的に正しい世界の姿を伝えたいからである。

 一番いい例は日本人の欧米崇拝の極北イギリスに対する冷徹な見方に現われている。日本の対アフリカ債権は90億ドルなのに、ナミビアやウガンダをかつて植民地に持ったイギリスのそれはわずかに1000万ドル。しかもイギリスはそこで20億ドルもの武器商売をやっていて、代金は日本からの援助金で支払わせる。それが滞ると、アフリカの債務帳消しを紳士面を装って提言し、日本が債権放棄をすると、それらの国々には余裕ができるので、そこを見計ってイギリスは代金を回収し、また新しい武器を売る。

 アフリカはエイズに苦しんでいるが、治療する医師や看護婦が少ない。日本の援助で看護婦を養成すると、彼女らをイギリスなどが高い給料でさらって行ってしまう。こういう現実を知ってか知らずか、元国連づとめの明石康は朝日新聞に、アフリカの平和のための貢献に日本はあまりに存在感がないなどと非難する。そこで高山氏はこれだけ貢献している日本をなぜくさすのかと問い質す。悪質なイギリスなどをなぜ論難しないのか、と。明石康は「国連に多額の寄付をした笹川良一の国連側の窓口を務めて、それだけで出世した」男だ、と侮蔑をこめて書く。まさにそのレベルの男であることはよく知られている。個人名を挙げてたじろがないではっきり書く。高山氏のこのスタイルがいい(以上第二章「朝日の記事は奥が深い」参照)。

 本書はどれも秀抜な文章ばかりだが、どれか一篇を推薦しろといわれたら、私は第3章の「カンボジアが支那を嫌う理由」を挙げるだろう。また人物評でどれがいいかといえば、後藤田正晴の寸評(第三章「変節漢への死に化粧」の後半三分の二)が肺腑をえぐり、正鵠を射ている。

 フランスは植民地ベトナムを支配する手先に華僑を用いたので、ベトナム人は中国人をフランス人以上に生理的に嫌悪する。フランスはカンボジアを統治するのに今度はそのベトナム人を利用したので、支配医者面して入って来るベトナム人をカンボジア人は許せない。カンボジア人もまたフランス人への嫌悪が薄い。西洋人の支配の巧妙さがまず語られている。

 アメリカと戦ったベトナム戦争の間にベトナム人が頼ったのは中国ではなく、ソ連だった。中国に親分風を吹かされるのが嫌だったからである。戦争が終って自信を得たベトナムは国内の華僑を追い払った。それがボートピープルの正体である。中国はベトナムの離反を見て、カンボジアに親中国派の政権を打ち樹てた。ポルポト派である。ところが毛沢東かぶれのこの党派が狂気の大虐殺を展開し、世界の耳目を聳動させた。この地獄からカンボジア人を救ったのは皮肉にも彼らが最も嫌ったベトナム人だった。中国は華僑を追い払われるや、子飼いのポルポト派までやられるやで踏んだり蹴ったりで、腹を立て、ついにベトナムに攻め込んだ。中越戦争である。共産主義国同士は戦争をしないという左翼の古典的理念を嘲笑った事件だが、ベトナム人はそれをも見事に返り討ちして、小国の意地を見せ、中国は赤恥をかいた。

 「カンボジアが支那を嫌う理由」を短く要約すると以上のようになるが、高山氏はつづけて次のように述べている。

 「それでも支那はつい最近までポルポト派残党に地雷など兵器を送り込んでカンボジア人を苦しめてきた。

 今カンボジアの民が一番嫌うのはベトナム人ではなく支那人に変わった。
 そのポルポト派の虐殺を裁く国際法廷の事務局次長に支那人女性が就任した。」

 あっと驚く虚虚実実の世界政治の現実である。ぼんやり生きているわれわれ日本人は、このあざとい恐怖の歴史をよく知らない。高山氏は政治用語を用いず、もっぱら心理的に描き出してくれる。並の人なら100枚もの原稿用紙を埋めて書くだろう。それをわずか5枚ていどで過不足なく書く。詩のようである。アフォリズム集のようでもある。行間の空白を読め、と言っているのである。

つづく

『スーチー女史は善人か』解説(一)

変見自在 スーチー女史は善人か (新潮文庫) 変見自在 スーチー女史は善人か (新潮文庫)
(2011/08/28)
高山 正之

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 『スーチー女史は善人か』 高山正之

解説文 西尾幹二

 短い文章に、変化に富む内容が詰まっている。抽象語をできるだけ避け、具体例で語る。憎しみや嫌悪をむしろ剥き出しに突き出す。それでいて情緒的ではない。抽象語は使わないのに、論理的である。痛烈かつ鮮烈ですらある。辛辣などというレベルをはるかに越えてさえいる。しかし決して混濁していない。知的に透明である。勿論冷静である。一糸乱れぬといってもいい。

 音楽でいえば太鼓の連打のようなものだが、単調な響きにならないのは、一行ごとに隙間があり、飛躍があり、そこを平板な叙述で埋めていないからだ。言葉を抑制し、思い切って省略している。ある処まで語って、そこから先を語らない。空白のまま打ち切ってしまう。絶妙な間を置くその間合いが高山正之氏の文章のリズムであり、美学である。コラムという字数制限がそういう文体を作り出したのかもしれないが、それだけではなく、高山氏の思考の型が贅語(ぜいご)を慎み、簡潔を好む資質に根ざしている。

 歴史を語ってじつに簡にして要を得ている二例を挙げてみよう。

 「日露戦争後、日本は李氏朝鮮を保護国とした。そのころの話だ。
日本はそれまでこの国に自立を促してきたが、この国はそれを嫌って支那に擦り寄って支那の属国だもんと言ったり、その支那が頼るに足らないことを日清戦争で教えてやると、今度は日本が最も恐れるロシアになびいたり。

 それで日本は日露戦争も戦う羽目に陥り、二つの戦争であわせて12万人もの将兵が異国の地で散華した。

 朝鮮にこれ以上愚かな外交をさせないというのがこの保護国化の目的だった。」(第四章「朝日の浅知恵」)

 別に目新しい歴史観ではない。自国史を主軸に考えれば認識は必ずこうなる。これでも迷わずに二大戦争と日韓関係をこれだけピシッと短く語った文章の例は少ない。

 もう一つはアボリジニ(原住民)の虐殺の歴史を持つオーストラリアについてである。

 「ニューサウスウェールズ州の図書館に残る1927年の日記には『週末、アボリジニ狩りに出かけた。収穫は17匹』とある。

 600万いたアボリジニは今30万人が生き残る。ナチスのホロコーストを凌ぐ大虐殺を行った結果だ。

 困ったことにこの国はその反省もない。

 この前のシドニー五輪の開会式では白人とアボリジニの輪舞が披露された。過去に決別して友愛に生きるということらしいが、登場した“先住民”は肌を黒く塗った白人だった。

 その翌年、アジアからの難民が豪州領クリスマス島に上陸しようとした。ハワード首相は、『難民が赤ん坊を海に捨てた』と拒否、難民を追い返した。

 しかし後に『赤ん坊を捨てた』という報告はまったくの作り話と判明する。

 ここは白人の国、有色人種を排除するためなら首相でも平気で嘘をつく。」(第四章「害毒国家は毒で制す」)

 オーストラリアはたしかにこういう国である。首相までが公然と反捕鯨の旗を振る国だ。鯨の知能は人間並だという勝手な理屈をつけて動物界に「序列」をつけるのと、人間界に人種差別という序列を持ち込むのとは、同じ型の偏見である。囚人徒刑囚の捨て場から国の歩みが始まった取り返しのつかない汚辱感と、原住民の虐殺だけでなく混血と性犯罪の歴史が元へ戻したくても戻らない汚れた血の絶望感とが、この国の白人たちに背負わされてきた。第一次世界大戦より以後、最も不公正な反日国家だった。アジアの中で近代化の先頭を走った日本を許せないという、自分の弱点と歪みを怨恨のバネにした卑劣な国々に韓国と中国があるが、高山氏が両国に加えてオーストラリアを卑劣の系譜に数え入れているのはじつに正当である。

つづく

『原子力村の大罪』の刊行

次のような出版に参加しました。

『原子力村の大罪』(KKベストセラーズ刊、¥1500)

原子力村の大罪 原子力村の大罪
(2011/09/01)
小出 裕章、西尾 幹二 他

商品詳細を見る

目 次

原子力村への最終警告   小出裕幸
福島で生きる(8・5緊急講演録)   小出裕幸
脱原発こそ国家永遠の道   西尾幹二
本丸は、東京電力ではなく経産省だ!   佐藤栄佐久
東電からもらったのは被害だけだ!   桜井勝延
騙し騙され50年、悲劇的結末を迎えた東京電力と城下町   恩田勝亘
このままでは棄民にされてしまう   星 亮一
人牛同病   玄侑宗久
跋 最初の数日間の感想   西尾幹二

編集後記

 かつて私は「最悪を想定しない『go』の社会の病理」という論文を書き、雑誌では「原子力保安員の未必の故意」と題されました。「原子力村」の「村」への批判には私も共鳴しています。

 尚掲載論文は『WiLL』5月号、6月号、7月号からです。9月26日発売11月号『WiLL』に新しい論文を発表する予定です。

日本人の弱さが生む政治の空白

 池田修一郎さんのゲストエッセーをお送りします。池田さんは「あきんど」のHNで以前しばしば投稿して下さった北海道在住の事業家です。私あてのメール形式ですが、時宜に適っているので掲示します。

ゲストエッセイ 
池田修一郎

「日本人の弱さが生む政治の空白」  

 シアターテレビジョンでの討論を拝見させていただきました。日本の政治は戦後吉田茂以降、誰が政治を司とっても国民の期待に沿う結果を生み出せなかった・・・と言われる風潮がありますが、議院内閣制を守りつづける限り、その問題は避けられないと思うわけです。政治家個人の理想とは掛け離れて、国民の要望が政治家を苦しめている実態は、つい忘れてしまいがちな大きな問題だと私は思います。日本の総理は多岐に渡り様々な内政に縛られ、大局に目を向けにくいパターンがあまりにも多すぎると思えます。

 ですから出す政策が常に枝葉末節なものばかり。

 つまりこれが「政治の甘い囁き」ということなんでしょう。結果、子供手当や高校の授業料無料化など、消し去れないパンドラの箱のような政策が居座り、更には政治の改善を頭で理解していながら、国民の多くは危ない囁きに靡いてしまうという実態を生んでしまっています。二年前の選挙で民主党を選ばねばならない状況を生んだ原因は、様々な要因がありますが、一番の原因は、自民党を解体しなければならない国民感情を利用した力(マスコミがそれを誘導したと言われていますが)によるものであり、その力を更に利用したのが民主党だったということです。そんな流れの危険性を囁く一部の正義がようやく出せた最後の抵抗が、小沢氏の金に纏わる問題だったと言えます。しかし、そんなブレーキも一瞬の間は効果がありましたが、加速を続けていた車両の重さは予想以上に重たく、惰性だけでゴールに到着してしまいました。

 私はただこの時の鳩山氏の操縦はなかなかに上手だったと思っています。一度転びそうになった車両を、よく転倒させなかったな・・・と感心したのは事実です。でもよくよく考えてみると、あの頃の麻生総理は既に死に体で、両足は土俵の外に浮いていました。あの頃西尾先生は、麻生氏と小沢氏の人間性を分析され、いかに小沢氏が政治家としての危険性を孕んでいるかを語られていました。
つまり、小沢という人物は今の日本の政治そのものであり、彼がいかに国民心理を利用して、悪魔の囁きを続けて来たかを西尾先生は何度も訴えてきました。

 彼のような寝技が得意なタイプには、立ち技で臨んでも勝ち目はありません。寝技には寝技で応酬するしかないと思います。ところが今日本にはそれを為せる人材がいません。野党時代の管直人なんかはある種その才能がありましたが、彼は左利きですから癖がありすぎます。やはりここは正当に組める人間、多少ダサいイメージはありますが、信頼性は持ち備えている人物が必要です。

 民主党の代表が管直人ではあっても、実は彼が最大の敵ではないのです。本当の敵は小沢氏のような悪魔の囁きに耳を傾けてしまう、我々国民の内面が最大の敵なのです。民主党のような、砂上の楼閣にすぎないような政党を選んでしまう心理が最大の敵なのです。

 そうした背景から、西尾先生が亀井静氏を次の総理に相応しいと発言された事は、正鵠を射る発言だと言えます。彼は確かにその政治姿勢が自分に忠実で、けして洗練された才能を持ち合わせているかは不確実ですが、少なくとも潔白さはかなり持ち合わせています。マスコミに出過ぎた時代もありますが、彼は「ノー」と言える数少ない人間です。少なくとも今はそれが重要な資質であり、とにかく国民の悪魔の囁きに耳を傾ける癖を糾す役割は担えそうです。

 さて問題はもうひとつ・・・討論会で次の総理に相応しい方は誰かという視聴者からの質問に、「安倍氏が最適だ」と応えるパネラーがいました。確かにその流れは未だに強いですし、私の期待のどこかにも、安倍氏は存在しているかもしれません。しかし、よく考えてみると、私たち・・・特に安倍氏に期待する国民は、あまりに過剰評価をしているのではないか、何か一つの理想の総理像を、安倍氏に押し付けしすぎているのではないか、そして不思議な現象として、本来なら期待を裏切られれば、人間は倍になって不満を訴えるはずなのに、何故か安倍神話は根強く、まだ仮想の理想像を追い求めている、それが実態だと思います。こうした心理は今回の原発問題とリンクしていて、同種の心理的問題を孕んでいると思います。期待感だけが先走り、それを安倍氏に無理矢理はめ込もうとするこの日本人の弱さは、どうしても治療不可能なのでしょうか。

 小沢の囁きに靡く弱さと、その反動なのでしょう、アイドルに理想を嵌め込む強引さは、裏で一体化した日本人の一番大きな問題であり、何故かその心理は政治という場に現れやすいのも事実です。
どうやらそうした日本人の資質は今悪い方向にしか向かない傾向にあり、それをどうにかしなければ問題の解決は困難だと言わざるを得ません。

 私は日本人はトータルバランスを欠いているように思います。どこか局所的な才能ばかり長けてきて、多面的な才能を置き忘れてきた、そんなイメージを持っています。財界人と政治家が縦割りだった時代が長すぎたからでしょうか。それもあるでしょう。それが結局二世議員を多く生ませた原因かもしれません。様々な場所でサラブレッドが礼賛され、個人の哲学が育たない社会をもたらした。その弱点が総合的に社会現象化した。

 つまり、今の日本社会には競争の原理が埋没しているのではないでしょうか。特にそれが顕著なのは教育の場にあります。昔はまだ辛うじて教育の場にはそれがありましたが、それすら消滅してしまった。本来なら教育の場から社会の場に移行されるべきだったのですが、教育の場ばかりに負担が強すぎた過去の反省から、いつのまにか競争の原理は抹消の道に向かってしまった。

 この事がトータルバランスを持てない人間の多産をもたらしたと言えると思うのです。しかも多くの社会人は競争からは無縁な時間に浸っていますから、出来そうもない夢ばかり描いて、政治の世界での地道さを無視してきたのかもしれません。理想の総理の不在はそんな現実の影に原因があるのではないでしょうか。

WiLL8月号「平和主義ではない脱原発」(六)

原発という人質 

 前にも書いたが、政治、経済、軍事、外交の四輪がバランスよく揃ってはじめて車は前へ進む。今までの日本のように、経済の車輪が一つだけ異常に大き過ぎると、車は前へつんのめって倒れてしまいそうになる。そこで、アメリカが後からジャッキで持ち上げて押してくれるので何とか前へ進む。アメリカは代償に、堂々と大きな車輪から取り分を取って、いつまでも半永久的に、おとなしくて便利で可愛い三輪車のままにしておこうとしている。
 
 原発は、日本を抑えこむとても便利な手段のひとつであった。何にしろ、罪がなくても罪があるように言い立てることでおとなしくさせることができる。IAEAの代表者が日本人であることは、黒人のなかから黒人の働く農場の監督が選ばれるのと同じようなことである。
 
 日本は七十発くらいのレベルの高い核弾頭を原潜に乗せて太平洋を遊弋させる程度のことで、戦争をしかけてくる国をなくすことができる。五千発分のプルトニウムは要らない。そんなもののために国内が汚されるのは迷惑である。アメリカの「核の傘」の信頼性を信じている日本人は、今ではおそらくひとりもいないだろう。
 
 まだアメリカは太平洋の制覇を捨てる気はないが、2015─16年頃を境に、軍事予算を急激に減らさざるを得ない財政状態にあることはよく知られている。アメリカに善意があっても、頼れないという現実は近付いている。
 
 自民党の故中川昭一氏が北朝鮮の核実験に際して、わが国も核武装について議論を開始しようと言ったら、ライス国務長官(当時)がすぐ飛んで来て、日本はアメリカの「核の傘」に守られているから安心しなさい、とわざわざ言いに来た。ブッシュ元大統領は、「中国が心配する」と同盟国の名を間違えるようなことを言った。そして、国内でも議論沸騰し、新聞もテレビも日本の核武装を──主として否定的に──論じ合った。そのなかで、自民党の石破茂氏が核武装などとんでもないとテレビで反論したが、そのときこう言った。

 「もし日本が核武装したいと言ったら、ウランを売ってくれなくなり、プルトニウムの濃縮もしてくれなくなり、原子力発電はたちまち止まって、わが国の産業は壊滅してしまうだろう」
 
 私はこのことは今でも忘れない。なるほど、原発という人質を取られているのだな、と、そのときひとり合点したのを覚えている。
 
 いまでも石破氏と同じような言葉で脱原発なんてあり得ない。太陽光や風力などをいくらやっても日本の産業力を支えるなんてことはとても無理だ、と言い立てる人は必ずいる。それに、中国やインドや新興国が原発に向かっているので、原発を持たない日本が中国の後塵を拝することになるのは耐えられない、と叫ぶ人も現にいた。保守派はたいていこういう調子のもの言いをするが、中国の風力発電が急成長を遂げているのを知ってのことだろうか。
 
 中国の原子力はまだ二パーセント程度だが、風力発電の伸びは目を見はるばかりで、原発二十~三十基分の電力を作り出し、世界一に躍り出ている。2020年には原発百基分を風力で賄う計画だというが、話半分に聞いてもありそうなことで、この国が世界の動向をしっかり見ている証拠だ。
 
 アメリカもイギリスもドイツも風力に力を入れはじめ、日本の企業がいち早く手を伸ばしているのは洋上風力発電である。三菱電機、伊藤忠商事、住友商事が次々と世界最大級の風力発電に参画しはじめている。日本がやらないから、日本の企業は世界の他の国に手を伸ばす。日本人の知恵と技術が外国の安全と富のために役立つのはいいとして、その分だけ日本が立ち遅れてしまうのは変な話ではないか。
 
 それに、原発推進派に申し上げておきたいが、原発は漸次縮小するほかない明確な理由が日本の国内事情のうちにある。原子力の研究者や技術者がどんどんいなくなっている。東大工学部原子力工学科はすでに存在しない。私が先に日本型「和」の病理の温床と見た学科は、鉱山学科と統合されてなくなってしまったらしい。それはいいとして、今度の事故より以前に、原子力専攻学生が急減し、文部科学省は危機感を募らせている。原発作業員の不足はすでに警告されているが、秀れた研究者や技術者の減少は、これから残った原発を安全に維持管理するうえでも不安要因となっている。
 
 それに、原料のウランが世界で底をつきはじめている。天然ガスや石油のほうが、はるかに長持ちする埋蔵量を誇っている。脱原発は世界のあらゆる国が正視している現実である。日本は増殖炉だのプルサーマルなどと危険な空想を弄んでいるひまはもうないはずなのだ。

WiLL8月号「平和主義ではない脱原発」(五)

「核の平和利用」という危険

 プルトニウムを燃やすはずの・もんじゅ・の失敗で、仕方がなく、政府と電力会社は軽水炉型の普通の原発でプルトニウムを消費することにした。プルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料──恐ろしく危険度の高い──をつくって、これを燃やす「プルサーマル計画」を開始したのは、もちろん燃料のリサイクルという経済効果をめざしてのことが表向きの理由だが、それだけではなく、兵器転用を疑われる余剰プルトニウムを持たないための必死の消費作戦でもあるだろう。MOX燃料を普通の原発、ウラン燃料用の原子炉に使うことは危険このうえないという話も聞く。

 使用済みのMOX燃料の処理方法はさらに大変で、地中に埋められるようになるのに五百年を要するという(普通のウラン燃料の使用済みは三十~五十年待てばよい)。使用済みMOX燃料を積んだトラックが一般道を走ることも危ないから止めたほうがよいという記事も読んだ。福島第一原発では、三号機がプルサーマルでMOX燃料を用いている。

 いったいなぜ、これほどの危険を冒してまでプルサーマル計画が推進されるのか。他国において、核兵器の解体で出たプルトニウムの活用方法に学んだ結果とも聞くが、アメリカから睨まれている六十トン以上のプルトニウムの貯蔵限度量の超過をひたすら恐れてのことではないのか。日本の原発は核の平和利用という原則を関係者がほんの少しでも踏み外してはいけないと神経質になればなるほど、国民の安全を考慮せず、国土の汚染を無視し、普通の常識では理解のできない異常規模のスケールに嵌り込んでいく。

 高速増殖炉もプルサーマルも、他国は早くから危いと見て手を染めないで放棄したか、あるいはある程度やってみたがほとんど熱心には追求していない。核武装国家であるアメリカやフランスの軍事的知能がこれらに近づかないことには理由があると思う。この理由をしかと研究する必要がある。

 日本の携帯電話器が非常に便利な多目的性を発揮したのに、世界のマーケットから相手にされない特殊性をガラパゴス型と評する言い方がある。最近の家電も、飛行場も、港湾も、先進医療も、韓国の国際性に敗れている。わが国の知性は袋小路に入っている。・もんじゅ・もプルサーマルもガラパゴス型なのではないか。ちなみに、プルサーマルは和製英語である。

 高速増殖炉のアイデアは資源のない国の唯一の解決策にみえたのかもしれない。ウランの買い付けに小姑根性のオーストラリアやカナダ──ことにオーストラリアは第一次大戦以後、わが国に卑怯な対応をくりかえした国である──にもみくちゃにされる悲哀からの切ない脱出法であったのかもしれない。その点では私は同情できると思っている。しかし、同情できるのはそこまでである。失敗と分かったら潔く撤退するにしくはない。それは今回見ているところ、原子力発電の全体についても言えることである。

愚かな平和主義 

 ところが、大量のプルトニウムを燃やす高速増殖炉は、今後も開発方針を止めないと政府や電力会社は多分、言いつづけるだろう。原発をつづけるかぎり、核燃料廃棄物が生じ、プルトニウムができては貯まり、軍事転用と見られたくない恐怖が、プルトニウム大量消費用の増殖炉開発の看板を簡単に下ろさせないだろう。

 しかし、これはあまりにも愚かなことではないか。

 「どんどん目標が逃げて行く。2000年改訂時では完成の年度を示すこともできなかった。2005年にはついに2050年に一機目をつくると言い出した。どんどん目標が逃げて行く。十年経つと、目標が二十年先に逃げる。永遠に辿り着けない」

 右は、京都大学の小出裕章氏が参議院公聴会(2011・5・23)で語った高速増殖炉への弾劾の演説からである。小出氏はつづけて言う。

 「これを支えた原子力安全委員会も、行政も、いっさい反省しない。・もんじゅ・には一兆円が投じられた。一億円の詐欺で一年の実刑が与えられると聞きますので、一兆円の詐欺なら一万年の実刑なのです。行政にかかわった人で・もんじゅ・に責任のある人が仮に百人だとすれば、一人ひとりが百年間実刑に処せられて当然です。すべてがじつに異常な世界なのです」

 この怒りには私も共鳴する。福島第一原発に関連して、原子力安全委員会委員長や原子力安全・保安院長が、何も罰せられずに無事に官職をまっとうして定年退官することは人道に悖ることと私も考えている。中国でなら多分、処刑されるであろう。

 小出氏と私は怒りはともにするが、日本の原発が「原子力村」の相互無批判小集団の知的閉鎖性によって歪められ、ガラパゴス化した原因を氏とはおそらく違うところに見ていると思う。氏はおそらく、日本人の国家主義に原因を求めているだろう。しかし、私は国家意識の欠落、国家観のなさ、国を・守ろう・とする尖鋭な意欲の不在、日本人の主張を世界に通用させようとする自我の貫徹の弱さ、一口でいえば一国平和主義、その合理性の不足に原因があると考えている。

 もう一度よく省察していただきたい。

 五千発の原爆をつくれるプルトニウムを貯めこむことで自ら自由を失い、本来の防衛力を阻害することは合理的だろうか。また、それを国際社会に隠していないと弁解するために、盗品など隠し持っていませんとお白州で裸身になって尻の穴まで見せるような哀れな細民の生き方をこの国民に強いているのは、原発の存在にほかならない。原発さえなければ、この点での愚かな平和主義を捨てることができる。

つづく

WiLL8月号「平和主義ではない脱原発」(四)

鉄腕アトムとゴジラの時代 

 どの個人も自由を欲する。個人も国家も同じである。国家も行動の自由、自己裁量の自由を欲する。

 原子力発電には夢が与えられた希望の時代があった。「鉄腕アトム」の時代である。アトムの妹の名はウランちゃんだった。しかしそれは同時に、「ゴジラ」の時代でもあった。水爆実験成功の伝えられる時代で、地上における原爆の数千倍のエネルギーの出現への畏敬と恐怖の時代でもあった。事実、ゴジラは大都会を次々と破壊する存在として描かれていた。
 
 日本が国力の上昇とともに、原子力発電においても強い自立の意志を持ったのは当然である。がんじがらめの国際的縛りから解放されたいと思うのは自然な欲求である。高速増殖炉は、他の先進国のすべてがあまりに危険すぎて手を引き、ついに見放したのに、日本はあえてそれを引き受けた。福井県敦賀市の高速増殖炉・もんじゅ・は日本独自の技術だった。 

 見捨てられた海辺の小さな集落、人口八十人の白木という村落に不安な炉を据えた。・もんじゅ・がうまく成功すれば、使われた燃料は一・二倍になって返ってくることになっていた。そうなればもう原料の心配は要らない。ぐるぐる同じ燃料をリサイクルしていけばいい夢の機械である。

 これもやはり、「鉄腕アトム」や「ゴジラ」の時代が生んだ未来に無限の可能性を見る解放への願望だった。が、・もんじゅ・は現在、たび重なる事故で前進も後退もできなくなっている。これにはすでに一兆円が注がれて一キロワットの電力も生産せず、今後五十年間にわたり年間五百億円のむだな維持費が必要とされるばかばかしくも怪しいしろものとなり果てた。

 しかも、今後もう一度事故が起これば、関西一円を侵す疫病神のような存在になっているが、考えてみればあらゆる外国の圧力から逃れて、日本の原発が独立自存する目標のシンボルであったともいえる。それほどにも外国の干渉、妨害、悪意の行動はすさまじかったことは先に見たとおりである。日本が原爆をつくるかもしれぬという単なる言いがかりで、原料のウランと燃料のプルトニウムの処理に対して、国際無法社会が巨額のカネをしぼり取るあこぎなシステムができ上がっていたといっていい。

 逆にいえば、原子力発電の夢の妄執を捨てることさえできるならば、外国から干渉されたり、侵害されたりする理由ももうないということになろう。また日本の核防衛も、ウランを売ってやらぬなどの資源エネルギー全体への干渉や介入によって妨げられることなく、独自の開発路線で進めることができるようになるであろう。なにしろ、日本の核対応力はかつての米ソのような数万発の弾頭を貯めこむ核超大国を目指すものではなく、イギリスやフランスが現にそうであるような限定された・守り・の域さえつくれば良い。否、そこまでの必要もない。

 国際政治アナリストの伊藤貫氏は、核を具えているぞという「意志」がなによりも大事で、それさえあれば、ハードはインドからの買い入れでもいい。インドから買うぞというジェスチュアだけでもいい。日本とは戦争はできないという明確で強力なシグナルを発することだけが大切であり、それには軍事的には報復核の用意しかないのである、と。

福島第一よりも重い責任

 いまや、まったく展望のない高速増力炉のこれ以上の開発には電力会社も及び腰になっていると聞く。採算が合わないからだ。それでも核燃料のサイクル計画を否定できないのは、使用済核燃料の最終処分方法に見通しが立っていないからである。どの原発にも使用済核燃料の貯蔵プールがあり、そこは一定の割合でつねに空きスペースをつくっておかないと、原子炉のなかから使用済みを取り出し、新しい燃料と置き換えることができなくなる。つまり、原発は稼働できなくなる。

 ところが、原発一基を一年間運転すると、約三十トンもの使用済燃料が生じ、毎年これをどこかへ片付けていかないと、原発は運転を継続できないことになる。これは大変な重荷である。それなのに、わが国には放射性廃棄物の最終処分場が存在しない。場所も管理方法もなにも決まっていない。この先何万年にもわたって監視しなければならない相手かもしれないのに、何年先の管理もはっきりしていない。仕方がなく、使用済核燃料は「再処理いたします」という建前をとったのである。

 できるかどうか分からないが、ともかく「再処理」という言葉が選ばれ、青森県六ヶ所村に再処理工場が建設され、そこへ全国の原発から使用済燃料が次々と運び込まれた。写真でみると、広大な敷地に恐るべく大量の核のゴミを入れた金属容器が果てしなく並んでいる。

 だから「再処理」がスムーズに進んでいるのかと思いきや、ことはそんなに簡単ではない。再処理をすれば毒性の高いプルトニウムが抽出される。日本ではこれが貯まりに貯まって四十五トンを越え、八キロあれば原発を一個作れるので、約五千発程度の原爆の材料の貯蔵に当然、世界は目を光らせる。

 六ヶ所村にはIAEAの係官が常駐し、全国の原発にも年に一、二度の国際核査察が入る。アメリカは六十トンを上限に、それ以上のプルトニウムの貯蔵はまかりならぬと言っている。韓国は日本にだけプルトニウムの貯蔵が許されるのは不公平とし、嫉妬と不満を隠さない。

 しかし、愚かで甘い日本の保守派はこのことに優越感を覚え、わが国が超大国になる前段階だから、原発は大切に守り育てていかねばならぬなどと言うが、日本に必要なレベルの核兵器は少数精鋭でよく、六十トンのプルトニウムの処理に困って右往左往し、国際的な厳しい監視と批判を受けて翻弄され、積極的なことは何もできなくなっている現状のほうが、軍事的にもよほど不自由で、賢明でないということにならないだろうか。

 実際、プルトニウムばかり増えるのは厄介である。高速増殖炉・もんじゅ・は、もともとプルトニウムを燃やす目的で作られたのである。

 ところが、一九九五年にナトリウム漏れ事故で原子炉が暴走し、そのあと炉中中継装置にも落下事故があって、いまや新しい燃料で運転を再開することも、古い燃料を取り除いて廃炉にすることもできず、このままいけば五十年間、毎年五百億円の単純維持費を必要とし、総計二兆五千億円を流出することになろう。日本の独自技術は完全に頓挫した。福島第一原発よりもはるかに関係者の責任は重い。

つづく