GHQの思想的犯罪(十)

GHQ焚書図書開封 GHQ焚書図書開封
(2008/06)
西尾 幹二

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GHQ焚書図書開封 2 (2) GHQ焚書図書開封 2 (2)
(2008/12)
西尾 幹二

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◆焚書の実態と準備

 これはチャンネル桜で実際の放送に使ったときのパネルです。また持ってきてみました。ここに書いてある“General Headquarters Supreme Commander for the Allied Powers”の”General Headquaters”とはGHQのことですね。それから“SCAP ”。これも当時よく使われていた言葉で、頭文字をとっています。“Allied Powers”というのは連合軍ですから、「連合軍の総司令部」ということですね。この二つの英単語を覚えていてください。GHQとSCAPとね。

 そして、焚書という言葉をアメリカ人が使うわけがないので、すべて「没収」“Confiscation”を使いました。“Confiscation of the propaganda publications”「宣伝用刊行物の没収」というのが正式に使われた単語ですね。

 「宣伝用刊行物」というのは、日本人が昨日まで語っていた歴史、昨日まで主張していた思想、昨日まで捧げていた道徳、そういうものを、プロパガンダだと敵国が言うのはしょうがない。敵国に対するプロパガンダというか、政府が、戦争指導者が国民に与えていたプロパガンダだと。「そう言え!」とGHQに命令されて、日本政府が直ちに「左様でございますと、あれは私たちの間違いでした、全部プロパガンダでした」と言った。これが話のスタートです。

 ただし、ここで一番初めに理解しておいて欲しいのは、「検閲」と「焚書」は別だということです。検閲は戦後のマスメディアのチェックです。新聞、雑誌、映画、放送、それからその他の出版物、ありとあらゆる戦後のマスメディアをチェックしたのが「検閲」ということです。ですから期間は、1945年から49年の四年間。それを実行した部隊が“Civil Censorship Detachment”通称“CCD”というアメリカ占領進駐軍の機関の“CCD”。江藤淳さんの著した『閉ざされた言語空間』はこの“CCD”の話です。

 その“CCD”の下に「プレス・映像・放送課」、“Press,Pictorial and Broadcast Division”という部局がございまして、それで通称“PRB”といいます。その部局の下に、さらに“RS”、「捜査課」という“Research Section ”というのがあって、その“RS”こそが焚書のリストを作成する作成班でした。これは人数的にいうとわずか六人です。

 したがって戦争前までの本をどう扱うかという問題は、他の部局に人手を割いてしまい人手不足だった。そこで、上級将校が二人、軍属全部合わせてアメリカ人は六人でした。そこに常時九人から二十五人の日本人が参加していた。この“RS”の調査した本の出版期間は1928年1月1日から1945年9月2日までということになるわけです。

 1928年というと、昭和3年ですね。昭和3年1月1日、これは東京裁判で訴状の指定された日にちです。向こうが考えた戦争のスタートということなのかもしれませんね。そして、1945年9月2日というのは正式のアメリカ側の戦争終結日です。したがってこの期間中に出されたすべての本の研究をしてリストを作成し、日本政府にその没収をさせることが焚書ということになるわけですね。

 この昭和3年から、昭和20年までという17年間の間に約22万点の単行本を含む刊行物が日本では出ていました。約22万点。その中から9288点をまず粗選びして、最終的に7769点、それをリストとして確定し、焚書図書として指定しました。つまり「没収図書」です。これがアメリカ側の行った大まかな行動です。今、私は先に荒っぽい全体の構図をお話しております。

 つまり、この“RS”という調査課が日本人を使いながらトータルで22万の本の中から7700の本を確定した。それが大変な作業だったわけですね。膨大な時間が掛かった所以です。確かに大変なことだと思います。特に一番大変だったのは、おそらく22万点の中から約9200、つまり約1万の本を粗選びすることが一番大変だっただろうと思います。事実、選ばれた本は非常に荒っぽい選ばれ方をしていて、本来選ぶべきものが抜けていたり、何でこんなものを選んだのだろうかというようなものも入っていたりするわけです。しかもそこから7700点に絞り込むわけですが、このために、各一冊に対してサマリーを作りました。一冊につき2ページくらいの内容説明です。

日本保守主義研究会7月講演会記録より

つづく

GHQの思想的犯罪(九)

GHQ焚書図書開封 GHQ焚書図書開封
(2008/06)
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GHQ焚書図書開封 2 (2) GHQ焚書図書開封 2 (2)
(2008/12)
西尾 幹二

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◆『GHQ焚書図書開封』について

 私はこの本は、第一部の第一章が焚書とは何かということで、焚書のいきさつを語ったものです。第三章以下が発掘した焚書を何冊か使った歴史叙述になっております。その後半の歴史叙述を読んでいただくほうが主であって、焚書とは何かということを考えたくない人は考えなくてもいいです。このあと続く第二、第三章は焚書を用いた紹介。ほんの紹介ですね。焚書された本の実態の紹介。これが楽しく読めればもうそれでいいのです。

 では、どうして楽しく読めればいいかというと、さっき岩田さんが「怒りというものが昭和15、6年の日本人にはあったから戦争が始まったのだろう」(『澪標』7月号「義憤なき哀しみ」参照)とおっしゃっていました。しかし、怒りもあったけれど恐怖もあった。恐怖と怒りは一緒です。ただ、その当時の日本人の恐怖は今では形を変えてしまっている。

 それはどういうことかと言うと、この本ではかなり明確に、オーストラリアを取り上げておりますが、オーストラリアとそれから北米大陸で、恐るべきホロコーストが行われた。原住民虐殺です。これはちょうど時期的にいうと江戸時代です。18世紀が大体の舞台ですね。日本が近代史に登場したときにはほとんど終わっていた。ですから、終わってはいるけれども、その歴史の傷跡というものは、ひたひたと感じられていた情勢です。それを戦争前期の日本人は肌で感じることができた。そのことが私のこの本でよく分かります。何が日本をして恐怖させていたか、何が日本をして怒りを感じさせていたか。怒りと恐怖はひとつですから、戦争に人を駆り立てる動機となります。

 確か先ほど岩田さんが言っていましたが、「要するに物量の差が大きい国となんで戦争したのか、そんなことを言っても歴史は説明できない。」(『澪標』7月号、「義憤なき哀しみ」参照)そのとおりであって、なぜ人がそのような形で行動せざるをえなかったか。その中には、ある大きな心理的モチーフがあるはずです。日本が何ゆえに戦争をしなければならなかったのかということの心理的、ならびにその時に日本人への感情移入した説明は、この本を読めば次第に分かります。

 とくに、第二部以降を読んでいただければそれはわかる筈です。第二部の大きな表題だけ言いますと、第二部の最初の章は、「一兵士の体験した南京陥落」。次の章は、「太平洋大海戦は当時としては無謀ではなかった」。その次の章は、「正面の敵は実はイギリスだった」、続いて「アジアの南半球に見る人種戦争の原型」、「オーストラリアのホロコースト」、そして「南太平洋の陣取り合戦」となっています。この陣取り合戦でドイツが果たした役割をかなり詳しく書いています。ドイツが果たした役割と、日本海軍が第一次世界大戦のあと、ドイツと戦って、オーストラリアやイギリスを助けていくそのプロセスが書いてあって、しかも一生懸命助けたのにあっという間に裏切られるプロセルも語っています。

 つづけて、シンガポール陥落までの戦場風景。それから、「アメリカ人が語った真珠湾空襲の朝」・・・というような順序で太平洋に起こった出来事、日本人の生身の体験、当時の日本が幕末から受けていた説明のできない風圧がどんなものであったかということを、いくつかの焚書の中にある引用をしながら語っております。

 当時の文書の中で私は、真珠湾攻撃の後、日本はハワイを占領すべきだった、同時にパナマを爆破すべきだったということを書いています。それをやろうとする声は当時は非常にあったし、やるだろうとアメリカは見ていた。今の日本人では考えられないけれども、その当時は「ハワイを叩いて何で戻ってきちゃったのか」という見方があった。やるなら第二波、第三波攻撃で全部あそこを動かなくしてしまって、さっさと占領してしまったらおそらくアメリカは参戦しなかったかもしれませんよといったようにです。やるならば徹底してやればいいのに、という声もあった。いつも日本は不徹底なわけですね。不徹底なのがまずいけないけど、無駄なところへ出ていって、肝心な点をやらないとかね。そういう、よく分からない戦略をとっていますね。

 今の日本人だとパナマを攻略するなんて夢にも考えられない話でしょうけど、当時だったらこれは普通の話だった。今から約7、80年位前の周辺の国々の中で、日本の置かれた位置というものを考えたときに、ありうる普通の話だった。しかし今の人々にはそれが信じられない。何故か。そこには歴史の断絶があるからです。

 占領政策の極めて悪質なメカニズムをこれからお話しますけれども、実はそれが主題ではありません。この本の主題はあくまで歴史の物語です。それと同時にその焚書を使った歴史の展開なのです。だからこそ、むしろそれは楽しく読める。買って読んでくださった多くの方々はあっという間に読んでしまったと言ってくださっています。どうか、本の主旨というか意図というものは実はそっちにあるのだということをご理解いただきたく思います。

日本保守主義研究会7月講演会記録より

つづく

GHQの思想的犯罪(八)

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(2008/06)
西尾 幹二

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 ◆GHQの仕掛けた時限爆弾

 さて、そこから今日の話の本題に行くわけですが、そのせっかくのアイデンティティが徐々に徐々に無自覚の形で失われてきている。現在の権力喪失状態、さきほど言った砂山の真ん中から穴が空くような、何となく活性化しない無気力状態になった。物を考えなくなってしまった。戦おうとしなくなった。自分たちのアイデンティティを本当の意味で政治権力にまで高めなければ自分たちが守れなくなる。自分も守れなくなるという自覚がなくなってきたのです。今、日本はアヘン戦争前の清朝末期のような状態になっています。

 こういう恐ろしい事態になっている理由は何だろうか、ということを考えると、それは何らかの時限爆弾が仕掛けられていたのではないか、それが今頃になってパーンと爆発しているのではと思うわけですが、それが正に焚書なのです。

 時限爆弾というと分らない人もいるかもしれませんけど、少なくとも天皇の問題に関してはこの時限爆弾は効いてきているわけですな。ものすごく効き目がある。皇室がおかしくなってきているということの背景にあるのは、やはりアメリカの占領政策なのです。アメリカの占領政策というのは巧妙でした。この巧妙さの由来はアメリカなのかアングロサクソン全体なのか、あるいはローマ帝国時代からのやり方なのか、ちょっと私は戦略問題の歴史を研究していないからよく分かりません。

 しかしはっきり言えることは、巧妙で、上手に統治するために無理なことはしない。何々をしろ、ということは命じないというやり方です。例えば各家庭の門に星条旗を掲げよ、というような露骨なことは絶対に言わない。その代わり、マッカーサーや占領軍の誹謗、悪口を言ったものは厳罰に処しました。恐怖感を与えるわけです。「何々をするな」という命令だけをするわけです。

 「するな」と言われた方が益々怯えて行くというふうになるのです。これは一番巧妙なやり方です。有名な話は、文部省が君が代をいつまでも教科書に入れないのでGHQの方が「なぜ国歌を教科書に入れないのか」とたずねた話がありますね。そしたら、それは最初に入れるなと言われたので、もう入れていいのではという時期になっても入れようとしなかったとこたえたそうです。これはつまり、ひとつの強迫観念ですね。勝手に自分で自分を縛る。恐怖を与えれば上手くいくことを占領軍は知っていた。そういったことをするのがアメリカは上手です。色々なことがそういう形で行われて、やはり「するな」とは言うけれども、「何かせよ」ということは言わない。

 そう見ていきますと、この焚書というのは、「するな」という政策のもっとも極端な形式だったろうと思います。読んじゃいけないというしばりを無意識に与えてしまった。恐怖を与えられていますから、この手のものが例え図書館に残されていても人は読まなくなってしまうわけです。

 この前ある人は、「焚書、焚書と言っても、本があるじゃないか」と私に言ってきました。「焚書というのは、本が物理的に処分され、まったく消えてしまったことではないのか」と。それを聞かされたとき、私は「何てものを知らないのだ」と思いました。

 実は秦の始皇帝の焚書坑儒のときも、宮廷には全冊儒学の本を残していました。なくなったのは秦が滅びて宮殿が燃えたときです。だから焚書をしたときに本を焼いたのも事実ですけど、それでも本がすべてなくなったのではなくて、宮殿の図書館が戦火で燃えてしまったためになくなってしまったのです。それでも本はどこかに隠されていた。壁の中に隠されていた本とか、学者が暗記していたものとか。そういうものは秦が終わってから再現させ、復興するわけですね、漢の時代になって。だから前漢の時代に新しい文書が出てきた時に食い違いがある、そこで文献学が生じたわけです。

 「土の中から掘ってきました。実物です」といったときに、これとこれとでどっちが古いもので正しいのか、とそうなるのが常です。それから学者が暗記していたものよりも土中から掘られてきたものの方がより正確だということになったり、その逆だと分かったり、大騒ぎになったりして、それから偽者が出てきます。中国のことですから(笑)。そこで、中国では儒学の経典の言語学的、文献学的論争が絶えないというわけです。それだけでもって巨大な学問をなしているわけです。経書の文献学的研究だけでね。

 では、日本の場合はどうか。これからお話しますけれども、もちろん本は一部残っているし、今でもインターネットで何冊かは買うことが出来ます。私が自分で集めることも多少は出来ます。リストから20冊くらい調べると、一冊くらいはまだ買えますね。それから古書店を歩き回って集めてくださっている人もいます。五千冊集めたという方も世の中にいます。それからチャンネル桜は千五百冊くらい集めています。結局、そういった形で国立国会図書館には八割くらい残っています。でもそれは見ることはできても、自由に多くの人の心にしみ通り、考えを築くのに役立つようになるかどうかは別の問題です。現実にはね。

 つまり久しく読むことができなくなった本というのは流通が途絶えたということですから、流通を途絶えさせれば事実上、学者は研究者は読むことはできても、多くの人に新しい認識を持たせることはできない。そのことをGHQは知っていたわけです。ここがミソです。それが今、大きな影響を私たちの国に与え続けているのです。

日本保守主義研究会7月講演会記録より

つづく

GHQの思想的犯罪(七)

お知らせ(本日です!)

日本文化チャンネル桜出演(スカパー!216チャンネル)

タイトル :「闘論!倒論!討論!2008 日本よ、今...」
テーマ :「オバマ政権と米中同盟」
放送予定日:前半 平成20年12月18日(木曜日)19:30~20:30
       後半 平成20年12月19日(金曜日)19:00~20:30       
パネリスト:(50音順敬称略)
      青木直人(ジャーナリスト)
      加瀬英明(評論家)
      日下公人(評論家・社会貢献支援財団会長)
      西尾幹二(評論家)
      西部 邁(評論家)
      宮崎正弘(作家・評論家)
司会:水島総(日本文化チャンネル桜 代表)

◆歴史を捨てたドイツ

 日本がアメリカに力を依存した理由の根本は、戦後の経済復興でアメリカが極めて寛大に市場を開放してくれたからです。隣の中国では戦争が続いているし、革命まで起きました。朝鮮半島でも戦争が勃発しました。したがって、日本は自らの経済復興をとげるのにはアメリカに依存する必然から逃れられなかった。

 一方、ドイツはすべての西欧諸国、近隣諸国を相手にして戦争をしました。ですから、その全部と和解し、貿易をしなければ復興することができなかった。ということは、日本よりもはるかにつらい立場ですよね。だから西欧諸国に全部頭を下げなければドイツは生きることができなかったんです。

 では、西欧諸国の代表はどこかというとフランスです。ですからフランスに頭を下げる。ドイツは日本と違い、日米関係でなくて独仏関係の進展を要として欧州全体と和解しました。今のEUはパリ―ベルリン枢軸といわれています。パリとベルリンが手を握って成立している。ただ、日米関係と決定的に違うのは、力の源泉の所在です。日米は米の方にありますけれど、独仏関係では誰が見ても力の源泉はドイツの方にあるんですよ。そこが全然状況の違うところです。

 ただし、ドイツが強いられた苦しみというのは、日本の比ではなく、その結果、自国の歴史を捨てたということに現われます。ドイツは自国の歴史の連続性を捨てたんです。嘘をついたのですね。ナチスが支配した12年間は歴史の穴で、それ以前にナチスはなく暴力はなく、それ以降にも暴力はないという歴史を作った。つまり、悪魔が支配した、ならず者の集団が支配した12年間はドイツの歴史ではない。それ以前にならず者はいなかったし、それ以降の歴史にもならず者はいないと。ドイツ民族はならず者に集団的に捕縛されたので、自分たちも被害者であり、自分たちも犠牲者であった、と。

 こんな嘘ありますか?しかし、そういう嘘をつく以外にドイツは生きて行くことができなかった。憲法にまでそう謳っている。その恐るべき嘘によってドイツは生き抜きました。ヴァイツゼッカーの演説もそれです。そしてヨーロッパ諸国はドイツを許している。ユダヤ人迫害にはフランスも、スイスも、東欧にも見に覚えがある。それに、ドイツを許さなければやっていけないからですよ。それがEUの実態なんです。

 ではドイツで今何が起こっているかと言ったら、ドイツは自分の歴史を捨てたから、文化がことごとく没落しました。ドイツ哲学はなくなりました。ドイツ音楽も水準がものすごく低い。演奏でも何でも。ドイツ文学も消えました。ドイツの医学もなくなりました。昔日の花は全くないです。ドイツの教育、これももう、私が『日本の教育、ドイツの教育』を書いていたあのころまではよかったんですが、今はますます酷くなっちゃっている。

 つまりドイツは生きるために文化を捨てたのです。そしてドイツにはたくさんの外国人が入ってきてしまっている。ドイツはアイデンティティを失った。アイデンティティを捨てる代わりに生存を選んだというふうに言っていいかもしれません。

 あるいはヨーロッパの中にもぐりこむ形で自分のパワーを発揮する、ドイツ経済を生かす。そしてドイツ人と他のヨーロッパ文化との間の区別が分らなくなる形でドイツはそのEUという仮面でナショナリズムを満足させているといえるかもしれない。だとしても、それはやっぱり嘘ですから、何かとひずみが出てくるということに現在なっているようです。

 一方、幸いなことにこの日本という国は、一人の天皇が戦争の始まる前から、そして戦争中、さらには戦争の終わった瞬間から戦後の経済繁栄の時期までの全時代を、60数年間にわたり統治してこられた。だからこそ私たちの歴史は連続性が保たれている。日本民族の経て来た時間はどこを切ったって同じなんですよ。そう思うことは非常に幸せなことでもあるんです。それを皆忘れて、戦争責任だなどと未だに言っているのでは話にならない。

 とにかく私たちの文化というのはドイツと違う連続性を守られた。ただそれを本当に守っているという自覚を持っているかどうかは別ですが。無自覚的には日本の統一、日本のアイデンティティというのは無くなってないでしょう。もちろんこれは一千万人の労働者を入れたらなくなります。

 だけどかろうじて日本はアイデンティティを守っている。だからこそ日本人論が盛んに言われたり、日本文化論が絶えず出版されているのです。

日本保守主義研究会7月講演会記録より

つづく

GHQの思想的犯罪(六)

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◆日本の「力」を埋めてきたもの

 失った力、奪われた力が何かによって補完されない限り国家は成立しません。ロシア人は石油の力とプーチンの力により、わずか5年で力を取り戻しました。一方、ドイツは完全に取り戻すことはできないでいるのですが、日本の方がまるでさらに駄目なんですね。

 日本はどのように「力」を補ってきたか。皆さん知ってのとおり、その力はアメリカによって埋められました。つまり一切の力をアメリカに委ねた。これは日米安全条約というものが憲法9条とワンセットになっているということで明白です。憲法が発効した日に日米安保条約が効果を発揮して、有効になっています。

 では、そのアメリカの方針がどのように変わってきているのか。アメリカは今日本に、「もう外交と軍事のお手伝いはしませんよ」と言っているわけです。もし尖閣が襲われた時のことを考えても、「日米安保条約が発動される」なんて言っていますけど、そんなことはあり得ないんです。

 私はアメリカが我が国に持つ「力」を手放してくれたらいいと思っています。これは逆にチャンスです。米軍撤退してくれよ、それで日本列島独立できますよ、と。

日本保守主義研究会7月講演会記録より

つづく

GHQの思想的犯罪(五)

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◆ドイツの敗戦

 ドイツは大変な思いをしました。言うまでもありませんけど、ヒトラーが壕で自殺した瞬間にドイツという国家がなくなってしまいました。第一次世界大戦のときとは全く違います。このときもヴィルヘルム二世皇帝が失脚してしまうなどの悲劇が起こっていますが、かろうじて国家は残ります。ですから、第一次大戦のときも第二次大戦と同じように戦争犯罪人の摘発を要求され、裁判を請求されるんですけど、その当時のドイツ政府は、国家が残っていたので、戦争犯罪人の摘発を連合軍に対して全部拒絶しました。

 どうしてもしつこく言ってくるロイド・ジョージなどの要求に対して、当時のドイツ政府は国内で裁判を開き、全部無罪か法廷不成立にしてしまって、アッカンベーということをやったのですよ。そうやったということは、ドイツに国家があった証拠なんです。

 しかし第二次大戦の時には、国家がなくなり、そのために占領地域のドイツ国民が一番ひどい目にあいました。特に旧ソ連の占領地域が残酷だったんですよ。異常なほどの婦女暴行などが激しく起こっているんです。他にも、窓から赤ん坊を投げて捨てられたりとか、悲惨な記録がものすごくたくさん残されていて、読むのも嫌になるくらいです。

 しかし、ドイツ人はこうした苦しい苦しい境遇について、戦後、一言も国際的に訴えることができなかったんです。言ってしまったら最後、「ナチスのユダヤ人虐殺の犯罪に比べてお前たちのこうむったことなどは何だ」ということになる。しかもちょうど四カ国管理が始まるまでのドイツでは、かのアウシュビッツの惨劇が世界的に知られるようになり、その衝撃が世界に広がりましたから、ドイツ市民に対してはどんな暴行を行っても報復は許されるというのが占領してきた人々の感情だった。ドイツの立つ瀬は全くなく、あのとき本当に一番残酷な仕打ちを受けたんです。長年、その記憶を怒りとともに表現することすらできなかった。

 それが突如として爆発したのが50年後でした。1995年の5月8日の終戦記念日に、ドイツでは我慢していた怒りが堰を切ったように流れ出た。ナチスの罪であるから、自分たちの受けた苦しみを帳消しにしてはいけない、などという要求はもう我慢できないと。そんなバカなことはないじゃないかと。その怒りが初めてやっと出てきて、それからの十年間は色々な場でドイツも果敢に言えるようになってくるわけです。

 それでも以前は「ドイツはそういうことを言って、ナチスの問題を相対化してはいけない」というような議論は相変わらず、アカデミズムなどでは強かったものです。でも様々な学者が出てきて反論しています。まあ、世代は色々動いているようです。

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GHQの思想的犯罪(四)

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◆敗戦後も存続した大日本帝国

 さて、本日GHQの検閲のお話をするわけですが、この最初に出てくる付録1、つまり、GHQが日本政府に要求したこの封筒の差し出し名の部分を見てください。“Imperial Japanese Government”宛てになっているんです。これは終戦から8ヶ月もたっているんですよ。大日本帝国はあったんですよ、まだ。

 大日本帝国があったということは、大変な事実ですよ。ドイツは国家そのものがなくなっちゃったんですから。ドイツの敗戦と日本の敗戦を比較しますと、日本はずっと条件が良くて、今言ったように、国外で悲劇を蒙った人たちは無権力状態におかれましたが、国内にいた人たちは一定の保護を受けていたのです。確かに、あのころは戦後の混乱もありました。皆さんにも記憶にあるようなたくさんの戦後の悲劇があったのですが、それにしても岩田さんが話された坂口安吾の『堕落論』を読み直してもちっとも感心しないですね。私はいつか、「これはくだらない文章だ」って書こうと思っています。「甘ったれるな」と言いたいですね。

 一方、『麦と兵隊』という作品を書いた火野葦平という従軍作家がいます。あの人の文章は素晴らしい。これは実際に戦場を歩いているからです。先ほどから私が言っているのは、本当に肌でこの国家の崩壊を経験したのは、そういう兵士たちや抑留された人たち、満州から逃げ帰ってきた人たちや、そういう人たちであって、国内にいた人は、知識人も含めてみんな体験が浅く、駄目だったんじゃないかなと、そういうことです。

 せいぜい『リンゴの歌』と『青い山脈』で慰められるようなものではなくて、本当の意味での危機感、無秩序、そういうものに晒されていたらば、権力が必要だということ、国家は本当に骨の髄から秩序という物を作らないと駄目なんだということ、それらが腹のそこから沸き立っていたはずです。

 無秩序、無権力にたいする恐怖、これが当時なかった。ここに来て、この国が陥没している一番の原因はこれではないかと私は思います。しきりにこういうことを思うのは、ドイツとの比較をするからですね。

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GHQの思想的犯罪(三)

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◆ロシアにおける権力の不在

 話を前に戻しますと、現在、権力というものがなくなっている。ところが皆さん、人は権力を求めるものなのです。それは権力がなくなると、途端に自分たちが困るからです。

 1991年にソビエトが崩壊しました。ロシアになり、そこからウズベク共和国やタジク共和国といった多くの共和国が生まれました。新興の共和国に住んでいたロシア人は悲惨な目にあいます。「叩き殺してやる」とか、「出て行け」とか、「いやここにとどまって奴隷になれ」とか。それはもうたちまち無権力状態に放り出されたわけです。つまり、ロシア人が敗戦国民になったんです。これは冷戦という第三次世界大戦の結末、即ちソビエトの崩壊、アメリカの勝利という、つい最近起こった、歴史的事件です。私たちの敗戦経験というのはもう遠い昔なので忘れてしまっているのですが、同じようなことが起こったんですよ。ロシアは敗北したのです。

 しかし、日本やドイツが蒙った敗北ほど酷くはなかったので、程々だったのですが、ロシア語の教育がいっぺんになくなり、ロシア人を否定するような歴史教育にどんどん変わっていきました。それで、ソルジェニーツィンという人が各地を歩き回って、「祖国よ甦れ、どうなっているのか」と嘆いたのでした。これは90年代の話ですが、そういう本が書かれています。ロシアも苦しんでいるんだな、と思っていました。

 そう思っていたら、あっという間にプーチンが出現した。何故プーチンのような独裁者がと皆さんは思うかもしれませんが、ロシア人はもともと体質的に独裁者が好きなんです。しかし、それだけでは説明できないですね。もう一つの理由としては、国内に豊富な石油があって、それが幸運をもたらしたということもあります。

 しかし、プーチンを中心に結集した力というのは、「甦れロシア!」という叫びだったに違いないんです。それによって、不安と絶望と屈辱を強いられたロシア人が、自らの地位と立場、つまり安全保障のためにやはり強力な権力を求めたわけです。

 ここで私、ふと思ったんですけれども、わが国は1945年の崩壊のとき、シベリアに抑留された人や満州から帰国した人が無権力状態におかれました。そして、BC級戦犯は皆、田舎に帰ってきて百姓などをしていたにもかかわらず、再びシンガポールやフィリピンに呼び出されて死刑になりました。このような悲劇を受けた人は、武装解除をされたこの国家の悲劇をもろに受けた多くの人々、全体の国民から言えば少数の人々ですが、国外にいた人たちですね。しかしこの列島の中には無権力状態はなかったんです。国家はかろうじて存続していたのです。

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GHQの思想的犯罪(二)

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 ◆危機に立つ日本

 砂山が海辺に砂を盛り上げて、その砂に水を上から流して行くと、裾野をぞろぞろと水が崩していきます。そんな時代がずっと前から続いていて、その水が砂地の下へともぐりこんでいくのです。そして、ある時期が来るとボコっと真ん中が陥没してしまいます。

 そしてそのボコっと陥没したところへ海からワッと大きな波が来ると、あっという間に砂山はなくなってしまいます。例えるなら、今、そのボコっと陥没したところへこの国は来ているのではないか。私はそういうイメージを持っています。私は今、皇室問題の危機について発言していますが、このテーマはまさに国家の中枢にボコっと穴が開いている証拠じゃないでしょうか。

 もうひとつは、長年、この国を統治していた自由民主党の中から権力が消えてしまったということです。そう感じませんか?権力がなくなっちゃったでしょ、この国の保守政党から。中心にいるのが、あの森喜朗さんじゃどうもね(笑)。あの方が権力ですか?さまにならないですよね。権力というものがなくなると、国も組織も成立しない。権力を中心にして人が動き出し、そしていろいろな問題が解決して行くのです。権力が支配することで、とんでもない方向へ行くこともありますが、権力があるから反抗することもできるのです。しかし、権力なき今、反抗する相手がいなくなってしまいました。

 私は次のように思っています。おそらく、自由民主党の国会議員の大半が福島瑞穂みたいなものじゃないか、と。自由民主党の三分の二ぐらいの議員が学生と同じレベルの知能しか持っていないのではないか。三、四十年前、ゲバ棒を振り回していた左翼学生と同じようなレベルです。あの時代、誰もが平気で反体制みたいなことを言っていましたからね。そういう連中が次の世代の総理大臣だというから恐ろしいことです。後藤田正純とか、河野太郎とか、みんな旧社会党みたいなことを言っています。それが次の次の総理大臣候補だというふうに週刊誌で名前が出ているものですから、私はあきれ返りました。

 最近、大変驚いたことがあります。自民党の代議士が二人いて、その場で日米戦争の話が出た。その二人が、三十代か、四十代かは知らないけれど、日米戦争があったことを知らなかったというのです。高校生だったらある話ですが、腐っても代議士ですよ。今やここまできているんですね。

 それはそうでしょう。学校で習ったことしか頭になくて、お父さんが代議士だったから代議士になったという人ばっかりですから。今、独立で全くのゼロからスタートしたという人は絶滅稀種じゃないでしょうか。

 しかし、あの新しい大阪府知事などを見ていますと、世に人材はいるんですね。あの人はテレビで硬派ぶりを発揮したことで人気が出て、世の中への登竜門をくぐれたわけですが、他ではなかなか出現するチャンスがないわけですよね。才ある人に登竜していく道がない、というのがこの国の一番の危機です。こうした状況は、日本がまともな国家としてもう長くはないという証拠じゃないか。そう思わざるをえません。

日本保守主義研究会7月講演会記録より

つづく