私の独断的政局論

 小沢が前原とウラで手を握っている、というのが私の推理の基本である。鳩山はそれに気づいていない。

 小沢はつねに誰かを総理にしてやるといって自らが生き延びるのが常套であった。失敗したのはミッチーこと渡辺美智雄だけだった。

 小沢は自らが生きるか死ぬかの瀬戸際にある。否、民主党そのものが瀬戸際にある。前原以外に国民を納得させられる新首相はいない。小沢と前原は対立していると見られているのが好都合である。

 本来は小沢と鳩山は党を二分して死闘を演じてもおかしくはない情勢にある。第一回の検察審議会が「起訴相当」を出してきたときが、鳩山が小沢を蹴落とすチャンスだった。民主党が支持率を回復するチャンスでもあった。しかしそういう気配はまったくなかった。

 次期総理に菅の呼び声は最近次第に小さくなっている。鳩山が前原の台頭にも、小沢と前原の関係にも気づいていないのは、単なるバカだからである。

 東京地検のうしろにはアメリカがいる。これが私の第二の推理である。

 検察庁は権力そのものである。しかし日本という国家には権力はない。『「権力の不在」は国を滅ぼす』は私の本の題だった。

 アメリカは東京地検と組んで小沢をコマの一つとして使うことに決めたようだ。小沢はアメリカに脅されている。

 普天間問題の迷走が始まった8ヶ月前、アメリカは怒ったし、呆れもした。しかし日本の政治の非合理性の根は深く、安定した親米秩序がいつになったらできるのか見通しが立たないことに、アメリカは次第に不安を感じ始めた。

 アメリカは忍耐強いのでは必ずしもない。基地としての日本列島を失うかもしれないことに恐怖を抱きだしたのだ。沖縄民衆の反乱が拡大することをひたすら恐れている。

 アメリカはこの状況を収束させられるのは力しかなく、力を持っている小沢にすべてを托す以外にないと判断したのだろう。

 それがいつの時期かは分らない。鳩山が沖縄海兵隊の抑止力を「学習」したと発言してもの笑いになったあれより少し前だろう。普天間問題が最初の自民党原案に立ち戻り始めたのと歩調を合わせて、検察庁による小沢「不起訴」が繰り返された。

 鳩山は1996年11月の文藝春秋に「民主党 私の政権構想」という論文を書いていて、沖縄の基地問題を論じている。それによると、「革命は未来から」と旗を掲げた上で、「手前から少しづつ前に進むのではなく、未来から大胆に今を直す」のがわれわれの流儀と宣言している。沖縄問題は米軍基地撤廃と完全返還という「未来から」手を着けると言っている。

 これは学生運動家の発想だが、ひどいもので総理になってその通りに実行しようとしたのである。「最低でも県外」と言ったのはそのしるしである。彼はバカなのではなく、確信犯なのである。だから恥しい素振りもみせず、終始図々しいのである。

 国内には鳩山をまだ守ろうとする声がある。支持率は20%台になったというが、まだ依然として20%台なのである。本当は5-7%になってもおかしくはないのに、左翼マスコミもまた確信犯にほかならない。

 しかし起死回生を狙って小沢は前原を擁立するだろう。普天間は時間をかけ自民党原案に落ち着くだろう。それが私の独断的政局論の読みである。時期がいつかは分らない。もちろん予想外のことが起こり得る。検察審査会の第二回目の「起訴相当」はアメリカの影の力をもってしてもいかんともしがたい。

 基地が反米の旗をさらに高く掲げてこれ以上混乱したら、アメリカの苦悩は深まり、次の手を打ってくるだろう。その方がずっとこわい。アメリカは日韓の関係の悪化を今は望んでいないが、日本の「韓国化」をむしろ画策するかもしれない。

 アメリカは占領軍だということを今回ほど如実に感じさせた事例はない。鳩山は寝た子を起こした廉でいづれにせよ罰せられねばならない。

アンケート「日本史上最強の女傑」

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 奇妙な企画だと思うが、SAPIO(2010・5・12)が「日本史上最強の女傑は誰か」というアンケートを企画し、第10位に美智子皇后が選ばれ、私がそこに短い文章を書くように求められた。

ちなみに選ばれた10人は次の通りである。
1位  北条政子
2位  神功皇后
3位  春日局
4位  日野富子
5位  淀殿
6位  坂本乙女
7位  山本(新島)八重
8位  乃木静子
9位  野村望東尼
10位  美智子皇后

 なかなか難しい。私の知らない女性もいる。美智子皇后に寄せた私の添え書きは以下の通りである。

無言の説得力を持ちこの国の中心を担う

 明治時代を代表する日本人は政治家にも軍人にもいる。昭和時代を支えた人は誰か。「新しい歴史教科書」でコラムを作成するとき昭和天皇に衆議一決した。ならば平成時代は?まだそんな段階にはならないが、私は美智子皇后を挙げるだろう。

 平成時代は国力の停滞と下降の時代だが、皇室が国民共同体の中心であることはこの方のおかげで守られてきた。民間人から嫁がれて格別のご苦難は国民周知だが、「私はいつも自分の足りない点を周りの人々に許していただいてここまで来たのよ」(雅子妃に語った言葉として伝えられる)は日本人の理想とする皇室の徳、つつましさ、控え目、ありのまま、清潔、謙譲、飾りのなさ、作為のなさ、総じて慎重な心づかいを自然体で現わしていて、しかもその節度と品格ある生活態度の中に、凛として清冽(せいれつ)なつよさをつねに感じさせるものがある。

 女傑とか女丈夫とかの概念とは余りに違うようにみえるが、外国にお出まし賜ってそのお人柄には人を魅了し感服させる無言の説得力のあることがわかり、日本国民として誇らしくも、嬉しくも感じられる。

 昭和天皇亡き後、「第二の敗戦」といわれた平成の御代に、何とかご皇室を、そしてこの国を、ここまで持ちこたえさせてこられたのも、国の中心に魂のあるご存在がおられたからである。

 私は先日「皇室と国家の行方を心配する往復メール」(六)で、美智子皇后のテレビ報道が人格主義に傾くことは最良の皇室報道ではない、という意味のことを書いたのに、私の文章はその傾きを免れていない。自説に矛盾して申し訳ない。しかし、皇后について書けばどうしてもこういうことになるのは何とも致し方ない。ここに書いてある通りに普段考えているから、正直その通りになった。

 尚アンケートは日本史上最高の美女の10人という企画も同時に行っていて、興味があると思うのでついでに紹介する。

日本史上最高の美女10人

1位  お市の方
2位  細川ガラシャ
3位  小野小町
4位  陸奥亮子
5位  和泉式部
6位  原節子
7位  額田王
8位  山本富士子
9位  弟橘媛
10位  石井筆子
10位  吉永小百合
10位  山口百恵

「秩序」を巡る戦後の戦争

strong>ゲストエッセイ 
足立 誠之(あだちせいじ)
坦々塾会員、元東京銀行北京事務所長 
元カナダ東京三菱銀行頭取/坦々塾会員

 「WiLL」6月号の冒頭に去る4月10日に日比谷野外音楽堂で行なわれた西尾幹二先生の 講演内容が掲載されました。講演の中心は日米戦争開戦の翌年昭和17年11月「中央公論」誌上で行なわれた当時の日本を代表する4人の哲学者による座談会を巡るものでした。

 この座談会を載せた本は、GHQの焚書により60余年の間我々の眼にふれることのなかったものであり、昭和17年11月当時日本の識者が文明史の上で日米戦争をどう俯瞰し、位置づけていたのかという重要な事実が戦後初めて明らかにされたのです。

 この座談会の内容を私なりに理解しますと、「あの戦争」は従来の戦争とは全く異なるものであり、「秩序」言い換えれば「思想」、「世界観」を巡るものであって、武力による戦争が終わっても継続されるものであるということが趣旨となっています。 驚かされることは、こうした俯瞰された戦争観はその後今日に至る世界の動きの性格を見事に言い当てている点です。

 こうした捕え方をベースに、かつての欧米の「秩序」の下にあった植民地がどういう経路をたどることになったのかを俯瞰してみますと、次の様になります。

 日米戦争にいたるまで欧米が植民地としていた地域は、総て工業化以前、近代化以前の地域、今の言葉で言えば低開発地域でした。アフリカは欧州の「秩序」の下部構造に組み込まれており、中南米は1823年のモンロー宣言以降アメリカの「秩序」にくみこまれていました。アジアはアメリカの「秩序」の下にあったフィリピンを除けば欧州諸国の「秩序」の下にありました。

 ここで注意しておかなければならないことは、今でこそ忘れられていますが、欧米の「秩序」は植民地の人々の差別を当然のこととみなし、これを前提としていたことです。因みに第一次大戦後のパリ講和会議で設立が決定された国際連盟の規約に「人種平等」条項をいれようとした日本の提案は、アメリカ、オーストラリアなどの反対で実現しませんでした。こうした歴史的な事実も日本国民の記憶から抹殺されたまま今に至っています。

 さて、日本が戦った戦争は東南アジア地域を欧米のこうした「秩序」から解放し、新たな大東亜共栄圏秩序へと転換せしめることを目的としたものでした。昭和20年8月15日日本は降伏し、「武力による戦争」が終わります。しかし一旦欧米の「秩序」の下部構造から解放された東アジア地域が元の「秩序」に復することはなかったことは、ご承知の通りです。

 その後の世界の低開発地域の推移はどうか。

 はっきりしていることは、今日経済的な離陸(テークオフ)に成功している地域はASEANに代表され、中国をも包含した東アジア地域のみであるということです。アフリカも中南米も工業化、近代化を伴う経済的離陸には至っていません。何故この様な差が生じたのか。それはこれらの地域がたとえ形の上では独立したといっても、依然として欧州諸国やアメリカの「秩序」の下部構造から離脱出来ていなかったからであると考えられます。

 戦後のこうした低開発地域を下部構造においたままの欧米の秩序は、新たな植民地主義としてアジア・アフリカ会議などにより激しく排斥されたことはご承知の通りです。このアジア・アフリカ諸国の運動には中国や北朝鮮も参画しており、共産主義を「秩序」として目指す動きも強いものでした。然しこうした共産主義の「秩序」が経済離陸、工業化をもたらすものではなかったことはその後中国自体が証明しています。

 韓国、台湾、香港、シンガポールなどのNICsとASEANが選択した工業化、経済的離陸、近代化への「秩序」は日本をモデルとするものであったことは誰も否定できないものです。そして70年代末にはアメリカに次ぐ世界第二のGNP大国になっていた日本は、それに見事に応えました。

 80年代から90年代にかけてのASEANの経済発展は、日本を先頭にする雁の飛行になぞらえられ、「雁行型発展モデル」と呼ばれました。当時のマレーシアのマハティール首相は「ルックイーストの標語で日本に学ぶことを提唱し、現に同首相の子息が私の銀行に修行に来ており一般行員に混じってコピー取りをしている姿も見られました。

 私自身東アジア(中国、インドネシア)には合計6年8ヶ月駐在し、日本企業による生産拠点の構築とその運営について相当程度関与してきましたが日本企業のそれは欧米企業のアプローチとはかなり異なるものでした。現地工員と同じ作業服で働き、昼食時には同じ食堂で現地工員とメラニン樹脂の丼に盛られたネコ飯(現地米に煮魚を載せ汁をかけたもの)を食べるといった光景も目にしました。

 風俗、習慣、宗教の異なる世界に企業活動に不可欠な時間の観念や規律を植えつけ、チームワークを育てる。組織の底辺からトップにいたるまでの総てを伝播させるというものでした。

 それがそれほど簡単なことではなく、時間と忍耐を要するものであったことは、日本では余り知られていません。欧米企業と日本企業のこうした差の由来を遡れば、国際連盟の規約に「人種平等」条項を提案した日本とそれに反対したアメリカという図式に帰着すると言えるでしょう。

 アメリカは1776年の独立宣言の中で「人間は生まれながらにして平等である」と謳いましたが、実際にはそうではなかったのです。こうしてみると昭和17年11月の中央公論誌上座談会で4人の哲学者が「日本が英米を 指導する」と発言していることも当然のこととして理解できます。

 それでは、東アジアの雁行発展モデルが日本企業、日本人による「人類みな兄弟」の精神に基づく博愛、友愛だけでもたらされたのか、と言えばそれは違います。それだけでは絶対に不可能なのです。

 発展途上国と言うのはそんな生易しいものではありません。法制度、システムが整っておらず、裁判で信頼出来る判決が下されるかといえばそんな確信はとても持てない。警察が保護してくれるかといえば、それどころか逆の場合もある。最近でこそ改善されてきているといわれますが、賄賂や汚職も蔓延していました。権力者のファミリー企業の専横も酷いものがありました。そんな中で「善意」や「友愛」だけでは丸裸にすらされかねないのです。

 私の2度目のインドネシア勤務はカナダの移民権を得てからのことでしたのでインド ネシアではインドネシア・カナダ商工会議所のメンバーでしたし、日本大使館だけではなくカナダ大使館にも頻繁に出入りしていました。そうした中で気がついたことがあります。 それは日本やアメリカの企業に比べカナダの企業の方がトラブルに巻き込まれたり、被害に遭う頻度が高いように思われたことです。銀行や保険会社ですらそうしたことに巻き込まれ、撤退を余儀なくされるところもありました。それで私も相談や協力を求められたこともあります。

 目には見えないがアメリカ企業は強力なアメリカの軍事力が背後に控えていますが、カナダ企業の場合にはそうはいきません。カナダの企業や当局がインドネシアの当局に働きかけてもインドネシア側の動きはかなり鈍いのです。

 このことから言えることは、実際に力を行使するか否かはともかく、現地人に畏敬されているということが必要なのです。アメリカや日本に比べてカナダはそうした点で弱いと思われているのではないでしょうか。

 日本はどうか。日本企業はいろいろな困難を乗り越えて来ました。大統領ファミリーの無法な行為にたいしても敢然と立ち向かう。そうした気概がなければ企業活動を正常に運営していくことは出来ません。日本人は大人しくて優しいが、いざとなると勇敢な国民であると思われつまり畏敬されている。この日本人、日本にたいする”畏敬”の気持ちが現地になければ成功しなかったでしょう。

 彼等が何故日本を畏敬するのか。それは日本が敢然として白人大国ロシアに立ち向かい見事に勝利したこと。そして例えアメリカであっても立ち上がり戦ったこと。そうした日本人の勇気を記憶しているからです。

 東アジアの経済的な離陸は我々の世代だけが指導し、協力した故に成就したものではあ りません。日本民族が畏敬されていたから可能であったのであり、それは日露戦争、そして日米戦争を敢えて戦った我々の父祖の存在を抜きにしてはなし得なかったことなのです。

 昭和17年11月当時の日本は英米をも指導するという自信に満ちた世界観、思想を持ち、勇気を備えていました。今日の日本の劣化した指導層、即ち、政治家、財界人、経営者層、そして言論界はこうしたことに思い至っていないどころか想像すらしていません。彼らにみられるものはひたすら「したて」「もみ手」をすることであり「友愛」を口にすることです。そこには世界をリードするという気概も、力も、そして何よりも大切な勇気のかけらも見られません。これでは畏敬されるものはゼロに等しいのです。

 このまま時代が推移すれば日本人はただ「卑屈」「卑怯」な民族としか看做されなくなり、いずれは国際社会から相手にされなくなるでしょう。

 21世紀にはいり、アフリカは欧州の「秩序」からの離脱に徐々に動きだしました。中南米においてもアメリカの「秩序」に対して激しい離脱の動きが始まっています。日本が深く関与した東アジアの近代化、工業化による経済的な離陸が、アフリカや中南米に波及しつつあることは否めません。

 昭和17年11月24日の中央公論誌上で行なわれた4人の哲学者の描いた未来の俯瞰図は、こうして実現しつつあります。その一方では情けないことに日本が日に日に劣化してきています。西尾先生はこうした現象を「戦後の戦争」に敗れたと喝破されました。その原因がアメリカによる占領時代の「検閲」と「焚書」に由来することは明らかになりつつあります。

 それでも劣化が進むのは何故か。

 それもまた西尾先生は本講演で喝破されておられます。それは日本人がどっぷりと甘美で怠惰な安逸に安住し、正義のために戦う勇気を喪失しているからであると。人間も国家も勇気と希望を失えば存在の意義を失います。日本国民は自らの歴史を学び、そこから勇気を取り戻さなければなりません。

平成22年5月 文責:足立 誠之

皇室と国家の行方を心配する往復メール(六)

西尾から鏑木さんへ

 ご返事が遅くなってすみません。漫然と日を送っていたからではなく、著作家として厳しい時間を経過していたからで、その成果が表に出るのは何ヶ月も以後になります。ここのところ「インターネット日録」に時間を割く気力もなくなっていました。

 パソコンでも、活字でも、文字を扱うエネルギーは等量です。一方に打込んでいると、どうしても他方に力を振り向けることができなくなります。そういうときには普通の手紙を書くこともできなくなります。そんなわけでご返事をせずに何日も空けてしまって申し訳ありません。

 話の順序を変えて、アメリカのことから始めます。世界の中で最も出鱈目なことや最も傲慢尊大なことをやってきて、それでいて世界からあまり憎まれないで信頼されているというのが、アメリカという国の不思議な処です。アメリカは反米を恐れません。世界中どこへ行っても反米の声が溢れていて、いちいち驚かないのです。

 力に由来する寛大さ、強さからくる野放図さは、9・11同時多発テロ以来少しさま変わりしているかもしれませんが、それでも根は変わらないはずです。貴兄もそういうアメリカ像を抱いているように推察しました。

 日本などが真似のできないアメリカの政治文化のスケールの大きさは認めた上で、私はアメリカ人の心の底に、自分を信じる余りの他を省みない一方向性、他国を傷つけてもそれに気づかない鈍感さ、パターナイズした正義の押しつけと親切の押し売りを認めます。世界を自分の眼でしか見ないある種の単純さ、平板さは、「帝国」の名にし負うのかもしれませんが、理念なき「帝国」の現われです。アメリカは、たゞ漫然と「世界の長」をつとめているだけで、今後に発展も成熟も起こりそうにありません。

 貴兄のアメリカ像もほゞ似たようなものだと思いました。たゞアメリカの反日感情は「日露戦争以後の日本との行き違い」に起因し、それほど根深いものではないと仰言いましたが、果してそうでしょうか。ペリーの来航は砲艦外交でした。琉球を占領する予定でした。日本が邪魔で、叩き潰す衝動は最初から根強く存在し、外交上の単なる「行き違い」が原因ではないのではないでしょうか。

 さて、話を本題に移しましょう。小泉内閣下の皇室典範有識者会議はいったい誰が望んで秘かに仕掛けられたのかは謎で、いまだに分りませんが、皇后陛下のご意向が強く働いた結果だというような噂は、当初からあちこちで囁かれていました。理由もよく分りません。これも噂が八方にとび交って、口さがないことがいわれつづけましたが、何も確かなことは知りようがありません。

 そういう中での貴兄の最初の指摘には吃驚しました。有識者会議の報告文と皇后陛下のご発語との共通点、ことに「伝統」の概念修正が似ているという発見ですね。よくお見つけになりましたね。つねづね皇室の未来を心配し、なにを読んでも心が敏感に反応するような心理状態になっている証拠です。貴兄こそ現代において稀な皇室思いの「忠臣」です。

 貴兄の発見は上記の単なる噂ばなしを何歩か前進させる傍証のようにも見えますが、それでも確証とはいえません。皇后陛下が「女系容認・長子優先」であらせられるかどうかに関して、われわれが一定の判断を下すには余りに情報が足りないのです。

 そもそも皇室のことは、根本に関してはつねに情報不足です。御簾の奥のことですからね。それでいて、われわれ民衆の目から見て気になるサインが至る処にばらまかれます。われわれはつい皇室の御心をご忖度したくなりますが、本当は不可能なのかもしれません。

 私は遥るか遠くから仰ぎ見ていていつも思うのですが、天皇陛下と皇太子殿下に比べて皇后陛下と皇太子妃殿下の方がより多くの人の関心を呼び、話題になり、とやかく語られることが多いのではないでしょうか。女性だからでしょうか。民衆から見て何となく分るものが感じられるからではないでしょうか。天皇陛下と皇太子殿下のお二方は何となく近づき難い、分り難いご存在だからではないでしょうか。どこか神秘的だからなのではないでしょうか。

 貴方のご文章の中で、読んでいてギクッとした決定的に重要な一行がありました。すなわち「こう言っては何ですが天皇家は良くも悪くも民間女性の影響が強すぎるのではないでしょうか。」

 本当に強いのかどうか真相は分りません。ただ民衆の目から見てそう見えるのは間違いありません。私にもそう見えます。

 民間ご出身のお二方には私たちの世界の尺度が当て嵌まるからだと思うのです。判断ができるからです。あれこれ忖度したくなるのは、そもそも想定ができるからです。

 例えば皇后陛下が伝統の養蚕に手をお出しになると聞いて、良くやるなァ、そこまでなさるのかと思うのは、私たちの身に当て嵌めてみて考えているからです。天皇陛下のご祭祀がお身体を使う大変に厳しいものだと聞いても、これには私たちは言葉がなく「良くなさるなァ、そこまでなさるのか」とは考えません。私たちには想像もつかない別世界の出来事だからです。

 皇太子妃殿下は今年も赤十字の恒例の大会に皇族のご婦人がたがずらりと勢揃いされているのにおひとりだけやはりご欠席でした。テレビを見ていてそれと分ると私たちが異様に感じるのは、私たち一般社会の流儀を当て嵌めているからです。皆んながやることをひとりだけやらない、しかも長期間やらないのは私たちの一般的感覚は「異様」と判断します。ましてやその方がスキーやスケートは決してお休みにならないのが知らされているので、「なにか変だ」と思うのは民衆的感覚からいって自然で、避けることはできません。

 赤十字の恒例の大会に皇族のご婦人がたが毎年勢揃いされるのをテレビで見ても大変だともご苦労だとも私たちが特に思わないのは、これも別世界の出来事だからです。

 民間出身の皇后陛下と皇太子妃殿下は宮中の伝統に融けこむご努力をなさるにしても、ご努力をなさらないにしても、私たち民間人の目から判断され、評価されるのを避けることはできないでしょう。私たちは私たちの物指しで判断するからです。貴方が「天皇家は良くも悪くも民間女性の影響が強すぎる」というのは民間女性がやはりはみ出て見えるからでしょう。本当に影響力が強いのかどうか分りません。多分、相当に強いのでしょうが、民間人の社会と皇室の環境の相違が大きく、それが目立つからだとむしろ考えるべきです。

 さて、結論を述べますと、皇位継承問題で皇后陛下が「女系容認・長子優先」なのではないか、という貴方の推理に反対する論拠は私にありません。「皇太子妃は私たちの大切な家族なのですから」と擁護なさったお言葉もかつてありました。たゞほかに貴方の推理に積極的に賛成する材料も私にはありません。いろいろ揣摩臆測する以上のことはなにもできないのです。

 そうはいえテレビその他が皇室報道で皇后陛下にスポットを当て過ぎ、その分だけ天皇陛下の影が薄くなるような報道の仕方に対し、つねひごろ私が疑問を覚えているということを最後にお伝えしたいと思います。「影響が強すぎる」という貴方のご判断は、多分に皇室報道のせいでもあると考えるからです。

 テレビその他が、皇后陛下を気高く典雅な女性に描き出すのはもちろん私は納得して見ている一人ですが、そこには民間女性であるがゆえの今までのご努力への敬意もあり、テレビ側が自分たち民間人の物指しで分り易い価値判断を当て嵌めたがる傾向もあって、本当の皇室報道のあるべき理想に反しているのかもしれません。

 つまり、このようなやり方は皇室を人格主義の型にはめこんで、天皇陛下のご血統の神秘さと尊厳を国民に暗黙のうちに知らしめる皇室報道の本来の目的に添うていないのではないかと危惧されるからです。

 逆にいえばこうです。天皇家が次の世代に移ったときに、テレビやマスコミは何をどう描いていくつもりか、その用意が今から出来ているのか、と私は問い質しておきたいのです。

(了)

皇室と国家の行方を心配する往復メール(五)

鏑木さんから西尾へ

西尾先生

不手際のメールで色々、ご迷惑かけましてすみません。皇族関係者のスピーチとしたのは、私の早とちりで誤りでした。

 「小泉首相の皇室典範会議にまでコミンテルンが手を伸ばしている」というのは先生ご指摘の通り、大方は私の妄想でしょう。

 改めて「皇室典範に関する有識者会議 報告書 平成17年11月24日」をしっかり読んでみました。するとその中で次の様な文言を見つけてしまいました。

・・・・・
II. 基本的な視点
・・・・・

② 伝統を踏まえたものであること

・・・また、伝統とは、必ずしも不変のものではなく、各時代において選択されたものが伝統として残り、またそのような選択の積み重ねにより新たな伝統が生まれるという面がある。・・・・・ (P3)

 皇后陛下のお言葉「型のみで残った伝統が社会の進展を阻んだり、伝統という名のもとで古い習慣が人々を苦しめていることもあり、この言葉が安易に使われることは好ましくありません」と同様の言い方ですが、一般論としての偶然なのでしょうか。

 たぶん、皇后陛下もこの報告書をご覧になっており、少なくとも反意は持っておられないということではないでしょうか。

 この報告書の結論は、ご承知の通り女系容認・長子優先です。つまり、皇位継承順位は皇太子殿下の次は愛子様となります。

 皇后陛下はご立派な方ですが、皇位継承に関してはやはり女系容認・長子優先なのではないでしょうか。そして、その意向が天皇陛下の判断に影響し、陛下の明確な対応を遅らせているのではないでしょうか。

 まさに悠仁様の誕生は天悠でした。

 アメリカについてですが、私はアバターを観ておりませんので先生のお話で判断しますと、地球人=アメリカ人、宇宙人=インディアン・アジア(日本)人という図式でアメリカの自戒の念が垣間見られるということですね。

 しかし現実世界では、アメリカは屹然と世界と対峙する強靭さがあります。この精神の図太さはある意味羨ましいですが、カルトとまでは言えなくても多分に宗教的です。

 私のアメリカの理解は、近代理性主義に迎合したキリスト教プロテスタントのマインドを国民のベースに持ち、支配層はユダヤの世界支配の野望とフランクフルトマルキストの理想社会実現の野望のリゾーム状態の様なものと考えています。

 私はアメリカを大東亜戦争での日本への仕打ち(原爆投下、無差別爆撃など)から残虐な国家国民と判断しておりました。街で白人黒人をみると今にも拳銃を抜いて撃ってくるのではないかと警戒していました。

 しかし日露戦争以後の日本との行き違いで反日感情を醸成させていったという論は、同じ人間としての目で冷静にアメリカ人を見られるのです。

 これ以上は私も先生のお話を伺ってからにしたいと思います。

 雅子様の件は、先生のおっしゃる通りに納得するよう致します。

 そうなればこの際、皇太子殿下は雅子様の病気を理由に皇位継承を辞退なさって、雅子様の病気治療と愛子様の教育に専念されるべきでしょう。離婚して皇位を継ぐというのは天皇として相応しくないと思います。一生雅子様に寄り添い、精神病に病む妻を持つ家庭の長として模範となる生き方を国民に示して頂きたい。そして愛子様をすばらしい日本女性に育て上げることが浩宮様(敬愛を込めてそうお呼びしたい)のお勤めではないでしょうか。そうすることで皇室に対する国民の敬意は、逆に高まっていくと思います。

 そして小和田家の皇室への関与も終わります。

 デビ夫人のブログ見ました。

 私は良くテレビを見ますので以前からこの方は聡明な方だと思っておりました。皇室に対する意見は本当に素直で真っ当なものですね。別の記事で北朝鮮関係のものはセレブの悲しい能天気ですが。

 このブログによると愛子様不登校問題のいじめた側の生徒は転校したのですね。天皇皇后両陛下のご懸念が現実となりました。

 まずは浩宮様の決断ですね。

 私は浩宮様と同い年で、先生が陛下に思いを寄せるのと同様に、私は浩宮様と共に育ってきたという思いがあります。実直で優しい浩宮様が大好きなのです。

 だから、しっかりして下さいと哀願するだけです。

 そして浩宮様は、今上陛下、秋篠宮殿下の良きアドバイザーとして日本という大きな家族の安寧にも尽くしてもらいたい。

 皇后陛下は立派な方ですが、民間出身ということが皇統維持の判断に僅かに狂いを生じさせるのではないでしょうか。そして先生が平成の女傑に選んだほどの方ですから誰も反対しようとしません。

 ここは直系男子の御三人だけでじっくりお話合い頂きたいと思います。

 そして様々な意見がある現皇族の枠組みを維持し、他宮家の皆様の話も良く聞いて頂きたいです。こう言っては何ですが天皇家は良くも悪くも民間女性の影響が強すぎるのではないでしょうか。

 私は最初のメールでしきりに工作機関の陰謀を言っておりましたが、多少被害妄想の誇張がすぎたかもしれません。皇室や政治の問題の多くは日本自身の衰退に原因するところが大でしょうが、先生もおっしゃるように、そこにつけ込み利用しようする外部勢力の存在が感じられてなりません。

 ここは天皇・皇室が日本国の超越した存在として真価を発揮して頂き、賢明な判断で国民を安心させて頂きたいです。

 靖国の英霊が「などてすめろぎは民となりたまいし」と怨嗟の声を発しないように、天皇家男子がしっかりして、日本の国と皇室を守って頂きたいと切に願うのみです。

                      鏑木徹拝

皇室と国家の行方を心配する往復メール(四)

西尾から鏑木さんへ(後篇)

 最近起こった愛子様不登校事件で、天皇皇后両陛下から次のようなお言葉があったと広く伝えられています。「学校や数名の児童が関係する事柄であり、いずれかが犠牲になる形での解決がはかられることのないよう、十分に配慮を払うことが必要ではないかと思う。」(週刊新潮3月25日号に依る)

 子供の世界の全体を見渡していて、皇室の与える影響の大きさを心得ているこのお言葉は、不登校事件は何事かと眉をひそめている国民にはじめて安心感を与えました。もしこのお言葉がなかったら、とても落着きのないものになりました。さすが両陛下のお心配りは違うな、と私も安堵の思いを抱きました。ご皇室と国民の関係を支えているのはやはり天皇皇后両陛下だな、とあらためて確認させられた次第です。

 一方、皇太子ご夫妻からは「愛子の欠席で国民の皆さまにご心配をかけ、私たちも心を痛めております」というコメントが発表されたが、このおっしゃり方に違和感を持った関係者も多かったようです。その後も「母親同伴四時間目限定登校」がつづいていると報ぜられていますが、詳しい事情は書かないようにと報道規制がなされています。ですからそれ以上のことは私共には伝えられていません。何が起こっているかまったく分らないので今われわれはこの事件に関して何も考えることができません。いろいろ憶測しても仕方がありませんから――。

 別の話ですが、昨秋皇太子殿下が演奏に参加された音楽会が開かれ、ご皇室の皆様が会場にお姿をみせたという報道がありました。演奏が終って、雅子妃殿下がおひとり真先に席を立ってさっさと帰ってしまったので会場から驚きの声が上ったと、報じられました。演奏会にひきつづき懇親会が催されたそうですが、妃殿下は欠席されました。そこまでは産経にも、他の新聞にも出ていました。

 むしろ私があっと驚いたのは『アエラ』がそのときのある事件を伝えた記事でした(記事を失くしているので正確に書けないのをおゆるし下さい)。演奏会の間、ご皇族の方々にショールのような膝掛けが配られていました。すでに晩秋で寒いからでしょう。妃殿下はおひとり真先に起ち上がってお帰りになったのですが、そのとき隣席の皇后陛下に、ご自分の膝掛けをぱっと渡して立ち去ったというのです。皇后陛下は驚いて、それをお付きの者に回したそうです。周囲では驚きのざわめきが起こったそうです。

 雅子妃殿下はやはりご病気なのだな、と私はそのとき思いました。以前私は妃殿下は病気ではないのではないかと言っていましたが、正常な人なら皇后に対しこんな礼を欠いた不躾な態度がとれるでしょうか。どういうご病気か分りませんが、仮病ではなく、しかも簡単に完治しないご病気なのではないでしょうか。

 昨年十一月にご病気に関する東宮医師団(じつは大野医師おひとり)からの詳しい発表があると伝えられ、十二月に延期され、一月になっても発表はなされませんでした。小和田氏がオランダから帰国しました。ご自身の病気治療もあったそうです。雅子妃は父親の病気を大変に心配した由です。小和田氏は雅子妃の病気に関する新しい情報公開を心配したのではないかと思いました。

 雅子妃ご自身が医師の予定する情報公開の内容が不満で、自分で納得のいくように手を入れているということも伝えられました。二月にやっと内容は公表されましたが、中味は今まで同様でした。徐々に快方に向かっているがまだ完治していないといういつもの言葉以外に、病気に関する新しい報告はありませんでした。

 私は全文を丁寧に読みました。気がついた新しい点は、私的な海外旅行が妃殿下の治療に役立つだろうという示唆が記されてあることでした。そうこうしているうちに愛子様不登校事件が起こりました。私は二つをつないで想像して、愛子様は国内では教育できないので海外の学校に入れる、という布石を打っているのかな、とも思いました。勿論これは私の推論にすぎません。

 さて、天皇皇后両陛下の配慮に満ちたお言葉が、今度の事件を安堵させ、騒ぎを広げない鎮静の役割を果していると私は先に書きました。勿論その通りです。しかしこのお言葉の効果はどのレベルのものでしょうか。他の子供に犠牲を出させないように、という配慮を示したお言葉は、皇室一般の国民への自制の表現ではありますが、雅子妃の一連の行動への釈明の表現ではありません。

 天皇陛下は皇族の言動がいかに周囲に大きくはね返るかを経験からご存知です。それが「他の子供に犠牲を出さないように」という社会的配慮に満ちた今度のお言葉になったものと思われます。この点を踏まえて考えると、皇太子殿下ご夫妻は皇族の言動がいかに周囲に大きくはね返るかをまったくご存知ないか、無神経なまでに意に介さないで振る舞っておられます。そこに大きな波紋の生じる理由があります。

 よくKY(空気が読めない)という二字で人を評するいい方がはやりました。まさに雅子妃はKYの典型と呼ぶべきでしょう。皇族の言動が周囲にはね返ることの恐ろしさを、天皇皇后両陛下は経験上よく知っており、皇太子ご夫妻はまったくご存知ないようです。だから学習院への干渉をめぐってモンスターペアレンツなどと呼ばれるのでしょう。自分が引き起こしていることの影響の大きさ、自分の恐ろしさが分らないのでしょう。それが経験の差なのか、ご病気のゆえなのか、それともお人柄から由来するのか――そこに国民の目が集中しているように思います。

 たゞ、皇太子ご夫妻の言動がいちいち引き起こす波動を天皇皇后両陛下はどの程度ご認識でしょうか。両陛下は自らが及ぼす波動を知っています。そこに両陛下の素晴らしさがあります。しかし、それはご自身の言動の及ぼす範囲に限られていて、雅子妃や小和田一家のKYぶりが引き起こす騒動の波紋について、両陛下はどの程度お気づきになっているのでしょうか。どの程度の危機感をお持ちになっているのでしょうか。これが今新たに湧き起こっている疑問です。

 私が憂慮しているのは、この侭放って置くと、国民の非難は次第に両陛下に向かっていくのではないかということです。両陛下は何を考えておられるのか、なぜ皇太子夫妻にもっと厳しい態度で臨まないのか、と。

 そういう声はじつはすでにあちこちで聞かれます。

 スカルノ・デビ夫人という方がいて、私は芸能人かと思い今まで関心がありませんでしたが、ある人に彼女のブログ「デヴィの独り言 独断と偏見」を教えてもらい、バランスのとれた見識のある人と分りました。鏑木さんもここを一寸読んでみてごらんなさい。彼女も天皇陛下が起ち上ってくださることを強く求めています。

 鏑木さんが心配している外国の影響、コミンテルン(?)の介入、皇室へのスパイの潜入はあり得ることですが、雅子妃がゾルゲのような強靭な意志の人で、意識的に加担しているなどとは到底思えません。彼女は弱い人で、女官も侍従も病的なまでに誰ひとりをも信用しないために孤立していると聞きます。一人の担当医と一人の教育係のほかには信頼を寄せる相手はなく、勢い実家の小和田家にすがって生きているようです。そういう意味では皇太子妃の仕事は彼女には荷が重すぎたのでしょう。十分に同情できますが、だからといって日々、皇室を毀損しつづける光景を日本人として黙って見ているわけにもいかないのです。毎日学習院に見張りに出かける元気があって、お庭掃除の奉仕団に会釈することは相変わらず一切なく、スキーに行く体力があって、どんな祭祀にも園遊会のような行事にもお出ましにならないこと今や常態となっている由であります。同じ嘆きをもうこれ以上言いたくありませんが・・・・・・。

皇室と国家の行方を心配する往復メール(三)

西尾から鏑木さんへ(前篇)

 詳しい報告をありがとうございました。貴方がとりあげた旧皇族のスピーチは、誤報と考えていいわけですね。

 若狭氏の著作からとびとびの引用は、著作そのものを丁寧に読まないと分らない内容で、いま私は簡単に応答できません。第二次大戦の旧敵国が「日本人の正義」を消す戦いに成功した、という結論はその通りと思います。ですがコミンテルンが関与したのは占領政策までの話で、小泉首相の皇室典範会議にまでコミンテルンが手を伸ばしているという論の立て方は私にはちょっと理解できません。

 いずれにせよ、他人の著作のとびとびの引用に基いてわれわれ二人の議論を発展させるのは危ういので、この議論はいずれ著作をきちんと読んでからお答えする必要があればしたいと思います。

 たゞ貴方の論の立て方ですと、アメリカよりもコミンテルンのほうが日本の破壊に貢献したというように聞こえました。その結論は、私はさしあたり判断留保しておき、アメリカ文明の破壊性をあらためて考えさせる小さな出来事に出会った話をしておきます。

 過日『アバター』という映画を見ました。3D映像革命という宣伝につられてわざわざ有楽町にまで行ってきました。舞台を宇宙に置き換えていますが、あの映画のアイデアの基本は西部劇ですね。西部の荒野におけるインディアンの掃蕩戦。インディアンはここでは宇宙人で、酋長を中心とした祈祷の大集会、復讐の誓い、弓と矢による宇宙人たちの反撃戦。騎馬ではなく大鳥に乗って地球人の航空機と戦うのですが、西部劇となんにも変わっていませんね。子供はよろこぶでしょうが、長すぎます。

 最後は地球人は自然を破壊しただけで終り、宇宙人に敗れます。映画を見ていて、フィリピン戦争、日米戦争、ベトナム戦争における暴力による地球破壊の罪がアメリカ人のメンタリティに深いトラウマになっていることを証明しているような映画だと思いました。

 地球人が総攻撃を加えるときの標的の中心に、天まで聳える一本の巨樹がありました。あの一本を倒してしまえば全部が総くずれになるといって象徴的位置に見ている巨樹は、アジア各国の王室なのだと思いました。女王蜂を除去すれば蜂の巣はつぶせるとよくいいますね。あれと同じです。アングロサクソンの植民地政策はそういうことを最初から狙っているのだと思います。

 たゞアメリカは日本の皇室を甘く見ていませんでした。ずっと恐れていました。そして今のアメリカ人は皇室をもはや恐れてもいないし、嫌ってもいないでしょう。たゞ1945年~53年頃のアメリカには皇室破壊の深謀遠慮があったと思います。その証拠が、一つは皇室の無力化政策であり、二つ目は国体論143冊を含む「焚書」(本の没収並びに消去)です。

 60年以上経ってその効果が現われ最近とくに顕著になって来ました。貴方がご指摘になっていた神秘感の消失です。国民の多くが皇室にまだ敬愛の念を持っていますが、何とはなき神々しさを感じることが少なくなってきました。今回の貴方の問題意識は国民の冷淡さや無関心もさることながら、皇室自らが国民にまだ残っている敬愛畏怖の念をこわすような自滅行動をくりかえしていることへの痛恨の思いに発していることが、拝読していて分ります。多くの人が心を傷めている問題です。たゞそれが外国の介入から始まったといえるかどうかはまだ分りません。徹底して情報不足なのです。この次にこの問題を少し考えてみます。〔続く〕

皇室と国家の行方を心配する往復メール(二)

 私と鏑木さんとの交信の中に浜田実さん(元富士通社員)から鏑木さんへの
コメントが入りました。それと、前回の私のメールへの鏑木さんのご返答を掲示します。

   浜田さんから鏑木さんへ

鏑木さま

西尾ブログ 拝読。
鏑木さんの問題提起もなかなか面白い。これに対する西尾先生の反応をみると、先生はもう皇室問題は書かないとおっしゃりながら、やはり気になって仕方がない・・・という印象を受けました。
先生は、本当に心底、皇室の将来を気にしているのですよ。

今の皇室は天皇・皇后陛下にしても、東宮御夫妻にしても、何か皇族ファミリー・・・というイメージが強すぎて、昭和天皇・皇后にも似た何とも安定した高貴な重さが感じられない。
本当に平民宣言でもしそうな雰囲気です。

雅子様は、愛子様を毎日学習院へご一緒されているとか。そして授業も参観・・・愛子様が心配だからと・・・・??
そんなことをする皇族、王族がいままでいましたか?!

こうなると、一般国民との「壁」がない。その行動を見過ごす皇太子殿下もおかしい。何も云えない憐れさが伝わってくる。何かトゲがあってそれに触れることもできないのではないか?
その言動のはしばしに、シナの工作が侵入しているのではないかと思う。

小和田 恒が「レーニンの写真」を飾っていた!とんでもないこと。

小林よしのり は、まさにそういう工作めいた動きをこそ描くべきです。

女系・・云々は、小林氏の手に負える問題ではない。

何かおそろしい、日本が溶けてしまうような空おそろしさを感じます。
友人の典型的な保守人までもが、事の本質に気付かない、まるでそうさせるような特別のビルでも飲まされたかのような反応が気になります。

  鏑木さんから西尾へ 

 西尾幹二先生

ご返事ありがとうございました。

テーミスの記事を拝見しましたが、この前の私のメール内容と妙に符合して嬉しいやら恐いやら複雑な気分が致しました。やはり小和田亘氏は共産主義者ですね。今頃こんなこと言っているのは遅れているでしょうか。

お尋ねの旧皇族のスピーチですがその内容は、「朝鮮半島出身の旧日本軍軍人の遺骨が祐天寺に返されずに残っているが、日本はこれらを返さないで拉致された人を返せというから、北朝鮮も応じないのだ。こちらが誠意をもって対応しなければならない・・・」というようなものでした。

この旧皇族の方の経歴をネットで調べたら、「日韓、日朝、日中、中台間に横たわる心の傷跡を真摯に見つめ、日本国・天皇家の立場に立った、過去の因縁解消懺悔滅罪の基本理念のもと、未来に亘っての東洋平和、世界平和を提唱していくことを目的とし、関係修復及び戦没者遺骨霊魂帰還等の活動を現在も続けている。」とあります。

旧皇族の家柄に養子で入った方で皇族とは全く関係が無いようです。以前、週刊誌で詐欺疑惑の記事も載ったようで、今回私が皇室との関連で語ったことは誤りでありました。

しかし、現実に旧皇族を語り保守の集まりに現れ、以前の天皇陛下の御言葉を悪用した主張(「過去の因縁解消懺悔滅罪の基本理念」とは今上天皇の韓国への謝罪【平成10年10月8日〔金大中大統領、訪日〕 「わが国が朝鮮半島の人々に大きな苦しみを与えた時代…深い悲しみ」】と符合します。)を口にしているわけで、工作の疑いが無いとは言えません。

若狭和朋さんの本の件ですが、私が読んだのは「日本人が知ってはならない歴史」(以下、本編)、「続・日本人が知ってはならない歴史」(以下、続編)、「日本人が知ってはならない歴史・戦後編」(以下、戦後編)の3冊です。

まずフランクフルト学派コミンテルンの定義ですが、

プロレタリアート独裁とか権力の暴力的奪取を標榜するのではなく、いわば本心は「隠し」て謀略により権力内部に入り、そして権力を握りその影響力により革命に至ろうとする思想集団(戦後編P118)

とあります。

戦後の天皇制度の存続について、CIA前身のアメリカ戦略情報局(OSS)には、このコミンテルンが多く送りこまれており、そこで決められた「日本計画」が戦後の日本を運命づけたとしています。マッカーサー(GHQ)はこのOSSの指揮下にあって日本占領政策の最高意思決定でなかったとのことです。

天皇制廃止の手順として、

例えば憲法改正の構想のうち天皇制度は残すということが決められた。直接の目標は、天皇をして軍部との対立に導き日本の敗北を早めるという戦略からである。続いて第二段階目には「象徴」としての天皇を「国民主権」の下位に置き「国民の総意」により退位させ、天皇制度を廃絶させるという「二段階革命」を成就させようと構想していた。(戦後編P57)

そしてこの第二段目は現在進行中であると考えられます。これは皇室典範改正の論議があった時、小泉首相が「皇室典範に関する有識者会議」を発足させ、そこが女系天皇の容認を答申し、今日の論争になっているわけですが、この時に天皇を「国民主権の下位に置く」ということがすんなり行われてしまいます。

日本国憲法上は何ら問題ないことですが、それまでは現実に「天皇を国民主権の下位に置く」という行動は躊躇われていたと思います。保守も何かおかしいと思いながらも男系女系の論戦にシフトしていったのではないでしょうか。

私は男系女系のどちらの主張もイデオロギー色が強くて、天皇制反対の共産主義イデオロギーと対立関係という図式で調和して、日本の文化・伝統としての自然な皇室のあり方を語る姿ではないような気がします。その意味合いで共産主義勢力に仕組まれた謀略的パラダイムでなないのかと思ってしまうのです。

そのほか私が若狭さんの本で印象的だった箇所は、

コミンテルンに謀略される日米について、

アメリカのインテリゼンスの狂いこそが、日米両国のみならず世界的な厄災を招いた当の原因なのだ。・・・・・

「赤色ロシア」とコミンテルンの脅威についての判断ミスは、アメリカ政権内部にもコミンテルンの進入を許し、日米衝突と中国の運命を大きくゆがめた。日本政権内部へのコミンテルンの進入は言うまでもない。(本編P47)

日露戦争後の日本の対処について

ハリマン提案という商談のかたちをしたアメリカの国家意思を、三国干渉の再来と理解できなかった日本の痴れが、やがてハル・ノートを招じ入れた。日本人は知の病みを過去形だけで語ってはならない。今日こそが、まさに問題だからである。(本編P212)

振り返れば、日露戦争は世界のユダヤ社会の日本応援で戦い得たのであり、講和仲介のセオドア・ルーズベルト大統領が当然にアメリカとユダヤ社会の利益に立脚していたことは言うまでもない。痴れた日本の文民は桂・ハリマン協定を破棄した。以後、アメリカにはオレンジ計画が発足し、日本は最後はナチスとの同盟に迷い込み今次大戦に至った。アメリカの国家理性のなかで日米の死闘への覚悟は深刻である。ブッシュ大統領がリガでヤルタに不正義を自己批判したのは、単なる思い付きでないことは当然である。(戦後編P145)

「人民」という言葉の説明において、

リンカーンは「・・・ガバーメントオブピープル」(人々を統治する)と言った後に、この統治は「~のための、~による・・・」と言っているのです。南北戦争の激戦地・ゲディスバーグでの演説ですが、アメリカ大統領リンカーンは南部の分離を容認しないと演説しているのです。「分離・独立などは容認しない」、つまりは「われわれはピープルを統治するが、この統治は、~のための、~による統治(ガバネメント)と説いているのであって、政府(政治)は人民の所有するものだ、などと演説しているのではありません。(続編P248)

東京裁判についての

「東京裁判」とはアイデンティティー・ウォーなのである。「東京裁判」は追撃戦なのだがその戦いの本質はアイデンティティー・ウォーである。単なる復讐(その影も濃いが)ではなく周到に準備された「日本人の正義」を消す戦いが「東京裁判」であった。

ルーズベルトもOSSも大敗北したのが今次の大戦であった。勝利者はスターリンであり毛沢東だ。ただ奇妙に日本へのアイデンティティー・ウォーにだけは勝利した。(戦後編P75)

以上の様な所です。

先程サピオ(5/12号)で日本史上最強の女傑第10位「美智子皇后」の西尾先生が書かれた選出文読みました。いつもながら明確な御指摘、納得がいきました。

同サピオの小林よしのり「ゴーマニズム宣言」は、盲目的な天皇崇拝が益々パラノイア的様相を呈してきました。現皇室の方々に対しては全く注意力が働いていません。長年ファンでしたが、カルト信者のような有様と化してしまうのでしょうか、残念です。

愛子様不登校問題では、東宮職の動きがおかしいと思います。雅子妃の反応を利用して、皇室をマイナスイメージのほうへ誘導しているような気がします。外務省出身の野村東宮大夫他は、小和田亘氏かその上部からの陰謀が行われているのではないでしょうか。

返信が遅くなり申し訳ありませんでした。

納得いく返答になったか心配ですが、お目通しください。

風邪もほぼ完治しました。

お気使いありがとうございました。

皇室と国家の行方を心配する往復メール(一)

 友人の鏑木徹さん(一級建築士事務所 空工房代表)から、メールをいただいた。皇室と国家の行方を心配した内容であった。私も応答した。多くのかたがたにご関心のあるテーマと思われたので、二往復分の内容を公開する。

鏑木さんから西尾へ

西尾先生
突然メールいたしますことお許しください。
坦々塾生の鏑木徹です。

秋篠宮殿下が「皇族は少ないほうがよい」と御発言されました。
昭和天皇が三笠宮様を疎んじておられたという話や、今上天皇も皇族にしては大胆な発言が多すぎる寛仁親王など三笠宮家の方々に不信感を持たれている結果が、秋篠宮殿下の御発言に繋がっているのではないかと考えます。

もしこの考え通りに皇室が天皇直系のみとなったら、工作機関の皇室破壊・日本崩壊工作がやり易くなります。

いずれ天皇が平民宣言され、慈善団体のひとつとなられるのではないでしょうか。
ある会合で皇族系の慈善団体の方が、北朝鮮擁護のスピーチをされるのを聞いたことがあります。すっかり皇族系の能天気さが厭になりました。

すでに雅子妃による皇太子家工作はほぼ完成されつつあり、天皇皇后への工作も大分進んでいる様に見えます。

雅子妃の精神病は、西尾先生がおっしゃる通り仮病ではないでしょうか。
多分に小和田家を経由するコミンテルン等の工作ではないでしょうか。
今、大東亜戦争時のフランクフルト学派コミンテルンの工作を書いた若狭和朋さんの本を読んで衝撃を受けています。

雅子妃は病気を理由に皇太子を巧妙に籠絡し、愛子様を洗脳し、そして天皇皇后の孫可愛さの優しい心につけ込んでいる気がします。

たぶん、皇太子を身近には近づけないのでしょう。お労しい限りです。

愛子様不登校のモンスターペアレントのごとき雅子妃の行動は、皇室を貶める工作のひとつではないでしょうか。

国民の心を平民の情感レベルで皇室に近づけることで、結果、神々しい天皇(皇室)観がどんどん無くなっていきます。

そして国連施設などに出入することも、もし健常者であったならば大変な非難が起こり通うことは不可能になるでしょう。

日本崩壊を狙う勢力は天皇を落とすのが一番だと知り尽くしています。
昨今の男系女系の皇位継承問題も、何か仕掛けられているような気がしてきます。
それに乗って詰り合う、小林よしのり・桜チャンネル水島社長を見ていると、参院選を前にして保守陣営の分断を操作されているような気がしてなりません。

この前の西尾先生の講義で、これから先生の扱うテーマは国体及び政体の話になると推察しました。
そして天皇の御親政の再現に言及されるのではないかと思っております。

もはや日本は、政治家の精神が腐敗してしまい、政体・政治形態の変更に着手しなければ、閉塞状態から抜け出せないのではないかと思います。

今回の平沼新党も下手をしたら、自民党、民主党と同じ様な政党がもう一つ出来た、ということに成らないでしょうか。

以上、最近の思いを述べさせて貰いました。

私は今風邪を引きまして、苦しんでおります。
気候の変わり目で体調維持が難しい時期です。
先生は皆にとっても大事なお体ですので、体調に十分お気をつけ下さい。
失礼いたしました。

鏑木徹 拝

西尾から鏑木さんへ

鏑木徹様

 メールをありがとうございました。率直なお言葉で書かれてあり、あっあっと思いながら一息に読みました。衝撃的な内容でした。

 とりわけ「いずれ天皇が平民宣言され、慈善団体のひとつとなられるのではないでしょうか。」の一行に目が釘づけになりました。そこまでお考えになっているのですね。

 私などはまだ甘く、夢想的です。無理のないかたちでの旧宮家の復活や眞子様・佳子様とのこれも無理のないかたちでのご縁組が実現すればいいが、とまだ楽天的に考えています。しかし貴方がすでに仰せの通り、天皇家の側がそれをもう望んでいないのかもしれませんね。

 なにしろ情報不足なのです。秋篠宮家が学習院ではなくお茶の水附属の幼稚園を選ばれたのも、真意は分りません。東宮家の愛子内親王と共学になるのをお避けになった、というのが一番有力な理由かと思っていますが、それもわれわれ一般民衆の考えかもしれません。そうではなく、眞子様がICUに進学された例も含めて考えて、皇族の行かない一般の普通のコースを理想としていて、それが貴方の言ういわゆる「平民宣言」の準備なのかなと思うと空恐ろしいですね。ですが、単純に三年保育の幼稚園を求めたということにして余計なことは考えないでおきましょう。

 でも、皇室が旧皇族を避け「天皇直系」のみとなったら、貴方のいう通り先細りするだけであり、ますます工作機関の破壊工作はやり易くなるというのは本当のことですね。工作機関は今はコミンテルンではなく、中国系であったり、アメリカ系であったり、宗教系であったり、いろいろです。皇室の外務省支配を私は憂慮しています。それから何度も書いてきましたが、長期にわたる雅子妃のたった一人の担当医による情報独占は恐ろしいのです。

 それからまた、貴方のいう通り、いまその時期でもないのに、小林よしのりさんや水島総さんが男系女系の皇位継承問題を論争し合うのは妙ですよね。悠仁親王殿下がいらっしゃるので、いま急ぐ問題ではないと世間は考えているでしょう。秋篠宮家の眞子様佳子様にずっと皇族のまゝでいてほしいと私も思いますので、皇室典範改正はこの点早く手を打ってもらいたいのですが、このことと女系天皇是非論はまったく別の問題ですから、にわかに最近女系天皇を求める声が一部で高くなっているのはなぜか奇妙に思えてなりません。誰かがあせっているのでしょうか。

 ご文章で分らない個所があるので教えて下さい。皇族系の慈善団体の方による北朝鮮擁護のスピーチとは、誰がいつ何を語ったのですか。若狭和朋氏の本は、私はまだ十分に読みこんでいないのでちょっと分らなかったのです。どの本のどのページに何が書かれてあるのですか。少し引用して教えて下さい。それから、私の方からはTHEMIS 2月号の次の記事をご紹介しておきます。

 雅子妃が父の小和田恒氏を尊敬し、完全にその精神的影響下にあるという関係者の言葉を紹介したあとで、

 そんな状況におかれた皇太子ご夫妻と小和田家の内情に目をつけたのが、中国共産党を中心とする対日工作部隊である。前述したように中国政府は、「日中国交正常化40周年‘12年」に向けて皇太子ご夫妻の訪中を水面下で働きかけているのだ。

 亡くなった中川昭一氏が生前、こんなことをいっていた。

 「モスクワ時代、小和田家のアパートにはレーニンの写真が飾られていたという。中国政府がこの情報をどう使うか考えると怖い・・・」

 裏情報にも長けていた中川氏の予測が、杞憂に終わればいいのだが。

 寒かったり暑かったり気候不順の折、一日も早く風邪を治して下さい。
 お元気で。

                西尾幹二

三寒四温

 普通3月のお彼岸前に三寒四温ということがいわれるが、桜が散った4月半ばにこんなに寒くなったり、暖くなったり、気温が大きく動くのは珍しい。昨夜は会合があって外出したが、ひどく寒かった。

 東京は3月23日頃に開花した。そして4月13日、14日頃にようやく散り始めた。が、いっぺんに葉桜にならない。20日以上も開花したままの桜の姿を楽しめたのも寒さのせいと思うが、たえて例のない春だった。

 お花見は二度やった。宮崎正弘さんが主催する恒例の隅田川の遊覧船が3月27日、大石朋子さんが世話して下さった坦々塾の錦糸町公園が4月4日、どちらも二次会まであるお酒の会で、例によって花を愛でるよりも談笑が主で、しかも何を話し合ったかまったく覚えていないのもいつもの通りである。楽しさだけが心に残っている。

 4月10日に日比谷野外音楽堂で講演をした。例の平沼新党が誕生した日なので、平沼赳夫、与謝野馨、中川義雄の三議員といっしょに講演をすることになったが、私は新党とは関係はない。主催者団体が何を企図していたのかはよく分らないものの、信頼すべき方々が主催されていたので私は講演依頼を受けていた。

 この日は幸い日が照っていて一日中暖かった。日比谷の桜もまさに満開のままだった。桜のほかにもチューリップその他春の花が手入れよく苑内の花壇をきちんと整えていた。

 会場にはワック社『WiLL』編集部のNさんが駆けつけて下さった。独自に録音して、持ち帰ったものを文字におこした私の講演原稿は2日後に送られてきた。添え状にお世辞でも次のように記されていたのは嬉しい感想だった。

素晴らしいご講演を誠に有難うございました。
あの後、最後まで、全ての講演を聞いておりましたが、西尾先生のご講演時が最も聴衆が一体となり、湧き上がっていました。

昭和十七年の時点で、「日本が英米を指導しなければならない」と語っていた、哲学者がいたことに大変感銘を受けました。
日本がアジアの香港になってしまうこと、原爆を落とされた国が落とした国に向かって縋りついて生きている異常な構図がいつまで続くのか、という先生の問いかけが、非常に胸に響きました。

 題して「よみがえれ国家意識」という25分の講演は、『WiLL』の4月26日発売号(6月号)の巻頭論文にしてくださるそうで、昨日花田編集長からそう電話があった。

 日本人は高い意識を持たなければいけないのだ。世界は動いている。アメリカや中国の出方にいちいち振り回されていてはいけない。

 昨日も今日も雨模様で、東京は寒い。桜はすでに散ったのだが、まだ枝々は花の色をとどめている。私の家の周りにも桜の樹はいたるところにあり、犬を連れた散歩はこのところ毎日がお花見だった。

 『WiLL』5月号誌上の私と福地惇、福井雄三、柏原竜一の三氏による共同討議「現代史を見直す」シリーズ第5回「半藤一利『昭和史』徹底批判」には続篇がありますが、続篇の分量が多かったため、5月号で終わらず、6月号、7月号に分載されるとの連絡を受けました。3回連載となります。