猪口邦子批判(旧稿)(二)

 昨日、「猪口邦子批判(旧稿)(一)を掲げたところ、二人の友人からメイルが入った。ご覧の通りの訂正と昔の思い出である。

西尾幹二先生

日録のほうに出ていた猪口孝氏の件、正確には酒場ではなくて東大の研究室です。
当時、ちょっと注目されていたので、どんな人だろうと思って会いに行ったところ、
突然「こんな目次でどうでしょう」と単行本の目次メモ(構成案)を出されて、
曖昧な返事をしていたら、
「そういえば、おたくの会社は西尾の本を出したところじゃないか!
人の女房をさんざん悪口書きやがって!」と怒り始めたのでした。
しかし私としては、あまり売れそうもない本の目次の話を打ち切る、
ちょうど良いタイミングだったので、かえって幸いだったのですが(笑)。

西尾先生の『日本の不安』が出たのは1990年ですから、もう15年も前になるでしょうか。
今なら猪口氏に会いに行くはずもないのですが、当時は彼の情報があまりなく、
よく知らないままに会いに行ったときの出来事で、もちろんそれ以降、会うことはありませんが。
(ましてや酒場での同席など、ごめんこうむりたい最たるものです 笑)。

猪口孝氏は私が『日本の不安』の担当編集者だと知らないでいきなり怒りだしたのですから、会社の同僚が彼に会って同じ目にあっていなかったかと心配したものです。

夫婦揃ってよほど腸が煮えくりかえる思いをしたのでしょうね。

PHPソフトウェア  丸山 孝

 尚、丸山氏は間もなく刊行される私の小泉政権の非軍事的ファシズム体制への批判の書も担当した方である。

 つづいてバーゼルからも反応があった。

西尾先生、

今、私の手元に古い論壇誌のコピーがあります。先生のお書きになった「当節言論人の自己不在」です。もうすっかり紙も傷み、日焼けした紙はすっかり黄色くなり、過ぎ去った年月の重さを感じます。
先生が今日日録にこれからこの論文を掲載されるとおっしゃって早速書棚のファイルに保存してあった当時のコピーを抜き取り、かばんに入れて、会社に来る途中のトラムの電車の中で読んできました。

当時この論文を読んで高校生だった私が大きな衝撃を受けたのを覚えています。自己を偽ることなく、自分自身を徹底的に見つめ、自分の弱さ、臆病、傲慢、虚栄、心に宿る自分の嘘に対して意識をもち、謙虚であり、強い確かな自己をもってはじめて、他者や社会に潜む悪も見え、社会との対峙が始まると問いかけられた強烈な論文でした。

そして論文に挙げられた人達が、その心胆を練る訓練、経験、努力をしていないことから、他者や社会の本質を見抜く力に欠けていることを闇を裂くように断じられたことに大きく共鳴したのは、私が毎日青春を燃やした空手の稽古によって得た感性と互いに大きく共鳴しあったからだと思っています。
ニーチェの末人の描写や、先生の考察に影響をされたことも思い出しています。

この論文は自分の生き方を問われる大きな力を持ったものでした。
古くて新しい、外国人労働者受け入れ問題が15年以上も前に既に論じられ、先生の意見が大きく世の中を動かされたことを知らない人も多いかと思います。今また同じような論調で昔の愚問を繰り返す人も多いかと思いますので、大沼保昭氏の個所も是非ご掲載されてはいかがかと存じます。

昨日、3人のフランス人に囲まれて昼食をしましたが、今回のフランスの暴動事件にふれ、その後一人が日本はフランスから何人の移民を受け入れてくれるのか、と真顔で冗談を言われました。我々はそのかわりに日本製品を買うよ、と言っていましたが、この対話の前提には、移民政策によって問題を背負い込み、今後は門戸を広げるつもりはまったくないという意思の表れで、ヒューマニズムでもなんでもなく、国益の観点から論じる姿に健全性を見ました。私はもちろん一人もいらないよ、と真顔で応酬しました。隣にもう一人、ドイツ人がいて、彼は静かにしていましたが、その後ドイツのトルコ人の問題に話題が飛び火し、フランス人の冗談が続きましたが、ドイツ人はそこを突かれるのが嫌で黙っていたのか、と一人で想像していました。

バーゼルより先生の名論文を再読するのを楽しみにしております。
お身体どうかお大切になさってください。
不一
平井康弘拝

 上記の示唆に基き、「当節言論人の自己不在――猪口邦子氏と大沼保昭氏と」(『中央公論』1989年3月号)は、大沼保昭氏の分も省略せず、少し長い引例になるが、全文を掲載することとしたい。

途中で別の稿を必要挿入する場合もあることをお断りしておく。

猪口邦子批判(旧稿)(一)

 本当はもう相手にしたくないのである。子供相手になにか言っても仕方がないという気持でいる。だから、ことさら新しくは書かない。

 『中央公論』(1989年3月号)に「当節言論人の自己不在――猪口邦子氏と大沼保昭氏と」というさんざんからかった文章を書いた。今から約15年前で、まだこんな人たちについてむきになって論を立てていたのだから私も若かった。

 しかしこの批判文は当時好評を博した。八方から賛意の声をいたゞいた。大沼氏は反論にもならぬ変な反論を寄せてきたが、猪口氏はなにも言ってこなかった。

 仄聞する処によると、ご本人の内心のショックは大きかったらしい。批判をされるということがなくて育った方なのだろう。同論文がPHP刊の私の単行本に収められたとき、ご夫君の猪口孝氏が酒場でPHPの編集者に腹を立てからんだという話を聞いている。ご夫婦仲は良いのに違いない。

 しかし女房が大臣になったとき、カメラの前にのこのこ出てくる男というのも絵にはならないよ。こういうことすべてが私の流儀に合わないのである。

 以下に大沼保昭氏に関する論述部分を外して、掲載する。私は後日再読して、攻撃文(ポレミック)として悪くもないと判断して、著作集『西尾幹二の思想と行動』③に収録した。

 いささか大上段に振りかぶりすぎた書き方で、ここまで大仕掛けに書く必要はなかったかもしれないが、その部分もそれなりに再読に値すると思われるので、一考を煩わしたいと思う。

御案内

「福田恆存を語る」講演のご案内

 昨年私が福田恆存先生について講演をした同じ団体が今年は佐伯彰一氏を招いて、以下のような講演会を開催するので、ご紹介しておく。

 昨年当會議は、福田恆存歿後十年記念の講演シンポジアムを開催し、諸賢の注目を聚めました。

 本年は、(財)世田谷文学館と共催し、福田先生の生前最後の対談者でありました佐伯彰一氏を講師にお迎へします。佐伯氏は、三島由紀夫氏の理解者としても夙に知られてをり、福田、三島両氏の関りを考へる上では、きはめて貴重な會合になるものと確信してをります。

 尚、当日は福田先生の書簡(世田谷文学館所蔵)と遺品の展示を行ひます。

            記

 日 時 平成17年11月19日(土)午後2時30分開演(開場は30分前)
 
 會 場 世田谷文学館(京王線蘆花公園駅南口下車歩5分)

 講 師 佐伯彰一「四つの出會い」

 参加費 500円 定員150名

※ 参加御希望の方は、電話またはメールにて事前にお申し込み下さい。
  電話 03-5261-2753(夜7時~10時)

 E-mail bunkakaigi@u01.gate01.com(氏名、住所、電話番号、年齢を明記)

                               平成17年11月吉日

 現代文化會議 新宿区市谷砂土原町8番地3-109

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お知らせ《 緊急集会! 》

 皇室典範改悪阻止!!「草莽崛起」国民大会

 二千年以上続いた日本の国体・国柄が、今、一部の人々の手によって改悪されようとしています。

 日本が日本で無くなる危機が迫っています。

 先帝陛下が『耐え難きを耐え、忍び難きを忍び』守られた日本の国体、これを私たちの世代で壊してはなりません。

 GHQ司令官マッカーサーですら変えられなかった、世界最古の国、日本のあり方、その中心たる御皇室と皇統を、私たち日本国民の手で守り抜きましょう!

【日時】  平成17年11月18日(金) 開場18時30分 開演19時(21時終演予定)※入場無料

【場所】  なかのZERO 大ホール  
※JRまたは東京メトロ東西線中野駅南口から徒歩8分(東京都中野区中野2-9-7 03-5340-5000)

【登壇者】井尻千男、伊藤哲夫、伊藤玲子、遠藤浩一、小田村四郎、加瀬英明、河内屋蒼湖堂、小堀桂一郎、名越二荒之助、西尾幹ニ、西村幸祐、平田文昭、宮崎正弘、三輪和雄、百地章ほか。(50音順)

【共催】全国地方議員1000名日本大勉強会実行委員会、神奈川草莽議員の会、日本政策研究センター、日本世論の会、建て直そう日本・女性塾、新日本協議会、英霊にこたえる会、皇位の正統な継承の堅持を求める会、誇りある日本をつくる会、人権擁護法案に反対する地方議員の会、靖国神社へ参拝する全国地方議員の会、(社)国民文化研究会、チャンネル桜草莽会、三遷の会、日本文化チャンネル桜社員同志会ほか。

【後援】 皇室典範問題研究会。

【報道】衛星放送スカパー!767ch「日本文化チャンネル桜」、インターネット「チャンネル桜オンラインTV」ほか。

【連絡先】 全国地方議員1000名日本大勉強会事務局
        電話:03-6419-3825  FAX:03-6419-3826
        E-mail soumou@ch-sakura.jp
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改題新版『日本はナチスと同罪か』

 WACから出た『日本はナチスと同罪か』は1994年の文藝春秋刊の文春文庫版(1997年)を底本にしている。

 何が新しく付け加わっているかに関しご説明しておく。文春文庫版『異なる悲劇 日本とドイツ』には、「文庫版のための新稿  本書がもたらした政治効果とマスコミへの影響  私の自己検証」というかなりの量の新しい論文が付け加わっている。また、故坂本多加雄氏の「解説――恐るべき真実を言葉にする運命」も加えられている。

 文春文庫版を底本にしているWAC版にも上記二篇は勿論収録されている。WAC版『日本はナチスと同罪か』の巻頭には「新版まえがき――90年代以降の戦後補償問題」という最近書いた新稿が付せられている。これはここ10年くらいの新しい展開を解説した文章で、サンフランシスコの日本企業への米兵による強制労働訴訟の結果にも説き及んでいて、それなりに重要な新しい指摘と発見を述べたつもりである。

 「90年代以降の戦後補償問題」は本書の元版が出版された94年から2005年までの同種のテーマを追跡したもので、本書の元版における私の最初の指摘の正しさがあらためてこの10年間に証明されたことを記しておきたい。

 元版しかご所持でない方には坂本さんの解説を含む三篇の新稿が付け加わった本書(WAC版)は、新しい関心をかき立てるのではないかと期待している。

 この本の議論の進め方に接してもらうためにWAC版の新版まえがきの冒頭の1ページ余を紹介しておこう。

 

新版まえがき――90年代以降の戦後補償問題

 日本はサンフランシスコ講和条約を昭和26年(1951年)に結んで、翌年これが発効し、国際社会に復帰することができた。ドイツは日本に匹敵するいかなる講和条約をも国際社会とまだ交わしていない。というと誰でもみなエーッとびっくりした顔をする。ドイツは近隣諸国と法的にはいまだに交戦状態にあるのである。

 講和条約を結んでいないのだから、ドイツは戦勝国にいかなる賠償も支払っていないし、犯した戦争犯罪に対し償いも謝罪もしていないのだ。そんなバカなことをいうな、ウソいうんじゃないと叱られそうになるが、じつはそうなのである。なにしろ日本に比べドイツは理想的な戦後補償をはたし、模範となる謝罪を重ねてきたという「ドイツ見習え論」を、日本人は耳に胼胝(たこ)ができるほど聞かされてきたのでなかなか信じてもらえない。

 もっとも、この本の末尾の「文庫版のための新稿 本書がもたらした政治効果とマスコミへの影響」で明らかにしたように、「ドイツ見習え論」は近頃やっと少し下火になり、日本の戦後補償は完了している事実が国内ではだんだん分ってきた。ただし、代わりに、中国や韓国の首脳がドイツに比べ日本は過去への反省が足りないなどとデタラメなことをことさらに声を高めて強調するようになり、町村外相が国会でドイツと日本とでは背景の事情が違う、と反論する一幕もあった。外相が自信をもって語るようになる程度には日本国内のこの件での認識は進んだといっていい。

つれづれなるままに(11月第一週)

 暦のうえでは11月は立冬であり、小雪である。旧暦だから約一ヶ月ずれると考えても、10月は寒露であり、霜降(そうこう)である。てんでそんな気候ではない。外出するとき上着は羽織るが、散歩中に暑くなってぬぐ。

 このところ睡眠障害で、なんとか身体のリズムを建て直すため、朝日を浴びて歩くようにするが、起きられなく午前中眠っていたり、散歩から帰って寝入ってしまったりする。

 31日に西野晧三さんの誕生日パーティに出席した。人も知る「氣」の大家で、西野さんに近づくだけで自分の身体がほてる、という人がいる。一定の訓練をしていないと、そうはならない。訓練をしていると、西野さんがさし出す指の先の「氣」の力によって自分の身体が数メートルも飛ばされる。これはすごい力で、神秘主義ではない。

 10年ほど前に私も道場に通ったことがあるのだが、根氣がつづかなくて初級で中断した。それでも、忘れずにパーティへの招待状をくださる。

 睡眠障害だといったら、西野さんに笑われた。以前はよくがん治療の結果が報告されたが、今年は講演で骨量の著しい向上がデータで報告された。日本を代表する医学者や科学者が次々と演壇に立って、自分の体験と西野さんへの感謝、そして21世紀は生命の源である「氣」の解明が自然科学の最重要の課題の一つになると語っていた。

 道場は私も実体験しているので、「氣」の実在を少しも疑わない。私もすでに身体が壊れかかっているので、訓練を再開したいと思った。西野塾の師範の一人に、別れぎわに、「正月からやります。お願いします」と言った。「整体」はダイナミズムがないので続かなかったが、「氣」は道理があるように思えてならない。自分の呼吸法をいかに換えるかが基本である。

 11月2日に旧友夫妻を吉祥寺に招いて、私共夫婦で接待した。近くに住んでいるのだが、しばらく会わない。過日の大雨で善福寺川が氾濫し、床下浸水の被害を受けられたので、その慰労会のつもりである。むかし気難しかった友人がやけに軽口になってよく話すので、驚いた。老人になるということは不思議である。

 このところ「新しい歴史教科書をつくる会」の事務局の再生のために、非常に多くの時間とエネルギーを取られている。11月2日と4日にはそれぞれ数時間づつ、事務局の8人のメンバーと交互に分けて懇談した。八木秀次、藤岡信勝、遠藤浩一の三氏が事務局再建委員会を作った。私は相談役で末席にいる。

 理念的な方面に先走ってきたこの会はまず足許から見直す必要に迫られている。それほどの大敗北であった。しかし事務局の事務に専門性はなく、頼るべきは常識だけである。みんな何も知らない素人が集って始めた会である。

 若い事務局員にこれから果すべき課題を書いてもらった。みんないい意見を持っている。敗因は何であったかの洞察も鋭い。問題を見出すのは易しい。ただ、一つでもそれを実行するのが難しいのである。

 事務の日常の平凡な事柄が必ずしも実行されていない。若い女性のメンバーが時間の厳守と饒舌の中止、各自の分担の明確化とそれとは矛盾するが分担の相互乗り入れを語っていた。案外こんな処に、会の前進の秘密があるのかもしれない。理事たちにも同じ課題が求められていると見るべきである。

 これらの時間を縫って、私は毎日せっせと、PHP研究所より12月初旬に出す小泉首相批判の一書――ついに300ページを越えた――の最終ゲラの校正作業を急いだ。現政権の徹底的批判、政治的、経済的、かつ道徳的批判は恐らく読書界に例を見ないであろう。私の全人格を挙げての闘争の一書である。11月5日夜に校了となった。

 11月3日の文化の日に小石川高校時代の友人、早川義郎元高裁判事が昔でいう勲二等の勲章をもらったことが新聞に出ていたので、早速に電話で祝意を述べた。お祝いには花がいいか、酒がいいかと聞いたら、赤のワインがいいというので、上等のブルゴーニュを贈ることにした。

 早川君は私とクラスで、たった二人、現役で東大に合格した仲である。今も一年に二、三回は酒杯を交している。しかしいつも日本酒である。ワインが好きとは知らなかった。現政府批判の激烈な一書が間もなく彼の手にも届く。きっと「西尾は相変わらずだなァ」と苦笑するだろう。

 11月4日には夕方に、WAC出版(ワック株式会社)という新しい出版社の松本道明出版局長に荻窪の魚のうまい店にて落ち合う。この出版社は他社の既刊本で、もう絶版になった本を次々と出してベストセラーにしている智恵ある会社である。渡部昇一さんや黄文雄さんの本がすでによく売れている。新書よりやゝ大型のソフトカバーの本で、最近本屋さんによく置いてある。

 私の昔の本もこれから次々と出して下さるということで、ありがたい。この日の夕方、第一弾『日本はナチスと同罪か』を10冊ぶら下げて、「いよいよ出来あがりました」と持って来て下さった。文藝春秋より1994年(文庫は97年)に出された『異なる悲劇 日本とドイツ』の改題再刊である。

 旧著が蘇えるのはことのほか嬉しい。以上一週間の出来事を綴った。

ポスト小泉について(四)

 いわゆる造反議員といわれ、郵政民営化法案に反対して党を追われ、離党勧告まで出された無所属議員の大部分が、特別国会で続々と法案に賛成票を投じ、「転向」してしまった。無所属で反対票を投じたのは平沼赳夫氏ひとりであった。

 『読売ウィークリー』(2005.11.13)で平沼氏が興味深いことを言っている。

 「ちょっと残念でした。3、4人は反対すると思っていたのですが。大方の人が『民意に従って』ということを言い訳にして白票(賛成票)に転じていました。でも、民意は100万票も反対派が勝っているんです。国会議員は独立した存在で、その善し悪しは言いたくありませんがね」

 私が宮崎の都城市にまで応援演説に出向いた古川議員も「転向」してしまった側に入る。私に直接票を伸ばすなにほどの力もないが、私の依頼でかなりの数の運動家が加わって、支援組織は強化されたはずである。けれども古川氏からは当選後も私に何の挨拶もない。「転向」が気羞しいのかもしれない。

 郵政民営化法案に反対して彼に投票した有権者を彼は裏切った結果になっている。同じような無所属議員が他に何人もいる。平沼さんは彼らはそれぞれ「独立した存在だから善し悪しを言いたくない」と語って、寛大である。けれども裏切られた思いをした有権者はそのことを次の選挙で決して忘れないだろう。

 それはともかく、平沼氏は立派だった。称賛に値する身の処し方をした唯一の方で、敬服に値する。たゞ不足をいえば、なぜ解散の直後に真正保守派のメンバー、城内実、衛藤晟一、古屋圭司、森岡正宏の諸氏を糾合し、新人も入れて、15人くらいの党を結成しなかったのか。そうすればギリギリまで当選圏に近づいていた城内氏、衛藤氏らは比例で当選しただろう。

 しかし、先述の通り、小泉首相の今後の自民党に対する対応の仕方いかんで、政局は大きく動く可能がある。革命家気取りの彼の傲慢と暴政がさらに加熱し、ある限界点に達することをむしろ期待している。そのときこそ平沼氏の出番である。また裏切られて煮え湯を呑まされた安倍晋三氏が起ち上がる可能性もある。

 小泉氏はどうでもいい。真の敵は自民党内の左翼がかったリベラル勢力である。これを一掃するには党のある自壊現象が必要である。小泉首相は起爆剤になり得る。

 平沼氏は次のように語っている。
 「いまの自民党は、真の自民党ではない気がします。本当の自民党、本当の保守というものを打ち立てることが必要になってくる。そのときには、民主党の一部も巻き込んで、真の保守を打ち立てる局面があるのではないかと考えています。」(前掲誌)

 まったくその通りである。私は大いに期待している。民主党の一部が一日も早く殻を破って保守派と大同団結する日の来るのを祈っている。

 終りに当ってもう一度、小泉郵政選挙の実像を読者に思い出してもらうために、コラムニスト清野徹氏の「小泉劇場に乗っ取られたテレビの自殺」(『週刊文春』2005年10月13日)の中に印象的な名言があったので、その幾つかを書き抜いて記念とすることにしよう。

「ナチス宣伝相のゲッペルスよりも小泉のメディア戦略は巧みだった。」
「ネタを提供してくれる彼をテレビは追いかけた。要は、小泉はホリエモンと二重写しなのである。」
「本来、国民は関心がなかったはずの郵政民営化がぐっと争点に浮上したところに、メディアの役割はあったと思う。」
「郵政民営化の中身が具体的によくわからない、という声をよく聞いた。にもかかわらず、それに丁寧に答えるような番組はなかった。」
「『改革の流れを止めたら日本は終る』と叫んでいた。その言葉に根拠がなくとも、こういうレトリックに若者は動く。『本当にそうなのか?』と自分で考える力がないからだ。」
「かつてナチスが『ハイル、ハイル』と大衆を煽動したように、小泉は『改革、改革』と叫んだ。」

尚、ハイルとはドイツ語で「幸福を与える」とか「救済する」という意味である。
 

ポスト小泉について(三)

 新聞やテレビは「麻」「垣」「康」「三」などといって有力政治家四人のうちの誰がポスト小泉のレースのトップにいるのか、といった競馬じゃあるまいし、ばかばかしい下馬評に浮き身をやつしている。マスコミのくだらない所である。

 すでに観察した通り、第三次小泉内閣は論功行賞をまるで絵に描いたような構成である。ということは、この内閣のメンバーは閣外から白い眼で見られていることを意味する。武部幹事長などは得意満面でいるが、最も党内の一部から軽蔑され、憎悪されていて、時機がきたらばまっ先に粛清される人物であると思われる。

 今までの自民党のように党内合意の上に少しづつ評価を得て階段を昇ってきた人々ではない。竹中平蔵氏も小池百合子氏も政権が変わればやはりまっ先に葬られるだろう。否、今回のおべんちゃらで入閣したメンバーの大半は政権が交替すれば冷や飯を食わされる側に回る人々である。

 首相の任期はあと一年だと公言されているが、四年間は衆議院選挙をしないでいい。自民党内はいま、小泉首相をコン畜生!と思っている人と、小泉時代が終るのを恐怖している人とに別れているといっていい。いわゆる小泉チルドレンの83人は勿論後者である。

 小泉の続行が自分の最大の利益に適う人、つまり小泉時代が終ったらもう自分も終りだと思っている人は党内でいま過半数の勢力ではないだろうか。だとしたら、彼等が平成18年9月の小泉政権の終焉を必死に阻止しようとするなら、数が多いのだから、それを実現するのになんら苦労はいらないだろう。

 私はそういう推理を立てている。ポスト小泉はやはり小泉である。「狂気の政権」が続く不幸の可能性の方がそれが一年後に終る幸福の可能性よりも大きいと見ている。小泉氏の奸智は小泉再選を合唱する仕組みを今度の改造内閣の内に埋め込んでいるといっていい。

 小泉氏はこのあといかにも温厚に、間もなく身を引く運命を静かに待つ大人物、礼節のある紳士のふりをしていればいい。党内の半分以上がすぐ自分は困ったことになると気がつくだろう。「小泉チルドレン」の中には早く猪口邦子のようになりたいと思っている人が少くないだろう。そういう人がヂリヂリと動き出す。今度の入閣で権力を握った左がかった勢力が、どうして麻生内閣や安倍内閣を望むであろう。竹中内閣も可能性はあるが、権力の身の処し方を彼はまだ知らず、多数派が自分を守るのにまだ頼りにできない、そう思うだろう。ほかの誰でもない、やはり安定しているのは小泉首相の続投だ、という気分に次第になっていくだろう。

 方法はいくらもある。中曽根方式で、特例としての総裁任期の一年延長という前例がある。次の参議院選に勝つまで、という理屈も案外に有効である。しかしあと一年で退任すると公言した以上、小泉氏の顔も立てねばならない。任期は自民党総裁のそれであり、総理の任期は無期限である。

 「総総分離論」はいままで自民党の歴史で何度も出てきた。総裁と総理の分離である。以下はどこまでも私の推理であり、根拠のない空想だが、武部自民党総裁、小泉内閣総理大臣、という妙手もあるのである。否、小泉氏の計算の中にすでに入っているアイデアではあるまいか。

 それに、なにも自民党の名にこだわる必要はない。もう一つ別の新しい名前の党に取り替えて、別の党にしてしまえばいいのである。自民党をぶっ壊すと言ってきたのだから、堂々とそれをやればいい。彼がそこまでやる気があるのなら、面白いことになってくる。本当に面白いことになってくる。

ポスト小泉について(二)

 第三次小泉内閣はサプライズもなく、政界の常識に戻った落着いた布陣であるとひとまず安心して受け取られているようである。しかし安心させることがひょっとしてサプライズではないのだろうか。首相の戦術ではあるまいか。

 ここで再び「刺客」さわぎのようなハチャメチャな人事、例えばホリエモンを入閣させるようなことをやれば、首相はいよいよ本当に気が狂ったかと思われ、自分が危いと直観的になにかを感じていたに相違ない。その逆の手を打ってくることはわれわれの想定内にあった。

 けれどもそれなら今度の布陣はバランスのよくとれた堅実な内閣だろうか。どの新聞も「論功行賞色濃く」と書き立てたように、郵政民営化法案の成立のために汗を流した人、決定的な役割を果した人ばかりがズラッと並んでいる。「私たちは首相の御為に誠心誠意励みました」と叫んでいる人々のオンパレードである。

 人事がある程度の論功行賞になるのはやむを得ない。しかしここまで露骨な例は稀である。改造直後の記者会見で、首相は「改革続行内閣」だと謳い、相変わらず改革を公的使命感に結びつけているが、はたしてこの人選が国家のために考え抜かれた「公」の表現だろうか。誰もそうは思うまい。首相の「私」の表現、私心、邪心、下心の表現であろう。

 「偉大なイエスマン」と恥も外聞もなく自己呼称する武部幹事長、30人の総務会で賛成7票、反対5票(棄権18票)をもって多数決と決し、しかも党議拘束までかけた久間総務会長の留任がおべんちゃらの代表であるなら、内閣に目をやると、竹中平蔵総務大臣を筆頭に、小池百合子環境大臣、与謝野馨金融財政担当大臣、二階俊博経済産業大臣、川崎二郎厚生労働大臣、松田岩夫科学技術食品安全担当大臣らもまた一連のごますりメンバーの名前である。

 それにこの他にも、今回は困った人がたくさん選ばれている。社民党から出た方がふさわしい思想の持主が少くない。ヒューマニストぶって死刑廃止の失言をしたあの杉浦正健法務大臣がそうだし、男女共同参画担当とまで銘打った大臣に持ち上げられ、子供みたいにはしゃいでいる「小泉チルドレン」の代表・猪口邦子氏がそうである。男女共同参画社会基本法は今や党内の一部でも再検討の段階に入っているのに、ここでも首相はそういう動きを知らず、自らが「左翼」であると馬脚を露している。

 新三役の一人に選ばれた中川秀直政調会長は、杉浦法務大臣、二階経済産業大臣とともに人権擁護法の推進派であり、公明党の北側一雄国土交通大臣も同類であろう。それに、東シナ海のガス田でひとりがんばった中川昭一氏が農水大臣に横辷りし、これから重大局面を迎えるガス田担当の経済産業大臣に何と二階氏が回った。これはどういう謎を秘めているのであろう。

 二階俊博氏は人も知る通り、なんとまあ、江沢民の銅像を選挙区の和歌山に建てようとして地元の反発で挫折した、愚劣の極を行く媚中派の人物である。中国と激しく渡り合うことになる役になぜ彼を当てたのだろう。なにか秘密がありはしないか。

 噂は勿論ある。10月17日の首相の靖国参拝で中国が反日暴動をもう起させない、という代償に、日本はガス田の開発を放棄し、中国側に事実上開発権を与えた、というのである。そのウラ取引きに走ったのが先日訪中したトヨタの奥田会長だ、というのだが、この交渉に硬派の中川昭一氏は邪魔だから外された、という噂がある。噂は結局、ただの噂で終ってウソだったということになって欲しい。それにしても経済産業省のポストに二階氏が就いたことは不気味である。ガス田の問題はいよいよこれからなのである。軍事衝突の危機を孕んでいることは人も知る通りである。

 第三次小泉内閣は安倍晋三氏と麻生太郎氏という右寄りの政治家を目立つ位置に据えたので、いかにも中国サイドに厳しい内閣、国内左派にも暴走を許さないしっかりタガをはめた政権のような印象を与えているが、内実はどうだろう。

 安倍、麻生、中川(昭)の三氏を除けば、私にいわせればほとんどが怪しげな思想の持主である。谷垣禎一財務大臣も、「加藤の乱」で涙を流したあの加藤紘一氏の弟子筋で、思想はセンチメンタル左翼、私の記憶ではオウム真理教の破防法適用に反対した人である。今度の内閣になぜこんな人ばかりが選ばれたのだろう、と悩ましい思いがする。むしろ内閣全体が党の中心機軸からぐんと左傾したメンバーで成り立っている。安倍官房長官の舵取りは至難の技だろうと言ったのはその意味である。

 自民党はもはやたしかに保守政党ではない。平沼赳夫氏らを今度の選挙で追放してしまった結果、さらに人材払底の悲惨をみせつけている。

ポスト小泉について(一)

 私は文藝春秋6月号のアンケート「ポスト小泉」に答えて、安倍晋三氏を挙げ、400字ほどの理由を書いた。「日録」でもここに掲げておいた。

 私がこれを書いたのは4月である。氏を第一に挙げた私の理由説明は勿論今もまったく変わっていないが、あれから国内の政治環境は激変した。

 10月31日に内閣改造があり、安倍氏は官房長官になった。いつもならお目出度うと慶賀したい処だが、首相が首相であるだけに、茨の道であろうと不安のほうが大きい。麻生外相、中川農水相に対してもひとまず良かったと思うと共に、大丈夫かなァと首相との同道に対し同様に一抹の危惧を抱く。

 皇室典範改正問題がまっ先にくる。人権擁護法の国会上程も近づく。どちらも新官房長官の力量で廃案に持って行ってもらわなくてはならないほど危い内容の法案である。けれども安倍さんは官房長官であるだけに首相と一体といわれて、自分の考えを唱えることができまい。

 皇室典範改正を議する有識者会議はなぜか結論を急いでいる。国民の意見はこれ以上聴聞しないと言っている。女帝論に目立つ反論はないときめつけてもいる。いかなる政治家の口出しも許さないと言っている。さらに皇族の方にもご相談申し上げるつもりはないと宣言している。

 この閉鎖性と独断性は郵政民営化法案のすゝめ方とそっくり同じである。有識者会議のウラで首相の意志が働いているものと予想される。

 女帝論(女系天皇容認論)に異を唱える保守派の主張内容を安倍氏は十分に理解しているはずである。しかし小泉首相の意に逆らって自分の考えを通すことは出来るだろうか。恐らく出来まい。そうなると自分の意見を押し殺す苦しみだけで終らず、言動の矛盾が外に現れてしまうであろう。人権擁護法案を首相が通すと言ったときには、この矛盾はさらに大きくなるだろう。

 北朝鮮への経済制裁は安倍氏の年来の主張であった。一方、首相は頑として経済制裁をしない方針を貫いてきた。スポークスマンにすぎぬ官房長官はここでも矛盾をさらけ出し、拉致被害者の家族たちを失望させるだろう。と同時に、安倍氏への国民的信頼も傾くだろう。

 こんな種類の困難はこれからも相次いで起るような気がする。首相はそうなる情勢を見越しているのではないか。ポスト小泉の第一走者安倍氏に恩を着せる暖かい後見人のような振りをして、そのじつ安倍氏の言動の矛盾を天下に知らしめようとする悪意を隠しているのではないだろうか。